嬲り殺しあいっこ・し・ま・しょ♥
ソルマリアとフラリアーノは真剣勝負で互い向かい合っていた。
だが、麗幕のほうがゆるふわな態度でどうも掴みどころがなかった。
これによって場の調子が狂い、フラリアーノは次の一手を読みかねた。
「それじゃぁ、いくわよ~~~。サラサラ~~落ち葉のキリング・フォ~ル~」
どこからともなく葉っぱが強風に乗って教授を襲った。
「くっ!! 複合属性か!! インヘイル・シーホース!! 弾幕を吸い込めッ!!」
大きなタツノオトシゴが出現し、ソルマリアの弾幕を一気に飲み込んだ。
「増幅させて……放てッ!!」
シーホースは葉っぱと暴風の攻撃をの威力をアップさせて跳ね返した。
麗幕はその上昇気流で激しく上空に吹きとばされた。
だが、彼女には余裕があった。
「いや~ん。スカートがめくれちゃうわぁ~~~」
女性らしく股を押さえる。
「あれぇ? 言ってませんでしたっけ。私、自分が使った弾幕では一切ダメージを受けないのよぉ。だからこれは無駄なの」
次に彼女は空中で猛回転しだした。完全にスカートはめくれていたが、あまりの速度に下着は見えなかった。
そんな下心を抱くわけもなく、フラリアーノは身構えた。
「フルフルフリル!! スカートの中は茨の園!! スティッカー・ガーデン!!」
今度の弾幕は彼女のスカートから拡散して鳥籠のように召喚術士に降り注いだ。
逃げる場所はどこにもなかった。
「くぅっ!! いでよ!! マク・バーク!!」
直撃スレスレで召喚に成功した。フラリアーノは幻魔の下で立膝をつく姿勢をとった。
呼び出された幻魔は黄色の半透明でぷよぷよしていて、まんまるな目玉が2つ、極端に短い手足が生えていた。
一見すると戦いには不向きに見えるが、それは見た目だけだった。
「チュン!! チュン!! チュン!!」
マク・バークは降り注ぐ弾幕を全て受け止めた。
確かに体に弾がめり込んでいるのだが、全く苦痛を感じていないようだ。
(この幻魔はインヘイル・シーホースと同じく受けた衝撃を増幅させて跳ね返す。これだけの弾幕のエネルギーを受ければ!!)
ソルマリアは攻撃の手を止めることはない。
フラリアーノはさきほどから彼女が真綿で首を締めるような……。
そんな威力でじわじわと魔術を放っているのがひしひしと伝わった。
強敵ではあるが、つけ入るチャンスはあるように思える。
(いけ!! 貯めたパワーで跳ね返れ!!)
凄まじい速さで幻魔は攻撃を受けた反動で上空にふっとんだ。
その体当たりの一撃がソルマリアを激しく強打した。
「メリメリッ!!」
骨が折れる鈍い音がした。
「あれなら全身骨折は免かれない!!」
だが、フラリアーノは上空を見上げて臨戦態勢を崩さなかった。
「忘れていました。彼女は死骸粘土でしたね。生身の人間と同じ基準で戦うと足元をすくわれる。おそらく頭部を完全に破壊しないと動きを止められるとは思えません。しかしあの動き……うまく頭を守りながら戦っていますね。これは厄介です。このままのペースで打ち合いを続けると相打ちに……」
そう言いかけて彼はネクタイをキュッっと締め直して首を左右に振った。
「私としたことが。相手が互角の場合は心が折れたほうが負ける。たとえそれが感情のない粘土相手でも変わることはありません。常に勝つ気でやらねば勝てるものも勝てない……でしたね。オルバ……」
片腕を失って苦労なく過ごしてきたと思っていた彼だったが、やはりどこか欠けた部分があった。
今まで無くなっていた右腕に無意識に重心をかけていたからである。
だが、神経が研ぎ澄まされた事によってフラリアーノは残りの腕に力を注ぐコツを掴みかけていた。
これによって召喚術士の魔力は飛躍的に伸びた。まさに火事場の馬鹿力である。
マク・バークの体当たりでソルマリアはかなり上空まで吹っ飛んでいったが、怯まず反撃してきた。
「あぁぁ~~~いいわぁ。たまらないわぁ。ちょとずつ……ちょっとずつ死んでいってちょうだい……」
彼女は豆粒のように小さく見えるフラリアーノを指さした。
「ふふ~。ペタペタ・ペタ・粘着の・クラウダー・ジェイル!!」
すると彼女の回りの雲が塊になって一気に召喚術士に降り注いだ。
「まずい!! 動きを拘束される!! 妖憑!! グラニートン!!」
頑丈でパワーのある岩の魔神が体に宿った。
フラリアーノはペタペタと体にくっつく雲の弾幕を姿に庭似合わぬ怪力で吹き飛ばしていく。
(リコットさん、見ていますか? あなたの魔術で私は生き残ることが出来る。あの時、私が助けられなかったのに力を貸してくれるんですね? その魂、しっかり受け取りましたよ!!)
フラリアーノはアシェリィの親友で戦死したリコットという少女の術式を見よう見まねで再現したのだった。
妖憑。召喚した幻魔を自分に憑依させる魔術だ。
どれくらいの力の幻魔を宿すかの加減がとても難しいが、フラリアーノは限界ギリギリの魔神を身につけた。
雲に気を取られているとソルマリアが物凄い勢いで追撃をかけてきた。
上空の雲に細工をして黒い雷雲へと変える。
「バチバチ・バチバチ!! 避雷針~。ライトニング・スタラック!!」
そう言ってまたもや彼女は地上を指さした。
激しい電流の波が目で負えないスピードで飛んでくる。
しかも眩しくて視界を奪われた。
「サモン!! ラバー・ラーバ!!」
すかさずフラリアーノが幻魔を呼ぶと地面からゴム質の黒くて球体のスライムが飛び出してきて彼をパクリと飲み込んだ。
これによって電撃は無効化され、ラバー・ラーバに守られる形となった。
(この幻魔は他の攻撃に対しても耐性がある。次の一手を考える時間はとれるはずです!!)
ソルマリアは更に地表に近づく。
「そうくるのね~。でもこれはどうかしら? トロトロ・トロ~ンの熱蜜!! ハニー・ハニー・ドローネ!!」
ベッタリとした黄金色の蜜がラバー・ラーバを包んだ。
「ウフフ~~~。動けないままもがいて、息ができなくなるの。おまけにアツアツだから苦しいわよ~~~。センセーとの嬲り合いっこ、楽しかったけれどいよいよ終わりなのね。名残惜しいわぁ。ここまで快感を味あわせてくれる人なんて滅多にいないんだからぁ♥」
徐々にラバー・ラーバは圧縮されていく。
もちろん、中のフラリアーノにも負荷がかかり、熱く、そして息苦しくなっていった。
(くっ!! 予想以上!! ソルマリアが一枚上手!! さぁ、どうしたものか!?)
その直後、ラバー・ラーバはゆっくり蜜に押しつぶされて潰れてしまった。
人体を押しつぶしたような感覚が確かにあった。
「あ~あ。また終わっちゃったのね。まだまだ遊び足りないのに。所詮、学校のセンセーに過ぎないよのね~~~」
ソルマリアが着地したその時だった。
「油断するとは感心しませんね!!」
潰れたはずのフラリアーノが地面からドリルの幻魔に乗って飛び出してきた。
「あら~~~♥ 確かに潰しちゃったはずなのにどうして生きてるのかしら~~~?」
彼は潰されゆくラバー・ラーバに自分そっくりのドッペルゲンガーを召喚してダミーに使ったのだ。
それと同時に地面に穴をほり、蜜の弾幕から脱出していた。
「今です!! シャルフィード!!」
ライトグリーンの小さな妖精が羽ばたくと物を切断する鋭い風圧が生まれた。
これによってソルマリアの首から上が宙に吹っ飛んだ。
「これで終わりです!! カズン!!」
内側から外側に向けて爆発する小さな炎の精霊が飛んだ頭に乗り移った。
「あ……私、前もこんな風に……」
ボソボソとソルマリアは喋っていたが、その頭部は完全に爆散した。
「チュボオオーーーンッ!!」
戦いが終わったのを確認すると思わずフラリアーノは四つん這いになった。
だが、右腕がないので地面につんのめる形となった。
額にはびっしりと汗をかいている。いや、全身が汗まみれだった。
「ハァッ……ハアッ……今回ばかりは死ぬかと思いました。きっとナッガン先生は勝ったでしょう。先に集合場所に向かっているはずです。アルクランツ校長先生とケンレン先生は空中に。おそらく教師勢はみんな無事なようですね。なんとか魂の融資は使わずにすみましたが、体のあちこちが悲鳴をあげています……」
独り言をつぶやくと彼は小さな宝石を指の間に挟んだ。
急速にマナを回復するマナ・サプライ・ジェムだ、。それも高級なものをだ。
あっという間に宝石は石ころになってしまった。
「フゥーーー。戦闘終了の指示が出たということは残念ながらもう生存者はいないと言うこと。急いで集結地点に移動するとしますか。気を抜かずにね」
フラリアーノは息を整えるとゆるんだネクタイをキュッと締め直した。
集結地点ではナッガンが自分のクラスのメンバーの生死を確認していた。
「……2班のミラニャン、レールレール、ヴェーゼス、カルナは死体を確認済み。3班はスララが悪魔化、ポーゼは悪魔により死亡、生存したのはドクとクラティスだけか……。レーネは……望み薄だな」
ナッガンの顔がみるみる険しくなっていく。
「4班はジオとキーモのみ生存。田吾作、ニュル、はっぱは死亡……」
教授が確認をとっていると草むらから5班が帰還してきた。6人がやってくる。
「お前ら……5人とも無事だったのか!! それに上級生も!! よく生き残った!! 他の班は死者多数だ。よくぞ生き残ってくれた……」
だが、ガンがレーネの死を伝えた。
「レーネさんは……ウジまみれになって……殺すしか……」
ナッガンは目線を落とした。だが、ひとまず無事な班を見てホッっとしていた。
だが、そのしばし安堵は長くは続かなかった。
「ぐほっ!!」
5班リーダーのアンジェナが倒れ込んだのである。
「ごほっ……げぇふ……。どうや、ら……ムリ……しすぎ、ガフッ!!」
勝てそうなギリギリのルートを詠んだ彼には計り知れない反動が来ていた。
「ごふっ!! ごふごふっ!!」
班員達は魔術修復炉……リタクターに彼を浸けるよう助けを求めた。
だが、ナッガンは首を左右に振った。
「アンジェナの魔術はかなり特殊なものだ。失った生命力は戻らない。だが、ほうっておくわけにもいかん。すぐに浸してやろう」
アンジェナは魔術修復炉の中でも吐血し続け、黄緑だった構成液は真っ黒になった。
そして彼の生命反応は消えた。
ナッガンクラスは参加した班の全部で死人を出した。
クラスメイト達は悲しみにくれ、ある者は悔しみ、そして怒りを感じる者も居た。
それはどこのクラスも似たようなもので、集合場所は泣き叫ぶ声などで地獄のような有様になった。
ズゥル島の戦いはリジャスターを含めて百十数人が参加したが、生き残ったのは50人程度だった。
確かに島の制圧権は学院が握った。
しかし、残りの人数で前線を維持できるわけもなく、結局は学院勢はズゥルを放棄して逃げ帰るしか無かった。
これは近年稀に見る大きな被害であり、ザフィアルとロザレイリアを優位に立たせる形となってしまった。
決して学院が愚策をとったわけではなかった。
よりにもよって破滅主義の教主と不死者の女王が脂に乗っていた時だったのだ。
こうしてアルクランツはピリピリと迫り来る戦の気配を感じつつ、学院に戦力を再集結させるのだった。




