今は亡きクラスメイトに誓って
学院要塞が戦場に出る前夜のこと、各々(おのおの)は戦いを前にして思い思いの時間を過ごしていた。
要塞とは言え、ホールやフロアだけが存在するわけではない。
200余名が利用することの出来る個室が用意されていた。
まるで蜂の巣のようにハニカム型のブロックで構成された部屋が並んでいる。
1人1人のプライバシーが確保されているが1室はとても狭い。
さながら安っぽいカプセルホテルといったところだ。
それでもこの居住空間をこれだけの規模かつ、短時間で構築したのはさすが学院の魔術力としか言えなかった。
とはいっても、学生寮に比べれば遥かに単純な作りなので寮を維持するのよりは負担は大きくはなかった。
ただ、必要最小限の家具だけしか装備されておらず、2部屋作りの奥側はシャワーとトイレしかなかった。
体の大きいものはいささか窮屈な思いをすることになったが、横になって寝るぶんには問題なかった。
むしろ、戦時中にこれだけ揃っていれば上等と思う者が多かったが。
この不思議なホテルは暗号化された自分の部屋番号を念じると入出できる。
そのため、誰かが勝手に入ってくるということはありえない。
だが例外はあって、誰かと部屋番号を共有すれば部屋の空間を合体させることが出来るのだ。
人数分にあった部屋の広さになるので、広々と過ごすために多くの利用者が番号を共有した。
プライベートな会話はもちろん、ミーティングにも使ったり出来る。
いつ死別するかわからないこんな状況であるから、大事な人とかけがえのない時を過ごす。そんな者も多かった。
皆が思い思い過ごす前にナッガンはクラスメイト達を集めた。
「いいか、お前ら。これが笑っても泣いても最期になる。後悔しないようにやれ。そして絶対に死ぬな。俺は敵の前線に切り込む。命の保証はない。だが、お前らにかかる火の粉を振り払えればそれでいい」
クラスメイト達は悲痛な面持ちを浮かべた。
「おまえら。そんな顔をするな。なにも死ぬと決まったわけじゃない。それに死ぬのがわかっていて突っ込むほど俺は迂闊ではないからな。さ、お前らの心意気を聞かせてもらおうか。いいな、これは生き残るためのもので、遺言ではない。弱音は聞かんぞ」
それを聞いて1班のアシェリィから勇気を持って語りだした。
「私は……私はいなくなっちゃった人の為にも頑張るよ。運良く生き残された命なんだから無駄には出来ない。それに、なによりここまで来て死んじゃうなんて嫌だよ!! 私は全力で立ち向かう。だからみんなも絶対に生き残って!! 生き残って、また一緒に笑おうよ!! ……きっとみんなもそれを望んでるよ……」
それを聞いてクラスメイト達はそれぞれが生き残った意味を考えた。
それでも戦いが終わったらまた一緒に笑いたい。全員がそう思った。
続けてシャルノワーレが語りだす。
「いまさらと思うかもしれませんが、わたくしってば酷く傲慢でしたわね。あなたがたをただただ見下していた……。ですがどうでしょう。他でもない、あなた方のおかげで大事な事を教わりましたわ。今度はわたくしがお返しする番。またこうしてお会いしましょう」
そしてイクセントが重い口を開いた。
パチンと指を鳴らすと髪の毛と瞳が真紅に染まった。
「知ってる人は知ってると思いますが、イクセントとは仮の名……。実はウルラディール家の当主、レイシェルハウトとは私のことです。みんなには隠しっぱなしで申し訳なかったわ。でも、あなたたちと過ごした時間はウソでないわ。だから、これからも変わらず接してくださいな」
知らない面々は驚いたが、にっこり笑う彼女を見たらどうでもよくなった。
1班の最後のジュリスが話を締めた。
「お前らここまでよくやってきたよ。もう俺と大差ないくらいじゃねぇか? いや、そりゃ流石に冗談だぜ。俺は大人気ねーからな。まだまだお前らにゃ負けねぇよ。だから、お前らも腹くくってかかってこいや。負けじとついてこい。その先で会おうぜ!!」
彼は力強くそうまとめた。
担任のナッガン教授が進行を続ける。
「次は2班だ。2班は百虎丸だけだ。遊撃チームに引き抜かれたから難を逃れた。だが、その事を悔いるな。仲間の分まで生き残れ」
ウサミミの亜人はしょんぼりしていた。
「いくら悔いるなと言われてもこの惨状を受け入れるのは厳しいものがあるでござる。ただ……ただ、亡くなったみんなの前でいつまでもしょぼくれているのは申し訳がたたないでござる」
百虎丸は袖で顔を拭った。
キラリと涙が光った。そして歯を食いしばって前を向いた。
「決してその死、無駄にしないでござるよ。拙者も死ぬにはまだ早い!! どうか、あの世で見守っていてくだされ!!」
自然とクラスメイト達からは拍手があがった。
同時にそれを聞いて一同は涙を浮かべずにはいられなかった。
教授は思わず険しい顔になったが、次いで3班を指した。
「3班の生き残りはクラティスとドクか。聞かせてくれ」
黒い学ランを着たクラティスはずいっと前に出た。
「ああ、そりゃ仲間が死んで辛いよ。苦しいよ。悲しいよ。だけどな、こういう時にあたしが盛り上げて、勇気をつけて、鼓舞しなきゃどうすんだよ!! 絶対あたしはへこたれない!! どんな状況だって応援してみせる。それこそインビゴレーターの役割だからね!!」
この頼もしい宣誓がクラスメイト達を奮い立たせた。
同じ班の生き残りであるドクがメガネをクイッっと持ち上げた。
もともと、彼は真っ白な白衣を身に着けていたが今は泥や草、血の跡で禍々(まがまが)しい色になっていた。
それでも着替えないのは犠牲になった人々の事を風化させないからである。
「私は根っからの酷いペシミストです。ですが、どうでしょう。こう、あなた方と一緒に居ると『やれるんじゃないかな』と思えてくるんです。これが希望的観測であったとしてもかまわない。根拠のない自信でもかまわない。こんなひねくれた私が言うんです。信じてみても損はないかと……」
いつも極めて厳しい見解を述べるドクだったが、この発言にクラスの皆は少し驚いた。
「はは……。私はどんなふうに見られていたんでしょうかね……」
同じ班のクラティスは肘で彼をどついた。
伏し目がちにナッガンは次の班を呼んだ。
「4班か……。ここもジオとキーモの2人のみが生存か。お前らはどう思うんだ?」
リーダーのジオはギュッと拳を握りしめた。
「もう嫌だ。だれかが死ぬのももうこりごりだよ!! だけど、そうやって現実から目を背けてもますます犠牲になる人は増えていく。なら、やれることをやるしかないよ!! もうこれ以上、誰も失いたくはない!! いや、失わせない!!」
もう1人のキーモはなんだかソワソワしていた。
「拙者、ここまで来られたのはマグレみたいなものでござる。拙者は皆のように実力があるわけでも、勇気があるわけでもござらん。だから今もガタガタ震えているでござるよ」
もっとも、それは彼の思い込みで実際には恐怖を感じない者などいなかった。
そんな怖気づくキーモの肩を大きな手が重めにトントンと叩いた。
叩いて声をかけたのはナッガンだった。
「過信は禁物だが、お前の実力は確かなものだ。マグレで命を落とさなかったわけではない。それより、そうやって過小評価して本領を発揮できないままでは本当に犬死になってしまう。自信を持て。周りを見てみろ」
瓶底眼鏡のキーモがクラスメイトを眺めると、皆が笑ったり、勇気づけるジェスチャーをしたりしてこちらを見ていた。
「あ……あ……」
彼はガクリとかがみこんで四つん這いになった。
「うう……拙者、拙者、こんな……フフ……情けないでござるな。精一杯やらせてもらうでござるよ!!」
最後は5班だった。このチームは3人残っている。
熱血漢のガンは前にずいっと出た。
「みんな、何があっても生き延びるっすよ!! 正直、レーネさんを手にかけてしまった時は俺も生きる意味を失ったっす。薄情かもしれなっすけど、いつまでも嘆いていてもしょうがないと思ったっす。ならばせめてレーネさんの為にも戦い抜く!! もう彼女みたいな思いをする人がいなくなるように……」
彼がレーネを好いていたのはクラス中が知っていたのでこういった形で決着がついたのは悲劇と言わざるを得なかった。
それでも力強く立ち上がるガンを皆が見守っていた。
同じ班のグスモは思い出すように上を向いた。涙を隠したのかもしれない。
「あぁ、懐かしいでやんすな。フォリオさんとレイシェ……いや、イクセントさん、ポーゼさんとあっしでチビすけ4人組とかやってたのを。生き物なんて死ぬのが早いか遅いかっていわれやんすが、それにしてあまりにも切ない。運命ってものがあるとすればあっしはどこへいくんでやんすかね。まぁ、簡単には死んでやれないでやんすが……」
彼は歳の割には達観していた。
トリのリーチェは髪の毛をクルクル指でからめた。
「おっと、最後だからってあたしは気の効いた事はいえないぞ。そうだな。ファーリスは田吾作が居なくなって見てもいられないくらいだったからな。こんな戦い、とっとと終わらせるべきだろ。あたしも皆が言ったこととだいたいおんなじだわ。行く末がどうなるかはわからんけど、あたしらはあたしらでベストを尽くすべきだ!!」
こうしてナッガンクラスの生き残りのメンバーの心意気を聞くことが出来た。
ミーティングは早めに終わったのであとは自由時間となった。
たいてい他のアタックチームも同じスケジュールで、作戦や顔合わせの後には長いプライベートタイムが設けられていた。
そこでそれぞれが大切な人たちとの時間を過ごし始めていた。




