こっちへこい。さあ死ね。さあ死ね。
屍の女王、ロザレイリアは滅びた。
まるでアルクランツが死んだときと同じように全ての存在がぞわっというに不快感に襲われた。
彼女が消滅したのも自然とわかった。
ロザレイリアを倒す。そう決意していたファイセルたちは空回りしたかと思われた。
だが、真の恐怖はこれからだった。
「ボバーーーーーンッッ!!!」
「チュドッ!! ドパドドパーーーーンッッッ!!!!」
学院要塞がグラグラと激しく揺れた。
何者からか強烈な爆弾を投げつけられているようだった。
揺れだけでは済まず、側壁に穴が空いた。
おまけに亀龍の脚一本も破壊され、要塞は大きく傾いた。
学院勢は状況が飲み込めずに混乱した。
リアクターで回復していた面々も一気に危険に晒される。
「この気配、この魔術……まさか!?」
すぐにファイセルはそばの覗き窓に食らいついた。
慌ててマギ・スコープの焦点をあわせる。
「やっぱり……。こんな破壊力が出せるのは…」
唖然とする青年をジュリスは押し退けた。
続いて覗きこんだ彼は身震いした。
「お、おい。まだリッチーが残ってたのかよ。いや……あのローブは……コレジール老じゃねえかよ!!!!」
ロザレイリアの残留思念が彼をリッチーとして駆り立てたのだ。
またもや爆発が起こった。
第三降下タラップがまるまる破壊され、生徒やリジャスターががバラバラになった。
「やっばりコレジール師匠だ!!!! 爆弾屋の魔術を使ってる。きっとあのゾロゾロ来るゾンビを爆弾にしてるんだ!!!!」
ゾンビとは言うものの、動きは緩慢でなく、かなり俊敏だった。
高い命中率を持ち、攻撃を避け、恐れを知らずに高火力。そして特攻してくる。
まさにコレジールが練り上げた魔術の結晶だった。
もっとも敵にすると非常に厄介な相手だ。
ぐちゃぐちゃに破壊された廊下や階段をかけ上がってファイセルたちは上部に移った。
ここには狙撃窓がある。一方的に狙える遠距離術者やスナイパーが主に使っていた。
だが、あまりの急襲に対応できていなかった。
ファイセルは素早く、茶、青、赤3つのブーメランを連続で投げた。
これが特攻ゾンビに当たったのか、学院の周辺で大爆発が起こった。
立っていられないくらい建物は激震した。
ジュリスもレーザーで狙撃しつつそれに続く。
「コレジールじいさんのゾンビは魔力が高い!!! ほら、お前らもボサッとしてないで、片っ端から目立つ不死者を叩け!!!」
上部の戦闘員はそれを聞くと各々が爆弾をピンポイントで撃ち抜いていった。
学院に到達される前に撃破できる確率が増えてきた。
だが、いかんせんボムの数が多すぎる。
これだけ高エネルギーの死んだ爆弾を造れるとは、底が知れない。
このままでは確実に押し込まれて要塞は大破する。
こうなれば元の術者を倒すしか活路は見いだせない。
だが、相手はリッチーだ。遺品を破壊せねばならないが、どこにあるかわからない。
ニャイラが死んだ今、見つけるチャンスは無くなった。
状況を打開するためにファイセルは無茶な提案をした。
「転生したてのリッチーは魂が揺らぐって習ったよね? もしかして今の師匠なら付け入るスキがあるかもしれない。僕は上部のカタパルトでコレジール師匠を止めにいくよ」
さすがにこれは無謀と判断されてリーリンカ、ラーシェ、ジュリスが引き留めた。
「このバカが!! 遺品のアテも無いのにリッチーに挑むなんて自殺行為だ!!!!」
「そうだよ!! 私たち4人……いや、学院生が束になっても敵わないよ!!!!」
「そうだぞ。命をもっと大切にしろ。 堪えれば巡ってくる機会もあるんだからな」
3人は彼を説得したが、聞き入れなかった。
なにやら策があるらしい。
「本当に一か八かだけれど、やってみる価値はある。行くのは僕だけでいいよ。こんな博打にみんなを巻き込むわけにはいかないからさ」
それを聞いていたリーリンカがツカツカと歩み寄ってきた。
突如、平手打ちをファイセルにくらわせた。
「ヘラヘラするんじゃない!! 勝算がわずかでもあるならなぜ『一緒に着いてこい』となぜ言えんのだ!!! だいたいな、毎度毎度お前は水くさいんだよ!!!!」
ラーシェが間に入った。
「あー、ハイハイ。ストップストップ。そこ、痴話喧嘩しない」
これには思わずジュリスも頭を掻いて苦笑いした。
「なんだ、その、お前、恐妻家だったんだったな。心配ムード台無しだぜ……」
叩かれた青年は頬をさすっていたが、すぐに真っ直ぐチームメイトを見つめた。
「はは……参ったな。こりゃリリィの言う通りだよ。命懸けになるけど、みんな僕と一緒に来てくれないかい?」
リーリンカ、ラーシェ、ジュリスは微笑みながら同意した。
「いいかい、だからね、これをこうして……」
ファイセルの作戦をベースにそれを練り直したり、改良を加えていった。
準備が整うと4人はカタパルトで一気に射出された。
ゾンビの群れを飛び越えてリッチーと化したコレジールのそばに着地した。
不死者が喋り始めた。
「おお、ファイセルか。死の世界はいいぞぉ……。よもや齢100年弱でリッチーに転生できるとは思わなんだ。さぁ、お前らもこっちへ来い。心地いいぞぉ……」
実体の無いローブがゆらゆらと風になびいた。
もうその姿に、生前の面影はなかった。
「常闇に落ちた師匠を浄化するのも弟子としての務め!! コレジール師匠、覚悟なさってください」
4人は臨戦態勢をとった。
「おお……ファイセルや、実に嘆かわしい。じゃが、弟子を死の世界に引き込むのも師匠の役目ではある。力を抜け。すぐこちらに引き込んでやるからのぉ……」
コレジールの瞳がキラリと輝いた。
ファイセル達の回りを爆弾ゾンビが囲む。
「バラバラになったら全員を縫い合わせてやるからの。お前らはボマーにはしないで、助手にしてやろう」
危機一髪だったが、ジュリスは無数のレーザーを放った。
それはシールドとして細かな多面体の辺を描いた。
同時に全員の魔力が大量に抜けて、盾魔術に吸収される。
一斉に爆破されて地面がえぐれてパラパラと降りそそいだ。
だが、ジュリスたちは無傷だった。
「へへっ……攻めだけじゃねぇ。俺は守りもいけるんだぜ!!」
この魔術は消耗が激しく、発動できるのは1回が限界だった。
とは言え、コレジールとしてはまさか爆発に耐えきるとは思っても見なかった。
大きなスキが生まれる。
「聖湿布だ!!」
リーリンカはそう言いながらラーシェの背中にほのかに光るシートを張り付けた。
すぐに湿布の効果がでて、張られた女性は属性を帯びた。
ラーシェは敵の懐に潜り込むと強烈なパンチの連打をおみまいした。
「てりゃりゃりゃりゃ!!!!」
それなりに手応えがあって、ヒットするとリッチーはのけぞった。
だが、さすがに相手のテレポートには着いていけない。
ファイセルもブーメランを連射するが、避けられてしまった。
挟み撃ちにするようにジュリスは光線を放っていたが、これもうまい具合にかわされてしまった。
転生したてとは思えぬ能力だった。
「ほっほっほ。おんしらではわしには勝てん。死ね。さあ死ね。こっちにこい。こっちにこい。死ね。さあ死ね」
確かにそれはコレジールだったが、もはや同一人物とは思えなかった。
それに似た不死者である。
なんとか粘ったが、4人は疲れ果ててしまった。
「先に弟子からじゃ。さあ。さあ。さあ死ね。死ね」
リッチーはファイセルの首をギリギリと締め上げた。
「うっ……くっ……」
青年は意識が遠退いていった。
だが、彼は目を見開いて腰から下げたホムンクルスの瓶を3回ノックした。
蓋が勢いよく開いて、妖精が飛び出した。
「おい、クソジジイ!!往生際が悪いぜ!!! 狭いとこに閉じ込めて浄化してやるぞ!!!!」
瓶から飛び出してきたのは妖精のリーネだった。
彼女はコレジールの魂を引っ張りこんだ。
転生したてのリッチーはまだ魂が揺らいでいたから出来る作戦だ。
そのままローブも引き込む。
コレジールは容器を割ろうとせん勢いでバキバキと中で暴れた。
その頃、もう1人の師匠、オルバはポカプエル湖畔で昼寝していた。
しかし、蜂にでもさされたかという勢いでオルバは跳ね起きた。
そして激しく苦しみだした。
「うおああああああッッッ!!!!!! こっ、これは、コレジール師匠の魔力が逆流してきている!!!!!!!! さてはファイセルくんだな!?」
オルバは首もとをかきむしった。
「ぐううッ!!死このままでは死ぬ!!!! 死んでしまう!!!! いくらなんでも私1人で暴れるコレジール師匠を押さえることはできないって!!!! このままでは私が爆散してしまう!!!!! ええい、緊急時だ!!!! この暴れる魔力、シェアするよ!!!!」
ファイセルとアシェリィの師匠は暴れるパワーを弟子たちと自分で3等分した。
「ぬぐっ、ぬおぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「う、うわあぁぁぁぁッッッ!!!!」
「ぎゃっ、きゃああああぁぁぁ!!!!!!」
3人ともまるで電気が走るような衝撃を受けた。
こうしてこの3人は数分間、苦痛に耐え続けた。
気づくとファイセルのそばにはただの水が入った瓶が転がっていた。
(わしは……いい弟子たちを……持ったわい………)
ファイセルもアシェリィも周りの人が心配したが、幸い後遺症はないようだった。
オルバは立ち上がると砂をはたいて落とした。
「まったく。私が死んだらどうするつもりだったの。私は死なない方の師匠なんだから」
こうしてコレジールは愛弟子達の手によって安らかに浄化されていった。




