命を燃やし尽くす意義
学院要塞は戦場に突入した。
遅くはあるが、確実に進撃を続ける。
悪魔や不死者達がうじゃうじゃと押し寄せてきた。
鈍重なこのシェルターではとりつくこれらを振りきることは出来なかった。
だが、こちらにも対抗策はある。
マッドラグーンが泥を波のように吐き出し、やがて固まって陸上の敵を無力化させる。
それに学院の土台となっている亀龍の放つ対空の空気砲だ。
どちらも強者にとっては子供だましだが、多くの邪魔者は蹴散らせる。
数で劣る学院勢としてはそれでも十分だった。
要塞は被弾しつつもびくともせず、戦場に踏み込んだ。
「今じゃ!! マッドラグーン砲、てーーーーーッッ!!!!」
学院の稼働全般を担っている最長老のナーネが発射指示を出した。
屋上から首を出したのは赤茶色の龍の頭だ。
大量の泥を人間の膝くらいの高さで吹き出す。
だが襲撃で本体が死に、首から上だけが延命されていたマッドラグーンはすぐにドロドロに溶けてしまった。
同時にタートルドラゴンは空めがけてあくびをするような仕草をとった。
「ボフンッ!!!!」
猛烈な気流で滞空していた者たちは遠くにふっとんだ。
この空気砲と泥の波によって一般人や雑兵 はほとんど無力化された。
ある程度、戦闘力のある戦士や悪魔、不死者は泥や空気砲から抜け出した。
泥が固まったのを確認するとナーネが声をかけた。
「空中の敵が戻ってくる前に攻めるんじゃ!! 指揮官はファネリに任せる!! わしらは命を懸けて要塞を維持することに専念する!!! 逃げ帰っての回復も可能じゃが、時間ががかかる以上、安全は保証できん。あまり考えたくないことじゃが学院が沈めば共倒れじゃ。撤退するかどうかは慎重に判断してくれい」
すぐに要塞の壁からカタパルトがせりだした。
これに乗って魔術使い達は最前線へ射出されるのだ。
ホールに学院関係者が集まるとファネリは作戦を確認した。
「こんな若造のワシじゃが、大役を仰せつかったからには全身全霊をかけて取り組むとするわい」
そういうと彼はホールに映像を投影した。
「まずはコイツじゃ。姿を現しとる一番分かりやすい悪魔、ザフィアルじゃ」
紫の体に真っ青な顔をしていたデモンだったが、いまは赤く輝いていた。
まるで焔のようなオーラを帯びている。
「ついに暁の呪印によって覚醒しおった。もはや他の悪魔とは別次元の強さと言える。取り巻きが増える前にコイツの息の根を止めるッ!!」
そして指揮官はなにも見えない泥を指差した。
「次にロザレイリア。裏切り者のリッチーのせいで蒸発したかと思われたが、まだ気配が残っておる。その証拠に見よ」
次々とオレンジ色のスケルトンが泥から這い上がってきた。
「あの骸骨の巨人はまだ滅んでおらん。おそらくロザレイリアが操っておるんじゃろう。片割れだと言って油断するなかれ!! 個々でも研究生並みの戦闘力はある。元々、1つだっただけあって連携にも長けている。群がられたら命はない!!」
今度は手当たり次第、首をはねて悦に浸っているリッチーがいた。
「こやつが報告にあった悦殺のクレイントスじゃな。ロザレイリアとはまた違った動機で動いておるようじゃが、取り入るスキがあるやもしれん。何を考えておるかよくわからん。少し泳がせておくとしよう」
事前に練られたアタックチームが出撃し始めた。
ナッガンはクラスメイト達を集めて声をかけた。
「ザフィアルは俺たちに任せろ。お前たちは生き延びてくれればそれでいい。生徒を失わないようにしごいてきたつもりだったが、現実はそう甘くはなかった。全部、俺の責任だな」
彼は珍しく俯いたがすぐにいつもの堂々とした態度に戻った。
「安心しろ。かならずケリをつける。そしたら美味い酒でもやろうじゃないか」
そういうとナッガンは背を向けた。
「いくぞ!!」
クラスメイトは気を引き締めて、要塞から降ろされたタラップから外に出た。
その頃、素早い学院生たちはここぞとばかりにザフィアルに突撃していった。
魔法のオーブに股 (また)がった双子のリジャスターが迫る。
詠唱を揃えて攻め立てようとした。
「喰らえッ!! サンダスト・ミル…」
「喰らえッ!! ムーンダスト・ミル…」
次の瞬間、彼らのオーブは爆散し、辺りに2人分の肉片が飛び散った。
ザフィアルはニヤニヤと笑っていた。
「おやおや。ほんのちょっと力を加えただけでボンッ…か。そのオーブはさぞかしデリケートなようだな」
もちろん実際はそんなに脆いわけではない。
ただ、究極悪魔の魔力が強すぎたのである。
スキだらけのザフィアルを誰かが後ろから羽交い締めにした。
別のパワータイプの女子学生だ。
器用に滞空しながらギリギリとデモンを締め上げる。
「よそ見してんじゃないよ!! みんな、一気に撃ち込こめーーー!!!」
命を懸けた完全に捨て身の拘束だった。
「うおあああああぁぁぁぁッッッ!!!!」
ザフィアルは危機を感じて叫んだ。
その場のチームはこれが決定打になる。そう思った。
だが、ほんの一瞬で形勢は逆転した。
「まずい!! やられる!! …なあんてなぁッ!!!」
赤く燃ゆる人外は目に見える速度をこえて背中から鋭い翼を突きだした。
それは後ろから押さえつけている女子の腕をスパッと切り落とした。
「邪魔だ!!! くたばれぇぇぇッッ!!!!」
悪魔は両腕を切断された者にすかさず回し蹴りをくらわせた。
「ボギィッ!!」
鈍い音を立てて彼女の骨の軸は折れた。
そしてまるで折れた枝のように体がねじ曲がる。
まだ死んでいなかったのかヒクヒク痙攣しながら落ちていく。
「貴様ーーーッ!!!!」
リジャスターの一部がザフィアルめがけてなだれ込んでいく。
「フフハハハハ!!!! 雑魚が!!! そんなに死にたいか!!! ではお望み通りにしてやろう!!!」
ウルティマ・デモンは両手の人差し指を相手に向けた。
「フッ!!! フッ、フッ、フッ、フゥッッ!!」
宙をつっつくように何度も指を突きだした。
すると、攻撃に出たリジャスター達には1人のこらず大きな風穴があいた。
その場は阿鼻叫喚の様相を呈した。
「これが、学院連中のトップクラスなのか……? 面白くもない冗談だ。やはりアルクランツがいないとこんなものか。遊び道具として生かしておくべきだったのかもしれんな」
その後、陸から空から腕利きの学院勢がかかっていったが、まるで紙をちぎるかのように撃破されていった。
恐ろしいことにザフィアルには底無しのスタミナがあった。
これだけの人数にこれだけの火力を維持するだけの力がある。
もっとも、本気を出さずとも相手を倒せるのでこの程度は負荷になっていなかった。
悪魔の親玉の想像以上の強さと、学院の妨害から復帰する戦力のせいで学院は前衛の再編成を余儀なくされた。
ベストと思われたがアタックチームがいとも簡単に落とされてしまったのだ。
その間は後発組で支えることになった。
先発隊は切り込み役であるからして攻撃力の高い術者で構成されたいた。
一方の後発組は緊急時の防衛用に編成されていた。
急仕立の部隊だったのでお世辞にも練度が高いとはいえなかった。
故にその場しのぎのためのチームもちらほら居た。
ただ、戦力は削られては居たものの、学院勢は質も量も上回る敵に善戦していた。
ここで後発組は被害を押さえて再編の時間を稼ぐ必要があった。
教師陣4人は後衛を守るようにして先頭を切り、ザフィアルを引き付けた。
斬りこみ要員の一部も悪魔から離れた位置で
戦い始めた。
対するウルティマ・デモンは彼らを見下ろした。
「なんだ? それで精鋭揃いのつもりなのか? ハッ!!! 笑わせてくれる。貴様らなんぞ、これで十分だ。お前ら、遊んでやれ!!」
自分の脇腹から3回、肉を抉りとるとザフィアルはそれを地面に蒔いた。
すぐにそれはモンスターを形どっていった。
牛の頭にメイスを持った悪魔に雄牛の頭にハンマーを持った悪魔、そして豚の頭トゲトゲの金棒を持った3体の悪魔が現れた。
体はミノタウロスのようだったが、頭はめったに見ないタイプだった。
「ハハ!!! お前らにはこの畜生共で上等だ!! 自分の無力を悔いながら死んでいくがいい!!」
ズシンズシンと3体は近づいてきた。
思いの外、大きくて背の高いバレンの2倍はあった。
それに、巨大な得物を装備していたので余計に圧迫感があった。
馬頭はギョロギョロと教授達を観察した。
「グシシシ…。ヒゲ面に、アフロに、片腕なしに、オールバック…? グシシシ…」
牛頭は冷静に分析した。
「ふむ。この臭い。テイマーに、拳術家、サモナーにパペッターか…」
センターに居るだけあってもっとも理知的な態度をとった。
「ブヒィ!! ブブフィ!!! ブフィ!! ニンゲン!!!! ニンゲン!!!!」
逆に豚頭は一番、理性を欠いていた。
一見すると脳が足りない連中に見えなくもない。
だが、あまりのプレッシャーに4人の教授達は冷や汗をかいていた。
バレンは相手の筋肉に目をつけた。
(あの筋肉の付きかた。半端じゃねぇ。馬鹿デカい武器をいとも簡単に…)
ケンレンは飼い慣らせないか試みたが、望み薄だった。
(あれは忠実な下僕。心に寄り添う隙間はないわね……)
フラリアーノはサモナーズ・ブックを取り出した。
(3体一気に巻き込みますか…。それとも各個撃破? いや、牛は私達の魔術を悟っている。うかつに攻めるのは危険ですね…)
ナッガンは今までの戦いの経験から敵の性質を見極めた。
(一見すると動きがバラバラに見えて、実は統率がとれている。頭を潰せばチャンスはある。リーダーはどいつだ?)
4人は息をあわせて互いの読みをシェアしあった。
まだ短くはあるが、互いに命を懸けているとなるとツーカーなやりとりを自然にとることができた。
上空のザフィアルはこれを見ものとばかりに眺めていた。
戦いの結果がどうであろうと究極悪魔の注意しばしこちらにそらすことができる。
それだけで彼らは自分が燃え尽きる意義を悟っていた。




