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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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煌け! 2人の氷結簪

「そうだ!! 3人の連携プレーがうまくいけば、アーヴェンジェを仕留める事が出来るかもしれません!!」


 アレンダは表情を緩めず緊張を保った状態でアーヴェンジェの特徴と攻撃を試してみた結果の分析を伝えた。サユキとパルフィーはそれに聞き入った。


「今のところ観察するにアーヴェンジェはマッディ・ゴーレムの内部を自由自在に、しかもかなりの高速で移動しているという事がわかっています。そのため、お嬢様の強烈な爆発呪文は回避されてしまいました。彼女は用心深く絶えず移動しているのでサユキ様の狙撃も通じません。更にお嬢様とパルフィーが連携攻撃した際、泥状態を保っている部分もかなり高温となっていたはずです。にもかかわらず生きているという事は熱に強く、直に泥の中にいるとは考えにくいです」


 サユキがそれを聞いてからまさかと思って聞き返した。


「高度な障壁を張っているという事……?」


 首を横に振ってアレンダがその可能性は低いと示唆して話を続けた。


「それほど強力な障壁が使えるという情報は一切ありません。おそらく、泥と自身の間に、保護膜のような空間を作り出しているものかと。あの巨大なマッディ・ゴーレムを操りつつ、あらゆる攻撃を防ぐ障壁を張るのは不可能と見ていいのでしょう」


アレンダはおでこに人差し指を当てて目をつむったまま悩ましげに続けた。


「ですが、その膜は呼吸を確保して自身の周りの空間の温度を一定に保つ程度の機能に加え、それなりの強度がありそうです。弓などによる狙撃への対策ですね。パルフィーとお嬢様の攻撃でも膜は破壊されませんでしたし。保護膜を突破して生身にダメージを与えられればいいのですが、先ほど言ったように熱には耐性があるようです。外部からの熱の伝導は効きませんね……。」


 そこまでいうとアレンダは目を見開き、ますます真剣な顔になった。だが分析は終わったようで指を振りながら窮地からの逆転を目指す作戦の提案に移った。


「な・ら・ば!! あえてアーヴェンジェ本体に攻撃を当てることを考えずに仕掛けましょう!! サユキ様の貫通狙撃で保護膜に向けて冷気のエレメンタル・アタッチ(属性付与)をかけたカンザシを打ち込むんです!! 泥の中を抜けて減速する分を含めて考えても保護膜を突破する程度の威力はあるはず。彼女の頭を撃ち抜けるける確率は0に近いですが、カンザシから伝わる冷気で彼女の周囲の空気を凍結させて凍え死にさせてしまえばいいんです!! お嬢様の魔力、サユキ様の集中力、パルフィーの力を合わせての連携攻撃です!!」


 サユキとパルフィーはますます興味深げに聞き入っていた。話が聞こえないレイシェルは暴れ疲れてぐったりとパルフィーの腕から垂れ下がっていた。


「まず、パルフィーがお嬢様を抱えたまま、マッディ・ゴーレムの近くに接近します。次に、頃合いを見計らって私達が居る丘にお嬢様を思いっきり投げます。お嬢様が狙われないよう、しばらくはパルフィーが囮になってください。そして、お嬢様とサユキ様が接触した瞬間、パルフィーは全力で目標に衝撃伝達系の技を打ち込んでください。実は衝撃伝達自体は効果があって、泥が波打つからか一瞬ですがアーヴェンジェが怯みます」


 アレンダはイヤリングに向けて喋りかけてパルフィーが担当する役割を伝えていった。


 それを聞いたパルフィーは掌底を放った際にかすかに感じていた手応えが確かなものであった事を初めて認識した。


 そして、どうやったらよりより効率的に相手に衝撃を与えられるか一工夫加えようとあれこれ考えていた。


「怯んだその一瞬を狙ってサユキ様が飛んできたお嬢様のアド・スピードで強化した蒼の全力アタッチをかけたカンザシを放てば勝機はあります!! おそらくパルフィーの一撃が決まっても怯むのは僅かな時間です。その僅かな時間にアド・スピード、エレメンタル・アタッチ、そして狙撃という3つが達成できなければこの作戦は成立しません。ですが、優位に立っている相手は油断しているので、カンザシが刺さっても狙撃失敗程度にしか思わないでしょう。その心理状態を突いて今度こそこちらから奇襲をかけるんです!!」


 サユキもパルフィーもそれほど簡単に行くわけがないと思った。しかし、アレンダの洞察力を見込んでそれに賭けてみる価値は十二分あると判断して準備を始めた。


 パルフィーは小休憩をとりながら脇のレイシェルを揺すった。それに気づいたのかレイシェルは腰袋からジェムをとりだしてパルフィーに向かって放り投げた。


「ほら。アナタも消耗してるでしょう?」


 飛んできたジェムを口でキャッチし、口の中であめ玉の様になめていた。味は全くしなかったが、魔力の供給は完了して万全の肉体エンチャントが可能な状態になった。


 パルフィーはレイシェルを見てニヤッっと微笑んだ。歯の間に石に変わったジェムが見えた。それを彼女は吐き捨ててからレイシェルにさきほどの作戦を伝えた。するとすぐにレイシェルが非難の声を上げた。


「アンタらまたアレンダみたいにそうやって人を投げる気!? いくらアンタが強肩でコントロールが良いからって、少しは考えたほうがいいんじゃない?! もっと別の作戦を提案させなさいよ!!」

「あっれぇ~? さっき、1発くれてやるから”投げてくれ”って言ってなかったっけ~?」


 レイシェルはブリブリ怒りだしたが、パルフィーがそう言いながら腕に抱え直すと無抵抗で抱えられるままになった。


 実はパルフィーは家の誰よりもレイシェルのいなし方が上手かった。サユキのような女性らしい性格より、サバサバした男性のような性格のパルフィーのほうがやはりウマが合うらしい。


 サユキの想像以上に2人は相性が良かった。レイシェルはまたもやそんなパルフィーにペースを持って行かれ、ゲンナリした様子でぼやいた。


「あー。はいはい。やりますよ。やればいいんでしょ。ったくもう。アンタらお父様に報告してやるからね。覚えときなさいよ」

「はいはい。んじゃいくぞ~」


 パルフィーはそう言うと立っていた場所の地面を軽く抉りながら踏み出して走り始めた。レイシェルを腋に抱えたまま、高速でマッディ・ゴーレムに向けて裾野を疾走していく。


 先ほど砕かれた腕と反対側の腕がぐるりと回って駆け抜けるパルフィーをとらえた。


「そろそろ頃合いかな。んじゃいくよ!! あとは託した!!」

「そっちこそ、くたばるんじゃな、ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ…………」


可愛げのない悲鳴を上げながらレイシェルは投げ飛ばされて吹っ飛んで行った。マッディ・ゴーレムがそれに反応したが、逃げる敵より迫る敵を叩くべきだと判断し、パルフィーに釘付けになった。


 片手で彼女をバンバンと叩きのめしたが、パルフィーは難なくかわした。体格の差というのもあるが、パルフィーの回避可能範囲はレイシェルよりだいぶ広かった。


 側転やハンドスプリング、バク転を織り交ぜて巧みに連打を避けていく。


 レイシェルが宙を舞うしばらく前、アレンダは作戦を伝え終わった直後にポツリと言った。


「実は、この作戦には致命的な欠点があります……」

「え?」


 思わずサユキが不安そうな顔をしてアレンダの方を見た。


「飛んできたお嬢様を……キャッチする人が居ないんです……。サユキ様はお嬢様が丘に接近した時は発射態勢をとっているはずです。どんなに急いでも、お嬢様をキャッチすることは出来ません。


 無論、大して肉体エンチャントの出来ない私が出張ったところで2人とも大怪我するのは目に見えています」


「そ、そんな!! それなら今すぐ作戦を……!!」

「お嬢様には…………誠に遺憾ですがお嬢様には……」


 結局、作戦中断の指示が無いままにレイシェルは宙高く放り投げられた。その頃、サユキはレイシェルの落下地点を割り出してアレンダと共に待ち構えていた。


「パルフィー!! 聞こえるわね!? そろそろお嬢様が接触するわ!! 技を打ち込む準備をして頂戴!!」

「あいよ!!」


 パルフィーから歯切れの良い返事が帰ってきた。その指示を受けてパルフィーは振り下ろされて地面に接地したマッディ・ゴーレムの手の甲に飛び乗った。


 乗ると同時に自重でどんどん泥に足が沈み込んでいく。だがパルフィーは右足が沈む前に左足を前に出し、左足が沈む前に右足を出すという人間離れした挙動を見せて、マッディ・ゴーレムの腕を走りぬけ、駆け上がって行った。


 少しでもアーヴェンジェに強いショックを与えるべく、マッディ・ゴーレムの腕の付け根付近から側転をして逆立ちの姿勢をしたまま飛び、本体のてっぺんに両手の掌を軽く触れるようにして技を打ち込んだ。


「双震陽・弐式!!」


掌底を浴びせるというよりは振動の伝達を優先した型を決めた。以前使った同じ技に比べ、掌に捻りを加える事で単調な衝撃でないうねりのある複雑な衝撃波を与えることが出来るという従来の技の派生技である。


 パルフィーが技をクリティカルヒットさせたのを確認してサユキも出来るだけ早くアーヴェンジェをロックオンした。アレンダの分析通り、相手の気配は動きを止め、衝撃に怯んでいるようだった。


 レイシェルはというとサユキ達からでも目視できる距離まで接近していた。悲鳴を上げ続けたままどんどん両者間の距離がなくなっていく。このスピードなら接触まで数秒といったところだ。


「ぎぃゃぁぁぁぁああああああああああ!!」

「お嬢様が来ます!! これなら!!」


 サユキは高鳴る鼓動を沈めて心を無心にし、カンザシを構えてレイシェルの位置と距離を反映して狙いを微調整した。


 レイシェルも叫びながらも姿勢を制御し、パルフィーと同じく逆立ちに近い感じに持って行きつつ集中した。サユキの姿がハッキリと捉えられられたのを確認して呪文を詠唱し始めた。


「ああああああああああああ!! 我疾きこと音の如し!! この疾きを捧げること以ってして魔の糧とす!! アド・スピード!! からの、青碧の氷弾!! アイシクル!!」・「散華!!散命!!(さんげ・さんみょう)」


 レイシェルはカンザシの真上で呪文を発動させて、そのまますれ違うようにサユキの頭上を低空で滑空するように背後へと飛んでいった。


 氷属性がアタッチ(付与)されたカンザシはレイシェルの詠唱とサユキの魂を込めた叫びと共に高速発射された。


 大きさは小さかったが、鋭いつららのようにカンザシは変形して一直線にマッディ・ゴーレム内のアーヴェンジェに向かって加速した。


 パルフィーの衝撃伝達攻撃がうまい具合に決まったからか、アーヴェンジェはほんの2~3秒、回避行動が遅れた。その数秒をサユキは見逃さなかった。


 迫り来る冷気を帯びた魔力を感じてアーヴェンジェは移動しようとしたが、衝撃で周囲の泥が波打って思うように移動が出来なくなっていた。


 泥の揺れを収めているうちに、カンザシが飛んできて保護膜に刺さって止まった。滝のような汗を浮かべながら彼女は額の汗を拭って深呼吸をした。


「……スゥーーーーーーーー……ハァァァーーーッ!! 馬鹿共め!! 熱に耐性があるから今度は氷ならどうだって思ったのかい!? 残念ながら私の勝ちだヨ!! 氷属性をつけてもその串で私の脳天を撃ちぬくことは出来なかったようだねェ!! どうせ今のが最後の賭けだったんだろ!? 万策尽きちまったねェ!! あとは私になぶり殺されるだけだよォォォ!!」


 そう彼女が叫ぶと同時に保護膜を貫通したカンザシの先端から凍えるような冷気が漂い始めてあっという間に周囲の空間の熱を奪い、急速に内部の空気を凍らせ始めた。アーヴェンジェはすぐ異常を察知した。


「何ッ!? まさかこの串は私を射るためじゃなくて、コクピットを凍らすために打ち込んだのかい!! こ、これじゃか、か、か、か……ら……だだだ……がががが」


 気づいた時にはもう遅く、彼女の手足はいうことを聞かなくなっていた。凍えて全身を震わせたが、体の末端から徐々に凍結が始まった。もはやそれを止めることは誰にも出来なかった。


 彼女は唇をピクピクさせて死の直前まで怨嗟のつぶやきを続けた。


「おの……れ……この……う、らみ……はら、さ……で、おく……べきか……」


 レイシェル以外の全員が距離おいてマッディ・ゴーレムの崩壊を見つめていた。ダッザ峠の形が完全に変形してしまうような激しい死闘だった。


 拠り所のマナを失った泥は、その形状を維持したまま重力に従って地面を這うように広がっていった。峠の土や石を巻き込み、土石流になって流れていく。幸い、麓のダッザニアまではギリギリのところで到達しなかった。


 マッディ・ゴーレムが居座っていた峠の中腹には光を反射して綺麗な蒼色に輝くアーヴェンジェの氷漬けが残った。


 死因は凍死だったため、五体満足で傷がないまま残っていた。まるで美術品のような姿をしている。


 彼女が狂うほどに欲した美しさは皮肉なことに彼女の死を以ってして実現される事になったのだとサユキは思った。

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