ウサギちゃんのぬいぐるみ
まるで蟻を踏み殺した後のように麗幕のソルマリアはプカーッっと浮き上がってくる死体を眺めていた。
「あ~あ。死んじゃった。つまんないの~~」
気づくとそばに斬宴のモルポソが立って居た。
「お前、その殺りかた、なんともまぁアクシュミだな」
モルポソが露骨に不快感を表すとノルマリアはニターっと笑った。
「あら、貴方だって殺人狂でしょ? しかも子供と女性の肉を斬るのが趣味なんて私といい勝負よ~」
それを聞いた青年は妙に納得してしまった。
「ま、否定はしねぇよ。俺も大概なもんだしな」
しばらくの沈黙が続いたが、2人は不気味に笑い始めた。
「ハハハハ…………」
「ウフフフフ…………」
互いにシンパシーを感じるところがあったのだろう。
一方、ナッガンとフラリアーノは使い魔を頼りに学院生の救助に向かった。
用心しながら接近したので接触が遅くなった。
たとえいくら急いでも救助は間に合わなかったのだが。
自然洞窟の多い岩場に敵は居た。
ナッガンが声をひそめてフラリアーノに語りかけた。
「おい。あいつら……斬宴のモルポソに、麗幕のソルマリアじゃないか? 2人ともお尋ね者だ。だが、確かに死亡確認されたはずなんだが……」
フラリアーノは目を凝らした。
「ええ。私も確かに確認しました。おそらく、あれは不死者のようで不死者ではない。死骸粘土の可能性があります。光属性はあまり効かないと思います」
ナッガンは驚いた様子だった。
「死骸粘土だと? あの最上級のリッチーの遊び道具と言われるアレか? ということは、厄介なことになった。生前より強化されている可能性がある」
フラリアーノはフェアリー柄のネクタイをキュッと締めて気合を入れた。
「ナッガン先生……やりますよ!! 状況からしてあいつらは連携することを知らない。かといって私達がまとまってかかると手の空いている方に狙われる。ここはひきつけて1vs1でいきましょう」
ナッガンはコクリと頷いた。
「モルポソには俺が物理で応戦する。フラリアーノは魔術で弾幕に応戦しろ」
2人は目を合わせると左右に飛び出した。
ナイフを抜く教授とサモナーズ・ブックを出す教授。
自ずと面白そうな戦いになりそうな方へソルマリアもモルポソも向かっていく。
ソルマリアは死んだ魚のような目でジトーっとフラリアーノを見つめた。
「あら~~~。私のタ・イ・プ。片腕なのもカッコいいわぁ~。腕だけじゃなくて、もう1つの腕も、両脚も少しずつもいじゃおっと。すっごくジワジワ苦しんで殺してあげたい」
彼女は真剣な顔をして恐ろしい言葉を平気で口に出した。顔はうっとりとしていたが、目は完全に死んでいる。
モルポソはというとダガーを引き抜いてハンドトリックを始めた。
左右の手でクルクルと指の間を転がすように刃物を回す。
かなりの腕利きでも指を切り落とす危うい遊びだ。
「お前さ、そんな無名の得物でどうにか出来ると思ってるわけ? 俺のはグラン・シュテイン製の75年モノだ。そこらの刃物じゃ太刀打ちできねぇぜ。斬宴も甘く見られたもんだな。おっさんの肉は面白くもなんともねぇが、そういうナメた態度をとられたら……なぁ?」
先に攻撃をしかけてきたのはモルポソだった。
戦闘開始と同時にナッガンはソルマリアめがけてナイフを投げた。
すると彼女は1発の光の球を放ってそれをはじいた。
「ウフフ~~~。弾幕が得意とは言うけど、単発もいけるのよ~~~」
彼女はお嬢様のようにクルクルと回転してみせた。
「ふむ。計算通りか。この程度でダメージが通るとは思っていない」
彼がチラリと女性の方を見ていると斬宴は不機嫌さを隠さず斬りかかってきた。
「おっと!! お前、そんなナメた戦いで勝つつもりかよ!? 切り刻んでやるぜ!!」
次の瞬間、ナッガンは腰から素早く二刀流のショートソードを抜いた。
「ガチンッ!!! ギリギリギリ……ミシミシ……」
ショートソードの背の部分には凹凸がいくつもあり、そこでモルポソのナイフの斬撃を受け止めたのだ。
「見ろ。この武器、ソードブレイカーだ。このまま鍔迫り合いをしていると自慢のナイフが折れるぞ? さすがにナイフとショートソードでは重さが違う。このまま力を入れて折ってやる……」
人間武器庫の教授はギリギリとさらに強い負荷を接触面にかけた。
「チィィィッ!!!!!」
怒りに顔を歪めてモルポソはナイフを凹凸から外して飛び退いた。
「てめぇぇぇ!!!! ……うっ!?」
ナッガンが腰に手をやると凄まじいプレッシャーが発生した。
「お前を長く生かしておくわけにはいかん。いや、既に死んでいるか……」
教授はゆらりとウサギのぬいぐるみを手にした。
それを見て斬宴は嘲笑った。
「ハハッ!! 何かと思えばただのぬいぐるみじゃねぇか!! あのプレッシャーは気のせいか」
ナッガンは普段、刀剣類や弓矢などあらゆる武器に精通していて、いずれも扱いこなしている。
そんな彼が本気を出す時に取り出すのはぬいぐるみ……スタッフィーである。
スタッフィー・プレイヤー……それが彼の3つ目のあだ名だった。
ぬいぐるみ使いはスーッっとウサギを前に出した。
ボタンで出来たその目は焦点が合っていなかった。
「ビスッ!!」
突然、高速で細長いビームが発射された。
「うおぅっとぉ!!」
殺人鬼はそれを横っ飛びでかわした。
「予備知識無しの反射神経だけでこれを避けてくるか。なかなかどうしてかなり強敵のようだな。お前もかなり速いが、貴様より俺が上だ!!」
ナッガンはぬいぐるみを相手の動きを先読みして連射した。
「ビスッ!! ビスッ!! ビスッ!!」
時には岩に反射させたりもして死角を狙った。
その結果、斬宴は穴ぼこだらけになった。
しかし様子がおかしい。血は一滴も出ていないし、倒れる素振りも見せない。
「死骸粘土か……。痛みを感じないようだな」
相手はヤケクソで突っ込んできた。
「テメェェェ!!! ぶっ殺してやるッ!!!! この距離ならソードブレイカーは出せねぇだろ!!」
グラン・シュテイン製の二刀流ナイフがナッガンを襲う。
だが、その刃はウサギのぬいぐるみの小さな手に弾き飛ばされてしまった。
「ソードブレイカーを使ったのは油断を誘うためでな。最初からスタッフィーでトドメを刺そうと決めて……いたんだよッ!!」
その一声と同時に極太ビームがモルポソの頭部をふっとばした。
ジュリスも似たような光線を使うが、巨砲並の出力はナッガンでないと撃てない。
「いくら死骸粘土といっても、元は人間の体であってリッチーのように完全な霊体ではない。制御機能を奪えば戦闘可能になる。要は頭をつぶせというわけだな」
ナッガンは散らばった武器を拾って装備すると草原の方へ戦いの場を移したフラリアーノ教授を気にかけた。
「草原には凹凸がなく、密閉された空間もない。弾幕使い相手にはうってつけの場所だ。フラリアーノのことだ。大丈夫だとは思うが……」
ナッガンがモルポソとの戦闘を開始したのとほぼ同じ時間にフラリアーノはソルマリアを草原におびき出していた。
「ここなら貴女の魔術も分散してしまうはずです!! あまり気乗りはしませんが、倒すしかありませんね」
麗幕はうっとりしている。
「あら~~~。もう死んじゃってるからいいのよ。それに、平たいからって弾幕が薄くなるってのは勘違いかもね~~。それより、はやく私と嬲り殺しあいっこし・ま・しょ♥」
恐ろしいプレッシャーを感じたが、フラリアーノはそれを受け流した。
パタパタと失った右手のスーツが風にはためく。
「じゃ。先制攻撃~。青草のグラグラ・グラスホッパ~~~」
ソルマリアがそう唱えると足元から大量のバッタが飛び出してきた。
それらがフラリアーノに襲いかかる。
「くっ!! さすが麗幕!! どんな弾幕を張ってくるか、予想が難しい!!」
フラリアーノは無詠唱で幻魔を召喚した。
「ヒート・バースト・ポーン!!」
一気にバッタが焼き払われる。
姿を現したのは右手に剣、左手に盾を持ったボードゲームの駒のような炎の魔神だった。
「続けていきます!!」
魔神が剣を振り下ろすと炎の波がソルマリアを襲った。
素早く彼女も反応した。
「リンリン・スプリング~。春風の泉~~~」
彼女はどこからか草原の泉を引っ張ってきてガードに使った。
「ウフフ~~~。私の魔術は攻防一体なのよね~~~」
巻き上がる水流によってポーンは鎮火されてしまった。
「くっ……手強い!!」
先程の幻魔は召喚術のなかでも割と高度なものだった。
ナッガンはモルポソとの相性が良くて苦戦せずに倒せたが、フラリアーノの場合は有利でも不利でもない。
故に互いの全力をぶつけ合う戦いとなっているのだ。
「ここから先は一手で決まる……」
この二人の戦いはじゃんけんのようなものだった。どちらかが先に弱点を突けば勝利確定。
今のところはあいこが続いている状態である。
緊張感が漂う真剣勝負といったところだが、終始ゆるくてふわふわしたソルマリアがフラリアーノのペースを崩す。
これならまだ殺意を向けてこられたほうがやりやすい。
「あららセンセー。まだ始まってもいないのよ~? あ~、私~、嬲り殺すのも好きだけど~、嬲り殺されるのもあながち嫌いじゃないの。センセーならどっちを味あわせてくれるのかしら~~~? どっちにしてもジワジワね♥」
ナッガンも戦っている頃だろう。援護は期待できない。危ない橋を渡ってもやるしかなかった。
フラリアーノはじっとり脂汗をかいていた。




