プロフェッサーズ・ペンタグラム
リジャントブイルの要塞は遂に臨戦態勢に入った。
速度の速い悪魔や、テレポートの出来る不死者が迫ってくる。
学院生達やリジャスターは迎撃に出た。
今まで押されがちだったが、今度はリベンジとばかりに受け身ではなく打って出た。
悪魔はデモンスレイヤーに溶かされていき、不死者は聖騎士に浄化されていった。
ただ、テレポートしてくるリッチーは完全には撃滅出来なかった。
それに、ロザレイリアの影響か、光属性も混じっておりダメージも通りが悪い。
だがアルクランツの集めたエナジーを受け取った学院生は強かった。
今まで明らかに見劣りしていた研究生でも前線で通用するようになっている。
生けとし生ける者達は群がる魑魅魍魎を蹴散らしていった。
学院に直接攻撃を仕掛けるものも居たが、亀龍はズシンズシンとそれを踏みつけた。
一応、対空の攻撃手段もあって空気砲を上空めがけて発射した。
これはあまり殺傷能力はないが敵を吹き飛ばす能力は高く、かなり広範囲にわたって相手を吹き飛ばしていった。
学院側に制空権はなかったが、この攻撃によって上空はクリアを保っていた。
予定通りヒット・アンド・アウェイの作戦をとり、学院勢は出たり入ったりを繰り返してダメージや消耗を抑えた。
深い傷を負っても、要塞に逃げ込んだり救助班が向かえば命を落とすことはまず無い。
これまでむざむざ仲間を殺されて苦汁を舐めきた経験がここで生きてきていた。
多くの犠牲者が出たコロシアムは解体され、まとめて要塞となった。
だが、全部が全部をまとめたわけではない。学生寮などはミナレートに置いてきている。
初等科や中等科の生徒たちは退避させていた。
ここに残るのは研究生とOB・OG達のリジャスターが中心である。
一時期は全滅寸前だったが、減っては集まり、減っては集まりを繰り返して現在は200名程度の戦力になっていた。
話を聞いて次々とかけつけたリジャスター達の愛校心にも支えられていた。
残りの人員を振り絞っても、骸と悪魔がそれぞれこれと同規模の軍団を率いていると思われる。
そのため、2軍が揃って襲撃されると頭数的に厳しいものはあった。
いくら勢いづいているからと言って見るからに敵は多く、本陣に乗り込むとなれば四方八方から叩かれるのは容易に想像がついた。
その戦力差に恐れや絶望感を感じる者、戦意をなくす者などがちらほら現れ始めた。
だが、そのたびにどこからともなく声が聞こえた。
(精神論ってバカにするけどな、アタシは何度も言うぜ。”勇気とガッツ”だ!!)
周りを見渡しても声の主は居ない。だが、自然と力が湧き上がってくる。
望まぬ者にとっては余計なお節介だったが、アルクランツの残留思念は強烈にこの世に残った。
ましてやその思念が還るところである学院はその力が強く及んでいた。
学院勢たちは順調に敵の勢力を撃破していった。
とはいえ敵も本気でかかってきている。何の考えもなしにメンバーを回していくと回復しきらないうちに出撃することになってしまう。
そのために教授4人組が立ち上がった。一度、味方をひっこめてから彼らが出撃した。
先手をうったのはフラリアーノだった。
真っ赤な炎柄のネクタイを左手でキュッとしめる。
もう腕が失くなってかなり経つ。そのため、すっかりこの感覚に慣れつつあった。
サモナーズ・ブックをどこからともなく取り出す。
「死者は汝の入るべき棺に還れ!! サモン!! ダークブルーブルー・コフィン!!!!!」
真っ青な棺桶が地面からせり出した。
その蓋が少しだけ開くと真っ黒な手が不死者達に手招きをした。
すると棺は物凄い勢いで骸を吸い込み始めた。
リッチー達はこらえていたが、動きを封じることには成功していた。
これはここに残っている不死者の軍勢が半壊するレベルの攻撃だった。
スーツ姿の教授は汗をかきはじめていた。
(これだけ強力な幻魔を長時間維持するのは厳しい!! 支障が出ないあたりで切り上げますか!!)
それを見かねてか、漆黒のケルベロスにまたがったケンレンが前に飛び出した。
「フラリアーノ先生!! これだけやってくれれば十分ですよ!! あとは無茶しない程度に敵を撃破していってください!!」
彼と交代するようにツナギの教授は突っ込んでいった。
「頼みます!! 私もすぐ立て直します!!」
冥府の番犬に乗った教授は親指を立てた。
ケンレンが乗っているのは悦殺のクレイントスの使い魔だった。
本来は血も涙もない畜生だが、彼の腕前にかかれば飼いならすのは難しくはなかった。
「は~い!! ベロちゃ~~~ん♥ いきまちゅよ~~~♥」
ヒゲ面の中年男性は声色を高くした。
シェオル・ケルベロスは骸骨の群れに突っ込んでいった。手当たり次第にあちこちを蹴散らす。
頭が3つあるのでそれぞれが独立した動きをしていた。
1つの頭は緑色の火炎を吹いて敵を燃やし尽くしているし、もう1つの頭は吹雪を吐いて次々と相手を凍らせていく。
もう1つの頭は溶解弾を撒き散らして不死者をドロドロに溶かせていった。
まさに一騎当千がごとき暴れっぷりで、フラリアーノの取りこぼしを片っ端からボコボコにしていった。
一方、ナッガンとバレンは悪魔の相手をしていた。真っ先にバレンが突っ込んだ。
「おめぇら俺がただの脳筋だと思ってんだろ? それなりに器用なこともできるんだぜ。コオオォォォォ!!!!」
彼は構えるとその場で猛スピードのパンチの連打を放った。
相手とはだいぶ距離があって、当たらないかと思われた。
だが、パンチの先にいる悪魔が殴られたような傷を負って吹っ飛んだ。
しかも目にも留まらぬラッシュ攻撃だったので次々と悪魔はKOされていく。
バレンは殴るのを止めなかった。打撃の射程を伸ばす魔術である。
ここまで来るともはや拳術というか飛び道具使いだ。
通常、体から離れた打撃は著しく減衰するものだが、彼の場合はほぼ100%の威力を維持していた。
「よく誤解されんのよ。誰が『離れてたら攻撃があたりませーん』なんつったんだよ?」
これが悪魔にはバシバシ決まった。顔面を潰されたりボディーにクリティカルヒットしたり、アッパーも決まった。
マッチョガイは全く容赦することもなく、悪魔の死体を積み上げていく。
だが、敵とて必死だ。数をそろえてなだれ込んでくる。
段々とバレンは敵を捌ききれなくなりつつあった。
自分にダメージを負わない程度には戦えるが、一体多数の戦いにはやや弱かった。
うしろから声がかかる。彼の後ろにはナッガンが駆けつけてきていた。
「ここは任せろ。バレン先生はそのままパンチで迎撃してくれ。それ以外の広範囲は俺がやる」
ナッガンは腰のホルダーに手をかけるとクタっとしたウサギのぬいぐるみを取り出した。
「スタッフィーだ……」
グレーのオールバックに無骨な姿に似合わぬぬいぐるみだ。
「相変わらずやべーなそのウサちゃん。久しぶりに抜いたんじゃねぇか?」
ナッガンは首を左右に振った。
「定期的にメンテナンスはしてある。問題ない。さぁ、おしゃべりはこの程度にしてやるぞ」
「おうよ!!」
2人は迫りくるデモンに備えた。
ナッガンが手にしたぬいぐるみからは異様な殺気とプレッシャーが放たれていた。
もうこの時点で下級のデモンは二の足を踏んだ。
「俺も言っておくか……。誰が『細いレーザーの狙撃しかできない』と言った?」
そう言いながら彼はウサギのぬいぐるみの首筋をつまんだ。
人形は「くたぁ」と垂れ下がったが、妖しくボタンの目が光った。
次の瞬間、一筋の光線が大地を薙ぎ払った。
ただのレーザーだと悪魔たちはたかをくくったが、その着地点は光の壁のように大爆発を起こした。
不死者も巻き込まれる。この強烈な光でザコの骸は消し飛んでしまった。
それを見ていた教授たちは感心の声を上げた。
「さすがナッガン先生!! 私も負けてはいられませんね!!」
「わぁお♥ ステキ!!」
「やるじゃねぇか!! こうしちゃらんねぇ!! 俺も筋肉、唸らせてくぜ!!」
4人の教授に呼びかける者が居た。
「若い4人が頑張っとるんじゃ!! ワシが気張らんわけにはいくまいて!!」
ファネリが戦場に出てきていた。
「皆のもの、さがれい!!」
教授たちとファネリはスイッチで攻防を切り替えた。
「ワシら生き残った5人の教授、死んでいった仲間のためにもこの戦い、必ず勝つッ!!」
ファネリは手首をクルクルと回した。
「はあああああぁぁぁ!!!!! 獄波のメルティカ・ウェイバー!!!!」
真っ赤な灼熱の波が戦場を洗い流すように流れていった。
これによって敵の先発隊はほぼ全滅した。
ファネリたちは息を荒げていたが、このおかげで他の面々のダメージを疲労で肩代わりすることが出来た。
ザフィアルもロザレイリアもこの結果はおおむね予想通りだった。
だが、それはあくまで結果の話であって相手の魔術のパワーアップに懸念を抱かざるを得なかった。
滅亡を望む悪魔は忌々(いまいま)しいといった様子だ。
「フン。アルクランツめ。蒔いた種が着実に芽吹きつつある。死して私の喉元を狙うか。いいだろう。死にぞこないの顔を絶望に染めてやろうではないか」
不死者の世界を望むリッチーは悪魔を茶化した。
「まぁ。まだアルクランツ先生に執着するのですか? あなたも人の情が抜けていないようですね。そんなようでは足元をすくわれますよ?」
ザフィアルは隠し爪を突き出してロザレイリアを脅した。
「それ以上、ふざけた事を言ってみろ。さもないと……」
骸の女王は笑った。
「フフフ。さもないと? 私を簡単に傷つけることは出来ないのは貴方もご存知でしょう?」
戦いの最中にあっても相変わらず2人は犬猿の仲だった。
もっともこのような不透明な関係だからこそ数で劣る学院にも勝ち目が残っているのだが。




