私が死ねば良かったんだ!!
ジオは薄れゆく命の中で走馬灯を見た。
(あれ……走馬灯って前の経験が出てきてるんだよね? この綺麗なおねぇさんは……だれ?)
女性の声がした。しかし姿は見えない。
「シーッ!! あたなたちは力量不足。動かず、死んだふりをするの!!」
どこからともなく声がする。その主はうっすらと透けて見える美人……ルルシィだった。
姿を隠すミミクリー・サラウンディングスと味方を回復する陣、リザレク・サークルを使っている。
この両方の呪文を同時に唱えるとはバケモノクラスである。
彼女は黙ったまま治癒を続けた。
ゴンドラの上から分身する残影のマクウェーめがけてブーメランが飛んできた。
片っ端からその影をかき消していく。ファイセルお得意の魔法生物である。
「う~ん。なんか斬宴とよく似た二つ名なんだよなぁ。僕はアイツは嫌いだよ」
この攻撃で影は半分くらい消えた。
つづいて百虎丸が高所から飛び降りる。
「よくもクラスの皆を!! 許さんでござるよ!! 聖天転波!!」
白い波のような聖属性の斬撃でまたリッチーの影は更に減った。
「フフフ……いくらあがこうと私の分身は無限大。あなたがたに勝ち目はないんですよォ……」
するとコフォルが閃光弾を剛速球で投げつけた。
同時に彼は勢いよくハイジャンプした。
リッチーはわずかの時間、怯んだ。
すると器用に樹々の間をジグザグ飛行してきたフォリオがホウキの先端からマクウェーに突っ込んだ。
「ぐううぅぅぅ!!! あああおおおおーーーー!!!!」
フォリオは指をならした。
「ビンゴォッ!!」
話はフォリオ達がズゥルに援軍に行く前だった。
校長がパールのように小さな煌めく宝石を手渡したのだ。
「これはな、ヴィーシュの珠玉というものだ。浄化人のヴィーシュが残したというジェムだ。世界に3つ存在するというが、ここにあるのは1つだけだ。これはな、不死者に大ダメージを与える効果がある。もっとも、撃滅は出来んが追い払うことは可能だ。褒めるわけではないが、お前らが使えば鬼に金棒だ。いいな、片っ端から蹴散らしてやれ」
その会話を思い出しつつ、フォリオは再び横からタックルを食らわせた、
これはクリティカルヒットしてかなりダメージを与えた。
どうやらこの球は霊体を無視して攻撃できるらしい。
もっとも、いくら本体を痛めつけても遺品を破壊せねばという事態に変わりがないが。
それでも苦痛を与えるとわかったら全力で戦わずにはいられなかった。
「まだだッ!!」
フォリオは素早く回転してホウキで残影を殴りつけた、
「おぅぅ!! おううッ!!」
マクウェーはよろけたが、すぐに分身してフォリオを狙った。
ホウキの青年はぐるぐると回る不死者に囲まれた。
だが、彼は落ち着いていた。
「コフォルさん!!」
青年は持っていた小さな宝石を頭上に投げた。
一瞬、キラリと輝いたかと思うとコフォルが樹の上から勢いよく下突きを放った。
彼は珠玉を受け取ったのだ。
「獲ったッ!!」
とんがり帽子の男は鮮やかな剣さばきでリッチーを貫いた。
「おおおああああ!!!! ぐぬううう!!!!」
雄叫びを上げるとリッチーはテレポートして逃げた。
着地するとコフォルはヒュンヒュンとレイピアを振った。
切っ先がビヨンビヨンとしなる。
「ちょっとそれはカッコつけすぎでしょ……」
突如、謎の女性が姿を現した。
「ホラ。早くゴンドラを回収して」
男は不満げにとんがり帽子をいじって森の奥へ消えていった。
ルルシィは疲労していたが、マナ・サプライ・ジェムですぐに回復した。
こんな高級品は簡単に手に入るものではない。魔術局タスクフォースからくすねてきたものだ。
「大丈夫。幸いながら学院生に死人は居ないわ。まぁ、相手がネチネチしてたから良かったものの、残虐な相手だったら一瞬で全滅でしょうね。こういうのは私達に任せて、あなたたちはみるからにザコっていうのを狙えばいいのよ。もしくは私達みたいのと組む。そのために送り込まれたのが私達、遊撃隊なんだから。もっとも、足でまといになりそうだったら逃げてほしいけど……」
ジオ達はポカーンと口を開けた。
あれだけ強かったリッチーをほんのわずかな時間でKOしてしまったのだ。
どう考えても別次元。そう思わざるをえなかった。
しかも今になって気づくとそのメンバーには百虎丸が混ざっていた。
「トラちゃん!! なんでそこに!? どぉ~ら~ぢゃ~~~んん!!!」
ジオは百虎丸に抱きついた。
「むぎゅう!! ジオ殿、ジオ殿!! 苦しいでござるよ!! それに年頃の乙女が男に抱きつくもんではないでござるよ!!」
ジオはおいおい泣いて鼻水をドバドバ垂らしてウサミミの亜人に抱きついた。
すぐにゴンドラを持ったコフォルが戻ってきた。
「おやおや。おアツいじゃないか。どうする百虎丸くん。ここに残って彼らを護るかい?」
乗り物の綱はホウキに繋がれた。
百虎丸はポンポンとジオの背をたたいた。
「どうやら拙者も遊撃隊に選ばれてしまったようでござる。ジオ殿と同じように命の危機に晒されている仲間を助けにいくでござるよ。ジオ殿達は敵を選べばしっかりやっていけると思うでござる。もし今回みたいに強敵が現れたら真っ先に逃げるでござるよ。そうすれば近くの遊撃隊が駆けつけてくれるでござる。とにかく、無理はしないことでござるよ」
フォリオは素早く浮き上がるとゴンドラを浮かし始めた。
「みんな、行きますよ!! 早く乗って!!」
百虎丸とファイセルは名残惜しげに手を振った。いつの間にかコフォルとルルシィは乗り込んでいた。
気づくと瀕死状態だったパーティーの傷は完全に治癒していた。
「よし!! みんな、無理しない程度に頑張ろうね!!」
ジオが仲間を鼓舞するとはっぱちゃんの効果もあってメンタルを立て直した。
その頃、リッチーの撃滅のため、ファオファオに乗ったアシェリィ達はノットラントのウルラディール家をめざしていた。
さすがアイスヴァーニアンだけあって雪国には強く、時間はかからずに屋敷の庭に降り立った。
野次馬がゾロゾロと出てくる。その中にスヴェインも混じっていた。
こちらに気づいたのすぐに駆け寄ってきた。そしてアシェリィの肩をガクガクと揺すった。
「教えてくれ!! 誰が亡くなったのかを!!」
コレジールが黙って死亡者のリストを手渡した。
「なんだ……これは……。アンティーヌ教授!! ウォレイン教授!! カンサルズ教授!! 教授だけじゃない!! クランネーにソイス……ホッパーに、ナンチャ……うあああああああ!!!!! ウソだろ!? ウソだと言ってくれええぇぇぇ!!!!!!」
普段は根暗で地味なスヴェインは冷たい雪の上で四つん這いになって号泣した。
リストが彼の涙で滲むほど涙は続いた。そして手が凍傷になるほど雪に拳を打ち付けた。
その肩を叩いてコレジールは彼を止めた。
「酷なようじゃが……。そうやって嘆いても誰も浮かばれんぞ。わしらは同じ犠牲を繰り返さないために来た。手伝ってもらえんかの?」
スヴェインはぐちゃぐちゃになった顔を拭って立ち上がった。
「私の私室に来てください……」
そういうと彼は屋敷に入ってツカツカと廊下を歩いた。
そして一行を部屋に招き入れた。
「このうちの誰がニャイラさんなんですか?」
群青髪を髪留めでまとめた見るからに知的派のスヴェインが尋ねた。
「あ、はい。ニャイラは私です」
小柄でメガネ、大きいリュックを背負った女性が前に出た。
「今から君の魔術を複製しようと思います。いや、レプリカか。いいですか? 私が君の魔術を写し取るには脳の中身……額に触れていないといけない。よって、トイレ以外は絶えず私の手のひらをおでこに当てさせてもらう。ちなみにこれによる君の魔術への副作用はない。あくまでレプリカの生成だからね。完成は……どれくらいかかるかわからないな」
ニャイラは悩んでいる様子だったがこれが切り札になるならと決心した。
「ええ。それくらいなら。早速、始めて下さい」
スヴェインの作業机の隣にイスが置かれた。そしてそこにニャイラは座った。
一行はその様子を観察していた。
「はぁぁぁ~~~。行きますよ!!」
スヴェインは物凄い勢いで机の上の魔紙に魔法円を描き始めた。
「カリカリカリカリカリカリカリカリ……」
恐ろしいまでの速さであることが素人目にもわかった。
「サッサッ!! サラサラサラサラサラサラ……」
天才でないとこんな事は出来ない。ニャイラを含めてただひたすら圧倒された。
極めて高等で難解な陣をパズルのように組み合わせて重ねていく。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
だが、彼の体力はあまり無いのは皆が知るところだった。
「ハァ……ハァ……。みんな……ウぅぅぅ~~~!!」
彼は泣きながら作業のペースを上げた。ますます描写は加速していく。
アシェリィが思わず叫んだ。
「スヴェイン先生!! それ以上……それ以上やったら死んじゃいます!!」
だが、彼はそれを無視して魔法円を描き続けた。
あまりの魔術にニャイラのおでこは熱くなってきた。
「私が死ねば良かったんだ!! 優秀な教授や生徒の影にいつも隠れてばかりで……。こんな事で死ねるならば本望だよ!!」
そんな彼の頬をキツい性格のノワレがビンタした。
もっともこうでもしないとスヴェイン目を覚まさせる事は出来なかっただろうが。
思わず彼はイスから転げ落ちた。何が起こったのかという顔色だ。
「バカな事をおっしゃらないで!! 貴方をお慕い、必要としている人々はたくさん居ますわ!! ここで貴方が亡くなったら……。皆が悲しみましてよ……」
シャルノワーレは浅葱色の涙をポロポロと流した。
コレジールが声をかける。
「まぁ死に急ぐな若者よ。ここで命を落とせば死んだ者も浮かばれんて。生きて報いる事もある。多くの友を戦で失ったわしがいうんじゃ。参考にしてもバチはあたらん」
ウィナシュも寂しげな顔を浮かべつつ語った。
「アタシだって教授や研究生の親友が死んでる。アタシは……あんたらと同行しててたまたま助かっただけだよ。そりゃ悲しいし、悔しい。でも死んだってどうにもならない。前を向く……それが手向けじゃないか」
アシェリィも彼を気遣った。
「先生が死んでも亡くなった人たちは帰ってきません。だからお願いです。ヤケにならないでください!! ノワレちゃんの言う通り、先生を好きな人がたくさんいるんですから!! そして亡くなった人の分、生きるんです!!」
ニャイラは彼の腕を引っ張って起こした。
「さぁ、先生、続きを始めましょう!!」
根暗で地味な教授はいつのまにか勇ましい顔つきに変わっていた。




