決戦の地ダッザニア
学院の要塞は敵を撃破しつつ、順調に進軍していた。
そんな中、亀龍の正面を東側の武家の軍勢が駆け抜けていく。
思わず東部トップのウルラディール家の後継者であるレイシェルハウトはそれを見かねた。
彼女は学院から飛び出して彼らの行手を阻んだ。
「みんな!! どうして戦うの!? もう悪魔も不死者も混じっていないじゃない!! 同じ人間同士で争って!! 東部も西部もないのに!! これじゃ本当に第四次ノットラント内戦だわ!!」
だが誰ひとりとして話を聞かない。まるで魔法にでもかけられたかのように中央部の前線に突撃していく。
よく見ると明らかに他の国の部隊も混じっている。もはや内戦は世界大戦の規模に拡大してしまったらしい。
最年長のナーネは目を細めた。
「楽土創世のグリモアは血を血で洗うような戦場に顕現すると言われておる。というか前回もそうじゃった。もしかすると我々のぶつかるウォルテナではなく、ダッザニアが決戦の地になるやもしれん」
思わずレイシェルハウトはギリギリと拳を握った。
「そんな……そんな人の死の上に成り立つマジックアイテムなんて認めない!! まるで皆を弄んでいるだけじゃない!!」
それに同調する学院勢も居たが、ナーネは首を横に振った。
「現実は残酷じゃ。それがなければ学院は無かったかもしれんし、ワシらがこうやって出会うこともなかったかもしれん。アルクランツ校長先生だってそういった矛盾を飲みながら戦い続けてきたんじゃ。ここで杖を降ろせば何も主張できずに終わってしまう。理不尽だとわかっていても、もうこうなってしまえば走るしか無いんじゃ」
もちろん戸惑いを抱くものもいた。
だが、潮の香りのする南国の学院生達の楽園、ミナレートとリジャントブイルが思い起こされる。
皆がその日常や風景をとても懐かしく、尊く思った。中にはすすり泣くもの居た。
あの楽しい日々は決してウソではない。もし、楽土が創れるとしたらまた今までどおりの学院生活が送れる。
そう考えると彼ら彼女らは涙を拭って立ち上がざるをえなかった。
すぐに学院の生き残りの重鎮たちが集まって会議を始める。
このまま学院はウォルテナを襲撃する予定である。
そうなれば3つ巴の争いが起きて、楽土創世のグリモアが現れると予想されていた。
だが、実際は全世界の人々がノットラント中央部のダッザニアに集まりつつある。
使い魔によればほとんど乱戦状態で、もはや東軍西軍の区別さえ無くなって暴走しているとのことだった。
ただ、兵士の練度はそこまで高くなく、無力化するのはさほど難しくないと思われた。
しかし、相手が生身の人間であることと、制御を失った事によってダメージを受けても怯まない、そして何より数の多さが脅威となった。
人外と違い、いくら邪魔だからと言って無闇に殺傷する訳にはいかない。
かといって、学院が不戦になると例のマジックアイテムが出現しないという恐れもある。
更に、それを承知でザフィアルとロザレイリアまで集まってくると犠牲者は膨大な数になる。
もっとも、あちらからすればこのケースは願ってもないパターンだ。
何の遠慮も無しに、立ちはだかる者を片っ端からイケニエのように殺していけばいい。非常にシンプルである。
スキあらば人間を盾にすることも出来る。
それが余計に重鎮たちに厳しい判断を強いることとなった。
予定通りウォルテナを攻めるという案もあったが、このチャンスを悪魔と骸が放っておくとは思えなかった。
おそらく遅かれ早かれウォルテナを捨ててダッザニアに戦力を総集結させるはずという結論に達した。
結局、敵も学院がそちらに進撃せざるを得ないと踏んでいるのだろう。
世界の戦士達と学院と悪魔と骸。
皮肉にもこの4陣営がるつぼとなって混じり合わなければ奇跡の魔書は現れない。
さながら蠱毒の呪詛である。それは今までの歴史から考えても間違いなかった。
もっとも、戦士達は完全に戦に気をとられているのでグリモアで願いを叶えることは出来ないはずだ。
そうなれば自ずと三つ巴の戦いになることになる。
戦士はまるで役に立たないスパイスのように戦場の飾りに過ぎなかった。
そしてナーネ達は結論を出した。
「人間を1人も殺さないという綺麗事は言わない。じゃが、手を汚したくないのは言うまでもない。我々に出来るのは亀龍の空気砲や、マッド・ラグーンでの足止め。その上でなお、かかってくるものがおれば容赦なく斬れ。生ける者を同士を討ちするのはおかしいと感じるかもしれん。じゃが、連中はもはや魔力に狂わされた殺人鬼じゃ。油断しているとこちらが殺される」
学院生やリジャスターたちは多かれ少なかれ人を殺めている。
そのため、そこまで動揺は広がらなかった。やはりここでも彼らの心はマヒしていた。
最長老で総指揮官のナーネは声を震わせた。
「正直、この戦いに大義名分なぞ無いんじゃ。これはアルクランツ校長先生の跡を忠実になぞっているに過ぎない。校長先生はやむなしとしつつも犠牲を厭わなかった。すなわち、この選択で辿り着く先に”あの頃の日々”……いや、より良い楽園が約束されておる。不毛な殺し合いもここで……ここで最期にせねばならん!!」
これで最期という言葉がその場の人々の心の拠り所となった。
「ゆくぞ!! 決戦の地、ダッザニアへ!!」
こうして学院の亀龍は北西方向のウォルテナから東のダッザニアに方向を変えた。
その頃、ザフィアルもロザレイリアも戦いの流れに気づいていた。
学院との戦闘で先発隊が大損害を受けたことも生き残りから聞いた。
骸の女王が悪魔に語りかけた。
「あらあら。さすがは勢いづいた学院。軽視できませんね……。人間の方々はダッザニアに向かっているようですよ。より多くの血が流れるのはあちらでしょうね。して、いいのですか? 悪魔の軍勢をそちらに回さなくても」
あっさりと悪魔を撃破された滅亡の教主は不機嫌そうだ。
「そういう貴様はどうなんだ。死体どもを差し向けんのか?」
ロザレイリアがすかさず噛み付く。
「陣営が欠けたとて例の物は顕現するはず。ここで貴方を闇に葬ることも可能なのですよ? この際、ハッキリ申しておきますと、貴方は非常に目障りです。今ここでくびりころしてもいいのですよ?」
ロザレイリアはリッチーながら聖属性を帯びている。
そのため、完全に不滅というわけにもいかず、ザフィアルが本気を出すとどうなるかわからなかった。
まさに一触即発である。
だが、どちらか片方が滅びても軍勢は統率を失って瓦解していく。
あるいは両方がここで相打ちになるとすれば学院の勝利は確定する。
お互いにそれだけはなんとしても回避したいシナリオだった。
だからどんなに憎くても、滅ぼしたくても寸前の言い合いで止まる。
力をつけた学院にはどちらか一方で当たっても押し負ける可能性があるからだ。
こんな不毛な言い争いをずっと続けているのである。
それでも関係が破綻しないところを見ると、腹の底では何か通ずるものがあるのだろう。
ザフィアルはロザレイリアをつっぱねた。
「言うまでもない。私はこのちっぽけな都市を捨ててダッザニアに向かう。そこが終わりの始まりの地になるだろう」
骸の女王は宣戦布告をした。
「ダッザニア……。ダッザニアが貴方の墓標となるのです。そちらで会った時は完全に敵同士。問答無用で殺してさしあげます。もちろん、学院のみなさんもね……」
それを聞いてザフィアルは鼻で笑った。
ロザレイリアは骨の両手をカラカラと打ち付けた。
ウォルテナのリッチー達は瞬時に前線へと移動し始めた。
転移した先で早速、無差別の殺戮をし始めた。
「フフフ……残念ですねザフィアル。あなた方はテレポートは出来ない。先にグリモアを探しにいきますわ」
すぐに女王もフッっと姿を消した。
「さて、私も行くとするか。来い!! デモン共!!」
そう呼びかけるとワラワラと悪魔が移動し始めた。
「テレポートが出来なくても翼はある」
ブレードのような羽が背中からぐいーっとせり出した。
「到着まで10分といったところか。待ってろ学院のザコに、腐ったゴミども」
学院もゆっくりだが着実にダッザニアへと向かっていた。
骸と悪魔の移動を察知していた。
ナーネは重鎮と話し合っていた。
「やはりダッザニアの前線を目指してきたね。私らはまだ到着まで時間がかかる。おそらくそれまでにザフィアルもロザレイリアも無慈悲な虐殺を行うだろう。例のマジックアイテムは本当に戦が極まったときにしか現れん。わしらが本格参戦したときがスタートじゃ。あとは勝ち残るか、あるいは他を出し抜いて発動させるかじゃな」
彼女はミーティングでこう語った。そしてこうも言った。
「やれると思ったらすぐグリモアに接触する。その際、”生けとし生きる者の楽園”を望むべき……じゃが、もし他の願いを望むならば、そう願ってもかまわん。骸と悪魔の世界になるよりはマシじゃからな。まぁ、それらを防ぐためにここまで戦って来た者の望みなら我々も本望じゃわい。ただ、いざというときに後悔せんようにな」
アルクランツが生きていれば強いリーダーシップでこれを叶えていたのだろう。
だが、ザフィアルとロザレイリアと個人で渡り合うのが難しい以上、手にしたとしても学院の誰かはわからない。
こうして学院は個人やグループに願いを託す事となった。
だが、いまさらちっぽけな野望に満ち溢れた者がいるでもなく、思うところは1つだった。
それはリジャントブイルに対する強い愛校心。
そして命を懸けて死んでいった者たちへ報いだった。




