賢人の楽園の誓い
スヴェインは根暗で地味な顔つきから勇ましい表情になった。
そして無茶を引き止めてくれたメンバーに感謝した。
「みんな、ありがとう。だが、このレプリカ生成が遅れれば遅れるほど、リッチーは暴れまわって犠牲者が増えていくだろう。やっぱり、私だけがリッチーと戦う人たちの影に隠れているのは……もう嫌なんだ。うんざりなんだよ!! 私も人の役に立ちたい!! それを……いま果たす時なんだッ!!」
スヴェインは二の腕に何かを注射した。
「戦意高揚剤……主に新兵が戦場でビビらんように使う薬物じゃ。ただ、快楽の作用もあるので教会や軍内では麻薬としても扱われることもある。使いすぎると……廃人になる。緊急時のために教授も所持しておるが……」
コレジールはひどくしかめっ面をした。
そしてスヴェイン教授はフラフラと立ち上がった。
そしてどっかりとイスに座るとだるそうにニャイラのおでこに手を当てた。
集中しているからか、一言もしゃべらない、
「カサカサカサカサカサカサ……カリカリカリカリ……」
ニャイラがイスに座って寝ている頃も彼はひたすら魔法円を描き続けた。
時々、コレジール達が様子を見に行ったが、目の下のクマがひどかった。
もう限界に達して倒れそうだ。そんな状態になると彼は毎回、戦意高揚剤を注射した。
ニャイラはこの光景に目をそむけたが、スヴェインの必死な思いが手のひらぞいに伝わってきていつしか泣いていた。
もう誰かが「先生やめましょう」と言える段階では無いのだ。
彼は廃人になる覚悟でやっている。
これが彼なりの報いなのだろう。
ニャイラも泣いていたが、スヴェインも泣いていた。
マップに滲む涙を拭って消していく。
「ハァ……ハァ……ウッ!!」
もう数え切れない本数の高揚剤を射った。
机の周りには注射器が無数に乱暴に散らばっている。
いつ精神がイカれてもおかしくないレベルだった。
緊急時に備えてコレジールをはじめとするメンバーが教授を交代で見守った。
「あと少し!! あと少しなんだァ!!! こらえてくれェ!!」
スヴェインは完全に情緒不安定になっていた。
だが、彼の描く魔法円はまさに芸術だった。
こんなメンタルでどうやったらこんなに美しい陣がかけるのだろうかとみんなが思った。
「グウウウウッ!! ウゥ!!」
またもや教授は薬物を注射した。彼の腕は針の跡で真っ青に染まっていた。
「これが……最後です……。私が……一直線に線をひけば……魔術は……完成します……。するとリッチーの遺品の位置と名前がわかります……。マップは遺品を望んでいるすべての人に……転送しておく設定にしておきます。私は……みんなに恥じない行動ができましたか……? 行きますよ!! せいッ!!」
スヴェインが横に一線引くと地図に変化が現れた。
なんと、確かにリッチーの遺品の場所と名前が地図にマーキングされたのだ。
ニャイラは思わず感動して言った。
「ホントだ!! すごい!! スヴェイン先生!! 完璧です……よ?」
教授はニャイラにもたれかかるように倒れ込んできた。
「ちょ……ちょっと、先生……」
突如、抱きつかれてウブな彼女は挙動不審になった。
だが、コレジールは教授を抱えると険しい顔をして彼をイスに座らせ直してやった。
「戦意高揚剤はな……。射ち過ぎると死んでしまうことがあるんじゃよ。決して珍しくない。薬物中毒者の末路じゃ。この男はそれをわかってやったんじゃよ」
コレジール以外の女子連中は大粒の涙をこぼした。
不死者にならないように早めの葬儀が行われた。
もっとも、彼の死に際をみた者たちは未練で蘇ることはないと思えたが。
次々と弔問する人が来て黄色のランサージュの花を添えていく。
彼は若くして故郷を出て、学院に就任したためライネンテで葬るのが妥当だった。
だが、この状況ではライネンテでの葬儀どころではなかったので、ウルラディール家の墓地に手厚く埋葬されることになった。
これだけ大きな事が起こったのにレイシェルハウト、サユキ、パルフィーは各地の小競り合いの火消しに回ってそれどころではなかった。
その3人は有名だったが、カエデとリク、ジュリスやファネリなどは外から来たこともあってか知名度が低く、苦戦した。
話も大して聞いてもらえず、門前払いというケースだらけだった。
ジュリスは数少ないリポート・ジェムを取り出した。
学院に繋ぐか、ズゥルの連中に繋ぐか。
貴重なジェムを使うのだ。慎重にならざるを得なかった。
「ふ~む。最低限の戦力が残った学院に報告するか。遺品をマッピングが出来るって内容なわけだし。それによって通信手段が残り少ない事をアルクランツに伝える必要がある。きっと学院のジェムで遊撃隊に報告がいくだろう。あのフォリオって小僧のスピードは見る限り半端ねぇからな。遺品を壊して回る役割のほうが向いているかもしれん」
ROOTSの監査役はリポート・ジェムを耳に当てた。
校長をイメージすると意識がリンクしてくる。
「おい。聞いてるか?」
アルクランツ校長はすぐ答えた。
「おい、お前。スヴェインはどうした? なんでジェムを使ってる。無駄遣いするなよ」
非常に言いにくかったがジュリスは隠さず話した。
「スヴェインはリッチーの遺品マップを完成させて……死んだよ。戦意高揚剤中毒だってよ」
リポート・ジェムの向こうから何かを蹴っ飛ばす音がする。相当に荒れているようだ。
「ふざけるな!! なんでみんなみんな死んでいくんだよ!! みんな優秀な連中ばかりだったのに!!」
取り乱す校長に不満を爆発させたジュリスは極めてドライに接した。
「知らねーよ。お前が原因だろうが。何が賢人の楽園だよ。今までは成功してきたっつったって、今回も成功するとは限らなかっただろ。挙げ句、多くの死者が出た。お前の酔狂には付き合ってらんねぇ。その調子で俺も死ぬ……いや、殺すんだろ? 最後1人のお前になるまで……な。そんなのはまっぴらゴメンだぜ」
思わずブロンドで白い服を来た幼女はあたりを見渡した。
数人は自信があって命を賭けても付いていくように見えたが、他の大多数は志は持ってはいるが怯えているようにみえた。
あの戦い……いや、一方的な虐殺でトラウマを負った者も多かったのだ。
ここに来てアルクランツは自分の言葉を反芻した。
「物はいくらでも作れるが、人材はそう簡単には作れない……か」
ジェムの先のジュリスは頷いた。
「そうだ。お前が初志貫徹すべきだった言葉だ」
するとアルクランツはボロボロになった教壇の上に立った。
「諸君!! 私の責任で多くの命が失われた。私は自らの命によってこれを償うこととす!!」
リジャスター達はざわめきだした。
「もうこれ以上、私の酔狂に付き合うことはない。これからは私が1人で賢人の楽園を成し遂げてみせる!!」
ざわめきはますます大きくなった。
「いいな。お前らは学院を精一杯、護ってくれ。私の帰ってくるところはここしか無いからな」
思わず強面のリジャスターが答えた。
「そんな!! 我々は足でまといにはなりませぬ!! どうか、ご同行をお許し下さい!!」
すぐに校長は首を横に振った。
「もう誰も死なせたくはない。前回はここまで荒れ無かったのだが、今回は予想外の連続だった。正直、慢心していったと言ってもいい。それを戒めるのが今回の私の考えだ。大丈夫、お前らは守ってみせる。そして楽園は実現させてみせる!!」
それを聞いていた誇り高いリジャスター達は咽び泣いた。
「して……今後、どうするおつもりですか?」
生き残りの教授が尋ねた。
アルクランツは顎に指をあてて考えた。
「4つほど候補がある。まずは手当たり次第、リッチーの遺品を破壊する。これは優先していいだろう。次にズゥル島の戦いを終結させる。ここは苛烈を極める。生き残りを助け出してやりたい。あとはノットラントのザフィアルを潰す。これによってテロが無くなれば多少は治安が良くなるだろう。最後にクリミナスに破壊工作に行く。これはダメージが無い分、意味がない気がするがアイツたは日の光が苦手だ。アジトをぶっ潰すのはそれなりに効果があるだろう」
更に校長は考える素振りを見せた。
「そうだな……ドラゴンの類は一部を残して全滅してしまったし、レンタルを使うにしても遅すぎる。と、なると……フォリオの高速飛行に頼るのが一番早いだろう。ならばそっちはやつらにまかせて私はズゥル島に行く。手強い不死者や悪魔がウロウロしているだろうが、負けるわけにはいかない」
幼女は数少なくなったリポートジェムを使った。
「あ~、フォリオの班か? 紆余曲折あってな、私が1人でズゥルに援軍として向かうことになった。そういうわけでお前らはただちにリッチーの遺品の破壊に回れ。そら、地図を見てみろ」
全員が地図を覗き込むとたしかにリッチーの遺品がマークしてあった。
「校長先生!! 1人でってどう……」
フォリオが声をかけるとリポート・ジェムは砕け散った。
コフォルはとんがり帽子を深くかぶった。
「やれやれ。また厄介な任務を押し付けられたもんだ……」
ルルシィが彼を肘で突く。
「な~に言ってんのよ。薄給で命がけのタスクフォースよりマシよ」
ファイセルは思わずうなった。
「う~ん、1体あたり3つ遺品があるとは言え、世界地図に透かしてみると相当な数のリッチーがいるもんなんですね~」
百虎丸は文字に手で触れてみた。
そうすると同じリッチーの遺品の文字が赤く浮き上がった。
「にゃにゃ!? こんな機能もあるでござるか!? えーっと……ロザレイリアは……残る遺品は1つでござる!!」
コフォルも地図を確認した。
「ロザレイリアの遺品はあちこち移動してる。こいつがフラウマァだな!!」
頭上のフォリオが気合を入れた。
「じゃあ、フラウマァを追いつつ、遺品を破壊していきましょう!! 歯を食いしばってくださいね!! 舌を噛みますよ!!」
こうして猛スピードでフォリオ達はリッチー撃滅作戦を開始した。
一方、校長はちんたら海の上を飛んでいた。
アルクランツは常識外れの魔術を持っていたが、それを他人にひけらかすことはしなかった。
プレッシャーをかけることはままあったが。
特に、戦いに関しては謙虚で、いつもフレッシュな感覚で戦うことをモットーとしている。
年齢や経験にこだわりすぎない。それが激戦を切り抜けてきた彼女のやり方だ。
「いくら私でもテレポートは出来んからな。おとなしくレンタルの小型ドラゴンでズゥルに向かうか。いくら遅いとは言え、3日もあれば島に着けるだろう。3日というのは短いようで実は長い。頼む!! 持ちこたえてくれ!!」
老いているのか、レンタルしたドラゴンは余り物のヘロヘロだった。
「おいおい……お前、しっかりしてくれよ……」
これでは3日ではズゥルにはたどり着けなさそうになかった。
だが、アルクランツはこのドラゴンの心根が優しいのを感じ取って身を委ねる事にした。




