愛しき人よ さようなら
「ゴーーーヒューーー……ゴーーーヒューーー……」
レーネに担がれていたリーリンカは走る振動と異常な呼吸音で気がついた。
「はっ!! ザティスは? アイネは? ということはお前はレーネか!!」
なぜだか返事がない。ただ彼女は方向性もなくフラフラとジャングルを走っていた。
「ウッ!!」
その時だった。リーリンカは自身の身体に異常を感じて思わずレーネから飛び降りた。
「これは……マゴッティ・ウィルスだ!! ほうっておくと体中を蛆が食らい付くしてやがて蛆だらけになってしまう恐ろしいウィルスだ!! しかも強い伝染がある。あの蛆を浴びたからだな!? 幸い私の場合はまだ進行度が低い!! これでッ!!」
リーリンカはマントの下からフラスコの瓶を取り出して一気飲みした。
「おえっ!!」
彼女の口から大量の蛆が体から逃げるようにして完全に排出された。
「さぁ、早く!! レーネもこの治療薬を!!」
それに反応して振り向いた彼女を見てリーリンカはぎょっとした。
死人のように青白い肌、焦点の定まらない目、そして口からは大量の白い蛆を吐いていた。
思わず薬師は沈黙してしまった。
(まずい!! 私より侵蝕が早い!! おそらく私を担いで走ったからだ!! 運動で激しく体を動かしたことによってマゴットの回りが早かったんだ!!)
レーネはごばぁっと口いっぱいにうじゃうじゃと白い蛆を出した。
「すまん!! レーネ、もう手遅れだ……。私の薬では君を治療できそうにない ウィルスが強力すぎるんだ。感染初期でないと手のつけようがない!!」
そう伝えると返事が帰ってきた。
「あハ……ごぶっ。アハハハ。わたし、のらだ……うなってるの?」
苦しみながらも意識があるようだった。
「最悪だ!! なんて悪趣味なデモンなんだ!!」
いつの間にかレーネがこちらにじわじわとにじりよってきた。
「リーンリンさんも、オイでよ。キモチイイ……よ?」
リーリンカは薬が身体に回りきっておらず、へたりこんだまま動けなかった。
「やめろ!! やめてくれ!! 気をしっかりするんだレーネ!!」
その少し前、アンジェナ達のチームは異変を感じ取っていた。
色黒の青年、アンジェナは危険を詠んで予測することができる。
「ふむ。かなり遠いところに目立つのが1つ、近いところに1つ、それぞれリスクが発生している。遠い方を追うべきなのかもしれないが、それでは多分、反動で大量に吐血して俺が死ぬ。いや、チームごと全滅だろうな。君らを危険にさらすルートだ。ならば、今の俺らに出来るのは近場を救助に行くべきだ。こちらは確かにまずい状況になっているが、戦力的には我々でもなんとかなるはずだ。さあ、行こうか」
アンジェナのチームは気合を入れた。
このチームは何度か激戦をくくぐり抜けていた。
というのもアンジェナがギリギリ勝てるルートを進んできたからである。
そしてチームワークもしっかりとれている。
バランスもとれていて、スキが無いチームっだった。
アンジェナ達は森を抜けて草原へと出た。
「あれか!! ウッ!!」
駆けつけたチームメイト全員が顔を酷く歪めた。
それもそのはず、リーリンカを襲おうとしているのがナッガンクラスのレーネだったからだ。
彼女はゆらりとアンジェナ達の方に向き直った。
「あら~。アンじぇなクンの……じゃな~い。どしたの、そろいもソロって……。ごばぁ……」
またもやレーネは大量に口から蛆を吐き出した。
一番先に悲痛な声を上げたのは彼女に片思いのガンだった。
「レ、レーネさん? ど、どうしたんですか? そ、その病気……? 治せるんですよね?」
少しずつ少年は少女に歩み寄った。同時にリーリンカが叫ぶ。
「ダメだ!! 近よるんじゃない!! その蛆のウィルスは強力な感染力がある!! 彼女はもう治療不可能なレベルだ!! やめろ!! 自殺行為だぞ!!」
ガンは受け入れられないといった様子で首を左右に振った。
するとまたもやレーネがマゴットを吹き出した。
今度は口からだけではない。ぐりぐり動く眼球を突き破って白い蛆が飛び出してきたのだ。
その顔にはもはやレーネの面影はなかった。
「ガン!!!!!!」
チームメイト達は思わず叫んだ。
「はは……。こんなの無いっすよ。せめて俺の手で葬ってやるっす。マッドネスギアー・プラチナ!!」
白銀の巨大な歯車が出現した。
目をつむり、歯を食いしばり、ガンは蛆に埋もれたレーネを轢いた。
至って普通の人間だし、魔術も使えない。
そんな少女を轢けばただのミンチになるのは容易に想像がついた。
「うわあああああああああああああああッッッ!!!!!」
ガンの慟哭と共にプラチナ・ギアは消滅してしまった。
結局、自分の愛を伝える事は出来なかったものの、レーネという存在はガンにとって自分の命より大切なものだった。
その人を手に掛けたことによって、ガンはすっかり意気消沈してしまった。
それどころではない。廃人になるレベルだった。
四つん這いになったまま微動だにしない。
やがて肩を震わせてボロボロと大粒の涙を流して号泣した。
「うわあああああああああああああああ!!!!!!!」
少年の絶叫は島中に届かんとする勢いだった。
だが、ひ弱でチャラチャラしていそうに見える彼は実は芯の強い男だった。
すくっと立ち上がると瞳を閉じて呟いた。
「レーネさん……。さようなら……」
一同はすぐに意思疎通を図った。
「みんなの言いたいことはわかってる。これから先はリスクを徹底的に避けていく。味方には申しなく思えるが、ガンやそこの上級生さんをこれ以上危険に晒すのはいけない。本音を言えば危険に当たるより、器用に回避するほうが俺の負担は大きい。しかし、今更そんな事を言っていられない。いいか、俺達はとにかく生き延びるぞ!!」
ファーリスがリーリンカに手を貸して立たせた。
この頃になると薬師のしびれは取れており、人並みには動けるようになっていた。
「研究生のリーリンカだ。よろしく頼む」
メンバーは頷いてそれに応じた。
その頃になると食糧であるライネンテ海軍レーションがなくなり始める頃だった。
人食いまで出るほどほどの飢餓状態にさらされていた。
ジオの班としても例外ではなかった。
リーダーがフラフラしながらぼやいた。
「う~~~。お腹が減って頭がくるくるするよぉ……」
ただでさえヒョロヒョロのキーモも続いた。
「なんとかして味方に合流するまで耐えるでござるよ」
そう言うと同時に彼は膝をついてしゃがみこんだ。
田吾作も栄養状態が酷く、キーモを見ると仰向けに倒れ込んでしまった。
ニュルも空腹を隠せない様子だ。
「おめぇら……。希望をすてちゃいけねぇ。そりゃ俺だってそうだ。な? はっぱ女よ」
ドライアドのはっぱちゃんは葉をワサワサと揺らした。
どうやら彼女は光合成しているのでお腹が減る……養分不足ではないらしい。
やがてジオもずっこけて泥水に頭から突っ込んだ。
「ぐ、ぐぅ……。目がかすむ……。こ、ここまでなのかなぁ……」
その時、はっぱちゃんが力を込めだした。すると、真っ黒な木の実が4つなった。
一同は驚きつつも思わずよだれを流した。
だが、同時にドライアドの少女はあっという間に枯れてしまった。
「ウ……ウソでしょ……? はっぱちゃん!! はっぱちゃぁぁぁん!!!」
もはや彼女は呼びかけに応じなかった。そのまま萎れて木の実だけが残った。
4つの実を分けようとしていたところだった。
突如、ニュルが自分の10本の足を1本ずつ切断し始めたのである。
「へへ……。黒い実4つじゃあ足りねぇだろ? 俺の足をやる。実と俺の足を喰ってなんとしても生き残るんだ」
痛覚がないとはいえ、足が無くなれば当然、歩けなくなるしやがて死ぬ。
彼はその覚悟の上で次々と自分を食糧として分解していった。
空腹を忘れてジオ、キーモ、田吾作泣きながら叫んだ。
「止めて!! ニュル、止めてッ!!」
「そうでござる!! そんな馬鹿な事を!!」
「んだよぉ!! 全員で生き残るっていったっぺぇ!!」
残り2本の足でかろうじて立っているニュルは不敵な笑いを浮かべた。
「へへ……。俺は最後まで豪快でいてぇのよ。自分がおっちんで仲間を助けるとか粋じゃねぇかよ。それにはっぱ女が根性出したのに俺が見せねぇでどうする。お前らに……皆に申し訳がたたねぇよ」
タコ男はバタリとうつ伏せに倒れて沈黙した。残ったのは実が4つとタコ足が8本。
残された3人は予備を残しつつ、それらをすすり泣きながら食べた。
だが、いきなり田吾作がジオとキーモから木の実を奪った。
「おおおおおおおおおおおぉぉぉおッッッ!!!!!!」
筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)になった彼はジオとキーモを抱えて空高くなげとばした。
「たごさくーーーーー!!!!!!」
「何するでござるかぁぁぁ!!!!!」
残りのパワーを使い切った団子っ鼻の青年は空を見上げて呟いた。
「多分、空なら誰か先生方が見つけてくださるだ。こうでもしなきゃ全滅してらぁ……。あぁ、ファーリス。もうしわけね。ファーリス……どうか……おめぇさんは……無事でいてくんろ……。本当にもうしわけ…………」
生命エネルギーも使い果たした田吾作は樹に寄り添って息絶えた。
ちょうどその時、アンジェナと同行していたファーリスは嫌な予感を感じた。
「田吾作……? いや、彼に限ってそう安々と力尽きるわけがない。ズゥルでの戦いが終わったらスイーツデートをしよう。確かにそう約束したからな」
不幸なことにもこの約束が二度と果たされることはなかった。




