確かにキミはホープだよ
コレジール達とアーヴェンジェ達が交戦している頃、それを使い魔で視ていた悪魔が居た。ザフィアルである。
「ふむ。あのレベルの死骸粘土を造り出すとは。ロザレイリアも本腰を入れてきたと思える。今頃はズゥル島を拠点にしてノットラント西部から不死者軍団を連れて進撃しているにちがいない。それならば、こちらはどうだ?」
洗練されてムダのないフォルムの悪魔は視点を入れ替えた。
「リジャントブイルの要塞が間もなくノットラント南部の海岸に接岸する……か。とうとう来たかアルクランツよ。待ちわびたぞ。ただ、あれに1人で太刀打ちするというのはクレヴァーではない。そうだな……。全てを無に帰す事が目的とは言え、前座が無いと舞台は暖まらん。最高潮のクライマックスで全てを終える。私というかそれは万人共通の願望ではないかね?」
教主は虚空に語りかけた。
「ありきたりではあるが、私が駒として流れに身を委ねればより面白いように向かっていくだろう。もちろん、楽土創世のグリモアを発動させるのは私だ。世界は滅びによって救われる。それは決定事項であり、決して覆ることはない。私は慢心しているのか? フフ。道化師のようであるのは認めるがな……」
もともとザフィアルは独り言が多かったが、悪魔になってからはそれが加速した。
意識が人間の頃と違うからなのか、誰にともなく語りかける事が増えたのだ。
人間ならば危うい人物だが、魔界と無意識下で通じる悪魔としては天賦の才と言えた。
「さて、そうとなれば早速、新たな拠点を構えるとするか。ここにはもう何もない。教徒達は既に我が血肉となって滅びた。彼らの望み通りだ。もっとも、塵を喰らっているようなものだったが。存在する価値がない故に滅びる。だが滅びに貴賤はないからな。それもまた美しい有り様ではあるな」
ザフィアルは地下墓地を破壊して宙に舞い上がった。
「ふむ。ウルラディールの生き残りどもか。いくら泥の魔女に気を取られているとはいえ、この距離で気づかれない。我ながらなかなかのステルス能力だ」
ザフィアルはやや不愉快といった表情をした。
悪魔になっても顔は人間のままである。ただし、顔面は真っ青で、唇は真っ黒だったが。
「泥木偶でウルラディール家は陥落している。そこを拝借してもいいのだが、それはなんでもスケールが小さすぎる。ナンセンスだ。しかし……染め上げるという過程は嫌いではない。いくとするか」
ザフィアルはコウモリのような翼を広げて高速移動した。
途中、白いドラゴンとすれ違ったが、まったく悪魔には気づいていないようだった。
竜に乗っていたのはシャルノワーレだった。
彼女は仲間を追った恋人を放ってはおけずにファオファオを連れ出したのだ。
1人だけで行くことには戸惑いもあったが、どのみちファオファオに乗れそうなのは自分くらいしか生き残っていなかった。
屋敷の執事やメイド達を残していくことに後ろ髪をひかれたが、退避指示を聞きいれてくれただろう。今はそう思うしか無かった。
そんな事情を知ってか知らずかザフィアルはウルラディール家の屋敷に降り立った。
「……良い屋敷だ。だが、器としてはやはり物足りん。ならば、この城塞都市ウォルテナ全体を悪魔の牙城に変えてやろう。不死者の虚都のようにな!! そしてノットラント東部から中央部にむけて悪魔の軍勢をけしかける!! 東の武家に悪魔、西の武家に不死者!! そしてノットラントは全面衝突!! 混沌に満ちて楽土創世のグリモアが現れん!!」
恍惚の表情を浮かべ、教主は悪魔を次々と造り、ウォルテナ全体に解き放った。
魔の手は瞬く間に広がり、悪魔は住民たちを情け容赦無く虐殺していった。
抵抗を試みる腕利きや自警団もいたが、悪魔の質が非常に高くまったく歯が立たなかった。
リジャスター並の戦力の悪魔も居て、大都市の武力でさえどうこうできるレベルではなかった。
こうして誰一人逃げることすら叶わず東部最大の都市の人間たちは息絶えた。
そしてその晩、人間の骨で作られた食器でデモンズ・パーティーが始まった。
頭蓋骨のグラスになみなみと人間の血が注がれる。
人間にとっては地獄絵図としか言いようの無い惨状だった。
ザフィアルも人間の血のグラスを差し出されたが、興味無さそうにそっぽをむいた。
彼はウルラディール家の当主の座についていた。
「ふむ。駒になるとは言ったものの、これはなかなかつまらんな。人間はこういった形式張ったものでしか権威や価値を見いだせんのだ。まったく愚かしい存在だ」
自分が人間だったことを忘れたかのように悪魔はぼやいた。
「夜風でもあびてくるとするか……」
教主は座を後にして屋敷の城門の上に立った。
それを見た悪魔たちは一斉に大声を上げ始めた。
「ザ・フィ・アル!!」
「ザ・フィ・アル!!」
「ザ・フィ・アル!!」
その光景を眺めるとザフィアルは機嫌を取り直した。
「ほぉ。これはこれで悪くない。だが、こいつらは私が何を望んでいるのかわかっているのか?」
魔族の繁栄と全ての存在の滅亡は相反するように思えたからだ。
そんな中、悪魔が道を開けて通り道ができた。
「おい新入り。上の方々にはお前を悪魔界の新星とおっしゃるかたもいるようだが、俺はそうは思わんな。所詮、人間の出だ。おまけに破滅主義者と来たものだ。何が良いのか俺にはさっぱりわからんな。調子に乗るのも大概にしろ」
そう言いながらザフィアルの二倍くらいはある吸血鬼のような風貌の悪魔が歩いてきた。
マントがバサリとはだけるとその下には美しい女性の肉体が見て取れた。
「セ……セリッツオ様だ!! セリッツオ様!!」
下っ端達はざわざわと騒ぎ立てて手のひらを返した。
「セリッツオ様!!」
「セリッツオ様!!」
「セリッツオ様!!」
ズンズンと彼女は近づいてくる。
だが、ザフィアルは顔をしかめた。
「セリッツオ? 何様だお前は」
セリッツオといえば悪魔会では地位がある。その名を知らないものはいないほどだ。
だが、悪魔会の序列にさして興味のないザフィアルにとってはどこの馬の骨ともわからぬ存在だった。
その反応に当の本人はいかにも気に食わないと言った顔をした。
「見ろ。その不遜な態度。自分の身分をわかってのことか? 常識的に目上の者への礼節を欠くのは感心しないぞ。お前なぞ一瞬で消し去ることができるのだぞ」
ザフィアルは強気に出た。
「ほお。面白い。やれるのならやってみせろ。私はお前のような頭の固い婆婆を視界の中に入れたくはないのでな」
セリッツオは思わず手を上げた。
「お前!! いわせておけば!!」
彼女がザフィアルを握ろうとした時だった。誰かが背後から声をかけたのだ。
「ほらほら。セリちゃ~ん。無闇は争いはよくないと思うなボクは。悪魔同士のおともだちじゃんか?」
一同がそちらを向くと紫色の胎児が宙に浮いていた。
「やあ。名乗り遅れたね。ボクはノナネーク。そこのセリッツオちゃんよりは偉いんじゃないかな。ま、そういう評価ってすごく、くだらないと思うんだけど。だからザフィアルくんの態度もわからなくはないね」
ザフィアルは新たな来客を訝しげな顔で見た。
「今度はなんだ。面倒な客ばかりが来る。お前はどっちの肩を持つんだ?」
それを聞いてセリッツオは急に慌てだした。
「この馬鹿者!! ノナネーク様になんと無礼な!! 万死に値するぞ!!」
だが、ノナネークは全く意に介さないようだった。
「まぁまぁセリちゃん。ボクは気にしてないよ。ザフィアルくんが世界破滅主義者で、楽土創世のグリモアでそれを成そうとしている。全部知った上でのお目付け役がこのボクってわけさ」
ザフィアルは高所から彼を見下ろした。
「お目付け役? さしずめ破滅の結末を回避するためのだろう? だとしたらお前は私の障害に他ならない」
ノナネークは真っ赤で不気味な瞳を開いた。
「おやおや。誤解しないでくれよ。破滅は悪魔の大好物だろ? 上等だよ。だからキミを止めるつもりは毛頭ないんだよ。そうじゃなきゃ新星なんて言われないよ。キミの面白いように、そしてボクらの面白いようにしてくれればそれでいいのさ。ボクらとしても人間界に穴を開けてくれたのは感謝しているからね。ね? セリちゃん?」
巨大な魔女は小さな胎児にひれ伏した。
「仰せのままに……」
新生の悪魔はノナネークの真の目的を見破った。
「最近、冥界と悪魔界のパワーバランスが崩れてきている。ロザレイリアが好きなように暴れまわっているせいだ。悪魔界としてはこの流れは面白くない。あわよくば不死者を……ロザレイリアを叩きたいと思っているのだろう? 私を止めようとしないのは悪魔界だけ存続させる考えがあるから。そうだろう?」
ノナネークは宙でくるりと回った。
「ふ~ん。するどいじゃん。キミ、気に入ったよ。でも、悪魔界も消す気マンマンなんだろう? キミ、その調子でいけばい~い悪魔になるよ。ボクが保証する」
ザフィアルは釈然としない様子だ。
「……掴みどころのないヤツだな。まぁいい。戦力としては期待していないがな」
セリッツオが食ってかかる。
「お前!! いい加減にしないと……」
なぜだか彼女は黙り込んでしまった。ガタガタと震えているようにも見える。
「おまえさぁ……」
その背後ではナノネークがプレッシャーをかけて彼女を睨みつけていた。




