蘇る泥儡
ズゥル島の戦いが終結した頃、ホウキに乗ったフォリオたち5人とドラゴンのファオファオに乗ったコレジール5人らが合流した。
ファオファオのチームも情報を共有していて、別ルートでリッチーを撃滅していたのだ。
もちろんターゲットはフォリオ達と同じくフラウマァだ。
アシェリィが思わず身を乗り出して声をかけた。
「コレジール師匠!! 師匠もフラウマァを追って?」
老人は首を縦に振った。
「ま、そんなことかの。じゃが、積もる話は後じゃ。」
ホウキのゴンドラに乗っていて実質のリーダーを務めるコフォルがコレジールと相談を始めた。
フォリオがファオファオに接近する。
赤くて大きいまんまるな目玉がキョロリとこちらを向いた。
可愛らしいと言えば可愛らしいのだが、あまりの大きさに少し恐怖を感じさせる。
お互いに知り合いもおり、話すことは尽きなかった。
だが、今はそうしている場合ではないと近況報告もほどほどにコフォルとコレジールのやりとりに集中した。
「して、コレジール殿、これからどうしましょうか? 私としてはどこかに腰を落ち着けて対策を練り直すのがベストかと思うのですが……」
彼は悩ましい顔をしながら真っ白なヒゲを撫ぜた。
「う~む。アルクランツからは次の指示はない。じゃからして、わしらは引き続き完全体になったロザレイリアを追うことが任務かのぉ。そうさなぁ、学院は半壊状態で落ち着けるような場所はない。ならば、ここから割と近くにあるウルラディール家の屋敷なんかどうかの? まぁROOTSの半分くらいは腑抜けておるみたいじゃが、ファネリやジュリスとかまともな奴もそこそこいるじゃろ。まぁ主のお嬢さんはどこにいるかはわからんが……」
話が一段落つくとフォリオとファオファオはノットラント武家の武家を目指した。
フォリオのほうが小回りが良く効いてスピードも出るが、安定性と乗り心地はファオファオが上だった。
やがてくる吹雪をぬけて彼らは屋敷の庭に降り立った。
ドラゴンはかなり大きかったが、アイスヴァーニアン種は雪に擬態できる。
静かに降り立てばパッと見でわからないくらいである。
振動に気づいて野次馬が飛び出してきたが、目を凝らすまではフォリオしか目につかなかった。
屋敷の中でギャンブルに興じる連中をよそにROOTSの理念に賛同する者たちが集まってきた。
その中には炎焔のファネリやジュリス、そしてラーシェがいた。
思わず駆け寄って互いの無事を確認した。
ファネリが嬉しそうな顔で語りかける。
「コレジール殿!! ご無事でしたか!! 学院が大損害を受けたと連絡を聞いて、ご無事かどうか心配しとったところです!!」
魔術師の老人は苦笑いした。
「ほっほ。死んだふりで済むうちはまだまだ死なんよ」
ジュリスがアシェリィ、百虎丸、フォリオに駆け寄る。
「お前ら、大したこと無さそうでなによりだぜ。にしても皆、逞しい顔つきになったな。フォリオは一流のフライヤー、百虎丸は侍の風格、アシェリィは……まぁただの小娘ではなくなったって感じだな」
アシェリィだけ中途半端な評価で思わず本人はむくれた。
ラーシェはすぐにファイセルのもとに駆けつけた。
「ファイセル君!! こんなところで会うなんて!! それはそうとリーリンカ、ザティスにアイネは!?」
ファイセルは目線を泳がせた。
「確かリーリンカ、ザティス、アイネはズゥルの援軍として出撃したはずだよ。僕はこっちの遊撃隊としてズゥル島に行く予定だった。でも、色々あってリッチーの遺品を破壊しつつ、フラウマァを追う任務に変更になったんだよ。だから3人の事はわからないんだよ。ごめんね」
それを聞いたラーシェは俯いた。
「ザワザワする。イヤな予感がするよ……」
ファイセルは思わず聞き返した。
「え? 今なんて?」
ふと口に出た言葉をラーシェはひっこめた。
「う、ううん。なんでもない。あの3人のことだし、きっと無事だよね!!」
ファイセルはラーシェの微妙な変化に気づいた。かつての彼ならば鈍感で見逃すところだ。
しかし、妻が出来てからそこらへんの洞察力が上がっていた。
(ん……? ラーシェの顔色が曇った……。それに作り笑いしているように思える。女のカンっていうか、ラーシェのカンは割と当たる。リーリンカ、ザティス、アイネ……どうか無事でいて……)
伝染した不安感を引っ込めて一同は腰を落ち着くことの出来るミーティングルームに場所を移した。
ここは屋敷の中でもかなり広い部屋であり、立ったままの人数を含めると50人ほどが入れる部屋だ。
もっともそこに収まらない人数は別室のマギ・モニターで情報をシェアできるようにはなっている。
長いテーブルを挟んで今回合流したメンバーとROOTSの志のあるメンバーのみが招かれ、それぞれイスに座った。
本来はその場を仕切るはずの当主、レイシェルハウトが不在だ。
そのため、暫定的に年長者のコレジールが進行役となった。
「ふむ。どうするかの。とりあえずアルクランツにズゥルの結果と、今後のわしらへの指示を聞いてみるとするかの。なんだかんだで忙しくてあやつと連絡をとれなかったからの。リポート・ジェムはちょっともったいないが、しかたなかろ」
コレジールが念じるとアルクランツが応答した。
なぜだか彼女はいつになくテンションが低い。
「ああ、コレジールか。わかってる。ズゥルの結果だろ? 結論から言うと戦いには勝ったが、勝負には負けた。戦線は維持できん。ズゥル島はリッチーどもの手に落ちる。学院関係者は帰還中だ。お前らは……フラウマァを取り逃がしたな? ハァ……まぁ人のことは言えん。こっちも強力なデモンを取り逃がしている」
あまりにも覇気がないので一同は彼女を心配した。
「お前らなぁ。なんでそんなお通夜ムードなんだ。まだ終わったわけじゃない。もう頭に血を上らせるのはやめだ。最近は私が本来の力を取り戻しつつある。長いこと魔術を錆びつかせていたが、ここのところの戦いで母様のメンタルが大きく呼び起こされている。いつまでもガキってことじゃないってことさ」
いつもより明らかに大人びた声をしている。どうやら強がりではないようだ。
「で、お前らの次の仕事は……」
何かが激しくジェムに干渉して通話期限が来る前にそれは砕け散った。
未知のプレッシャーがその場を襲う。
真っ先に反応したのはコレジールだった。
「おんしら!! いますぐ伏せるんじゃ!! 息を止めい!! 早う!!」
その場の全員が戸惑ったが、鬼気迫る彼の態度に相次いで彼の言うとおりに動いた。
コレジールがプレッシャーを感じる少し前、ウルラディール家の地下牢に封印されたアーヴェンジェへ誰かが語りかけた。
「あなたは小賢しい小娘3人に殺られてさそがし無念でしょうね。でも、もしもう一度、チャンスがあるとしたら? 私達は貴女のような有望な人材を切に欲しているのです」
氷漬けにされた老婆の指先がピクリと動く。
そして上半身が氷をバギバギと割りながら起き上がった。
「貴女もですよ。若くして小賢しい3人娘に殺られてさそがし無念でしょう。でもお婆さんと恨みを晴らせるとしたらどんなに素敵なことでしょうか? 私は貴女にもチャンスを与えましょう」
氷塊を突き破って起き上がるアーヴェンジェの体をその孫のハーヴィーが支えた。
どちらも確かに死んでいる。だが、確かに動き出したのは間違いなかった。
2人は屍の魔術で蘇るとワラワラと泥の兵士たちを量産し始めた。
コレジールはこれに反応したのだ。
「ぷはぁっ!! 息継ぎじゃ息継ぎ!! 泥の傀儡が来るぞ!! こりゃ泥儡のアーヴェンジェに違いない!! したらまた口を塞げい!!」
老人はバタリと倒れ込んで死んだふりをした。
他の面々も恐怖心を感じながらも伏せの姿勢を崩さなかった。
「ぎゃあああああああッッッ!!!!」
「うわあああああああッ!!!!!」
腑抜けたROOTSのメンバーは安全なところでのけぞっていた。
だが、皮肉にも彼らは真っ先に泥の兵士に矛先を向けられたのだ。
そしてミーティングルームにも兵士が突入してきた。
泥とは言うものの、その精度は高く、パッと見では人間と区別がつかない。
傀儡は部屋を巡回し始めた。
しかし、こちらには全く反応しない。こんなに大勢が床に伏せているのにだ。
おそらくコレジールが張った結界か何かが泥兵士を煙に巻いているのだろう。
しっかりミーティングに参加した者たちは別の部屋でもこれをやり過ごすことが出来た。
家の執事やメイドなど、屋敷を支えてきたものもミーティングの様子を見ていた。
よって非戦闘員の被害は最小で済んだ。
結果的に娯楽や派閥争いなど腐敗しきったROOTSの重役だけが死んでいった。
泥たちが去っていくと床にへばりついたままでコレジールが今後について話し始めた。
「もう息はしてもええぞい。だが、立ち上がってはならん。まだ屋敷の中に気配がのこっとるからな」
伏せていた人々は緊張から解き放たれて何度も深呼吸をした。
老人が続ける。
「ありゃ間違いなく泥儡のアーヴェンジェじゃ。ウルラディール家の地下に封印されたと聞いとる。それともう1つ強い反応があった。心当たりのあるやつはおるか?」
青ざめた表情をしてアシェリィがつぶやいた。
「きっとハーヴィー先輩だ……。死んだはずのハーヴィー先輩が蘇ったんだ!!」
リコット戦死のトラウマを抉られて彼女は身体を震わせた。
コレジール老は彼女にフォローを入れた。
「どうせアーヴェンジェもそのハーヴィーとやらも死骸粘土じゃ。遠慮することはないし、むしろ葬ってやったほうが苦しまずに済む。ただ、生前より大幅に強化されているはず。油断は禁物じゃぞ。ところでアシェリィ、ハーヴィーをどこで殺った?」
アシェリィは伏し目がちに答えた。
「だ……ダッザニアです……」
コレジールは立ち上がった。
「決まった!! アーヴェンジェのヤツとハーヴィーが向かったのは未練を残したダッザニアに違いない!! アタックメンバーを編成してこれを撃破するぞい!! ここで取り逃がせば不死者が一気に優勢になる。それだけはなんとしても阻止しなければならん!! こちらも出来る限りの戦力を投入する。作戦に参加する気が起きない者、恐ろしい者は退出してかまわんよ」
十数人が部屋から出ていったが、30人ほどは部屋に残った。
「いい目をしとるな。おんしら、死ぬでないぞ!!」
その頃、このプレッシャーを感じた者が居た。
「これは……泥儡のアーヴェンジェ!?」
彼女は宝剣の柄に手をやった。




