舞った黒猫に最大の敬意を
ルルシィはまるで蝶が舞うようにセリッツォの頭上に位置どった。
両側がポールアクスになった棒を思いっきり振り下ろす。
「脳・天・カチ割ィーーーー!!!!!」
だが、斧は鈍い金属音のよう立てて弾かれた。
セリッツォは真上を向いて額でこれを受け止めたのである。
「ふむ、言ってなかったな。俺の石頭は魔界でも有名で……なっ!!」
そのまま頭突きで突進してきた。大したダメージは無かったものの、ルルシィはふっとばされた。
武器は手放さかったが、弾かれた方の斧はバキバキに割れていた。
そしてセリッツォは膝に手をついて屈んて人間の小娘の顔を覗き込んだ。
まだ彼女の瞳には闘気が宿っている。
「娘。どうだ。白旗を上げれば俺の使用人にしてやるぞ。お前ほどの実力者を人間にしておくには惜しい」
それを聞いたルルシィは首を掻っ切っ切るサインの後、バッドハンドのポーズを突き降ろした。
「ふざけないで。冗談もいい加減にしなよ。だれが悪魔なんかに!! そもそも私がギブアップする前提で話をしてるわけ? あんたのその慢心、身を滅ぼすよ!!」
セリッツォはゆっくり立ち上がった。
「フフ。そのとおりだな。だが、お前もまだ本気ではないだろう? それも慢心ではないのか? まぁいいだろう。武人として全力を尽くして闘うまで!! お前も全力でかかってこい!! たとえ卑怯な戦術がだとしても戸惑わずに使ってこい!! それもお前の実力のうちなのだからな!!」
その言葉で探り合いが起こった。
(クッ!! 認めたくないけど本当に波長が合っているみたい!! 魔術を見抜かれている!? でもそれはこっちも同じ。アイツはシンプルに格闘術しか使えない。ただ、パワーとタフネスはありえないレベル。小手先では通用しない!! さぁ、どうする!?)
一方、セリッツォはニヤリと笑っていた。
(娘が特殊能力を持っているかいないかでは問題ない。そう指摘されたことによって少なからずスキが生じる。娘は私を筋肉バカと思っているようだが、こういう駆け引きもまた決闘の面白きことよ)
そして再び戦闘が始まった。
「ふッ!! ヴァルキュリアンズ・リービルダー!!!!」
ルルシィは壊れた斧付き棒を拾い上げるとボウガンに変形させた。
そのまま全力で魔力の矢を連射する。
「そらそらそらそらーーーーーーーーッッッ!!!!」
矢は相手の目をめがけて恐ろしいスピードで飛んでいったが、セリッツォはこれを片手で防いだ。
「あえて遅らせる!! 防ぐと思った!! もらい!! ハンターズ・スタンズ・レイド!!」
彼女がギュッと拳を握りながら詠唱すると巨大な悪魔は麻痺した。
「うぐぅ!! ぐっぐおあああ!!!!!!」
そのスキにボウガン使いは相手の体中に魔法の矢を叩き込んでいった。
確かに刺さったのを確認するとまたもや拳を握る。
「7th・エレメンタリー・カラー!! ミキシング・パレット!!」
取り付いた矢、それぞれが7属性の小爆発を起こした後、混ざって黒い爆発が起こった。
すべてを抉る暗黒の爆発である。
あまりに激しいマナの消費にルルシィはサプライ・ジェムで回復を図った。
(ハァ……ハァ……。ジェムはあと1つ。これで倒しきれないとコイツはみんなを脅かす存在になる!!)
爆風がはけていくとセリッツォの姿が現れた。
もう麻痺は解けたようで、あれだけハデにふっ飛ばしたのに肢体の1つ破壊できていなかった。
「ぬぅ。なかなか効いたぞ。体中が軋む。人間にここまでやられたのはいつぶりか。見事、見事なり」
ルルシィはセリッツォのしぶとさに圧倒された。だが、彼女は諦めなかった。
「矢の爆発でダメならこれならどう!?」
女武将は相手の魔術について分析していた。
(斧の棒から一瞬でボウガンに変わった……? 持ち替えている? いや、出した時も速かった。おそらくあれは武器を変形させる魔術。間違いない。そして今度は爆弾で来るつもりか。さすがの俺でも娘の本気の爆弾が炸裂すればただではすまん)
本当に2人はどこかで繋がっているからか、相手の動きが予測できた。
(今度の爆弾は避ける!! さすがにこの攻撃には耐えられないと見たようね。でもヴァルキュリアンズについては多分バレた。これで隠しだねの1つは潰れてしまったわ。切れるカードはもう多くはない!!)
ルルシィは引き続きボウガンを連射しつつ、セリッツォの後ろに回り込んだ。
「その手は食わんぞぉッ!!」
悪魔の武将は思いっきり腕を振り払って背後も攻撃範囲におさめた。
しかしどういうことだろうか。手応えがなかったのである。
急いで振り向くとそこに娘は居なかった。
あちこちと見渡してセリッツォはルルシィを探した。
「逃げた? いや、そんな無粋なことをするやつではないはずだ」
勝手な決めつけだったが、逃げるわけはないとどこかで確信していた。
そんな中、ノナネークが一言はさんだ。
「うんうん。確かに中庭にいるよ。逃げる気もないみたいだし。それより早く戦いに集中しないと首、とられちゃうよ」
悪魔はニターっと微笑んだ。
セリッツォは耳だけ傾けて戦闘に集中した。
一方、ルルシィは武将の背後をとって這いつくばっていた。
(擬態呪文、ミミクリー・サラウンディングス……。あっちの赤ちゃんみたいなやつは見切ってるみたいだけど、コイツは気づいてない!! 次の手を打つなら今!!)
彼女が身構えた直後だった。相手は両拳を頭の上に持ち上げると全力で地面に打ち付けた。
これによって生じた振動は非常に激しく、アルテナに居る悪魔たちが地震と勘違いするほどだった。
この一撃は地上の敵を弾き殺すほどのエネルギーを持っていた。
ルルシィは素早くジャンプしてなんとか難を逃れた。
「手応えなし……か。見くびられたものだな。俺のパワーはこんなものではないぞ!!」
高く飛んだ女はすぐさま受け身をとった。
「ぬぅん!! ガイアサルト!!!!!」
セリッツォは中庭の岩の礫を巻き上げながら突進してきた。
直接タックルは当たることがなかったが、彼女は中庭全体を抉って走り回った。
飛んできた礫はかなり大きく、ルルシィの高度にも届く技だった。
ミミクリー・サラウンディングスが一瞬、解けた。
セリッツォはそれを見逃さなかった。
「ぬぉぉぉぉ!!!!!!」
悪魔の鉄拳が人間に直撃する。
「うぐぅぅぅ!!!!!」
空中のルルシィは受け身をとったが、利き腕が根っこから折れてしまった。
そのまま猛スピードで壁に向けてふっとばされた。
だが、彼女は恐ろしいまでの反射神経で壁キックし、悪魔の頭上を舞った。
「くらぇぇぇッッッ!!!! M2(マジカル・マイン)!!」
いつの間に仕掛けたのか、セリッツォの周りに3つ機雷が出現した。
「これは!! しまった!!!!! 誘導されたかッ!!」
大爆発が起こり、こちらも中庭全体を覆った。まさに全力の応酬である。
ノナネークがザフィアルの方を覗いた。
「どう? ザフィアルくん。これだけ攻撃を受けても痛くはないかい?」
それを聞いた教主は鼻で笑った。
「ハッ。こんな攻撃でダメージ受けるようなら話にならん」
紫の胎児は満足気に赤い瞳を見せた。
「ふ~ん、言ってくれるじゃないか。2人共、なかなかのバトルをするけど、ボクとかザフィアルくんとは格が違うんだよね」
話もそこそこに2人は再び観戦を始めた。
煙がはけるとまず見えたのはセリッツォである。
前のめりに倒れており、かなりのダメージを負っているように見えた。
全身がズタズタでボロボロである。さすがにもはや戦闘不能に思われた。
ルルシィは利き腕がぶらーんと垂れ下がっていたが、まだ戦えそうではある。
おそらく戦闘の合間に最後のマナ・サプライ・ジェムを使ったのだろう。
一見すると彼女のKO勝ちといったところだ。
「ハァッ!! ハァッ!! い、いくらタフだからといってここまでやれば……」
だが、セリッツォは両腕をついて巨躯をゆらりと立ち上げた。
「まことに見事。見事なり。だが、まだ俺は戦えるぞ。伊達に魔界の武将を名乗ってはおらん」
ルルシィはこの現状に愕然とした。もはや全部の弾を打ち尽くしてしまった。
もはやまともにやって勝ち目があるとは到底思えない。
同時に彼女は腹をくくった。
(このままコイツを生かしておいたら皆に被害が及ぶ!! ここは捨て身で食い止めてみせる!! この一発に込めるッ!!)
気づくとルルシィの前に大砲が出現していた。
「いっけぇぇぇ!!! マキシマム・キャノン!!!」
生命を振り絞った攻撃がセリッツォを襲う。またもや中庭は爆発と煙に包まれた。
「や……やった!?」
手応えを感じたルルシィだったが、スモークをちぎるようにしてセリッツォが突っ込んできた。
セリッツォはルルシィの予想を遥かに上回るタフネスさを持っていた。
全力を尽くし果てた彼女のスキを狙って襟をぐっと掴んで引き寄せた。
「石頭をくらぇぇ!!!!!」
鈍い音をたててヘッドバットがルルシィの美しい額に直撃した。
その衝撃で彼女の頭はパックリ割れて、すぐにバラバラになって吹っ飛んでしまった。
しばらくルルシィの身体はヒクヒク揺れていたが、すぐにピクリともしなくなった。
「殺す時は嬲らず一瞬で殺す。それがせめてもの慈悲というものだ」
勝負がついたのを確認するとセリッツォは頭の吹っ飛んだ死体を担ぎ上げた。
ザフィアルは尋ねた。
「おい、セリなんとか。お前、その人間は喰わないのか? 下っ端の悪魔どもにはやらんのか? 悪魔の序列を上げたくはないのか?」
ノナネークはそれについて言及した。
「セリちゃんは人間に近いからね。弔いってやつだよ。そういうのは一番ザフィアルくんが理解してるんじゃないかな?」
セリッツォは背を向けたまま告げた。
「たとえ敵とは言え、逃げずに戦いに臨んだ勇者だ。丁重に埋葬して敬意を表することとする」
上級の悪魔は呆れた様子で語った。
「まったく。セリちゃんはこういうところが甘いんだよ。そもそもね、一騎打ちの決闘なんてのはね……」
女武将は聞かないふりをして人間の遺体を担いでいった。
誰も見ていないところで彼女は涙をこぼした。
「全く愚かな奴よの。生きていれば良い使用人……いや、好敵手になれただろうに。ルルシィか。……確かに覚えておくからな」
彼女はそうつぶやいて遺体を丁重に埋葬し、華をそえると屋敷の墓地を後にした。




