#8
コレジールの援護魔術、ホップ・ホッパー・ホッぺストに味方が慣れ始めた。
縦横の跳躍力が大幅に上がり、山となった泥の魔女の攻撃をうまく回避できるようになった。
彼の魔術のおかげで交戦しつつも犠牲者が出ていなかった。
それぞれがコレジールのエンチャントである炎属性を帯びた武器でアーヴェンジェと融合したハーヴィーに攻撃をくわえていく。
そのたびにマッディ・ゴーレムはパラパラに乾いて崩れていったが、それを上回るペースで相手は再生していた。
消耗戦でこのままではコレジール側が競り負けると言った状況だった。
その時、必死で戦っている戦士達にささやくような声が聞こえてきた。
戦闘の邪魔にならず、むしろ和むような声だ。
命のやり取りですり減ったメンタルが癒やされていく。
声の主はコレジールだった。
「ええか。死にゆく老いぼれの遺言じゃ。聞き流せよ」
戦いの緊張感は保ちつつもコレジールの語りスッっと心に入ってくる。不思議な感覚だった。
「ええか。以前、わしはファイセルに『爆破を目的とする爆弾屋』をやったことがあるか? と聞かれてく口ごもった。なぜならわし自身が人間爆弾だったからじゃ。わしの本当の名は#8(ナンバーエイト)。100年前の大戦で超高火力の爆弾を埋め込まれた兵器そのものじゃ。生命エネルギーと反応して凄まじい大爆発を起こす。コレジールというのはわしがダミーで流した完全な偽名なんじゃよ」
一同に衝撃が走った。彼は続ける。
「わしの親友たちは皆、特攻をかけて死んでいった。じゃが、わしはどうしようもない臆病者だったからの。どうしても特攻できんかった。そして、いかに爆発せずに生き残れるかを突き詰めた結果、今のバトルスタイルになったんじゃ。もちろん死んでいった仲間に対しての良心の呵責はあった。それでもわしは逃げ切った。やがて爆弾人間計画は極秘裏に抹消されてな。わしは晴れて自由の身となったわけじゃ」
そんな話を聞いて、その場の全員は沈痛な面持ちにならざるをえなかった。
「たとえ逃げ切ったとしても心配がなくなったわけではない。致命傷を負えば間違いなく大爆発するじゃろうし、何かの拍子で爆発せんとも限らん。それでもわしも所詮、人の子。誰かと交流せずにはいられなんだ。そんなわけでいつの間にかわしを慕ってくれる者も多くなっていった。じゃが、その裏ではその子らをバラバラにする兵器を内にかかえこんでおったんじゃ。矛盾じゃよ。誰にも打ち明けること無く、な。まぁオルバは知っとるし、アルクランツも感づいておるじゃろうが……」
そんなことを今更になって打ち明けて一体どういうつもりなのか。
魔術師達は戸惑ったがすぐに1つの答えに到達していた。
「ええか!! いまからわしがあやつに特攻をかけるッ!! ただ、いくら強烈な爆弾でも今のアーヴェンジェを完全に吹き飛ばせるとは思えん!! わしが突っ込んだらすぐ前線に戻って集中攻撃をかけて泥の魔女を潰せ!! なぁに。100年前の因縁は当事者である100年前の人間が果たすべきなんじゃ。おんしら、絶対に死ぬでないぞ!!」
その声の直後、戦っていたメンバーは強風に吹き飛ばされて強制的に後退させられた。
爆風に巻き込まれないようにコレジールが唱えたに違いない。
彼は背中を見せて一直線にマッディ・ゴーレムへとむかっていった。
おそらく体内の爆弾は死んだふりをしていなくても起爆するのだろう。
泥巨人のてのひらのプレスを器用に回避しつつ、老人はほぼ0(ゼロ)距離で大爆発を起こした。
爆風でソニックブームが起り、地面は大地震のように揺れた。
それはだいぶ距離の離れたアシェリィもはっきり確認できるものだった。
「きゃあっ!! あの爆発は……。嫌な予感がする!! 急がなきゃ!!」
リーダーを失ったコレジールの部隊は呆然としていた。
だが、すぐに指揮権をファネリに移して戦闘は再開された。
「まだコレジール殿のご加護は残っておる!! 急いでマッディ・ゴーレムの居た場所にかけつけてトドメを刺すんじゃ!! コレジール殿の死をムダにするのか!! さぁ走れい!!」
アタックチームは全速力でゴーレムの跡地へと走った。
そこにはクツクツとマグマのように煮えた泥が煙を上げていた。
そしてそこに広がるおぞましい光景に思わずギョッとした。
「お、おお……おお……」
「あ、ああ……あ、あ……」
煮えきった泥から何体ものアーヴェンジェとハーヴィーが生えるように露出していたのである。
ドロドロに溶けたそのさまはまさに腐った不死者そのものだった。
すぐにファネリが攻撃指示を出した。
「一斉攻撃!! 泥で再起される前に1人残らず撃破するんじゃ!」
このままでは熱気で近づけそうになかったが、すさかずコフォルがマジックアイテムを使った。
「セインツ・ティアーズ!!」
宙に向けて弾を投擲するとそれは炸裂してあたりを冷やす雨となった。
「フォリオ君の分のお返しだ!!」
今まで熱量をもってパワーアップしていた泥の魔女はジュウジュウと音を立ててこの一発で泥に戻った。
「先手必勝ッ!! くらえっ!! モーニングスルアー!!!!」
マーメイドのウィナシュはトゲトゲの重いルアーをつけて投げつけた。
次々にアーヴェンジェとハーヴィーの頭を吹き飛ばしていったが手応えがない。
「ええい!! やっぱりダメか!! もう死骸粘土じゃなくて泥と一体化してる!! 頭を狙っても意味ないぞ!! こうなったらモグラ叩きだ!! 相手の再生エネルギーが尽きるまでひたすらボコボコにすんぞ!!」
指揮官のファネリは相手の動きを見極めた。
「あ……ああ……、あお……」
「ひっひ……ひぃひ……ひひ……」
呻いてはいるが、とくに攻撃や反撃をしてくるわけでもない。
コレジールの大爆発のおかげか、マッディ・ゴーレムを練って戦闘可能になるまでにかなりの時間があるように思えた。
ファネリはそのタイミング見逃さなかった。
「攻めるなら今しかない!! 総員、突撃――――――ッッッ!!」
全員がそのつもりで動いていたのでスムーズに指示が行き渡った。
ファイセルは立て続けに大・中・小の色違いのブーメランを投げつけた。
「いっけぇぇぇぇぇx!!!!!!!」
それは器用に味方を避けながら彼を中心にグルグルと回った。
「バシュン!! ビシュン!! ボシュン!!」
立て続けのラッシュで泥の塊を潰していく。
コフォルも流れるような突きをレイピアで放った。
「見えるかな? 見切ってみせろ!!」
そのスピードは恐ろしく早く、アタックチームでも追えるのは数人だけだった。
ルルシィはどこからともなく長い丈の棒を取り出してきて棒術で敵を潰していく。
片腕でクルクルと格闘術をしつつ、もう片方の空いた手でボウガンを連射した。
こちらも的確でどちらの練度も高かった。前にコフォルが言ったオールマイティとはこのことなのだろう。
「う~ん。手応えがないって気持ち悪いわ~」
カエデ、百虎丸、リクは再度連携をとっていた。
「西華双舞!!」
カエデがそう掛け声をかけると明らかに百虎丸と彼女の勢いが明らかに上がった。
2人でピッタリ息を合わせて、時間差でしかけることによって多重攻撃を放つ奥義である。
次から次へと現れる不死者をテンポよく斬り捨てていく。
「まだよ!!」
「これしきッ!!」
それを見ていたリクは腕を鳴らした。
「こりゃ負けてられませんね!!」
彼はファイセルのように小型盾のバックラーを飛ばして遠距離で撃破しつつ、大型のワタワーシルドを振り回して近距離の敵を吹き飛ばしていった。
リッチー研究家のニャイラは大きなリュックサックを下ろすと手刀を中心とした格闘術で攻撃した。
他の者に比べて戦闘力では見劣りしたが、足を引っ張るほどではなかった。
「くっ!! ボクにできるのはこれくらいしか!!」
マーメイドのウィナシュは彼女をかばうように動いた。
「ニャイラ、無茶するなよ!! おらおら~~~~!!!! こんの泥木偶ども~!! 片っ端からブッ潰してやるぜ!!」
彼女はルアーを投げると多くの泥人形を絡め取って糸で切断していった。
サユキは距離を保ったまま、限界速度の速射で片っ端からターゲットを撃っていた。
「連射ってのは、あまり得意じゃないのだけれど泣き言はいっていられないわ!!」
「ほっほ。まぁそう言いなさるな」
額に体力の汗をかいてファネリも火球を連射していた。
パルフィーは前線で容赦なく魔女を倒していた。
「ほっ!! 暗陽底!! 燕日脚!! 覇月ッ!! よぉし!! 8体撃破!!」
そして学院関係者やROOTSのメンバーも必死になってワラワラ現れる不死者を叩いた。
徐々にアーヴェンジェとハーヴィーの勢いが落ちたのをレイシェルハウトは見逃さなかった。
「みんな!! ジャンプ!! 浄蒸のミネレッタァッ!!」
コレジールの残してくれた援護魔術のおかげで全員が上空高くに退避した。
レイシェルハウトはジャンプすると地面にむけてヴァッセの宝剣を突き立てた。
すると再び泥は激しい熱を帯びた。地表に居たら味方でもドロドロに溶かされてしまうだろう。
だが今度はマグマにはならず、パラパラと乾燥して泥の沼が根っこから瓦解し始めた。
そんな中、断末魔のうめき声が聞こえた。
「ここっ、これじーるのやつぅ……地獄でたっぷり……ぶってやるよ……」
「お、おばあちゃ……わたし……くやし…………しにたくない……」
そして魔力を帯びたパリパリの泥は粉々になって天に舞っていった。
奇跡的にこの決戦でコレジール以外の死者はでなかった。
いや、奇跡ではない。コレジールの実力、判断力、そして覚悟があったからこその結果だった。
辛勝できたものの、失ったものはあまりにも大きすぎた。
その場のみんなが心にポッカリと大きな穴が空いたようだった。




