生命を懸けたデュエル
ザフィアルは上級悪魔であるノナネークを面白いヤツだと認めつつあった。
だが、一緒についてきたセリッツォに対しては懐疑的で厳しい態度をとった。
それこそ金魚のフン程度にしか見ていなかったのだ。
それを察した紫色の胎児はニタリと笑った。
「ザフィアルくん。さてはセリちゃんのことはまだ認めていないね? じゃあ僕が腕試しのチャンスをあげようね」
彼はピッっと虚空を斬った。すると真っ暗闇な割れ目が現れた。
「これこれ。トイ・ボックス。玩具箱だよ。これはね、自分と波長のあう人を引っ張ってこられるデモンズ・スペルさ。きっとセリちゃんならそれなりの強敵を釣ることが出来るよ。その人との戦いぶりをみればザフィアルくんもセリちゃんがデカいだけじゃないって納得するんじゃないかな」
ウルティマ・デモンは腕を組んで見ものを始めた。
「フン。いいだろう。俺の力を見せてやろう」
そう言いながらセリッツォは玩具を箱の中から漁るように手を伸ばした。
その頃、アルクランツたちを追うようにルルシィたちのチームは東のウルラディール家を目指していた。
チームリーダーのルルシィは額の汗をぬぐった。
「ふぅ。ここまで会敵は無しと。順調ね。ウィナシュちゃんもマナボードを使うのが上手くなってきたわね」
下半身が魚のウィナシュはマジックアイテムであるボードに乗って移動していた。
「いやぁ、アシェリィの教え方がうまいからですよ。苦手意識で今まで使ってなかったんですけど。ルルシィさんがくれたこのボードのおかげでもありますね」
ウィナシュはペコリと頭を下げた。
「あら、アシェリィ。今度は私にもマナボード、教えてくださいな」
そうシャルノワーレが語りかけた。
「いいねぇ。面白そうだ。ボクも仲間にいれてもらうよ」
ニャイラもにっこりと笑いながら話に加わった。
戦場を前にして束の間の平穏。そう思った時だった。
急にルルシィが地面にめり込み始めたのである。一同は驚愕せざるを得なかった。
徐々に、確実にルルシィは真っ黒なの空間に飲まれていく。
すぐに他のメンバーは彼女を助け出そうと手を伸ばした。
「絶対にあたしに触れちゃダメ!! これはデモンズ・スペルよ!! うかつに触れると何が起こるかわからないわ!!」
ルルシィはもがいたが、がっしり脚を掴まれているような感覚を覚え、抜け出せなかった。
「くっ!! いい!? もし30分経ってもあたしが戻らない場合は学院に撤退なさい!! これは指示ではなく命令よ!! 絶対に守ってよね!!」
「ルルシィ姐さん!!」
「ルルシィさぁん!! な、なんとかしなきゃ!!」
「くっ……こんなことって!!」
「な、何も出来なかった……」
4人はそれぞれ苦虫を噛み潰したような顔をした。
だが、すぐにウィナシュが代理のリーダーを買って出た。
「気持ちの転換をしよう。姐さんの言ったとおり、ここで30分間、待ってみる。それで反応がなかったら……撤退だ」
予想通りアシェリィが食って掛かってきた。言い合いになるまえにウィナシュが語気を強めた。
「お前な、なんのために姐さんが1人で背負い込んだと思ってんだ!! あたしらが無事でなきゃ意味がねぇんだよ!! だから、これっぽっちのリスクも冒せない!! アシェリィ、これ以上なにか言ったらブン殴るからな!!」
キツい言い方だったが、ノワレもニャイラも黙ってそれに頷いた。
アシェリィは目をつぶって唇を噛みしめた。
その直後、ルルシィは何者から別の空間に引きずり出された。
掴まれた脚は体ごとドサリと放り投げられる。
「こ……ここは……? 城塞にお屋敷……?」
荒廃し、変わり果てた光景ですぐに気づくことは出来なかった。
だがそこは間違いなくウルラディール家の中庭だった。
「こ……これは……」
するとズシンズシンと足音が近づいてきた。
「我が名はセリッツオ。魔界の武将だ。人間の娘。眼の前の者を無視するとはずいぶんと礼儀知らずじゃないか。お前も名乗ったらどうだ」
思わずルルシィは彼女を見上げた。
身長160cm台のルルシィの2倍くらいの背丈の悪魔がこちらを見ていた。
臆すること無く彼女は答えた。
「私はルルシィ!! 私を引き寄せたのはあなたね!?」
セリッツォはゆっくり頷いた。
「いかにも。お前と決闘がしてみたくてな。どうも、俺とお前は波長があうらしい。きっといい勝負ができるはずだ」
呼び出された女性は吐き捨てるように言った。
「あんたとはシンパシーも感じないし、とてもじゃないけどシンクロしてるはずがないわ。私に決闘をする義務はない。私は帰るわ」
屋敷の門へ彼女が進むと、その行手をノナネークが塞いだ。
「お嬢さん。ボクとザフィアルくんは君の実力が見てみたいんだよ。もしセリりゃんに勝ったら見逃してあげる。負けたら……あとはわかるね?」
紫の胎児のプレッシャーに思わずルルシィは後ずさりしてしまった。
「おい、娘。お前の相手は俺だと言っているだろう。さぁ、こちらを向いて戦え」
その場にはザフィアルとノナネークしかおらず、その他の悪魔はシャットダウンされていた。
セリッツォはどこからともなく瓢箪に入った酒を取り出した。
それをちびちびあおりながらやる。
「さて、俺は一騎打ちがこの上なく好きだ。互いの実力をぶつあい、正々堂々と向かい合う。武将としてはこれほどの美徳はない。まさに決闘とは至高なり!! こちらに引きよせた非礼は詫びよう。だが、俺達2人を邪魔するものは誰も居ない。もし、俺に勝てたら帰してやろう。負けたらそれまでよ」
ルルシィは突如として訪れたピンチに焦ったが、深呼吸して心を落ち着けた。
「さぁ、いざ尋常に!!」
セリッツォはまとっていた漆黒のマントを脱ぎ捨てた。
その下はごついが確かに女性の体をしていて、コルセットつきのレオタードを身に着けていた。
だが、肌は暗めの水色で明らかに悪魔らしい色付きをしていた。
格闘の構えをとった彼女がルルシィに問うた。
「なんだ。お前も格闘術の使い手なのか? もし、得意な得物があるならそれを使え。ベストな状態で無い相手を倒すのはフェアではないからな」
悪魔だからよっぽど卑怯だと思っていたのだが、セリッツォは武人の鑑だった。
「それなら遠慮なく!!」
ルルシィはどこからともなく棒を取り出した。棒術である。
だが、その両端から隠し刃が現れた。槍や剣ではなく、大きめな斧だった。
重いはずの武器を彼女はグルングルンと軽々、振り回して見せた。
思わずセリッツォは感嘆の声を上げる。
「おぉ。その小振りな体に似合わぬ得物。それをいとも簡単に扱うとは見事なり」
おもわず棒使いは眉間にシワをよせた。
(なんなのコイツは。真っ直ぐだからやりにくいったらありゃしないわね。でもこういうヤツは強い。苦しい戦いになりそうだわ……)
セリッツォは独特な構えをとったが、人間の格闘術とそこまで大差ないように思えた。
そもそも、体の作りが人間に近いのでそうなるのは自然のことだった。
もし奇襲に有利な変態などが出来たとしても、彼女ならば卑怯な真似はしないだろうというのは希望的観測だが。
「よし。いいな。こちらから行くぞ!!」
すぐにルルシィは筋肉の動きから相手の次の手を読んだ。
(上から振り下ろす拳!! アイツとの体格差や力を考えるとこれを受けたらペシャンコ!! ならば!!)
予想通りセリッツォは正拳を振り下ろした。ルルシィはその一撃を受け止めた。
思わずその場にいた悪魔たちは目を見開いた。
「ボサっとしてると!!」
彼女は棒をくるりと回して勢いをうけながし、殴ってきた方の腕沿いに回転斬りの連続を放った。
流れるような連撃は月のような軌跡を描き、美しくさえ見えた。
悪魔の腕のてっぺんに到達するとルルシィはそれを蹴って高く跳び、首刈りを狙った。
「獲ったッ!!」
だが後頭部めがけてのその切り下ろしは左手で防がれてしまった。
深追いは危険だと判断した彼女は斧を引き抜いてバックステップで距離をとった。
ひとまず初の衝突は終わった。女武将は攻撃を受けた右腕をさすった。
真っ黒い血がしとしとと流れ出ている。それを視て人間は焦った。
(くっ……あれだけの攻撃を受けて腕が裂けない!! なんて硬さなの!?)
一方の悪魔はなぜだか満足げだった。
「フフフ……このセリッツォ、血を流したのはいつぶりだろうか。力はやや欠けるが、俊敏性は抜群。これは面白いことになりそうだ。俺のパワーとタフネス、お前のスピード。どっちが上回るかな」
そう言うか否かの間にルルシィは仕掛けた。
悪魔の懐に飛び込んで棒を思いきりグルグルと振り回して斧のラッシュ攻撃を加えた。
小賢しいとばかりにセリッツォがそれを掴もうとすると急激にその武器は上昇し始めた。
回転したまま股から上がり、頭を狙っていく。
斧の動きに気を取られていると、いつのまにか移動したルルシィがセリッツォの後頭部に踵落としを決めた。
いくら頑丈な相手でも急所へのクリーンヒットはこたえたらしく、大きくよろけた。
不幸中の幸いで斧のついた棒は彼女の顎先から上にはヒットしなかった。
上昇する獲物を器用に空中でキャッチしたルルシィは再び敵の頭めがけて斧を振り下ろした。
「これで落とす!!」
ルルシィはセリッツォの美しい黒髪の生え際を真っ二つにするように武器を振り下ろした。




