魔剣ジャルムガウディ
アルクランツとザフィアルの死闘の合間を縫って学院勢はなんとかウルラディール家の邸宅に逃げ込むことに成功した。
すぐに城塞に人を配置し、籠城の構えをとった。
屋敷の中庭の半分くらいは魔術師たちで埋まったが、まだ広いスペースが残っていた。
そこに待ち受けていたのはセリッツォとノナネークだ。
「お~、おきゃくさん、きたじゃん」
上級悪魔はにっこりと笑った。
おしゃぶりしていた指を離して空を指さした。地面に影が落ちる。
いつのまにか彼は魔術を発動させていた。
「リーデン・スキーズ・クラウド……鉛の空さ。おっと、言動には気をつけてよ。ボクが潰すと念じたら頭の上から重たくてかた~い雲が一斉に降ってくるよ。もし落っこちてきたら押しつぶされてボクら以外はみんな死んじゃうかもね」
突然の脅しに一同は黙り込んでしまった。だがすぐにガタイの良い戦士がくってかかる。
「ふざけるな!! お前のお遊びに―――」
次の瞬間、彼は屋敷の壁に押し付けられて即死した。
誰も彼に触れていないと思われたが、やったのはノナネークである。
恐るべきことに殺られた戦士は学院税の中でもトップクラスの実力を持っていた。にもかかわらず瞬殺だった。
「どう? わかったぁ? キミたちに選択する権利なんて無いのさ。それにしても人間って可愛そうだね。いくら鍛えてもボクら悪魔や不死者にさえ敵わないんだもん。まぁさっきの人も人間の中だと最強に近いのかもしれないけど、ボクらにとってはまだまだだね。身内でインフレ起こしてたから勘違いしちゃったかな?」
背後からものすごい音と衝撃が伝わってくる。きっとアルクランツ達だろう。
「あのアルクランツちゃんも長くは持たないだろうね。ボクらが行くまでもないよ。もっとも、あんまり彼女には興味がないんだけどね……」
鬼気迫る顔で老練の女性が叫んで魔法弾を連射した。
「悪魔風情が校長先生の名を気安く呼ぶなッ!!」
目で追えないほどの連射をノナネークはギリギリで全弾回避した。
まるでおちょくるように宙でくるりくるりと回っている。
「聞こえなかった? 言動には注意しようねって。頭上のを落とすのは簡単なんだよ? あ、いや、そんなに衝突したいかい? それなら……」
「バちゅぅンッッッ!!!」
気づくと老婆は鉛の雲に叩きつけられてミンチとなり肉片をあたりに降らせた。
「あ~、あ。死んじゃった。ニンゲンって汚いからキライだよ」
学院の人たちは怒りに身を震わせたり、恐怖で怯えたりした、
そんな中、ノナネークの目に止まった人物が居た。
「あっ。この屋敷のごしゅじんさまがいるじゃないか。ほら、セリちゃん。やっぱボクら、おきゃくさまだろ?」
セリッツォは渋い顔をした。
「いや、それは……もう結構です」
紫の胎児がちょいっと指を立てて引き寄せると、引っ張られるようにしてレイシェルハウトが飛び出した。
「くっ!! よくも仲間をッ!!」
彼女は反射的にヴァッセの宝剣を抜刀した。
それを見たノナネークは目を細めて刃をじっと見つめた。
「あ~。あ~あ~。まだその剣、残ってたの。ヴァッセの宝剣……SOVとか勝手にありがたがって呼ばれてるけどさ、それ、僕が昔、人間界に落っことした剣なんだよね」
レイシェルハウトは思わず怪訝な顔をして黙り込んでしまった。
「魔剣ジャルムガウディ。それがその剣の本当の名前サ。代々ウルラディール家の後継者だけが抜けるとか言ってるけど、なに勘違いしてんの?」
剣を抜いたままウルラディール当主はそれを眺めた。
「ど、どういうこと……?」
ノナネークは肩をすくめた。どこからか繋がっているへその緒がふわふわとなびく。
「それさぁ、大量に生き物を殺して、不死者を斬ってきた人にしか抜けないんだよ。キミの家系は祖先から常に戦いに身を投じてきたじゃん? そのたびに代々当主は人とかモンスターとかを構わずぶったぎってきたわけ。だからそれを抜けるってことはウルラディールの証……っていうよりは大量殺戮者の烙印なんだよね。だから別にキミの家系じゃなくても抜けるんだよ。キミだって心当たりがあるだろ?」
レイシェルハウトは殺しの記憶がフラッシュバックしてきた。
裏山でも獣狩で相当殺したし、盗賊などはゴミにも思わず殺した。
不死者まで含めると斬った数は100、200には下らなかった。
これを聞いて思わずレイシェルハウトは脱力し、うなだれてしまった。
この一部始終を屋敷の門の上で構えていた者が居た。サユキである。
レイシェルハウトがショックを受けるのは無理もない。
ただ、正直言って彼女自身はその話は半信半疑であった。
狙撃の構えを取り続けていたサユキは絶妙なタイミングを見極めた。
(撃つなら今ッ!!)
彼女は手のひらのカンザシを高速で射出した。ノナネークの頭部を狙う。
だが、その一発は禍々(まがまが)しい胎児の指の間で防がれてしまった。
「この状況で狙撃してくるのはガッツあるね。でもね~」
彼はくるりと手のひらを帰すとカンザシをサユキめがけて打ち返した。
瞬く間に打ち返された物体が迫る。発射時より明らかに速い。
「ぐううぅッ!!!!!!」
カンザシは彼女の肩を貫通した。真っ白な和服が血に染まって赤くなっていく。
だが、サユキはすぐに伏せて止血し、治癒をこころみた。
それを見たレイシェルハウトは激昂した。
すぐに剣を握り直してノナネークに斬りかかる。
「貴様アアアァァァッッッ!!!!!!」
だが、上級悪魔はこの一振りをも指で受け止めた。
「う~ん。いい感じだね。ボクが落っことす前より血を吸ってるじゃん。でもどうせガラクタ。それに、キミには過ぎたものだよ。あぁ、お嬢様は殺しちゃうのはもったいないね。少しおとなしくしていてもらおうか」
彼がピンっとジャルムガウディを指でデコピンすると魔剣は真っ二つに折れた。
獲物ごとレイシェルハウトは吹っ飛んだ。
そのまま雪の上に打ち付けられながら滑り、気絶してしまった。
無残にも折れた刃は地面にグサリと突き立った。
「う~ん。やっぱりボクがやると面白くならないなぁ。じゃあセリちゃん行ってみようか。ボクは一騎打ちにはあんま興味ないけど、観戦するのは好きだからね」
面白そうな顔をしてノナネークは笑顔を浮かべた。
「はっ。ノナネーク様。誠に僭越ながら、このセリッツォ、貴方様の期待に添えるような決闘をしてみせましょう」
上司はひらひらと手を振った。
「あ~、前置きはそれくらいでいいよ。まったくセリちゃんはおカタいんだから。でも、ボクそういうのキライじゃないよ。じゃ、対戦相手のチョイスだけど、セリちゃんと同じくらいの強さの人と闘ってもらうよ。キミたちの中にはセリちゃんをボコボコにできるくらいの人もいるけど、一方的な決闘は面白くないしね」
もちろん学院勢からは非難轟々(ひなんごうごう)が起こった。
「ふざけるな!!」
「馬鹿にするのも大概にして!!」
「なんとまぁコケにされたものよの……」
それを聞いていたノナネークは不敵に笑った。
「セリちゃんをボコボコに出来るからってボク相手でもそうはいくかなぁ?」
凄まじいプレッシャーで、食ってかかっていた強者はすくみあがってしまった。
「じゃ、デュエルを始めようか。誰かがセリちゃんに勝てたら鉛の雲は解除して、キミらは見逃してあげるよ。ああ、悪魔の天の邪鬼な約束って思ったろ? だけどさ、別にボクはキミらを殺したいわけじゃない。ぶっちゃけるとヒマつぶしなんだよね。助かるって言ったら必死で戦うでしょ? それが見てみたいんだ。いいね? 生き残りたかったら死合を見せておくれよ……」
一度はすくみあがった学院勢だが、そう聞かされたら奮起せざるをなかった。
「えっと、じゃあトイ・ボックスで代表を選ぼうか。手っ取り早く言うと、同じレベルの相手を引っ張り出すことの出来るデモンズ・スペルさ。じゃ、セリちゃんどうぞ」
胎児がピッっと虚空を指で切ると漆黒の割れ目が開いた。
セリッツォは無言のまま、黒い空間に腕を突っ込んだ。
「こいつだ!!」
彼女は脚を掴んだ感触でそれを思いっきり引っ張り上げた。
「ぬわっぷ!! なんだコレ!?」
セリッツォの元に引きずり出されたのはパルフィーだった。
レイシェルハウトもサユキもこっぴどくやられていて反応できなかった。
「娘。どうやら俺とお前とはいい勝負が出来るらしい。変わった型をする亜人だ。だが、一目でその洗練された強く、しなやかな筋肉が見て取れる」
女武将はマントを脱いで酒をあおった。
黒いコルセット付きのレオタードに巨躯ではあるが女性らしい体が姿を表した。
「げっ。あんた女だったのかよ……」
「間違われるのは日常茶飯事でな、さほど気にしてはおらん。名乗るのが遅れたな。俺はセリッツォ。魔界の武将で一騎打ちをこの上なく好む。お前、名前は?」
猫耳にたぬきしっぽの亜人はストレッチを始めていた。
「あたしはパルフィー。一騎打ちは白黒ハッキリつくからキライじゃないぜ。確かにあんたからはすごい覇気を感じる。実戦を積み重ねてきた自信みたいなものかな。だがそれはあたしも同じ。そのトイなんとかって呪文はあながち間違いではないらしい」
突然引っ張り出された上に、そこで待ち受けたのは巨大であきらかな強敵。
普通なら尻込みするところだが、パルフィーは胸を張って相手の瞳をジッと見た。
まるで彼女の瞳はこれから始まる戦いに燃えていると言った様子だ。
「これは愉快!! まっことに愉快なり!! パルフィーとやら、真剣を打ち合うがごとく、拳を交えようぞ!! この一戦、さぞかし愉しい闘いとなるであろう!!」
パルフィーは月日輪廻と陽日流をミックスさせたオリジナルの型をとった。
「おう!! 売られたケンカは買ってやるぜ!! いざ尋常にッ!!」
2人はどちらもこれから始まる死闘に無意識に笑みを浮かべていた。




