ザ ・ラスト・ホープ
レイシェルハウトはザフィアルめがけて本気の魔術を繰り出した。
これによって起こった激しい爆風によってあたりには黒煙が巻き上がっていた。
もしもの場合に追撃がかけられるようにとカエデと百虎丸は高く打ち上げられた。
彼ら彼女らは上昇しつつ空中で接近していった。
「トラちゃん!! 視界が悪すぎるよ!! これじゃあ敵だけじゃなくてお嬢様もどうなったかわからない!! 一旦、着地しよう!!!」
カエデの提案に百虎丸は同意した。
彼が目線をそらしてアイサインを送ったわずかなスキだった。
ザフィアルが煙の中を突き抜けてきたのである。
「あっ!! 危ないッッ!!!!」
武士の女性は侍の亜人を突き飛ばした。
「小癪ゥ!!! 小癪小癪小癪小癪ゥ!!!」
究極悪魔はカエデの首筋をギリギリと握り締めた。
そのまま急上昇していく。
掴まれたカエデは苦しげにうめいた。
「ううぐっ!!! ぐうううう!!!!」
百虎丸は思わず声をあげた。
「カエデ殿!!! ザフィアルッ!! きさまぁッッッ!!!!」
真っ青なデモンはこちらを振り向いた。
「邪魔だ。獣臭いヤツめ。吹き飛べ!!!!」
次の瞬間、人の頭くらいのサイズの気弾が高速で打ち出された。
それがウサミミの亜人を襲う。
「ふにゃあっグ!!!!」
猫のような運動神経で彼は身をよじった。
紙一重でこの一撃を回避することに成功した。
「チッ!!!!!!」
落ち行く亜人を無視してザフィアルは上昇していった。
彼はとても悔しく思った。こんな時に、相手に攻撃をくわえる手段がなかったからだ。
「南無三ッッッ!!!!!!」
だが、気づくと百虎丸は武士の命である刀を投げつけていた。
もちろん、カタナは投擲武器ではない。
それに、百虎丸にも武器を投げるスキルはない。
矢鱈目鱈のこの攻撃はなんの意味も成さない。
そう思えたが、奇跡的に日本刀は悪魔の翼の付け根に突き刺さったのである。
まさにクリティカルヒットだ。
娘を掴んだままの悪魔はぐらりとバランスを崩した。
「ぬぅおっく!!!!」
学院の狙撃窓でスタンバイしていたサユキはこれを見逃さなかった。
「捕らえたッ!!! あれは……姉さん!!!!」
姉の危機を前にしても、すぐに彼女は冷静さを取り戻した。
雪のようにいつも冷静で落ち着いた心を持つ。それがサユキなのだ。
彼女は片眼をつむって簪を構えた。
(遠望追鬼の術!!!)
スコープの効果のある魔術を使ってギリギリまで拡大する。
(あれは……ジパの剣が刺さっているわ。しかも翼の付け根に。うまく剣にこれを当てれば衝撃で片方の翼を切り落とせるかもしれない!!!!)
白い和服の汚れも気にせずに彼女はうつ伏せになった。
一発で絶妙の位置に当てる必要がある。
気づかれてしまったら逃げられてしまうだろう。チャンスは一度きりだった。
(姉さん……絶対に助けるッ!!!!)
すぐに照準をあわせるとサユキは手のひらにのせた簪を発射した。
「チィン!!!」
飛び道具が刀を押し出した。さらに深く刃がめり込む。
「当たった!!」
すぐに反応があった。ザフィアルがバランスを崩したのだ。
そのまま片方の翼はもげて、悪魔は落ちていった。
掴まれていたカエデは放り出された。
先に着地していた百虎丸は彼女を見逃さなかった。
「ここらへんでござるか!? よっと……よっと!!!」
なんとか彼はカエデを衝撃から守ることに成功した。
だが、体格差は如何ともしがたく、あやうくペシャンコになるところだった。
「ぐぬぅ……カエデ殿、カエデ殿、拙者がスキを見せたばかりに……」
彼はカエデの体の下から這い出すと無事を確認した。
「こっ……これは!?」
究極悪魔に掴まれた彼女の首筋には禍々(まがまが)しい印が浮き出していた。
呆然とする侍に声をかけるものが居た。
「おい。にゃんころ!!! 大丈夫か、ケガはないか!?」
パルフィーとレイシェルハウトが揃ってやってきた。
「これは……カエデをすぐに治療しなければ!! 百虎丸、お願いできるかしら? 私たちは落ちたザフィアルを叩きにいくわ。私たちじゃないと厳しいわ。何とかなる?」
思わず百虎丸はパルフィーに言い返したが、すぐに本題に戻った。
「にゃんころはやめるでござる!! ああ、今はそんなことはどうでもいいでござるよ!!! よっと!!!!」
侍は主君の肩を担いだ。
「幸い、拙者は無傷でござる。カエデ殿は無事に学院へと送り届けるでござるよ!!」
すると百虎丸はペコリと頭を垂れた。
「レイシェルハウト殿、パルフィー殿、おそらく今のザフィアルに立ち向かえるのは貴殿方しかおらんでござる。どうか、ご武運を」
それを聞いて2人ともニッコリと笑った。
「にゃんころは水くせーんだよなぁ。そういうのは出来るヤツに任せときゃいーんだよ」
それをレイシェルハウトが茶化す。
「ふふ。パルフィーはバトルから大食いまでなんでも出来るものね。まぁオシャレは……」
亜人の娘は不満げだ。
「おい!! なんで黙り混んでんだよ!!」
戦いを前にしてまるで漫才のようなやりとりをしているがこれが彼女らのペースなのだった。
「それにね。2人じゃないわ。サユキが見守ってくれているもの。合わせてウルラディールの3人娘ですからね。大丈夫。あんな悪魔になんて負けるもんですか。ここで敗れてはみんなに会わせる顔がないわ。さ、百虎丸は行くのよ。私たちも……いくわ!!!!」
もう一度、ペコリとお辞儀をすると2人の侍は戦線離脱した。
その、直後に学院の方から轟音がとどろいた。
悪魔が暴走し始めたのだ。
不死者だけなら凌げても、悪魔まで攻めに加わると学院は持たない。
必死に防衛戦が維持されている状態だった。
「パルフィー、いくわよ!!!」
「おうよ!!!」
2人はザフィアルの落下地点にたどり着いた。
妖しく暁の呪印が真っ赤に光る。
ザフィアルは人気に気づくと振り向いた。
「ハハハ……。お前ら遅かったな。もう学院はおしまいだ。私の呪印は解き放たれた。楽土創世のグリモアは不死身の私のものだ。もはやゲームセットなのだよ!!!!」
究極悪魔は両腕を広げた。
その姿は中性的で、思わず見惚れるような美しい肉体をしていた。
いままでのいかつい姿とは別物だった。
だが、下半身に布を纏うのみで露出狂の気はあった。
おそらく本人のナルシストな部分が反映されているのだろう。
パルフィーはギュッと拳を握りしめた。
「そんならお前をボコボコにするまでよ。 あたしは正直、楽園なんてどうでもいい。だけどな、欲にまみれて好き勝手な事をやると痛い目をみるんだ。それをお前に思い知らせてやるよ!!!」
悪魔を指差してレイシェルハウトも彼を否定した。
「滅びが救済なんて傲慢もいいところだわ。全ての存在はそこまで弱くない。たとえ辛くても、苦しくても決して挫けない力を持っているわ。その可能性を救いの名を元に摘み取る権利は誰にもない。そんな傍若無人が許されるはずは無いのよ!!!!!!」
それを聞いていたザフィアルは肩で笑った。
「ハン。綺麗事を言う。それは強い者から見た言い分だ。辛く、苦しい思いをして報いがあるとは限らない。全員が挫折からを乗り越えられるとも限らない。ならば、等しく平等に、かつ苦しむこともない滅びを欲するのは当然の事ではないか? お前らよりユートピアに近いのは私ではないか?」
こうやって何度かやりとりしても考えが一致することはなく、相容れなかった。
肌の色はともかく、人間の姿となんら変わらなくなったザフィアルはみがまえた。
「どうした? 来んのか? 学院はあのザマ、アルクランツも戻ることはない。お前らが人間の最期の頼みの綱となったわけだ。なぶり殺しにしてマジックアイテムの呼び水にしてやる。退屈させるなよ!!!!」
すぐにレイシェルハウト達はフォーメーションを組んだ。
突っ込んでくるザフィアルとパルフィーが両手で組み合った。
「ぬぐぐぐぐぐ!!!!」
明らかに体格の良いパルフィーとひ弱なザフィアルが対等にぶつかる。
「お、意外に手強いな。感心したぞ」
そのすぐ後ろでレイシェルハウトが魔術の構えをとった。
「パルフィー!!! 殺す気でやるからね!!!!」
亜人の娘は背を向けて返事をかえした。
「あーいよッ!!!!」
サユキも絶えず狙撃のチャンスを狙っていた。
(一発よけられたら位置が悟られてしまう……。こらえる。こらえねば……)
こうしてウルティマ・デモンと人間の最期の戦いが始まった。




