不死身の3人組の因縁
第四次ノットラント内戦が始まる少し前、アルクランツ校長はドラゴンのレンタル店にいた。
「ほら。これで全部買った」
彼女はピンと宝石を親指ではじいて店主に渡した。
「うひょ~!! こ……こいつぁ……。えへへ。お客さんも物好きで……」
店主が狭いケージの扉を開くとギュウギュウ詰めだった飛竜たちが空へと自由に飛び立った。
ミナレートの人たちは思わずこれに見とれた。
ただ、1体だけ彼女のそばをはなれないものがいた。
「ボボボボ……」
ズゥルで一緒に戦いぬいたカンチューだ。
「さあ、お前も行け。もう誰もお前を束縛するものは居ない。だから自由に生きろ」
だが、細身のドラゴンは幼女にすりついた。
「キュ~キュ~」
校長は老竜を押し返した。
「やめておけ。私と来るのは修羅の道だ。お前を命の危機にさらしたくはない。ええい、来るな!! あっちへいけ!!」
だが離れても離れてもその飛竜は寄ってくる。
アルクランツは二度と振り向かず、学院へ戻っていった。
「そろそろズゥルの生き残りのドラゴン便が到着するところか」
坂の下だったので気づかなかったが、学院が大きな要塞になっていた。
「こっ……これは!?」
赤い靴をならして幼女は学院まで走った。
リジャントブイルは教室や学生寮、コロシアム、図書館など全ての施設を組み替えて堅牢な砦にしていたのだ。
建て替えたというよりは魔術で構築し直したというのが正しい。
その門を開けて中に入ると大きなホールがあって、そこに学院関係者たちがあつまっていた。
アルクランツが出撃する前より戦力が大幅に強化されている。
きっと風のうわさを聞いてかけつけたリジャスターたちが合流してくれたのだろう。
年長者の老婆、ナーネが声をかけてきた。
「あれからわたしら考えたんじゃけんども、どうしても校長一人では行かせられんということになったんじゃ。わしらも賢者達の楽園……ウィザーズ・ヘイブンが見てみたくての」
幼女は俯いて視線を落とした。
「人が争い、憎み合っているのを眺めて、傍観者のように振る舞って、美味しいところをとって都合のいい世界を欲する。エゴなんだよ。わかってる……。これじゃまるでザフィアルと同じだ……」
だが、ナーネは握られた校長の手を優しく包んだ。
「何をおっしゃいます。600年間、アルクランツ様が繰り返しウィザーズ・ヘイブンを望んでくださった結果、今の学院や魔法都市ミナレートがあるのですよ。もっと自分を信じて意志を貫き通して下さい。でないと私達……いえ、世界の人々が路頭に迷ってしまいますから」
ホール集まった精鋭たちが揃って苦笑いを浮かべた。
だが、アルクランツは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「私が……私の実力が及ばなかったせいで世界は大して変わらなかった。力不足なんだよ!! 私は!!」
どこからともなく声が上がった。
「誰があんただけって言ったんだ!! 水臭いぞ~~!!」
「そーだそーだ!!」
「校長先生!! もっと私達を頼ってくださいよ!!」
次々と上げられる激励にアルクランツは目が冷めた。
「お前ら……。私が弱気になっていたようだな。そうだ。ウィザーズ・ヘイブンを広めていけばライネンテに……いや、世界中に暮らすのに困らない魔法都市が出来るんだ。ここで挑まないと慣ればいつ挑むんだ!! 賢人会には持ち込ませない!! 私達が楽土創世のグリモアを手にするんだ!!」
要塞となった学院に歓声がこだました。
その直後だった。校長のリポート・ジェムが反応した。
「おい!! 校長か!?」
声の主はジュリスだった。
「何事だ? 急用のようだが……」
しばらくの沈黙ののち、通信相手が驚くべき報告をしてきた。
「ロザレイリアの企みでノットラントの東軍と西軍がぶつかる。もう衝突は不可避だ。ノットラント内戦が始まる」
思わず幼女は大声になった。
「なんだと!? ノットラントのパワーバランスは不死者に傾いているのか!? しまった。やはりクリミナスからズゥル島を拠点に移したんだ!! このまま内戦が続けばロザレイリアのもとに楽土創世のグリモアが渡ってしまう!! もしそうなれば世界は死に包まれてしまう。生きとし生けるものは全て排除される!!」
校長はリポート・ジェムをピッタリ耳に当てた。
「で、状況は? リッチーがひっかきまわしたのか? いくらなんでもリッチーだけではそんな大きな争いを誘発することは出来ないはずだ!!」
ジュリスは落ち着いて現状を伝えた。
「コレジールのじいさんの話によると死骸粘土っていうのか? そいつを素体にして蘇った泥儡のアーヴェンジェが泥の兵士を使って両方の武家に勘違いさせたんだ。今はどっちもダッザニアに向かってきていて、前線は既に戦闘に入っている。血で血を洗う惨状だ。しかもアーヴェンジェとその孫も暴れ始めた。もう俺らに出来ることは泥の魔女を倒すくらいしかない。大きな流れが起こっていて戦いは止められない」
アルクランツは顔を顰めた。
「まずい。これではロザレイリアの思うツボだ!! ちょうどいい頃合いを見て顕現した楽土創世のグリモアを全勢力で手にする。私達も似たような作戦だが、ここまで事態が進行するともはや二の足は踏んでいられない」
校長は集った戦士達に宣言した。
「学院をノットラントにつけて不死者共を潰すぞ!! ジュリスの言う通り、もはや1勢力で戦争を止める手はない。経験則上、そう経たないうちにアレは現れる。できるだけ早く発動させれば犠牲者が少なくても済むからな!! ノットラント南岸までは……半日かからないだろう。間に合うか?」
そう彼女がジュリス問いかけたが返事は思わしくなかった。
「俺らとアーヴェンジェとの戦闘には間に合わない。校長を待ってたら連中はやりたい放題だしな。コレジールのじいさんが練った作戦でヤツをぶっつぶす。そのあとはあんたと同じように不死者を倒しながら進撃して、島の西岸向けて押し返す。まぁこれは俺らに被害が少ない場合だけどな。ちょっと見た感じ、泥ババアとその孫はかなりやべぇ。死傷者が出るのは避けられねぇな」
すぐにアルクランツは指示を出した。
「死傷者が出そうだったらすぐに撤退しろ。お前らが命を賭ける必要はないし、なにより死人を出したくはない。最悪、連中はほったらかしでも構わん。生きて帰らんと承知しないからな!!」
だがジュリスは声のトーンを落として言った。
「そう簡単にいけばな。もうアーヴェンジェのテリトリーでの陣地構築が始まってるからな。あいつら1人たりとも逃さないでいるつもりだぜ。それこそどこに逃げてもな。泥の魔女を名乗るだけあって底知れぬ力がある。空へ逃げても海へ逃げても追いかけてくるだろう。もう俺らは逃げるに逃げられねぇのさ」
またもや沈黙がその場を包んだ。
「なぁ、もし俺達が壊滅してたらよ……。連中をぶっ潰してくれよな。頼んだぜ……」
校長がなにか言い返そうとした直後、リポート・ジェムは時間切れで砕け散ってしまった。
すぐに幼女は手を差し出した。次々にその手の上に猛者たちが手を重ねていく。
「行くぞタートルドラゴン!! 目的地はノットラントだ!!」
そう彼女が命令すると学院が建っている島が動き出した。
これはただの浮島ではない。巨大な亀のドラゴンだったのだ。
「ボワッ」
大きなドーナッツ状の泡を吹いて海中のドラゴンが泳ぎ始めた。
その頃、ノットラント南部の地下墓地にこもっていたザフィアルは使い魔を通じてその様子をみていた。
「ほぉ。これはいい。アルクランツVSロザレイリアか。予定通り潰し合ってくれそうだな。私のほうまで相手をしている暇はなさそうだな。それはそれで寂しくもあるのだが。しかし、アルクランツもぬかったな。美味しいところだけを持っていくというのは誰しも考えるものだ。だから足元をすくわれる……」
教主は自分を棚に上げているかのように思われた。
「私はお前とは違う。ロザレイリアが攻め、アルクランツが盗み、そして私は守りだ。攻めにも対応できるし、大局をみることができるから盗むチャンスも潰せる。なにより、決定的だったのはアルクランツの全力を振り絞った一撃だ。あれを吸収した事によってエナジーは腐るほど余っている。デモン・クリエイトで今までとは比べ物にならない悪魔が出来る。そう、ロザレイリアが学院を襲撃したレベルのがな。それも複数体だ。まぁ私が直接、出ていくまでもない。その時まではな」
ザフィアルの全身の赤い紋様が美しく輝いた。
暁の呪印が昂ぶって興奮を抑えきれなくなりつつあった。
「フフフ……この感覚、たまらんな。呪印は強くなる一方だ。強くなればなるほど、魔物を作る精度……そして私自身もパワーアップする。ロザレイリア、アルクランツ。不死身の3人の決着もここまでだ。おっと、ロザレイリアの奴は既に死んでいるのだったな。クフフ……ハハハ……」
ウルティマ・デモンはワイングラスを掴んだ。
今度は割れないまま原型をとどめている。
ザフィアルはしけたワインをグラスにそそぐと思わずニヤリと笑いながら人間だったときと同じように酒を味わっていた。
「ふむ。いいぞ。だいぶコントロールも出来てきた。いざというときの暴走は抑えられそうだな。まさか悪魔は屑と思っていた私が悪魔になるとはな。まぁ、おかげで全ての存在の裏に隠れた望み……全世界の消滅が近づいてきたぞ!! これは私のエゴではない。望まれて実現すべきことなのだ!! 生きるのより辛いこと、苦しいことがあるくらいなら無に帰すことになんの矛盾があろうか? 安心するといい。痛みや苦しみを味わう間もなく消え去ってしまうのだからな……」
悪魔はそう言いながら同じ部屋に帰還していたスララの額に触れた。
「全く介入しないというのも面白くない。どれ、私も薪に木をくべてやるか。おい、スララ。今からダッザニアに行って暴れてこい。お前が恋しがっている学院生がもうすぐくるぞ!!」
命令を聞いた少女は虚ろな目でカタコンベを出ていった。




