第四次ノットラント内戦勃発
破滅主義者のザフィアルは東西両方への自爆テロを続けていた。
それによって東西のヘイトが高まったが、オルバが送った戦意を削ぐ雲により、かろうじて全面衝突は回避されていた。
ノットラントの東部武家ウルラディール家と西部武家のバウンズ家。
実力、規模ともに互いに大きな影響力を持つ格式高い武家である。
それぞれの当主であるレイシェルハウトとランカースは各地を巡って必死に武装解除を促して回っていた。
さすがに大手の当主だけあって説得に応じる武家や民は多かった。
これならばなんとか、戦乱の勃発をおさえられる。だが、それをぶち壊す存在が現れた。
レイシェルハウトは不穏な空気を感じ取り、ウルラディール家に戻った。
死骸粘土として蘇った泥儡のアーヴェンジェは孫のハーヴィーと共に雪原を歩いていた。
「可愛い可愛いハーヴィーや。お前までも死んでしまうとはねぇ。でもこうやって2人揃って暴れられるってのは幸せなこったよ。あたしゃ嬉しいヨ!! ロザレイリア様に感謝しないとねェ……」
孫は嬉しそうに笑った。
「で、お婆ちゃん。次は何をするの? やっぱり敵討ち? 私、屋敷に居た緑のガキをぶっ殺したいんだけど、どうかな?」
既に死んだ彼女らは歯止めが効かなくなっており、生前より凶悪になっていた。
「ヒッヒッヒ!!!!!! アタシだってレイシェルハウトに亜人のメスガキ、白いワフクの女を殺してやりたくてしょうがないよ!! でもね、アタシャもう一度、戦場の空気が吸いたくて吸いたくてしょうがないんだよ!!!!! 枯れ葉にマッチで火をつけるのサ!!!!」
アーヴェンジェとハーヴィーは狂ったように笑った。
「あ、おばあちゃん!! ダッザニアの広場におばあちゃんの死体のレプリカがあるんだよ!!」
魔女っ鼻をさすりながら老婆は目を見開いた。
「おぉ。そりゃいいネェ!! ハーヴィーや、ジャンプするよ!! ついておいで!!」
アーヴェンジェは集中すると自分に限りなく近いレプリカにリンクして瞬時にそちらに意識を移した。
彼女の氷漬けのレプリカがある広場は普段、住民は怖がって近寄らない。
泥の魔女が氷を中から打ち破っても誰も反応することは無かった。
「おやおや。これが内戦の華とも言われた者の末路かい。まぁ、また華をさかすまでよ」
彼女はハーヴィーと協力して大量の泥の兵士を捏ね上げた。
見た目も中身も人間そっくりな出来で、動きも人間と変わらない。
肌の色や服装、身につけている衣服や装備までバリエーションがある。
もっとも、元が泥だけに魔術や装備の効果などは反映されていない。
しかし、厄介なことに攻撃して死ぬまでの感触はリアルで、血も出るし内臓も目視できる。
こんな高等な泥兵士を作れるのはアーヴェンジェとハーヴィーのタッグくらいだ。
パペットはダッザニアを包囲するように展開した。
「これで準備は完了さね。あとは……」
老婆は両手を突き出して念じた。
すると地面からレイシェルハウトとランカースがせり上がってきた。
もちろん本物ではない。限りなく本物に近い泥人形である。
「あっは!! おばあちゃん、考えたね!! この2人に指示を出させて、ダッザニアで泥でできた東部の武家と西部の武家を衝突させれば呼び水になるね!!」
泥儡は高笑いした。
「ヒイイイイッッッヒッヒッヒ!!!!!! 第四次ノットラント内戦の開幕だよオオオォォォォッッッ!!!!!!」
アーヴェンジェはパシンと両手をぶつけた。
するとレイシェルハウトとランカースそっくりの泥が同時に叫んだ。
「西の武家が攻めてきたぞーーーーーッッッ!!!! 東軍!! 総員進撃――――――ッッッ!!!!!」
「東の部家が攻めてきたぞーーーーーッッッ!!!! 西軍!! 総員進撃――――――ッッッ!!!!!」
ダッザニアを囲んでいた人形たちが一斉に走り出して街中で衝突を始めた。
周辺に待機していたそれぞれの軍はついに相手が手を出してきたと勘違いした。
ほとんど生身の人間が戦っているようにしか見えない。誤認するのも無理はなかった。
本当に東軍、西軍が交戦し始めた。そう誰もが思った。
その情報はあっという間にノットラント全土に響き渡った。
それを聞いた各武家は集まって東軍、西軍を形成した。
島中から戦力が集まってきてダッザニアは決戦の地となった。
メラメラと燃える街の熱気を感じながらアーヴェンジェは愉しそうに高笑いした。
「ヒィィィーーーーーッヒッヒ!!!!! 覚えておゆきハーヴィー!! これが戦場の空気ってもんなんだよォォォ!!!!!」
こうして第四次ノットラント内戦が勃発した。
ノットラント南部の地下墓地に陣取っているザフィアルはこの様子をキャッチしていた。
教主はもう中性的な肉体ではなく、悪魔そのものに変化していた。
体長は2mほどあり、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)。それでいて高等な知性をもったウルティマ・デモンである。
「ククク……。ロザレイリアのヤツ。火遊びが好きだな。現状としては3すくみか。となると私はロザレイリアに不利に、アルクランツには有利になる。内戦が長引けばそれにつられてついに”アレ”が顕現する。なぁに、焦ることはない。アルクランツとロザレイリアで削り合ってもらおう。もっとも、ロザレイリアもアルクランツも私と同じことを考えているはずだ。腹の探り合い……か。攻められた場合も考えねばな」
ザフィアルはワイングラスをつかもうとしたが、触れただけで粉々になってしまった。
「おっといかんな。まだこのパワーを制御できていないな……」
その頃、火の手と悲鳴のあがるダッザニアで泥儡は作戦を練った。
「ねぇねぇお婆ちゃん!! 私と巨大なマッディ・ゴーレムを作らない? きっとすんごく大暴れできるとおもうよ!!」
老婆は首を左右に振った。
「いんや。おそらくウルラディールの連中は手練は波状攻撃を仕掛けてくるに違いないさね!! 一箇所にとどまっていると集中攻撃を受けかねないよ。マッディ・ゴーレムのパワー自体はアタシ1人で大丈夫。前より飛躍的に魔力が上がっているからねぇ!! ハーヴィー、あんたは露払いで確実に潰していきな!! 取りこぼしやあんたの援護はアタシが殺るよ!! ヒィィィーーーーーッヒッヒ!!!!」
そう話している2人の上空を何かが横切った。小ぶりだがソニックブームが起こる。
「ビュオッ!!!」
泥使いたちは陽光を手で遮りながら空を見上げた。
「速いッ!! あれもウルラディールの!?」
猛スピードで飛行していたのはフォリオだった。
「こちらファイア・フライ1。敵の会話を傍受。アーヴェンジェは巨大な泥のゴーレムを、ハーヴィーが周辺で迎撃する模様。連携に注意されたし」
ホウキ乗りは蜻蛉返りでウルラディール陣営のもとへ戻った。
着陸したフォリオの肩をジュリスが叩く。
「よくやった。コードネーム、ファイア・フライのリーダーはお前だ。制空権をとって一方的に攻撃できるように指示出しだ」
フォリオは逞しい顔つきで頷いた。
レイシェルハウトたちがアーヴェンジェの攻撃範囲外で打ち合わせをして陣形を整えているところだった。
かすかな気配をコレジールとパルフィーだけが捉えた。
その雪原には小さな老人が立っていた。まるで仙人のような出で立ちをしている。
まっさきにパルフィーが声をかけた。
「じっちゃん!! 玄じっちゃんじゃないか!!」
レイシェルハウトが確認を取る。
「玄爺って……貴女の育て親の?」
猫耳の亜人は嬉しそうに頷いた。
「ああ。迷子になって傷だらけになったあたしを助けて、月日輪廻の稽古をつけてくれたじっちゃんなんだ!!」
玄と呼ばれた白髪の老人はポツリと一言つぶやいた。
「ちっとばかしその亜人を借りていく。ま、返すかは本人次第。パルフィーや。ここまで来たお前ならわかっておるだろう? さあ、来い」
状況が把握できない周りにパルフィーは伝えた。
「アタシはどうやら決着をつけなければダメらしい。もし待っても戻ることがないようなら予定通り、作戦を決行してくれ。死んだら合流できないけどな……」
そう言いながら2人は吹雪の中に消えた。
一行は呆然とすることしか出来なかったが、コレジールはなにか悟ったようだった。
「レイシェルハウト、サユキ、パルフィーのチームは組み直しじゃ。そのまま待機」
陣を離れた雪原で玄爺は問いかけた。
「生き残っているということは今まで兄弟子、妹弟子を倒してきたんじゃな。連中は何と言っておった?」
タヌキの尻尾を太くして亜人の少女は答えた。
「自分以外の弟子を倒すことが究極奥義の伝授の条件だって言ってたな」
師匠は目を細めた。
「その所作……確かに勝ち抜いてきた証。そんなおぬしには決まりどおり奥義を授けよう。ただし、わしを殺さねば会得はできぬ。お互い命を懸けた伝授の始まりじゃ」
パルフィーは驚きを隠せない。
「バ……バカいうなよ!! いくらなんでも恩人の玄じっちゃんを殺せるわけがあるかよ!! ほかの奴らでも思ったけど、なんでそんなことで殺し合わなきゃいけないんだ!!」
玄の鋭い視線が刺さる。
「おぬし、本当に曇ったその拳で激戦を生き残れると思っておるのか? たしかにお前は才能がある。じゃが、無殺意の殺意が揺らぐことがある。今のおぬしがそれじゃ。相手に情けをかけておるじゃないか」
今までならこの言葉を聞き流していたかもしれない。
ただ、今の彼女は以前とは違っていた。
「さんざ殺してきたあたしが言えることじゃないかもしれない。でもアタシは殺人マシーンじゃない!! 護りたい人を護るために拳を振るうんだ!!」
それを聞いた玄は満足そうに笑った。
「ほっほ。それが答えか。お前らしい。他の弟子たちも少しでもそんな心を抱いておればこんなことにはならなんだ。さぁ、終わりの時じゃ。殺人拳、月日輪廻を教えてしまった元凶であるわしを殺せ。ただし、こちらも容赦はせん。苦しまずに殺してやるからな……」
老人は丸い秘薬を飲み込んだ。
「無傷でこの場を突破するのは不可能!! これを奪い取らん限り、おぬしは戦いの場にもどれん。わしの腸を抉ってみせい!!」
無意識にパルフィーは構えをとっていた。
「クソッ!! こんなこと、こんなことって!!」
2人の戦いを待っていたかのようにピタリと吹雪は止んだ。




