もう暗殺拳術とは呼ばせない
パルフィーの育ての親で殺人拳術の師匠でもある玄爺は一旦、戦闘の構えを解いた。
「安心しろ。さっき飲んだ丸薬は奥歯に仕込むタイプのものだ。噛み砕かんと効果を発揮しない。これでおぬしとの戦いに水を差す要素はなくなったわけだ」
彼には全くスキがなくて闘気を絶やすことはなかった。
「手足の打撃、斬撃を切り替えるハナブサの昼夜逆転、対・月日輪廻として編み出されたマツバエの陽日流、そして立て続けに技を三連撃はなつアヤチヨの夜咲三連華……。今まで兄弟子に勝ってきたな」
猫耳の亜人は疑問をぶつけた。
「待った!! 確かアヤなんとかは2番弟子って言ってたぞ。あと1人、上にいるんじゃないか?」
すると玄は肩で笑った。
「フッ。おぬしが1番弟子だ。などと伝えたら上位の奥義を覚えるために拳術の研鑽を怠ってしまうではないか。よって、本当の1番弟子はアヤチヨだったのじゃよ。故にもうおぬしを狙う兄弟子はおらん。おぬしはすでに最終奥義の継承権を持っているわけだ。だが、ただで伝授するわけにはいかん。わしを倒してから行け」
とても育ての親と戦う気になれずにパルフィーは首を左右に振った。
「命の恩人で、あたしの親代わりみたいな人を殺れるわけ無いだろ!!」
老人はピシャリと叱りつけるように語気を強めた。
「仲間のところへ帰りたいのか!! 帰りたくないのか!! ハッキリせい!! さぁ構えよ!! これが師匠のわしであるお前に出来る最大の愛情表現!! 不器用と言われても良い。殺人拳術の使い手なんて所詮、この程度じゃ。もし、おぬしが月日輪廻を人殺しの拳法から昇華させるとすればわしを殺して負の連鎖を断ち切るしかないッ!!」
女性のたぬき尻尾が太くなる。自然と身体は戦いの姿勢をとっていた。-
玄は目を見開いた。
「月日輪廻、最終奥義……それは『仙人の霞』だ」
パルフィーは首を傾げた。
「センニンノ……カスミ?」
小さな老人は頷いた。
「おぬしは昔から燃費が極めて悪かった。飛び技の覇月は大量にエネルギーを消費する。使うには満腹状態でないと使えんじゃろう。仙人の霞はそれを解決する。何も食わなくてもポテンシャルを出し切れぬのだ。本来は気を取り込むための奥義なんだが、おぬしの場合はそちらのほうが都合がいいだろう。習得すれば常に全力で戦うことが出来る。格上との戦いでもな」
それを聞いた亜人は驚いた表情をしていた。
だが、同時に育ての親に哀愁の気を感じ取った。
(そうか……じっちゃん、自分が編み出した月日輪廻が殺人拳であることをとても後悔してるんだ。きっと、そのしがらみから解放されたいんだ。それにはあたしとの決着をつける必要がある。でも、どうする? あの闘気を見るに、ただでお嬢たちのもとには返してくれないだろう。殺意は感じない……と思わせながらこれぞ無殺意の殺意の極み……。勝てるのか!?)
彼女の心を見透かしたように育ての親は警告した。
「手加減して中途半端で終わると思うな。生きて返す気はない。なぜならワシに勝てないくらいではおぬしはどのみち死ぬ。どうせ死ぬならどこのぞの馬の骨でなく。ワシが殺してやろうと言っている。ありがたく思えよ。それが死にゆく弟子への最高の手向けだ」
それを聞いたパルフィーの視線がキリッっと引き締まった。
「聞き捨てならないね。いくら親しい間柄だったとしても弟子の生き死にを決める権利なんて無い。じっちゃんの手向け、そっくりそのままつき返してやるよ。あの世にいくのは……玄、お前だ!!」
老人はにっこり笑って満足気に頷いた。
「奥義の伝授と言ったが何も仙人の霞だけが奥義ではない。わしの使う技の全てが奥義じゃ。この戦いでそれを盗み取ってみせい!!」
次の瞬間、玄爺が分身して見えた。
「宵踏……」
パルフィーはその抜群の格闘センスですぐさま対策をとった。
「あれは……暗殺拳術特有の足取り!! ならばここで陽日流の……明歩!!」
彼女が独特の足取りをすると相手が1つにまとまって見えた。
「そこだッ!! 光鋭手!!」
高速の手刀が老人の首筋をねらう。だが、玄はしゃがんでこれを避けた。
「パルフィー!! お前はその恵まれた身長の高さ、腕や脚の長さに頼りすぎるきらいがある。それが欠点になると口を酸っぱくして教えたじゃろうが!! たわけが!! 暗天高揚ッ!!」
両手を地について彼は思いっきり逆さ姿勢からパルフィーの顎を蹴り上げた。
さすがに直撃するわけにはいかないと反射的に亜人の少女は両腕でガードを固めた。
だが、あまりの衝撃に宙高く高く打ち上げられてしまった。
「手加減はせんぞ!! あの世への切符をくれてやる!! 黒陽ッ!!」
玄爺は逆立ちしたまま脚から波動を放って無防備なパルフィーを追撃した。
このままでは全身の骨をバキバキに折って殺される。
だが、このときの彼女は恐ろしく冷静だった。死が迫るほど感覚が研ぎ澄まされていたのだ。
全てがゆっくりに感じられる。
(ハァ~……フゥ~……スゥ~~~~~)
大きく息を吸い込むと不思議と空腹の感覚がなくなった。
いつもは戦っている最中にお腹がすいてしまうはずなのに。
パルフィーは猫に近い亜人の身体のしなやかさで体を反転させた。
「そんな簡単に殺られるかッ!! 覇月ッ!!」
黒いオーラと白いオーラが激しく打ち合って相殺された。
わずかに生じたスキにパルフィーがしかける。
「でやあああああ!!!! 闇刺殺!!」
足先をそろえ、鋭い針のような勢いで師匠に蹴りで迫った。
「それが手脚に頼ってると言うんじゃ!! 晩捕投!!」
老人は迫りくる脚を掴んで勢いをいなした。
そして思いっきり投げ飛ばし、雪原に思いっきり叩きつけた。
「ぐえっ!!!!!」
これはクリーンヒットしてパルフィーは転げ回った。
「これで終わりじゃ!! 割命月!!」
ダウンするパルフィーに首をはねるような踵落としが放たれた。
「ぐぐっ!!!! 陽日流!! 与命日!!」
地面に横たわりながらも白刃取りで玄の一撃を受け流した。
「ちっくしょ~~~。月日輪廻に投げ技があったなんて初耳だぞ。教えてくれないとは意地悪な爺さんだ!! 今度はこっちの番だからな!!」
パルフィーは踵落としをガッチリ掴んで投げ技で反撃した。
「頭から地面にぶっこむ!! 墜日!!」
今度は老人が激しく雪原に叩きつけられた。
だが、うまい具合に重心をずらされて頭からズドンとはいかなかった。
彼はくるりと素早く受け身をとってすぐに戦闘態勢をとった。
「ハァ……ハァ……」
息の切れたパルフィーの吐息が白く流れる。
一方の老人はあれだけ激しく動いたのに息ひとつ乱していなかった。
だが、パルフィーもそうかからないうちに息が整っていた。
早くも仙人の霞を身に着けつつあったのだ。
(どうする? まともにやりあったら月日輪廻は見透かされている。陽日流もルーツは同じだから見切られていて、決定的な攻撃にはならない……)
玄はじっとこちらを見つめている。カウンター狙いなのは明らかだ。
パルフィーは耳をパタつかせた。
(この状況……攻めれば必死!! だけど、だからこそ相手には少しのスキが生じる。問題はそれをどうやって突くかだけど……あっ!!)
その直後、パルフィーは師匠に向かって突進していった。
「愚か!! 愚かなり!! これで終いだ!!」
カウンターの構えにあえて突っ込んでいく。
(月日輪回に対抗する陽日流で潰しに来る!!)
そう玄は思い、それに対応した姿勢をとった。
だがパルフィーは予想外の挙動を見せた。
左手で掌底を突き出した直後に右脚でハイキックを放ったのである。
(元は同じとは言え別の流派を流れるように放てば!!)
気づけば彼女の体が動いていた。
「押曙刈暮ッ!!」
老人は一発目の攻撃はガードしたが、二発目の蹴りが鼻先をかすった。
一瞬でパルフィーが距離を詰める。
「昇月蹴!!・双震陽!!・夜叉連踊!!」
流れるように蹴り上げ、内臓破壊の両手の掌底、そして相手を切り刻む斬撃の連続蹴り。
全て玄爺にクリティカルヒットした。
「ヒューッ……ヒューッ……」
老人は息も絶え絶えだった。
「ふ、はは。明暗を織り交ぜてフェイントをかける……。面白いことを考えおる……」
すぐに亜人の少女は駆け寄った。
「おい!! じっちゃん!! わざと喰らったんだろ? なぁ!?」
力なく老人は我が子を見るような目で見上げた。
「いや、手を抜いてはおらん。想像以上におぬしは強くなっていた。もうわしなど相手にならなかった……。教えることはもう何もない。それより……苦しいな。早く楽にしてくれ……。老い先短い老いぼれの頼みだぞ? 断ってくれるな。げっふ!! あぁ、それと、腹の丸薬はおぬしの奥歯に仕込んで大事にとっておけ。さぁ、お別れじゃ……」
パルフィーの顔は号泣でぐしゃぐしゃになって涙か鼻水かもわからなくなっていた。
「じっちゃん……安らかに逝けよ!!」
彼女は苦しまないように育ての親の急所を突いて殺した。
同時に腹部から気配を感じ取った薬をそっと抜き取った。
玄を埋葬し終わり、立ち上がった少女はもう泣くのをやめ、凛々(りり)しい表情をしていた。
月日輪廻が殺人拳から昇華した瞬間だった。




