真剣さながら拳の決着
どうしてだろうか、女将軍セリッツォとパルフィーは初めて会った気がしなかった。
敵であるはずなのにまるでかつてからの好敵手のようだ。
パルフィーは親指で鼻先をこすった。
「あんた……良い拳の持ち主だ。悪魔にしとくのは惜しいぜ」
セリッツォは瓢箪から酒を飲み干すとそれを投げ捨てた。
「それは俺も同じだ。お前を亜人にしておくにしては惜しい。死ぬ前ならまだ間に合うぞ!!」
猫耳っをピコンと動かしてタヌキのしっぽをゆらゆらと振ると亜人の少女はニヤリと笑った。
「ハン!! 冗談!! 悪魔になるくらいなら死を選ぶね!!」
それを聞いて魔界の武将は豪快に笑った。
「ガハハハ!! そうでないとな!! さぁ、おしゃべりはここまでだ。いざ尋常に……勝負ゥ!!」
「おうよ!!」
セリッツォは正拳を振り下ろしてきた。
「いくぞぉッ!!」
ルルシィほど体格差はないが、それでもパルフィーの2倍近くは大きい
手加減なしに虫を潰すような拳が飛んでくる。
(この娘……殺気が感じられない。かといって怯えているわけでもない。なぜだ!?)
「ぬりゃぁああ!!!!!」
学院の人たちはパルフィーがペシャンコになるとしか思えなかった。
だが、パルフィーは掌底でそれを打ち返した。
拳の衝突が生み出すパワーでその場の人々は圧倒された。
「ぐぐぐ……娘ェ!! お前……相当な手練だな!?」
パルフィーも拳越しにセリッツォを見つめた。
「お前こそ!! どうやらデクノボウではないらしいな!!」
しばらくの間、激しい打ち合いが起こった。互いに一歩も譲るところはない。
学院勢としてはパルフィーを応援すべきところだが、あまりにも実力伯仲な闘いに声が出なかった。
観戦者のノナネークは目を細めた。
「お~、これはこれは。想像以上だね。ボクもちょっと楽しくなってきたよ」
このままでは埒があかないとセリッツォは攻めの一手に出た。
「ぬおおぉぉぉ!!!!! 粉々になれーーーい!!!!!」
彼女は思いっきり拳を振り下ろし、屋敷内の地面に思い切り叩きつけた。
地面は揺れ、そして割れた。それらがめくりあがって無数の礫がパルフィーを襲った。
「よっと!!」
亜人の少女はひらりとジャンプしてその猛攻をかわした。
「もらったぞ!!」
宙に浮いたパルフィーめがけてセリッツォのスキのないアッパーが繰り出された。
直撃間違いなしと思えたが、彼女はうまくこれも受け流した。
女将軍の拳に片手をつくと衝撃を殺しながらくるりと回ってアッパーの上に着地した。
「な、何ッ!?」
セリッツォは驚きのあまり、一瞬の間、動けなかった。
「これならどうだ!! 突日!!」
パルフィーはぐっと肘を突き出して相手の頭部を狙った。
これなら頭に大ダメージを負って戦闘不能になる。そう思えた。
「ぬはははは!!!! お前、俺が石頭なのをしらんな!? 悪魔界でもそれになりに有名でな!!」
亜人の少女の一撃はたしかにセリッツォに直撃したが、それは石頭で弾かれてしまった。
肘を通じてジーンという反動が彼女を襲う。
「痛って~!! 知るかよそんな事!! なんつう石頭だ!! こっちの腕が折れるってんだよ!!」
だが、パルフィーはすぐに次の攻撃へと繋いだ。
するりとセリッツォの足元へと飛び降りると、股の下をスライディングで抜けた。
同時にセリッツォの脚めがけてパルフィーは自分の脚をひっかけた。
「ぬぉあ!!」
女武将はバランスを崩した。それを亜人の娘は見過ごさなかった。
サマーソルトのように蹴り上げつつ、そのまま脚を伸ばしたまま今度はセリッツォの背中めがけて蹴りおろした。
「逆落夜!!」
無防備な背中に鋭いかかと落としが決まり、それは悪魔の将軍の衣服の背中を切り裂いた。
服は防具というほど厚くはなかったが、その下の肉体はわずかに傷ついて血がにじむだけだった。
「お前……速いな!! 強敵とはそうこなくてはな!! 私も血が滾ってきたぞ!!」
この頑丈さにはさすがに亜人も驚いた。
「う~む。本気で仕留める気でやったんだけど。あんた、想像以上に硬いみたいだな……」
少しの間のスキを悪魔は見逃さなかった。
背中からぐらりとパルフィーめがけて倒れ込んでくる。
すかさず彼女はバックステップでこれをかわしたが、時間差でセリッツォの拳が襲ってきた。
気づくとパルフィーは大女の両拳に挟まれていた。
なんとか潰されないように踏ん張る。
「ぐぐ……ぐきぎぎ……なんてパワーなんだ。このままだと押しつぶされるッ!!」
メリメリと肢体が悲鳴をあげた。
「く……そ……相手が悪い。こんなところで……負け……死んじゃうのかよ?」
パルフィーが歯を食いしばりながら瞳を閉じた。その時だった。
どこからか育ての親であり、拳術の師匠である玄爺の声が響いてきた。
(お前をこんな軟弱者に育てた覚えはない!! 思い出せ!! 月日輪廻とは窮地にこそ生きるということを!! わしを殺したときのようにな!! わしの死をムダにするのかこの阿呆め!! しっかり前を見んか!!)
直後にもうひとりの恩師、陽日流師範のマツバエの声が響いてくる。
(君の拳は皆を護るため……なにより君自身を護って、先に進むための拳なんだよ。もし、もうダメだと感ても諦めてはだめだよ。陽日流はここぞという危機に真価を発揮するのだからね。いいね、ピンチに陥った。そこからが始まりなんだ。はは。まぁここらへんは月日輪廻の受け売りなんだけどね……)
パルフィーはゆっくり目を開いた。
彼女の中で曖昧だった2つの流派が噛み合った瞬間だった。
「へへ……2人とも好き勝手、言ってくれるぜ。でもそのとおりだ。こんなとこで諦めるなんて、アタシどうにかしてたよなッ!!!」
直後、強烈な押し返す力でセリッツォの挟んでいた手が跳ね除けられた。
女将軍は逃げられたのを確認するとすぐに手を跳ね上げて立ち上がった。
「どこへ逃げた!?」
すぐに目についた。逃げるどころか正々堂々とした構えだ。
もう戦闘開始から暫く経つ。パルフィーは闘いのセンスで相手の弱点を探った。
(コイツ……メチャクチャ硬いぞ。すくなくとも斬撃での攻撃で致命傷にはならない。かといって打撃も硬い肉体に防がれてしまうだろう。それなら……逆に相手の油断している長所を突くッ!!)
亜人の娘は手をチョイチョイと振って挑発し始めた。
「な~。その石頭、本当に悪魔界屈指なのかぁ? 誰にも負けたこと無いのか~? あたしも石頭で負けたことないんだよ。どうだい? 一勝負してみないかい?」
セリッツォは豪快に笑った。
「ガハハ!!!! いくら俺が腕を認めたとは言え、頭突きで敵うなどとは笑止千万!! いいだろう。お前の頭、真っ二つに割ってくれるわ!!」
パルフィーはチラリとセリッツォの顔を見た。
「ホントにいいんだな? いくぞッ!!」
彼女は地を蹴ると頭の天辺から相手の額に突っ込んでいった。
「はぁッ!! 脳・震・陽!!」
セリッツォは勝利を確信した。
だが、衝突と同時にぐらりと目眩がした。体が言うことを聞かない。
彼女は思わず、仰向けに倒れ込んでしまった。
それをパルフィーが覗き込んだ。彼女はピンピンしている。
「あらら。泡、吹いちゃってるよ」
ダウンして頭がぐるぐる回った女武将は傍らの亜人に尋ねた。
「お、お前……ど、どうして……」
パルフィーはニカッっと歯を見せて笑った。
「なぁに。ただの内部破壊だよ。振動によっておデコから脳に内側からダメージを与えたんだ。今まで内部破壊の技がバレやしないかとヒヤヒヤしたぜ。さ、座って安静にしなよ」
彼女が悪魔に手を差し伸べたその時。
「あ~、セリちぇん。今のはダメだったねぇ。惨敗じゃないか。はい、魂ボッシュー」
ノナネークがピッっと指を立てるとセリッツォが苦しみ始めた。
「うおおおおおおおお!!!!! うごおおおおお!!!!! ノナネーク様!! 何卒!! 何卒お許しおぉぉぉ…………」
一瞬でセリッツオォはシワシワのミイラのようになってしまった。
パルフィーが思わず上級悪魔をにらみつける。
「おまえ!!!」
ノナネークはニタリと笑った。
「まぁまぁ。役立たずの部下の首が切られるのは人間界でもあることじゃん? セリちゃんには終わりのない地獄の道を永遠にさまよってもらうよ。それよりさ……」
彼は頭上の鉛の雲を指さした。
「勝ったら落とさないなんて約束は一言も言ってないんだよね……」
学院の人々は真っ青になった。パニック寸前と言ったところである。
だが、頭上の落し蓋はパッっと消えていた。
「なーんてね。落とさないよ。ハハハ。君たちのそのビビった顔が面白いんだ。所詮、命にしがみついてるニンゲンって感じでさぁ。ん~、そろそろザフィアルくんとアルクランツちゃんの対決が終わる頃かな? どっちが死んじゃうんだろうね? 両方? それともあるいは? もし、助けに行こうとしてるなら止めたほうが良いよ。絶対に足手まといになるか、無駄死にになるから」
紫色の胎児はくるりくるりと宙で回った。
「ん~。ボク的にはどっちが勝ってもいいんだけど。どうやら事はそう単純にはいかなさそうだよ? そうだな~。ボクも賢人会に混ぜてもらっちゃおうかな~な~んて。でもさ、このままじゃきっとキミらはそれどころじゃないよねぇ? 人類の存亡自体が絶望的じゃない?」
彼がどこまでやるかはともかく、その振る舞いには王者の余裕のようなものが感じられた。
「じゃ、ボクは高みの見物と行くよ。キミたちも限界まで足掻いてみなよ。可能性はゼロじゃないと思うし、なにより楽しいからね」
真っ赤な瞳を開けてジトっとニンゲンを見るとノナネークはスーッと消えていった。




