スウィート・ラヴァーズ
決戦を前にして、学院生達は悔いの残らないように互いの部屋を行き来していた。
特に、生きるか死ぬかわからない中で恋人たちは逢瀬を噛み締めた。
ラーシェはジュリスの個室へと入っていった。
「おう。来たか。これで最期かもしれねぇとなると、まぁそうなるわな」
だが、訪ねてきた方は暗く俯いていた。
「先輩……私、生き残る自信がないんです。なんだか、みんな死んでしまう気がして……」
いつも元気いっぱいの彼女にしてはガラにもないセリフである。
さすがに戦場のプレッシャーに飲まれて滅入っているのだろう。
そんなラーシェの頭を先輩はポンポンと叩いた。
「安心しろ。お前は俺が守ってやる。もちろん、他の連中もだ。お前は生き残ることだけ考えりゃあいい。だから、そんなに不安そうな顔をするな。俺まで滅入りそうだぜ。、ま、ちょっとやそっとじゃ俺はへこたれねぇけどな!!」
軽口を叩く青年の胸に、ラーシェは飛び込んだ。
しばらく泣きじゃくっているのを見て、ジュリスは黙って彼女を抱きしめた。
すすり泣く声が部屋に響く。
ここまで懸命に戦ってきた彼女だったが、仕方ないとは言えザティスやアイネを手に掛けたことを悔いていた。
おまけにウジまみれのあの姿である。トラウマにならないわけがなかった。
だが、彼女は強かった。泣き止むと顔を上げてジュリスに微笑みかけた。
「そうだ。いいぞ。その顔だ」
青年は恋人の髪を優しくなでた。
「先輩……あの……その……」
それをジュリスは遮った。
「あ~、もう。女に野暮なこと言わせねぇよ!! 朝まで寝かさえねぇからな!!」
ラーシェはたじろいだ。
「え、さすがにこの大事な時にそれはちょっと……」
「バーカ!! 冗談だよ!!」
2人は体を絡めあってライトを消した。
一方、アシェリィは呼ばれたとおりシャルノワーレの部屋へ入った。
「お邪魔しま~す」
小さなテーブルの脇にノワレは座っていた。
「あら、いらっしゃい。一緒にエルヴン・ティーでもどうかしら?」
アシェリィとノワレは和んだ雰囲気で雑談を続けた。
「まったく、あなたが婚姻名で呼んだ時はどうしようかと思いましたわ。顔から火が出るくらいに恥ずかしかったんですのよ」
人間の少女は苦笑いをして答えた。
「だってさー、まさかエルフの婚姻のルールなんて知るわけないからさぁ。それに、結局は皆にも浸透してノワレになっちゃったし……」
ノワレはなんだかモジモジしていた。
「その……わたくしはあなたなら本命の結婚相手でもよろしくてよ……?」
アシェリィは彼女に対して特に進展なしの初々(ういうい)しいカップルだと思っていた。
そのため、いきなり結婚となると面食らわざるをえなかった。
「そ、それは……確かに私達、何回かキスとかはしたけどまだ結婚とかそういう段階ではない気が……」
みるみるシャルノワーレの表情が不安さを増していく。
「い、今のはプロポーズのつもりだったのですけれど……」
気まずい沈黙が2人を包んだ。
アシェリィとしてはこれを拒む理由は何もないのだが、いまさらこっ恥ずかしくて何も言い出せなかった。
だが、ふとあの感覚が蘇ってきた。2人で合宿をしたときである。
あの時、確かに彼女らは心を1つにした。
それを思い返せばノワレとくっつくのはごくごく自然で、抵抗感のない事だった。
むしろ、その告白に対して嬉しささえあり、応じるのに戸惑いはなかった。
思わずアシェリィはノワレの手を握った。
「いいよ……。ノワレちゃんとなら……」
今度はエルフの少女が近づいてきて人間の少女の肩に手をかけて抱き寄せた。
2人とも爆発しそうなくらい心臓がドキドキしていた。先に動いたのはシャルノワーレだった。
アシェリィを優しく寝かせて、上に覆いかぶさるような姿勢で床に手をついた。
「アシェリィ……これが最期かもしれません……。だから……わ、私と寝てくださる?」
言い寄られた少女はパニックになった。
「えっ、えっと、そ、それって、ただ寝るだけじゃなくて……」
アシェリィの顔がみるみる真っ赤になっていく。
シャルノワーレは息を呑みながら無言のまま頷いた。
「あっ、そ、その……私、そういうの、よくわからなくて……。だ、だから、その……や、やさしくしてください……」
アシェリィは跳ねっ返りでどうしょもないじゃじゃ馬な娘だが、意外と乙女だった。
それを聞くとノワレはアシェリィに抱きついて何度もキスをした。
エルフのタッチは魔性と言われており、人間を魅了すると噂されている。
事実、そのとおりですぐにアシェリィはトロ~ンとなってしまった。
ライトを消すとまるで2人はとろけ合うかのようにして夜は更けていった。
ファイセルもリーリンカの部屋へやってきていた。
「やあ。来たか。いよいよだな」
部屋の主がそう声をかけると青年はその隣に座り込んだ。
「ああ、きっとこれが最期になるだろうね……」
2人は沈黙していた。だが、互いに思うことはしっかり通じ合っていた。
ファイセルは迷いなく、リーリンカを優しく抱き寄せた。
すぐに女性も青年の背中を抱き返した。
「はは……。お前からくるなんて、すっかり男らしくなったじゃないか。どうだ? とうとう一線を越える気になったか? いいよ」
2人は長いこと一緒に居たが、学生のうちはと未だにプラトニックな関係だった。
ファイセルが押すのが弱いというところもあったのだが。
一方のリーリンカは夜這いをかけた事があるだけに堂々としていた。
ただ、肝心の何をするかについては具体的にはわかっていなかったが。
リーリンカを抱きしめつつ、ファイセルは笑った。
「まだ、このままでいようよ」
思わず彼の恋人は素っ頓狂な声をあげた。
「は? 添え膳食わぬは男の恥というだろう!! それに、それがハタチを越えた健全な男のリアクションか!!」
怒りを通り越してリーリンカは呆れた。
「そうだな……。お前はそういうやつだったな。私がバカだったよ……」
彼女は瞳を閉じてギュッと愛おしげにファイセルを抱きしめた。
青年はリーリンカの肩に頭を寄り添えて耳元でささやくように言った。
「確かに、僕も君と一緒になりたいと思うよ。でもさ、それで満足しちゃったら心の何処かで”もう死んじゃってもいいかな”って思っちゃう気がするんだ。ここでおあずけなら無念があったまま死ねないってなるでしょ。それに、なんだかんだでリリィは繊細だからね。今まで距離をつめなかったのはなんだか君が壊れてしまいそうだったからなんだよ……」
その告白に恋人は苦笑いを浮かべた。
「本当にお前はバカだな。壊れやしないさ。むしろお前色に染めてほしい。そう強く思うんだ。だが、お前の言う事にも一理ある。もう死んでもいい。この戦いの最中、そう思うのは危険過ぎる。となると……やはりおあずけだな。だが、お互い生き残ったら、今度こそ……」
リーリンカは顔を赤くした。
「ああ、かならずね。約束するよ」
ファイセルとリーリンカは制服のまま抱き合って夜を過ごした。
こうして、それぞれの想いをのせて最終決戦は始まろうとしていた。




