パーリーへのチケット
アルクランツ達の学院勢はいよいよ城塞都市ウォルテナの射程範囲に入った。
西に派遣した部隊は不死者に特化している。
一方、こちらに来たメンバーは主に破魔……デモン・スレイヤーが集められていた。
斥候から情報を聞いていると足元がグラリと揺れた。
一同は地震ではないかと思ったが、それはセリッツォの一撃によるものだった。
「たいした振動じゃない。怯むな。いいか。あたしが悪魔殺しのデモン・デストラクターを投げる。それが突入の合図だ。もっとも、突入とは言うものの、無闇に突出したりするなよ? 命取りになるぞ。特にレイシェルハウト。屋敷を取られた悔しさはわかるが突っ走るな。そういう身勝手な行動が味方を死に追いやるんだからな」
ウルラディールの継承者は俯いていたが、コクリと首を縦に振った。
「よぉし!! 行くぞ!! 忌々(いまいま)しい悪魔の連中を蹴散らしてやる!!」
こんな強烈な敵意をザフィアル達が感じ取らないわけがなかった。
「来たかアルクランツ。いよいよ我々の因縁が終わる。その時がくるとなると名残惜しいものもあるが……」
教主はあくまで静観していると言った様子だ。
隣のノナネークが声をかける。
「う~ん。さすが一流のデモン・スレイヤー。繭に包まれたみたいに学院の人たちの気配が曖昧だ。もともと人間だったザフィアルくんには見えているんだね。へぇ、アルクランツかぁ。あの不老不死……いや、不老の女の子のウワサは聞いたことあるよ。でもさ、いいのかい? 多分、もう少ししたら、そこらへんの悪魔くん達は壊滅しちゃうよ?」
ノナネークは相手の戦力の予想を立てていた。
「好きなようにさせるといい。私はアルクランツとの戦いに決着をつければそれでいいんだからな。楽土創世のグリモアはその後、来る時を待てばいい。それはそうと貴様はどうするんだ」
目線も合わせずにウルティマ・デモンは尋ねた。
「そだねー。別にボクは人間界に干渉するつもりはないからね。ここでキミが負けても、アルクランツが負けてもかまわないのさ」
悪魔らしい天の邪鬼な態度だ。
「そうだなー。でも上級悪魔としては”庭”を広げる事には熱心であるべきだね。でもキミに助力したら怒られそうだからやめておくよ」
だが、ザフィアルからは意外な返事が返ってきた。
「いや、チャンスだと思ったら容赦なく殺れ。私1人で十分だとは思うが、貴様も興味があるなら戦場に出てこい。セリなんとかも一緒にな」
妙な歩み寄りにノナネークは怪訝な顔をしたが、敵が同じであるという点では利害が一致していた。
悪魔としてもデモン・スレイヤーは1人でも多く殺したいわけであるし。
「いいだろう。悪魔の契約成立さ。セリちゃんはイヤな顔するだろうけど、コレは上司命令だからね。でもザフィアルくんがセリちゃんを認めるとはねぇ……」
自称究極悪魔の教主はそっぽを向いた。
「武将の美徳というのはバカバカしい。まったく理解出来ないが、アイツの腕っぷしはホンモノだ。美しいまでの研ぎ澄まされた肉体美、非の打ち所のないパワー、タフネス……」
それを聞いていた上司は赤い瞳でニターっと笑った。
「ザフィアルくん。それなんか変態っぽいよ?」
刺さるような殺気が紫の胎児に飛んでくる。
「いいねェ。いいねェ!! やっぱ悪魔ってやつはそうじゃなくっちゃ!!」
本気で脅す気だったが、逆に機嫌よくさせてしまった。
同時にこれだけのプレッシャーをものともしないノナネークの隠れた実力にザフィアルは若干の懸念を抱いた。
そしてとうとうその時は来た。
アルクランツが練った気弾の上にデモン・スレイヤー達が手をかざしていく。
やがてその爆弾は真っ赤に染まり始めた。
「いっくぞぉぉぉ!!!!!! デモン・デストラクターーーッ!!!」
幼女の校長はありえない強肩でその爆弾を城塞内に投げ込んだ。
次の瞬間、炸裂した気弾が一気に悪魔の魂を吸い込み始めた。
凄まじい勢いで悪魔の生気を奪っていく。
この一発でウォルテナの半分近い悪魔が一瞬でドロドロに溶けた。
「総員、突撃ッ――――!!!!!!」
アルクランツの号令と同時に城塞の門が打ち破られて学院勢がなだれ込んだ。
入口付近の悪魔は全滅していたので進軍はスムーズに行った。
すぐに残っていた悪魔たちがやってきて全面衝突が始まった。
その頃、ファネリたち西の部隊は快進撃で不死者を打ち破っていった。
対不死者のアタックチームが多く編成されているおかげだ。
生き残りの教授であるフラリアーノ、バレン、ケンレン、ナッガンも大いに勝利に貢献した。
特に死線をくぐっただけあってナッガンクラスの生徒は目覚ましい戦果を上げていた。
もっとも、ズゥルの戦いで1班は解体、2班は百虎丸だけ生き残り。
3班はクラティスとドクが、4班はカークスとキーモが生存。
5班はガン、グスモ、リーチェが残っている。
ファーリスは無傷だったが、最愛の田吾作の死によって精神をやられ、廃人になってしまった。
25名居た頃は戻ってこない。今やナッガンクラスは7名まで減ってしまった。
わかりきった事と覚悟していた事だが、受け止めるにはあまりにも酷な現実だ。
だが、慣れというのは恐ろしいもので、生き残りの生徒たちは戦いが続く日常にすっかり慣れていた。
ちょっとやそっとのことでは焦ったり、狼狽したりしないのである。
ある意味、人間性の欠如と言っても過言ではないが、戦場で生き残ることにおいてそんなものはどうでもよかった。
こういう獣道を通ってやがてリジャスターに成長していく。
もはや一種の洗礼じみたものだ。
進軍していくと徐々にズゥル島の山脈部がうっすら見えてきた。
不死者の抵抗は激しく、数も尽きること無くワラワラとやってくる。
その屍の塊を押し飛ばすようにしてファネリ達はズゥルの拠点を叩きに向かっていた。
リッチーもそれなりに戦いに参加しており、不死者を召喚し続けていた。
だが、ファネリは違和感を感じていた。
(いくらこちらが有利だとは言え、ここまで侵入を許すものか? そもそも、本拠地はダミーか何かなのではないか?)
彼は最悪の事態に備えてリッチーの位置がわかるマップをこまめに確認していた。
今の所、攻撃部隊以外は根城から離れる様子はない。
だが、相手は自由自在にテレポートできるのだ。何が起こるかかはわからない。
そうこうしているうちに進軍がピタリと止まった。
「ん!? なんじゃ!! 緊急事態か!!」
戦闘の部隊が強烈なリッチーと衝突したという報告が入った。
「悦殺のクレイントスじゃと!? ええい、こっちは聖属性で固めてるんじゃ!! 押し込め!! ダメならわしが出る!!」
思わず学院生たちはそれを止めた。さすがに指揮官を失う訳にはいかない。
クレイントスは楽しそうに笑った。
「やあやあ皆さん御機嫌よう。ロザレイリア様に力を分けてもらう代わりにこちらに遊びに来るよう言われまして。最近、殺戮という殺戮をしていないので退屈でして。あぁ、そうだ。私も7:3くらいで不死者と聖者の要素が混じっていますから聖属性はいまいち効きませんよ。でぇあ、遊びましょうか。出でよ!! シェービング・レイスとシェオルケルベロス」
大きな鎌を持った巨大な霊体と、真っ黒で赤い目を光らせた巨大な3つ頭のケルベロスが出現した。
召喚されたバケモノは研究生数人を一瞬で殺めた。
すぐに4人の教授とリジャスターがクレインとスとその使い魔を囲んだ。
バレンはバキバキと拳を鳴らした。
「うし!! 俺は犬ッコロのほうを殺るぜ!!」
ケンレンが口をはさむ。
「あんな可愛い子に乱暴しちゃだめじゃない。私が飼いならすわ♥」
フラリアーノはレイスの方を見た。
「光がダメなら炎の幻魔ならあるいは」
ナッガンは生徒たちを退避させた。
「きっと俺のスタッフィーでも効果があるだろう。助太刀するぞ」
クレイントスは脱力したようにだらーんと垂れ下がってゆらゆらした。
「まあそんなに息を荒げないでくださいよ。何も私はあなたたちを根絶やしにするつもりは無いんですよ」
このリッチーは何を言い出すんだとその場の全員が思った。
相手は不気味に笑っているように見えた。
「ほらぁ……マップですよマップ」
慌ててファネリが地図上のリッチーを追った。
「これは!!!! 一気にリッチー達がウォルテナにテレポートしとる!! 西部のズゥルは囮じゃったか!!」
西の部隊に動揺が広がった。
「いや~。それなりに多くの不死者を召喚するのは骨が折れましてね。まぁ、あれだけの頭数を揃えて並べておけばそれっぽくは見えますよね。ザコを倒させておびき寄せ。そして、ほんの一瞬の間に気をそらさせる。あとは一気にウォルテナを攻める……と。今回は悪魔の方々とは共同戦線なのでね」
ファネリはすぐに数少ないリポートジェムでこれが罠であった事を校長に伝えようとした。
「ガーピーーガーーーー……」
激しいノイズで通信が遮られた。
「ムダなことですね。悪魔の方々がその手のモノは妨害すると言ってましたよ。おっと。私も冷やかしが終わったらパーリーに参加していいとロザレイリア様から言われまして。召喚した躯は置き土産にしていきます。アルクランツさんの救助に間に合うといいですねェ。ま、無理でしょうが」
クレイントスは怪しげな笑い声を響かせながらその場から消えた。
「くぬぅ!! 悪魔と不死者がつるむというのかッ!!」
それと同じくして順調に城塞都市ウォルテナに攻め入っていたアルクランツは背後を振り向いた。
無性に不吉な予感がしたからだ。
「これは……まずいな……」
幼女の校長はじわりと汗をかいた。




