コノウラミハラサデオクベキカ………
樹の双頭龍……ツイン・ツイステッド・ドラゴンは勢いを落とさなかった。
ドラゴンと言えばずんぐりむっくりな体格が多いが、このT3Dは違った。
手と脚は退化して、それこそ絡み合う2匹の蛇のような姿だった。
頭部は大きめでトナカイのような立派なツノが生えている。
突っ込んできたそれがクレイントスを掠める。
回避行動をとった彼だったが、ローブの端を引っ掛かけられてわずかに破れた。
「小賢しいドラゴンですねぇ!!!」
リッチーはつい癖でテレポートしようとする。
しかし、アシェリィが憑依させたフラリアーノの幻魔が、空間を縫い付けてそれを不可能にしていた。
捨て身というのは強いもので、ドラゴンとなったシャルノワーレの猛攻は凄まじかった。
だが、クレイントスの心は躍っていた。
「あぁ……この命を懸けた攻めぎ合い。いや、これぞ私の望んだ真剣の殺し合い。殺戮の快感!!! まさかシャルノワーレさんが短時間でここまで上り詰めてくるとは思いませんでした。あぁ素晴らしい!! これですよ!!! これが永遠に続く世界なのです!!!!」
戦況は思わしくないのにも関わらず、彼はどんどんエクスタシーに向けて加速していった。
奪い取った暁の呪印が真っ赤に光る。
これによって一気に形勢は逆転した。
「あの女神さんを狙いたいところですが、シャルノワーレさんにマークされた状態で人魚さんと死霊使さんを相手にするのは分が悪い。やはり、目の前のドラゴンを叩きのめさないことには始まりません。ま、ノワレさんが終わる頃には貴女がたに勝ち目はないのですけれどね」
双頭の樹龍は頭に時間差をつけて突進してきた。
「体当たりと噛みつきだけでは野蛮な獣と大差がない。勢いだけで私を倒せると思っているのならおめでたい話です」
リッチーは加速して華麗に攻撃をかわした。
彼が回避するのは偶然ではない、全てが必然だった。
T3Dとすれ違うと50cmほどの赤い雲の塊をペタリと張り付けた。
どうやらこれは重力系の呪文らしく、樹のドラゴンの勢いがガタ落ちした。
接近するたびに粘着質の雲を接着していく。
それに縛られてついにノワレは低空飛行しか出来ないようになってしまった。
「うーん、期待しすぎた私が悪いのでしょうか。もう少し頑張ってもらえれば愉しかったのですが。残念ながら、ここでお別れです」
クレイントスは興ざめして絶頂に達する前にトーンダウンした。
腕の袖を掲げた彼は素早く印を切った。
すると眼下で大爆発が起こる。
赤い雲には爆破機能もついていたのだ。速さを殺して確実に巻き込む。
重力だけではなく、むしろこちらがメインだった。
暁の呪印によってその魔術は恐ろしいまでに強化されていた。
「さてさて。後は残った方々を始末すればおしまいですね。終わった後のお祭りほど寂しいものはありませんねェ……」
地上では人型に戻ったノワレが倒れていた。
ギリギリになって種を吐き出したことによって爆発をうまい具合にやり過ごしていたのだ。
アシェリィ達からは姿が見えない位置に倒れていた。
シャルノワーレはまたドラゴニア・シードを飲み込もうとした。
だが、全身に激痛が走る。もはや変態できる状態に無かった。
「くっ……まだ…まだよ。動いて、私の、身体……うっ………ぐぅぅ!!!!」
エルフの少女は命の限界を迎えそうだった。
その時、地面に転がった種から芽が出てすぐに幹になった。
不思議とそれは弓の形をしていた。
「こっ……これは……カホの大樹……。母さまの………母さまなの?」
そこにはシャルノワーレを生んだ世界樹の苗木が確かに生えていた。
おそらくこれはその頂上にあるとされる母樹の星弓に違いなかった。
這いずりながらとんがり耳の少女はその樹に触れた。
彼女はうつ伏せのまま、弓をもぎ取った。
そのままパタリと仰向けになると、クレイントスめがけて照準を合わせる。
「の……逃さない。か、かならず射ぬいてやる!!!!」
弓が体の一部になったように狙いを定める指先がきびきびと動いた。
それに反して全身には激痛が走った。
「うあ………あうう……ぐ、ぐッッッ!!!! 終われ……終われクレイントス!!!!!!」
まるで落ちる流れ星を打ち返したようにエネルギー体の矢は飛んでいった。
「ピイーーーューーーーン!!!!!!!!」
放たれたその矢は宙の骸に直撃した。
星の矢は彼の胸の部分に刺さり、ローブを射ぬいた。
「こ……これは……母樹の星弓………? わ、私の、体は?」
彼は自分が半霊体であることを忘れたかのようにローブをペタペタと触った。
「ははは……フフフフフッッ!!! 私としたことが、何を怯えているのでしょうか。今の私は不死者程度に留まらないのです!!!! いくら聖なるマジックアイテムとはいえ、私を滅することは出来な………」
情け容赦ない2発目がグサリと刺さった。
2本のマナの結晶である矢がキラキラ煌めく。
またもやクレイントスは自らをペタペタと触れ、存在を確認した。
「ば、バカな……。存在が………揺らぐ? いや、それでも消滅させられるわけがない。だが、これは……なんだ? 苦痛か? こ、これは人間だった頃に味わった事のある………"痛み"なのか………」
呆然としたリッチーはいつもと別人のような口調で呟いた。
3本目の精密射撃がクレイントスを貫いた。
叫んだり、わめいたりはしなかったが、唸っていた。
「ううう………ぬぬぬ………こんな、痛みなど……これしきの痛みで!!!!」
ここまできて滅ぶわけにはいかないとリッチーは必死になった。
ローブに深く刺さった3本の矢を半霊体の手で引き抜く。
「残念ですが……残念ですが、ノワレさんには楽園に行かずに死んでもらいます。この輝く矢を打ち返して差し上げましょう。やはりあなたは私を克服することが出来なかった。でも、楽しませてもらいましたよ……」
呪印が刻まれた空のローブは魔術で霊体の弓を精製した。
そしてゆっくりと、確実に地上のエルフに狙いを定めた。
その時、突如としてクレイントスが苦しみだした。
「うおおおお!!! やめろ!!!!!! やめろォォォ!!!!!!」
胸をかきむしるようにもがく。もがく。
彼にダメージを与えていたのはマーメイドのウィナシュ。
そして死霊使のラヴィーゼだった。
そしてアシェリィもそれを手伝っていた。
「お前、賢いようなクセしてとんだ間抜けだよ。口は災いの元ってな。おしゃべりが過ぎたんだよ。おっとこれ以上は言わねーぞ。まぁ、もう自分がどうなってるかわかると思うが……」
ウィナシュは釣りざおのリールをくるくると巻いた。
糸の先は空中で途絶えている。
「右、あ、いや、左ちょっと上……お、下下。そこそこ!!」
ラヴィーゼは目をつむったまま釣りざおの持ち主の肩に手をやっていた。
体のツボを突くように人魚を案内しているのだ。
「があああああああ!!!! やめろ!!!!!! やめろォ!!!!!!!!」
この3人の作戦の発案者はウィナシュだった。
リジャスターの中でも腕利きな彼女のでないと、とっさにこの作戦はとれない。
(まず、アシェの幻魔で小さな次元の穴をあける。ほんで、あたしの亜空間を釣るルアーを突っ込む。クレイントスはそこに遺品を溶かしたっつってた。うまく隠したつもりだろうが、ラヴィーゼのアンテナは半端ねぇ。亜空間の中の溶けた遺品を見つけてくれた。あとは糸や針でひっかきまわす!!!!!
ローブがしわくちゃになるほど敵は体を折り曲げ、よじっている。
「ぐわあああああ!!!! やめ、やめろァァァ!!!!!!」
チームのリーダーはガッツポーズをとった。
「へへん!!! ビンゴォッ!!! 人間だったら心臓を中からかきまわされてる状態だ。苦しくないわけがねぇ!!! アイツにゃ心臓はねぇが、このまま魂をぶっ潰してやんぞ!!!!!!」
その直後、ボンッと音をたててローブが揺れた。
そこから暁の呪印が浮き上がって消滅していくのが見えた。
「オラァ!!! ラストスパーーートォッ!!!!!!」
「左……あ、いやちょっと下……、待った。上、上……ちょい右……そこそこ!!!」
ウィナシュもラヴィーゼもとても楽しそうだった。
いままで仲間をさんざん殺され、辛酸を嘗めさせられまくった仇を一方的に殴れるのである。
これが爽快と言わずしてなんと言えるだろうか。
ただ、アシェリィはシャルノワーレが心配それどころではなかった。
アルリルマーを維持するために動けずにいたので探すに探せなかったのだ。
そうこうしているうちに相手は叫ぶのを止めた。
「フィニーーーーッシュ!!!!」
人魚の釣り人は魂をつり上げた。
ゆらゆらとクレイントスが揺れる。
「コノウラミハラサデオクベキカ………」
それを最後にボスンッと音をたてて彼はローブごと蒸発してしまった。
戦いに気をとられていて気づくのが遅れたが、すべての存在が待ちに待ち、憧れた……。
楽土創世のグリモアがついに顕現した。
(ぐにゃあ………)
戦場は身体と精神を激しく揺すられるような歪みを体感した。
そしてそのマジックアイテムから強い光がさした。
眩しすぎて辺りが見えない。
目をつむっても太陽を直視しているかのようだ。
神が存在するとして、後光がさすとしたらきっとこういうものなのだろう。
人間も、悪魔や不死者さえそう思った。
そして全ては光に包まれた。




