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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter8: 散りゆく華たちへのエレジィ
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龍の花園

ウルラディール家の庭で気絶していたレイシェルハウトには確かに聞こえていた。


(おい。お前ら。よく聞け。アタシなしではデモンや不死者アンデッドにはかなわないと思ってるヤツも多いと思う。実際、力量差も痛感しただろう。だがな、自信を持つんだ。根拠の無い自信じゃない。アタシが繋ぎ止めたマナが確かにお前ら宿っているはずだ。眼の前の現実から逃げなければ自ずと結果はついてくる。もちろん命が惜しいものには無理強むりじいしない。……だが、やれる者はとことんやってやれ!!)


(おい……お前ら……)


その声でウルラディール家当主は気がついて立ち上がった。


「ア……アルクランツ先生……。そ、そうだ。サ、サユキは……」


白い和服の女性はパルフィーに膝枕ひざまくらされていた。


段々とレイシェルハウトの意識がしっかりしてきた。


「サユキ!!」


亜人の少女は焦る少女を落ち着かせた。


「おじょう、おちつけって。優秀な治癒班のおかげでサユキの傷はひとまず治った。今は少しでも寝かせておいてやろう」


レイシェルハウトはそわそわしてあたりを見回した。


「あの赤ちゃんみたいな悪魔は!?」


パルフィーは首を左右に振った。


「いや、それがいつの間にか居なくなってたんだよ。もう一体は倒したけどその死体も消えてた。ひとまず連中の心配はしなくてすむんじゃないか? それよりお嬢……その……剣は?」


気絶する前の記憶を思い出してレイシェルハウトは折れて地面に刺さった刀身を見つめた。


「ウルラディール家に伝わるヴァッセの宝剣……しかじ、実のところは大量殺戮者たいりょくさくりくしゃにしか抜けない魔剣。ジャルムガウディとか言ったわね……」


レイシェルハウトは素手で刃をグッとつかんで引き抜いた。


「お嬢!!」


手からしたたる血に皆が驚いたが、彼女はどこか達観たっかんしていた。


「魔剣でもなんでも使うものは使わせてもらうわ。ウェポン・リペア系の魔術師はいるかしら。これをお願い」


レイシェルハウトは折れた刀身と、つかさやを学院勢めがけて放り投げた。


すぐにジャルムガウディは回収され、何人かが修理を始めた。


それと同時に当主は堂々と宣言した。


「この魑魅魍魎ちみもうりょうの都市から脱出するわ!! 要塞と化した学院と合流できれば活路は見える!! 大丈夫!! 校長先生が言ったでしょう? 自信を持てって。1人1人の本来のちからは思っているよりずっと強い。それに、ずっとやられっぱなしで黙っているほど私達は甘くはないわ!! 悪魔や不死者アンデッド連中を蹴散けちらしながらウォルテナを突破するのよ!!」


皆を勇気づけた少女は武器を剣からショートワンド、魔法杖に持ち替えた。


それをバトンのようにクルクルと回す。


(お前とは長い付き合いね。やはり私はマジシャンの方が向いているのかもしれないわ……)


レイシェルハウトはワンドを屋敷の門に向けた。


「屋敷は放棄するわ。いい? 私が一気に黒い濁流だくりゅうを発生させるわ。屋敷の門で勢いを集中させて鉄砲水のような形で放出。そして追撃。油断しきった敵は押し流されていく。皆は寄ってくる強敵を相手にしつつ、都市を抜けて。深追いはせずに。これはあくまで撤退戦。時間が稼げればいいの。腕に自身のある人は逃げる人を助けてあげて!!」


こうなったら一蓮托生いちれんたくしょうじている者もここで死んでたまるかと一丸いちがんとなった。


そうこうしているうちに気絶したサユキは逃げるメンバーにたくされていた。


預けた方のパルフィーはストレッチで関節を鳴らした。


「うーし。悪魔でも不死者アンデッドでもかかってこいよ。あたしは出来るだけ時間を稼ぐ。おじょうも死なない程度にやれよ?」


2人はいつもこんな感じだ。生死を共にしたこと数知れないだけあって互いに言いたいことを言い合える。


「あなたこそ。夢中になって突っ込んだら承知しょうちしないわよ」


「へいへい」


一方でザフィアルとロザレイリアはこの蜂起ほうき予兆よちょうを感じ取ることが出来なかった。


アルクランツに消耗しょうもうさせられていたというのもあるが、レイシェルハウトの部隊にはステルスチームが組んであったからだ。


いままで状況が状況だけに余裕がなかったが、ここにきて想定通りの運用が可能になった。


本来のポテンシャルがここになって生きてきていた。


そのため、むくろも悪魔も湧き上がる勇気や闘志とうしを読めなかったのだ。



「いくわッ!! 黒濁のインカー・ストリーーーーームッッッ!!!!」


ウルラディール家の跳ね橋をぶち破って大量の濁流だくりゅうが流れ出した。


これによって地上に居る比較的小さな敵は流されていった。


だが、まだ空中にいる者や霊体は残っていた。


レウシェルハウトは指揮棒タクトを振るようにワンドを操った。


「まだまだッ!! 荒れ狂うは黒獅子くろじしごとく!! 獅渦しかのライオネル・テンペストッッ!!!!!!!」


流れた濁流だくりゅうが姿を変えて真っ黒な竜巻へと変化した。


流されずに残った者を根こそぎ巻き込んでいく。


「撤退開始―――――ッッッ!!!!」


レイシェルハウトの号令とともに一斉に学院勢がスタートをきった。


さっそく強敵が立ちふさがる。タコの脚だけで構成されたような悪魔だ。


「デュヒョヒョ。人型の悪魔が幅きかせてるけどよぉ。あんなのは所詮しょせん、人間への執着が捨てきれねぇのさ。ゲヘヘ。若い娘が喰いてぇなぁ」


相手は水にも竜巻にも耐えている。ぐにゃぐにゃと吸盤付きゅうばんつきの気色悪い触手をくねらせた。


そんな悪魔にバックラーが当たった。リクである。


「こっちだ!! かかってこい!! お前の相手は俺がやる!!」


彼はタンクらしく、敵の注意を引き付ける魔術が使える。


普通なら袋たたきにされて終わるところだが、リクにはガードの硬さとガッツがあった。


「んんッ!!!!」


悪魔は無数の巨大な触手を叩きつけてきた。


「バァン!! ガン!! ドォン!!」


盾使いの的確なガードで被害を防ぐ、やがて他の敵もこちらへ向かってきた。


リクと同じようなタンク役たちが次々にそろって身を張って攻撃をひきつけた。


だが、守り一辺倒いっぺんとうではない。


リクの後から2つの影が飛び出した。


西華日刀さいかさいとう奥義・十字獄洛じゅうじごくらく!!」


西華日刀さいかさいとう奥義・十字獄洛じゅうじごくらく!!」


すっかり板についたカエデと百虎丸の連携剣技だ。


これをモロにくらったタコのような悪魔は苦痛に身をよじらせた。


「うんむぅぅッ!!!!!」


それを見かねていた不死者アンデッドがやってきた。


首なしで甲冑を来ている。鉄の玉を脚でリフティングしていた。ライネンテ・フットデュラハンだ。


かなり上位の不死者アンデッドに入る。


旦那だんなァ。苦戦してるみたいじゃないですか。1本シュートいってみっるっスか? う~~~~っす!!!!!」


強烈なキックで打ち出された球が味方を襲う。


防御上昇系の魔術の使い手は恐怖を振り切ってタンクの背中に張り付いた。


「わ、私だってできることはあるんだよ!!」


そのガード強化によって戦士はなんとか鉄球を弾き返すことができた。


「助かるぜ!! 悪いな!! 今度は他のやつを護ってやってくれ!!」


「うん!!」


こういった役割ロールを越えた連携はあちらこちらで見られ、それがレイシェルハウト達に自信を与えた。


だが、そう簡単には行かなかった。ザフィアルとロザレイリアがこの事態に気づいたのだ。


「ウルラディールの絞りカスか……。程々に強いデモンを差し向けろ。魔術師が覚醒する可能性がある。1人とて逃すな」


むくろも同じ意見だった。


「ここで彼女らを逃がすのは痛手。不死者アンデッドも増援します。リッチーを当てなさい」


このままなら突破できるかと思ったが、雲行きが怪しくなってきた。


明らかに強い敵たちに包囲され始めたのである。


逃亡組は行手をはばまれ、時間稼ぎ組は猛攻に耐え続けていた。


逃亡初期に強力な呪文は使い切ってしまった。もう出せるカードはない。


確かに自分たちが強くなったのはハッキリ感じることが出来ていたが、いかんせんウォルテナ全体の敵が一斉いっせいに群がってくるとなると多勢に無勢である。


ウォルテナの壁はレイシェルハウト達が思っているようにはるかに高かった。


かろうじてまだ死人は出ていないが、時間の問題である。


だが、彼ら彼女らは生きることをあきらめなかった。


くじけそうになっても不思議ふしぎと勇気が沸いてくるのである。


目を閉じるとアルクランツのはにかんだ笑みが頭をよぎる。もう負けられなかった。


レイシェルハウトは強く呼びかけた。


「まだ!! まだ!! まだ、あきらめないでッ!!」


そんな中、しゃがれた大きい鳴き声がウォルテナに響いた。


「ぼえ~!! ぼえぼえ~~~!!!!!」


上空に現れたのはアルクランツを助けていた飛竜のカンチューだった。


身体は細いが、立派な翼を持っている。


やってきたのは彼だけではない。カンチューは大小様々のドラゴンを引き連れて飛んできたのである。


彼もアルクランツの死をさとった。そして、彼女に報いるためにドラゴンを引き連れてやってきたのだ。


反射的にレイシェルハウトは叫んだ。


「みんな!! ジャンプ!!!!!」


気づけば全員が高低の差はあれど高くんでいた。


当てずっぽうでんでもドラゴンの数が数だ。


全員がドラゴンに乗ったり、つかまれたりすることが出来た。


上空の敵が減っていたのと、警戒が薄くなった絶妙なタイミングによって奇跡的きせきてきににドラゴンにも被害がなかった。


ザフィアルは舌打ちした。


「チッ!! アルクランツの奴め。人外まで巻き込んできたか!!」


ロザレイリアもやや不満そうだった。


「ここまで綺麗に撤退されるとは……。面白くないですわね」


ウォルテナの空には様々で色とりどりのドラゴンが飛び、やがて離脱していった。


その光景はノットラント中で観測されており、後に「龍の花園」と呼ばれることになる。


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