生ける者達の楽園
なんとかアーヴェンジェを退けたものの、ファネリ達は大切な人を失ってしまった。
だが、それを悲しむ時間はなかった。再び東西の武家が衝突を始めたのだ。
まるで魔法にでもかけられたかのように両軍はぶつかっていく。
しかもよく見ると西軍には不死者が、東軍には悪魔が加勢していた。
本来ならこの異常事態にすぐ気づき、攻撃なり退避なりするはずだ。
しかし、人間たちは狂ったように進撃を止めない。
戦場はさまざまな種族がぶつかりあう修羅場と化した。
それでも一応、東西には別れていた。ただ、人間は流れに乗るだけで、不死者と悪魔の代理戦争のようにも思えた。
マナ切れで疲労した面々はそれに巻き込まれそうになった。
そんな時、絶妙なタイミングでファオファオが飛んでくるのが見えた。
それに跨ったシャルノワーレは地上を舐めるように見渡していた。
「アシェリィ、アシェリィは!?」
雪原に緑の髪が映える。
「そこっ!!」
エルフの少女はかかとで白いドラゴンの胴をつついた。
「キュルルル~~~~ン」
白竜は滑空の姿勢に変わって地表まで接近した。
ノワレは振り向いて驚き顔をしていたアシェリィをドラゴンに掴ませた。
「まったく!! あなたはなんとも馬鹿なお方ですわ!! ……私を残して逝かないで……」
少女の顔に雫がおちた。
「ノワレちゃん、泣いてるの……?」
そう聞いたアシェリィをシャルノワーレは怒鳴りつけた。
「当たり前でしょう!! すこし頭を冷やして反省なさい!!」
2人がそんなやり取りをしているとファオファオの方向と高度がちょうどファネリ達の頭上を通過しそうだった。
「おぬしら行くぞ!! 残ったコレジール殿の魔力を込めてファオファオに飛びつくんじゃ!!」
ジャンプ力が弱い者を強いものが空中へと打ち上げていく。
そして遅れかけたものもなんとかそのアイスヴァーニアンにしがみついた。
全員がしっかり乗ったわけではなく、胴体やしっぽにしがみついた者も居た。
だが、ファオファオがスピードを落としてくれたのでなんとかそれぞれが安定した場所へ落ち着いた。
「あなた達!! ご無事でしたのね。見たところほとんど被害者がいないようですが……あら? コレジール老は?」
彼の死を見届けた一行はふさぎ込んでしまった。
竜の背中に引っ張り上げられたアシェリィはポカーンとした表情になった。
同じ弟子であるファイセルが重い口を開いた。
「コレジール師匠はね……。特攻して爆死なされたよ……」
アシェリィは声を出さずに首を左右に振った。
「ウソ……ウソでしょ……ウソですよね!?」
ファイセルも首を左右に振った。
「もう……生体反応がないんだよ。間違いなく死んでしまわれた……」
それを聞いた少女はジタバタと騒ぎ始めた。
「そんな!! そんな事って!! 降ろしてください!! 師匠を助けるんだ!! 降ろして!!」
彼女は号泣しながら無茶を言った。
「離して!! はなッ―――」
そろりと接近していたルルシィが彼女の首の裏に手刀を決めた。
「ズビシュッ!!」
この一撃でアシェリィはガクリとうなだれ、意識を失った。
これを見ていたシャルノワーレは思わず激怒した。
だが状況が状況だけに仕方がないと黙って怒号を飲み込んだ。
そうこうしているうちに南方から動く要塞が海を渡ってきていた。
「皆の者、アルクランツ校長先生じゃ!! ファオファオを着陸させて休息をとらせてもらおう!! ひとまず安心じゃ。おぬしら死なずに良く戦った!! きっと天国のコレジール殿も笑っておることじゃろう!!」
要塞は一時、攻撃態勢をとったが、飛んでくるのがファオファオだとわかると歓声が上がった。
白いドラゴンの美しさに皆が見とれた。制空権が弱かったリジャントブイルにとってファオファオは救世主とも言えた。
アイスヴァーニアンが着陸の姿勢をとると要塞の上層階が開けて発着場が姿を現した。
竜がすっぽり収まるとすぐに屋根は閉じて学院全体がシェルターになった。
すぐにアルクランツが駆けつけてきた。
「お前ら無事か!? よくやったぞ。だがあの爆発……コレジールは死んだか……」
校長は肩を落とした。彼が爆弾人間である件については知っていたのだろう。
「一流の斥候をノットラントに送り込んだ。案の定、ロザレイリアはズゥルに陣取りながら強力な不死者を造り出している。それと……レイシェルハウトには気の毒だが、お前の故郷のウォルテナは悪魔の根城になってしまった。連中は屋敷をアジトにして動くつもりだ。魔界から何体か桁外れのデモンが来たという情報もある。ウォルテナの斥候はそれ以降連絡がないが……」
レイシェルハウトは思わず額に手を当てた。
「ウソですわ……そんなことって……」
芯の強い彼女でも流石にその現実にショックを隠せず、引きずることとなった。
辛気臭い雰囲気になったその時だった。
「ファイセルーーーーーーーッッッ!!!!」
誰かが彼の名を叫んだ。
「この声!! リーリンカ!!!!」
飛び込むようにしてリーリンカはファイセルの胸に飛び込んだ。
蒼く美しい彼女の髪の毛からは良い匂いがした。
リーリンカは呼吸を乱してしゃくりあげた。
長いこと会えなかった2人が再会できたのである。
水をさすのは止めようと一緒にいられたラーシェとジュリスは他を追い払って2人きりにした。
「こんのバカ!! 遊撃部隊は常に死と隣り合わせだ!! しんじゃったかと思ったんだぞ!! 死んじゃったかと思ったんだぞ!!!!!」
リーリンカは思い切りファイセルの胸を叩いた。かよわい女性の拳だ。
彼女の顔はもう涙やら鼻水でぐちゃぐちゃだった。
それを拭うようにファイセルは彼女を抱きしめた。
「うん。心配かけちゃったね。でもそれは僕もおあいこだよ。いつも君が夢に出てきたんだ。だからこうしてここまで頑張れたんだ。これからは一緒にいよう」
互いに落ち着くとゆるやかに抱擁を解いた。
「ところで、来てるのはリーリンカだけなの? ザティスやアイネも迎えにきてくれそうなものだけど」
嫌な予感を抱きつつもファイセルは尋ねた。
「2人はズゥルで私達を逃がすために悪魔を引き付けたんだ。その後はどうなったか……わからない」
リーリンカは口ごもってしまった。
最悪の事態も考えうるが、それでもファイセルは彼女を不安にさせまいと楽天的な態度をとった。
「ザティスの事だ。殺しても死んだりしないよ。それにアイネもついてる。2人は最強のカップルなんだからさ」
彼は笑ってみせたが、リーリンカはそれが作り笑いだとすぐに悟った。
ファイセルの性格をわかっているというのもあるが、自分も同じように考えている。だから痛いほどにわかった。
その時、下のフロアでアルクランツのミーティングが始まった。
「諸君、我々はこれまで賢人の楽園を願いとして戦ってきた。これは全ての存在に平和な心を持つ叡智を与えることを目標としている。だが、今まで単独で創世の願いを叶えたことはなく、その結果、リジャントブイルやミナレートという局地的な実現にとどまっている。それに、この目標は楽園の分割……賢人会を前提に引き継がれたものだ」
1Fフロアの高い教壇から校長は話を続けた。
「だが、状況は大きく変化した。冥界や悪魔界の魑魅魍魎が跋扈し始めたんだ。故にたとえ賢人会の席につけたとしても、我々は今よりも極めて苦しい環境に置かれてしまう。この未来を打開するには『生ける者達の楽園』を目的として単独勝利を狙って戦うしか無い!! 私に一貫性が無いと非難してくれてもかまわない。だが、もはや叡智に固執する段階ではないんだ!!」
だいぶ前からこれは決まっていたのか、特に反対の声はあがらなかった。
それに、その場の多くの者がアルクランツと同じ意見だった。
確かにそれぞれの考えには個人差はあるが、この戦いに1つになって臨むための目標としてはこれがベストだった。
「これによって冥界と悪魔界を排除することが出来る。今までは不死者代表や悪魔代表が賢人会に加わっていたから奴らは消滅せず残っている。今度こそ連中との縁を切る時が来た!! 諸君らの力を貸してくれ!! もちろん私も死力を尽くしてこたえよう!!」
教授やリジャスター、学院生達が勝鬨を上げた。
生きる者すべての権利がかかっている。生きている人間である以上、これに背くものはいなかった。
今まではあわよくば魔法都市が広がればいいと思っていた学院はいつのまにか人間界を背負って出るスケールの大きい願いとなった。
いつしかその願いは生物の無意識下で魔力を集めた。
そして集まったマナが要塞に流れ込んでいく。
まさにこれが生きる者の底力で、学院関係者の魔力は一気に跳ね上がった。
ロザレイリアとフラウマァに襲撃された時とは見違えるほどパワーアップしていた。
「諸君、道を見失うな!! 皆も応援してくれている。心を澄ましてその力を体に取り込むんだ。ここで負けてくれるな。そう聞こえてくるはずだ」
各々が瞳を閉じて深呼吸を繰り返した。体中に力が漲ってくるのが感じられた。
「いいか。学院……亀龍は間もなくノットラント南部に接岸する。戦場では人間、不死者、悪魔が入り乱れている。人間は極力、殺めたくない。二手に分かれてズゥル島とウルラディールの屋敷を潰すぞ!! 戦力を2つに分けたくはないが、同時に叩かねば片方が増長するからな」
そう話していると要塞の学院がガタンと大きく揺れた。接岸の衝撃だ。
すると建物の入口が開いた。一斉に学院関係者が飛び出していった。
「私は悪魔を潰すか。果たして勝てるかどうかだな……」
アルクランツは天を仰いだ。




