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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter8: 散りゆく華たちへのエレジィ
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もう暗殺拳術とは呼ばせない

パルフィーの育ての親で殺人拳術の師匠でもある玄爺げんじい一旦いったん、戦闘の構えを解いた。


「安心しろ。さっき飲んだ丸薬は奥歯に仕込むタイプのものだ。み砕かんと効果を発揮はっきしない。これでおぬしとの戦いに水を差す要素はなくなったわけだ」


彼には全くスキがなくて闘気とうきを絶やすことはなかった。


「手足の打撃、斬撃を切り替えるハナブサの昼夜逆転ちゅうやぎゃくてん、対・月日輪廻げつじつりんねとして編み出されたマツバエの陽日流ようじつりゅう、そして立て続けに技を三連撃はなつアヤチヨの夜咲三連華よざきさんれんげ……。今まで兄弟子に勝ってきたな」


猫耳の亜人は疑問をぶつけた。


「待った!! 確かアヤなんとかは2番弟子って言ってたぞ。あと1人、上にいるんじゃないか?」


するとげんは肩で笑った。


「フッ。おぬしが1番弟子だ。などと伝えたら上位の奥義を覚えるために拳術の研鑽けんさんおこたってしまうではないか。よって、本当の1番弟子はアヤチヨだったのじゃよ。故にもうおぬしを狙う兄弟子はおらん。おぬしはすでに最終奥義の継承権けいしょうけんを持っているわけだ。だが、ただで伝授するわけにはいかん。わしを倒してから行け」


とても育ての親と戦う気になれずにパルフィーは首を左右に振った。


「命の恩人で、あたしの親代わりみたいな人をれるわけ無いだろ!!」


老人はピシャリとしかりつけるように語気を強めた。


「仲間のところへ帰りたいのか!! 帰りたくないのか!! ハッキリせい!! さぁ構えよ!! これが師匠のわしであるお前に出来る最大の愛情表現!! 不器用と言われても良い。殺人拳術の使い手なんて所詮しょせん、この程度じゃ。もし、おぬしが月日輪廻げつじつりんねを人殺しの拳法から昇華しょうかさせるとすればわしを殺して負の連鎖れんさを断ち切るしかないッ!!」


女性のたぬき尻尾が太くなる。自然と身体は戦いの姿勢をとっていた。-


げんは目を見開いた。


月日輪廻げつじつりんね、最終奥義……それは『仙人のかすみ』だ」


パルフィーは首を傾げた。


「センニンノ……カスミ?」


小さな老人はうなづいた。


「おぬしは昔から燃費が極めて悪かった。飛び技の覇月はづきは大量にエネルギーを消費する。使うには満腹状態でないと使えんじゃろう。仙人のかすみはそれを解決する。何も食わなくてもポテンシャルを出し切れぬのだ。本来は気を取り込むための奥義なんだが、おぬしの場合はそちらのほうが都合がいいだろう。習得すれば常に全力で戦うことが出来る。格上との戦いでもな」


それを聞いた亜人は驚いた表情をしていた。


だが、同時に育ての親に哀愁あいしゅうの気を感じ取った。


(そうか……じっちゃん、自分が編み出した月日輪廻げつじつりんねが殺人拳であることをとても後悔してるんだ。きっと、そのしがらみから解放されたいんだ。それにはあたしとの決着をつける必要がある。でも、どうする? あの闘気を見るに、ただでおじょうたちのもとには返してくれないだろう。殺意は感じない……と思わせながらこれぞ無殺意の殺意の極み……。勝てるのか!?)


彼女の心を見透みすかしたように育ての親は警告した。


「手加減して中途半端で終わると思うな。生きて返す気はない。なぜならワシに勝てないくらいではおぬしはどのみち死ぬ。どうせ死ぬならどこのぞの馬の骨でなく。ワシが殺してやろうと言っている。ありがたく思えよ。それが死にゆく弟子への最高の手向たむけだ」


それを聞いたパルフィーの視線がキリッっと引き締まった。


「聞き捨てならないね。いくら親しい間柄あいだがらだったとしても弟子の生き死にを決める権利なんて無い。じっちゃんの手向たむけ、そっくりそのままつき返してやるよ。あの世にいくのは……げん、お前だ!!」


老人はにっこり笑って満足気にうなづいた。


「奥義の伝授と言ったが何も仙人のかすみだけが奥義ではない。わしの使う技の全てが奥義じゃ。この戦いでそれを盗み取ってみせい!!」


次の瞬間、玄爺げんじいが分身して見えた。


宵踏よいぶみ……」


パルフィーはその抜群ばつぐんの格闘センスですぐさま対策をとった。


「あれは……暗殺拳術特有の足取り!! ならばここで陽日流ようじつりゅうの……明歩みょうほ!!」


彼女が独特の足取りをすると相手が1つにまとまって見えた。


「そこだッ!! 光鋭手こうえいしゅ!!」


高速の手刀が老人の首筋をねらう。だが、げんはしゃがんでこれを避けた。


「パルフィー!! お前はその恵まれた身長の高さ、腕や脚の長さに頼りすぎるきらいがある。それが欠点になると口をっぱくして教えたじゃろうが!! たわけが!! 暗天高揚あんてんこうようッ!!」


両手を地について彼は思いっきり逆さ姿勢からパルフィーのあごり上げた。


さすがに直撃するわけにはいかないと反射的に亜人の少女は両腕でガードを固めた。


だが、あまりの衝撃に宙高く高く打ち上げられてしまった。


「手加減はせんぞ!! あの世への切符きっぷをくれてやる!! 黒陽ッ!!」


玄爺げんじいは逆立ちしたまま脚から波動を放って無防備なパルフィーを追撃した。


このままでは全身の骨をバキバキに折って殺される。


だが、このときの彼女は恐ろしく冷静だった。死が迫るほど感覚がまされていたのだ。


全てがゆっくりに感じられる。


(ハァ~……フゥ~……スゥ~~~~~)


大きく息を吸い込むと不思議と空腹の感覚がなくなった。


いつもは戦っている最中にお腹がすいてしまうはずなのに。


パルフィーは猫に近い亜人の身体のしなやかさで体を反転させた。


「そんな簡単に殺られるかッ!! 覇月はげつッ!!」


黒いオーラと白いオーラが激しく打ち合って相殺そうさいされた。


わずかに生じたスキにパルフィーがしかける。


「でやあああああ!!!! 闇刺殺いんしさつ!!」


足先をそろえ、鋭い針のような勢いで師匠に蹴りで迫った。


「それが手脚に頼ってると言うんじゃ!! 晩捕投ばんほとう!!」


老人は迫りくる脚をつかんで勢いをいなした。


そして思いっきり投げ飛ばし、雪原に思いっきり叩きつけた。


「ぐえっ!!!!!」


これはクリーンヒットしてパルフィーは転げ回った。


「これで終わりじゃ!! 割命月かつめいげつ!!」


ダウンするパルフィーに首をはねるような踵落かかとおとしが放たれた。


「ぐぐっ!!!! 陽日流ようじつりゅう!! 与命日よめいじつ!!」


地面に横たわりながらも白刃取りでげんの一撃を受け流した。


「ちっくしょ~~~。月日輪廻げつじつりんねに投げ技があったなんて初耳だぞ。教えてくれないとは意地悪なじいさんだ!! 今度はこっちの番だからな!!」


パルフィーは踵落かかとおとしをガッチリつかんで投げ技で反撃した。


「頭から地面にぶっこむ!! 墜日ついじつ!!」


今度は老人が激しく雪原に叩きつけられた。


だが、うまい具合に重心をずらされて頭からズドンとはいかなかった。


彼はくるりと素早く受け身をとってすぐに戦闘態勢をとった。


「ハァ……ハァ……」


息の切れたパルフィーの吐息が白く流れる。


一方の老人はあれだけ激しく動いたのに息ひとつ乱していなかった。


だが、パルフィーもそうかからないうちに息が整っていた。


早くも仙人のかすみを身に着けつつあったのだ。


(どうする? まともにやりあったら月日輪廻げつじつりんねは見透かされている。陽日流もルーツは同じだから見切られていて、決定的な攻撃にはならない……)


げんはじっとこちらを見つめている。カウンター狙いなのは明らかだ。


パルフィーは耳をパタつかせた。


(この状況……攻めれば必死!! だけど、だからこそ相手には少しのスキが生じる。問題はそれをどうやって突くかだけど……あっ!!)


その直後、パルフィーは師匠に向かって突進していった。


おろか!! おろかなり!! これでしまいだ!!」


カウンターの構えにあえて突っ込んでいく。


月日輪回げつじつりんねに対抗する陽日流ようじつで潰しに来る!!)


そうげんは思い、それに対応した姿勢をとった。


だがパルフィーは予想外の挙動を見せた。


左手で掌底しょうていを突き出した直後に右脚でハイキックを放ったのである。


(元は同じとは言え別の流派を流れるように放てば!!)


気づけば彼女の体が動いていた。


押曙おうしょ刈暮かいぼッ!!」


老人は一発目の攻撃はガードしたが、二発目の蹴りが鼻先をかすった。


一瞬でパルフィーが距離を詰める。


昇月蹴しょうげつしゅう!!・双震陽そうしんよう!!・夜叉連踊やしゃれんぶ!!」


流れるように蹴り上げ、内臓破壊の両手の掌底しょうてい、そして相手を切り刻む斬撃の連続蹴り。


全て玄爺げんじいにクリティカルヒットした。


「ヒューッ……ヒューッ……」


老人は息もえだった。


「ふ、はは。明暗を織り交ぜてフェイントをかける……。面白いことを考えおる……」


すぐに亜人の少女は駆け寄った。


「おい!! じっちゃん!! わざと喰らったんだろ? なぁ!?」


力なく老人は我が子を見るような目で見上げた。


「いや、手を抜いてはおらん。想像以上におぬしは強くなっていた。もうわしなど相手にならなかった……。教えることはもう何もない。それより……苦しいな。早く楽にしてくれ……。老い先短い老いぼれの頼みだぞ? 断ってくれるな。げっふ!! あぁ、それと、腹の丸薬がんやくはおぬしの奥歯に仕込んで大事にとっておけ。さぁ、お別れじゃ……」


パルフィーの顔は号泣でぐしゃぐしゃになって涙か鼻水かもわからなくなっていた。


「じっちゃん……安らかにけよ!!」


彼女は苦しまないように育ての親の急所を突いて殺した。


同時に腹部から気配を感じ取った薬をそっと抜き取った。


げん埋葬まいそうし終わり、立ち上がった少女はもう泣くのをやめ、凛々(りり)しい表情をしていた。


月日輪廻げつじつりんねが殺人拳から昇華した瞬間だった。


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