それでも僕は意志を継ぐ
クレイントスの冷やかしを食らったシャルノワーレ達。
同時にそのリッチーが黒幕であることをニャイラを通じて知ることが出来た。
争奪戦がひっくりかえるレベルの情報である。
すぐにリーダーのマーメイド、ウィナシュは判断を下した。
「いいか。すぐに学院へ戻るぞ。ノワレが本調子じゃない。それに、ニャイラの情報も重要で伝えにゃならん。それに、あたしとアシェだけでアタックチームを編成するのも無理がある」
だが、乗り物もないし彼女らを運ぶ手段が思い付かない。
すぐにウィナシュはアシェリィになにかを投げてよこした。
「これは……ルアー?」
雲をかたどった本体に針がついていた。
「ニャイラ、おぶされ!!! いっくぞおおお!!!! クラウド・キャッチャー!!」
人魚は釣り竿を振って上空にルアーを放り投げた。
不思議なことに、針は空の雲に引っ掛かった。
そのまま高速でリールを巻き上げると一気に高度が上がっていく。
ある程度の高さになったら一度、フックを外して進行方向にある別の雲を釣った。
まるで振り子のようにして器用に移動していく。
それを見ていたアシェリィは口をあんぐりとあけた。
「そんなのムチャクチャだよ……。まぁ、師匠はいつもあんな感じだけどさぁ……」
シャルノワーレが帰還を渋るかと思ったが、このままではどうしょもないと悟ったらしい。
説得に応じたのでアシェリィ彼女を背負いつつ、雲を釣って移動した。
意外とこれがなんとかなるもので、短時間で無事に学院へ着けた。
妙にウィナシュの移動が早い時があると思ったらこれがそのタネだった。
ニャイラはすぐにファネリやナーネにクレイントスの陰謀をバラした。
これによって彼に対する警戒心が高まり、おいそれと戦場に転移できなくなった。
狙い打ちされればクレイントスとてただでは済まないからだ。
もっとも、暁の呪印を取り込んだリッチーはおいそれと滅びるわけがない。
だが、牽制としてはそれなりに効果があった。
もちろん強行突破する事も可能だろうが、用心深いリッチーのことだ。
ここぞという絶妙タイミングまでは息をひそめ、潜伏するはずである。
そんな話をしていると、シャルノワーレに声をかけてくる者が居た。
「はじめまして。エルフのお嬢さん。私、テイミングが専門のリジャスターです。いま困っていまして、ちょっといいですか?」
とんがり耳の少女は怪訝な表情を浮かべた。
彼女はそのまま、屋上近くの広いホールにノワレを案内した。
そこには真っ白い毛のドラゴン、ファオファオが横たわっていた。
数少ない空の戦力として温存されている一匹だ。
「いやぁ、教授や専門家の多くがお亡くなりになってしまいまして。この子の不調を特定できるのは数人しかいませんでした。見てくださいこれを」
ファオファオはしゃっくりするように定期的に体を震わせていた。
「ウック…ゴバァ!!!! ウック…ゴバァ!!!!」
その度に口から浅葱色の体液を大量に吐き出している。
「こ……これは!?」
リジャスターの女性は頷いた。
「そう。これはドラゴニア・シードの副作用のはずです。そのタネは龍族の生命力を活性化させる効能がありますが、体内に残ることがあるんです。ファオファオが苦しそうにしているのはそのせい。多分、体内に根が張ってしまっているんです。私たちも手を尽くしたのですが、種がひっかかってしまって。ですが、エルフ魔術の使えるあなたになら……」
シャルノワーレはドラゴンのフサフサと毛の生えた皮膚に触れた。
白く美しい体毛はアイスヴァーニアン種の特徴だ。
そしてエルフは瞳を閉じて植物を目覚めさせるシード・アウェイカーの逆をやってのけた。
まるで針のように食い込んでいた根が種からシュッとひっこんだ。
「ゴボッ!!!!」
白いドラゴンは勢いよくピンポン玉サイズのタネを吐き出した。
それはコンコンと音を立てて、床に転がる。
それをリジャスターは興味深そうに拾った。
「おお!! これが噂のドラゴニア・シードですか!! 実物を見るのは初めてですよ!!!!」
テイミング専門家は興奮気味に種を見つめた。
だが、急に顔色が曇った。
「え、あ、でもこれ、エルフの人が飲んじゃうと……」
どうやらツリー・ドラゴンへの変態を知っているようだった。
「で、でも……命を落とすかもしれないって文献には……。ま、まさか使いませんよね?」
とんがり耳の少女は黙ってリジャスターに歩み寄った。
これならもしかしてクレイントスを滅ぼせるかもしれない。
だとしたら死など怖くはないと本気で彼女は思った。
皮肉にもアシェリィの命の心配をしつつ、自分の命に関しては顧みる事はなかったのだ。
鬼気迫る表情で手を差し出したエルフに女性は種を渡さざるを得なかった。
その頃、ファイセルたちは学院でスタンバイしつつ戦場を見下ろしていた。
彼らが見ているのは人も悪魔も動物も、そして不死者でさえ蛆にまみれた不毛のエリアだった。
そんな時、ファイセルの顔に何かが張り付いた。
「ぬわっぷ!! な、なんだこれ!?」
青年は顔に引っ付いたものを剥がした。
それがなんだかわかるとファイセルは一気に青ざめた。
「こ……これは……。コフォルさんのじゃないか!!!!」
えんじ色をしたとんがり帽子が手に握られている。
コフォルは神経質にこの帽子を被っていた。
見た限りでは彼がこれを身に付けていないときは無かった。
寝ている時でさえもだ。
これが戦場の風になびかれているということはコフォルの死を暗示していた。
死んでしまったと決めつけるのは乱暴かもしれないが、この状況で希望を見いだすのは難しかった。
もしかしたら渡せる機会があるかもしれないと、ファイセルは帽子を大事にたたんで鞄にしまった。
「僕はコフォルさんやルルシィさんとチームを組んでいたんだ。だけど、きっと2人とも……」
チームの生き残りは俯いていたが、すぐに顔をあげた。
「2人とも、もう二度と蛆のマゴッティや不死者に苦しめられる人が増えるのは耐えられないって何度も言ってた。それに、ザティスやアイネだってそのせいであんな不幸な目に……」
チームメンバーの顔を見ながらファイセルは決意を固めた。
「彼らだけじゃない。アルクランツ校長先生だって、コレジール師匠やオルバ師匠。願いのために亡くなっていた沢山の人たち……。おこがましい。おこがましいし、ガラでもないのかもしれない。でも、僕はその意志を継ぐよ。"生けとし生ける者の楽園、ウィザーズ・ヘイブン"を!!!」
言うほど簡単でないのは本人が一番わかっていた。
「相手は冥界の女王、ロザレイリア。勝てるかどうかはわからない。間違いなく死闘は避けられない。それでもやってみなきゃ、わからないこともある!!!!」
蒼く美しい髪をたくしあげてリーリンカは笑った。
「お前にしては大きく出たな。まぁどこまでも着いていってやるよ。このエンゲージリングにかけてもな」
ラーシェは勇ましく胸の前で拳を打ち付けた。
「もう2度とアイネやザティスくんみたいな人は出させやしない!! それに、あたしだって護りたい人がいるんだ!!!」
無造作に頭をガサガサと掻いてジュリスは言った。
「バーカ。護るのはお前じゃねぇ。俺だろ。もちろんファイセルも、リーリンカも俺にまかせとけよ。万事OKだ。」
先輩らしい頼りになる一言だった。
悪魔に対しても思うところがあった。
だが、ザフィアルの方はレイシェルハウトを含む部隊が当たる予定になっていた。
また、骸の女王には別のアタックチームも編成されていた。
ウィナシュたちの班は補充要員を集めていた。
ここまでくるとただ頭数をそろえればいいというわけでもなく、面識が重要視される。
そのため、アタックチームの人数は3~7程度にばらけていた。
「ふーむ、ニャイラは学院に残るとして、あたし、アシェ、ノワレだと質はともかく、人数が足りないな」
そんな中、増援が1名追加された。
待機中のメンバーに手を振りながら近づいてきた。
「アシェリィと同じサモナークラスのラヴィーゼだ。特に不死者に詳しいネクロマンサー。ロザレイリア討伐ならそれなりに役に立つかもな。よろしく頼むよ」
いつの間にかシルバーに色が変わった髪を揺らしてチームメイトにそれぞれ握手していった。
気さくな人物であることがすぐに伝わったので彼女が馴染むのは早かった。
そんな彼女だったが、アシェリィの近くにやってくるとささやいた。
「お前と入れ違いで戦闘不能のフラリアーノ先生が運び込まれている。死んじまったのか、魂の融資で仮死状態なのかよくわからないんだ」
すぐにアシェリィはフラリアーノの元へ行こうとした。
その腕をガシッとラヴィーゼがつかんだ。
「行ったって無駄だ。意識を先生にリンクしてみなよ」
なんとかして、恩人を助けようとした少女はクールダウンした。
そして目を閉じて、フラリアーノの魂を探った。
(ザーーーーーッッ、ザーーーーーッッ)
砂嵐のようなノイズが入る。
「言っただろ? これじゃ生死はわからん。先生のためにも、それはそれと割りきって次の戦いを生き延びることを考えるんだ」
話が一段落したのを確認するとウィナシュは確認をとった。
「よろしくなラヴィーゼ。アシェリィと同じクラスでノワレとも知り合いか。あたしは初対面だが気楽に接してくれてかまわない。基本的な作戦立案はあたしがやるが、緊急時は自分で判断してかまわない」
リジャスターの人魚は骸使いのモナーと拳を軽くぶつけた。




