いま、アタシたちに出来る事
アルクランツは洋上でぼやいていた。
「学院のドラゴンは集中して狙わて、足を奪われたからな。お前みたいなレンタルでロートルの世話になるとは思わなかったぞ」
老いたドラゴンの背に乗った。竜はマイペースにあくびをした。
「ぼえ、ぼえぼえ~」
校長はヒタヒタと小型の飛竜を撫でた。
「ま、アタシはお前のそういうところ、嫌いじゃないけどな。でももうちょっと急いでくれないか。せめて4日でどうにかならんか」
レンタルドラゴンは心なしか羽ばたきを早くした。
「頼むぞ!! お前に学院生の命がかかってるんだ!!」
なんとかヨボヨボは3日間に間に合わせた。
「ぼ~え、ぼえ~え」
「よ~し!! よしよし!! よくやってくれた!! さ、お前は早く逃げろ!! こんなところにとどまっていたら死んでしまう。さぁ、行け!!」
「ぼぼぼぼ~~~」
老ドラゴンはアルクランツに頭を擦り付けると離陸していった。
着陸したのは薄暗いジャングルだった。
「ふむ。ズゥルか……最近は来ていないな。確か……ここの動植物は毒を帯びているはずだ」
白衣の幼女は思わずおいしそうな果実を拾って食べた。
通常の人間なら一噛りで致死量の猛毒だ。
だが、彼女は口に入れると同時に果実を解毒してみせた。
「ふ~む。相変わらずここの食い物はこんなところか。そろそろ学院生の食糧が切れてくる頃か。空腹は人間を狂わせる。理性もな。さて、まずはどうしたものか」
幼女は神経を研ぎ澄ました。
(学院生はそれなりに生存している……。主な敵は不死者だな。む、1体だけ凶悪なデモンが居る。ザフィアルか? いや、学院生の匂いもする……。だがコントロールを失っているようだ。ならば今は不死者を狩るべきだな。ただ、ズゥルにはほとんど遺品はない。まぁ撃滅は無理にしても追い払うくらいは出来るだろう)
彼女が考えている時だった。足元の水たまりに波紋ができた。
「ズズン……ズズン……」
鈍い音が聞こえる。
振り返ると骨の恐竜がこちらに向けて吠えていた。
「グギャオオオオオオオ!!!!」
5~6mはあるだろうか? こちらが小さいので非常に大きく見える。
屍の恐竜が強襲してきたのだ。その隣にはリッチーが居た。
「フフ……私は―――」
アルクランツは握った拳を素早く開いてパーの形をとった。
無詠唱で彼女はスカル・サウラスを粉砕してぶっ飛ばした。
「な、な!!」
リッチーには怒りや焦燥感はないが、時に驚くことはある。
混乱する敵をアルクランツは睨みつけてプレッシャーをかけた。
「お、あ……お……」
蛇に睨まれたカエルのようになったリッチーに幼女はオーラの塊をぶつけた。
相手はたまらんとばかりにテレポートで逃げ帰った。
その時、樹々の向こうからアルクランツは気配を感じた。
「……フラリアーノだな」
葉っぱの影から姿を見せたのは的中してフラリアーノ教授だった。
片腕のスーツをぶらんぶらんとぶら下げてやってくる。
「はは。校長先生にはかないませんね。もっともあんなに強い魔術を使えるのはあなたしかしない。うまく誤魔化したようですが……」
校長は鼻で笑った。
「ハン。アレに気づくお前もお前だよ。それはそうと、隻幻になってから支障はないのか?」
片腕を失った男性教授は片手でサモナーズ・ブックを取り出した。
「まぁ、バトルスタイルがこれですしね。なんとかなっています。それより、校長先生がこんなところでお1人でいるとは……どういう事なんですか?」
校長の表情は晴れなかった。
「まずは生き残りの教授を集めてくれ。そこで説明しよう」
フラリアーノはブックをなぞると”視えない信号弾”を打ち上げた。
「サモン!! イヴィジブル・ファントム・ライツ!!」
これは特定の指定した人物しか視認できない光源である。
フラリアーノがマーキングしたのはバレン、ケンレン、ナッガンの3名だった。
緊急時にしか打ち上げないというルールをつけたため、彼らは恐ろしい速度で駆けつけた。
一番先にきたのはケンレンだ。大きなトカゲにのって現れた。
「どうだ? リザちゃん。カワイイだろ?」
次にフィジカルが強いバレンが走ってきた。
「んだよ。やっぱりナッガンが最後じゃねぇか」
そうバレンが愚痴ると誰かが樹から降りてきた。
「もう、いるぞ……」
これでズゥルに送り込まれた教授は揃った。
アルクランツは面々をそれぞれを見て声をかけた。
「お前ら、よく生きていてくれた。アタシがここにいるということは……エマージェンシー・ケースだ」
3人はゴクリとつばを呑んだ。
「多くの勢力……おもに不死者の襲撃で学院へ半壊してしまった。残った戦力も数少ない。ごく僅かな実力者は残ったが、その他のリジャスターはほぼ壊滅だ……。もうアタシは誰も死なせたくなかった。だから1人で楽園を求めてた。そのためにはまず手の届くお前らを助けねばならん」
フラリアーノはさすがに信じられないといった様子だ。
「そ、そんな……無茶苦茶な話が……。そもそも他の教授の方々はどうなったんですか? 学院生は?」
校長は俯いて答えた。
「お前ら以外の……生き残りはほとんど居ない。ズゥル島に送られた奴らだけと言っても過言ではない」
バレンは思わず脱力した。
「そんな……ウソだろ? 教授も教え子も死んじまったってことか……」
ケンレンは黒いあごひげをさすりながらつぶやいた。
「ふ~む。嘘だと思いたい。たとえそれが現実であったとしても」
ナッガンは失意の3人を叱咤した。
「お前らが感傷に浸るのは構わないが、それで死んでいった仲間たちが報われるのか? 蘇ったりするのか? 俺だって悲しくないわけがない。だが、いつまでも後ろを見ていてもしょうがないのだ。校長の言う通り今はここで生徒たちを1人でも多く助ける。それが俺たちに残された道だ」
思わずアルクランツはつぶやいた。
「ナッガン……。フラリアーノ、バレン、ケンレン……」
ナッガンの言葉に他の教授は頬をひっぱたかれた気分になった。
それぞれが感想を述べようとした時、校長が指示を出した。
「ナッガンの言葉で十分だろう。いいな、お前たちは危機に陥っている生徒をとにかく助けるんだ。ズゥルは不死者だけでなく、野生生物も手強い。おまけに大抵の学院生は食糧不足で飢えているはずだ。ライネンテ海軍レーションはちゃんともってきてある。これらの補給も重要な役割だ。それと特に警戒するのはリッチーだ。ヤツらの大抵は学院生より強い。取りつかれたら勝ち目が薄い。それを追い払うのもお前らに任せる」
フラリアーノはにっこり笑ったような細目で尋ねた。
「校長先生はどうするんですか?」
アルクランツはどこからともかく蟻キャンディーを取り出して舐めながら話した。
「単独行動に決まってるだろうが。どうせお前らだって1人で生き残れるんだからチームは組まないぞ。各々がやれるだけやってみろ。ただ、あくまで護るのは学院生だ。戦いに集中しすぎるなよ。緊急時はフラリアーノの視えない信号弾でやり取りする。あ、フラリアーノ、アタシを登録しとけよ」
片腕の召喚術師はペラリペラリとオートでページをめくって栞を挟んだ。
「確かに。発射の権利を校長先生に譲渡しておきました。もし再度、集合する場合は校長先生が念じて下さい。自動発射されますので」
フラリアーノは黒いスーツで炎柄のネクタイをキュッと締めた。
「しかし、お前も隻腕になってもよくやってるよ。誇らしい優秀な教授だ。ああ、ナッガン、ケンレンにバレン……。お前らも負けず劣らずの優秀さだ。正直、アタシはナーバスになっていた。だが、目の前にこうして生き残ってくれた教授陣がいる。それだけでアタシは救われた気分なんだ。1人で賢人の楽園を誓うのも自信がなかったんだが、お前らに勇気づけられたよ」
彼女なら賢者の楽園を掴むことができる。
そう確認した生き残りの教授は皆が笑みを浮かべていた。
ケンレンが黒くゲジゲジとしたヒゲをさすった。
「先生、何言ってるんですか。学院がやられた今、この場に残った者は一蓮托生ですよ。地獄の果までお付き合いしますぜ」
バレンも力こぶを作って応じた。
「おうよ!! 死んでいった連中のためにもな!!」
盛り上がる2人をよそにフラリアーノはアルクランツに尋ねた。
「そういえば、先程から地図に不思議なマッピングが出たのですがこれは……?」
幼女は赤い靴で小石を蹴った。
「スヴェインが命を懸けたリッチーをマーキングするための地図だ。本来、ズゥルに来るはずだったチームが全力でリッチーとワイトキングの遺品をおいかけている。魔術局タスクフォースから引き抜いた奴が2名、あとはフォリオ・フォリオ、ファイセル・サプレ、百虎丸の3名だ」
バレンは驚いたようだった。
「ファイセルって優等生のわりに、あのへなちょこか? ずいぶんたくましくなったようじゃねぇか」
ナッガンは額に手を当てて下を向いた。
「はぁ……フォリオはもっと酷かったぞ。だが、最近はまぁ見られるようにはなったが。百虎丸は他のメンバーに比べば劣るが、土壇場やあと一騎打ちで本領を発揮するのは強みだな」
だが、ナッガンには自信があった。
「フォリオの速度は保証する。やつらに任せて俺らは俺らに出来ることをやろう」
一同は頷くとジャングルの深みに消えた。




