根暗で地味で戦闘も出来ない。だけど!!
アシェリィとフォリオはほぼ同時に学院に到着した。
2つのチームは驚かざるを得なかった。
あれだけ堅牢だったはずの闘技場がぐにゃりと歪んでいたのである。
幾多の激戦でも破損しなかったあのコロシアムが。
ところどころから煙があがり、生き物の焼ける嫌なニオイがした。
10人は闘技場に降り立った。
それはもう死屍累々(ししるいるい)で、死体を踏まずには居られないほどだった。
気分が悪くなって胃の中をぶちまける者もいた。
「な、なんでこんなことに……。アルクランツ校長は……あッ!!」
ファイセルは彼女の背中を見つけ、肩に手をやった。
今まで見たことがなかったが、彼女はシクシクと泣いていた。
「すまん……私が不甲斐ないばかりにリッチーや不死者、デモンの襲撃を許してしまった。謝っても謝りきれん……うっ……うっ……」
だが、生き残りのリジャスターがペロペロ渦巻きキャンディーを渡すとちょっと調子が少しだけ元に戻った。
「お前ら、よくやったな。逃げられてしまったのはしかたがない。その後、結果的にロザレイリアとフラウマァが組んだんだ。そのせいで魔力を無効化されてしまった。アタシ達は手も足も出なくてな。あとはご覧の有様だ。飛び抜けて優秀なリジャスターは残り9名、腕の立つのは50人を切っている。正直、この戦力で争奪戦に挑むのは厳しい。リッチーもザフィアルも妨害してくるだろうしな」
そしてアルクランツは俯いた。
「……今回の戦いで希少生物保護官のボルカ教授、バトルクッキングクラスのバハンナ教授、生物環境学のキュンテー教授、サバイバル学のシュルム教授、治癒師のニルム教授が亡くなった。皆が貴重な命であり、人材だった……くそッ!!」
校長は壁を「ドンッ」と強く殴りつけた。
授業を受けていたアシェリィ、ノワレ、フォリオ、ファイセル、百虎丸は激しいショックを受けた。
「そ、そんな!! ボルカ先生が!?」
アシェリィとノワレはしゃがみこんで大泣きし出した。
フォリオも唖然としてへたりこんでしまった。
ファイセルは思わず拳をギュッと握り、歯を食いしばった。
百虎丸は手を合わせて死んだ者へ祈りをささげた。
コレジールは空高を見つめると瞳を閉じて瞑想した。
コフォルとルルシィは教授たちのことは知らなかったが、彼女ら彼らの悲しみを汲んで黙祷した。
アシェリィは恐る恐る尋ねた。
「ほ、他の先生は……? まさか、全滅なんて事は……」
校長は渋い顔をした。
「ああ。ズゥル島に引率で行かせた奴らは生きてる。ナッガンに、フラリアーノ、ケンレンにバレンだ。あとはROOTSにファネリとスヴェインが待機している」
だが、アルクランツは諦めなかった。
「こいつらはウィザーズ・ヘイブンを実現するために死んでいった。ここで止めたらこいつらは浮かばれない。賢人の輝きはまだ途絶えちゃいない!!」
意気消沈していた生き残りだが、この檄で腹をくくった。
「まずは戦力の補充だ。ROOTSに連絡してみる」
金髪の幼女はリポート・ジェムを取り出した。
「ん? ガキんちょか? 何か用事でもあるのか?」
相手はノットラントでROOTSの監査をしているジュリスだった。
校長はかいつまんで事情を話した。
流石にこれには彼も驚いたようで声をあげた。
「へぇ!? あの学院がか!? 冗談だろ!? あの無敵の要塞がか!?」
話もそこそこにアルクランツは本題に入った。
「ROOTSの力を貸してほしい。今は猫の手も借りたい状況なんだ」
だが、思いもしない返事が帰ってきた。
「もうROOTSはまとまった戦力の集団としては機能してないんだよ。賢人オルバのおかげで正面衝突からは免れている。でもザフィアルのヤツが東西のヘイトを煽る目的でテロを各地で起こしてるんだ。それの仲裁にレイシェルハウトは東奔西走してるわけだが、どうしでも屋敷は留守がちになる。そうすると段々、組織が腐っていくんだ。今はひでぇもんだよ。当主そっちぬけで好き勝手やってる。くだらねぇ派閥の争いとかな」
更に彼は悪いニュースを運んできた。
「ドサクサに紛れて西部を落とそうってバカもいるみたいぜ。まったく。校長の言う戦力が揃うだけで驚異になるってのはまさにこの事だな。あぁ、俺はあくまで監査役だから大した事は出来ねぇぜ。ファネリの爺さんは出来る限りROOTSの志を継ぐ者を引き止めてはいるが、リジャスターがコテンパンにやられるような相手じゃ犬死にだな」
アルクランツは項垂れて力なく返事をした。
「あぁ……わかった。ファネリにとスヴェインも伝えておいてくれ。特に最近はリポート・ジェムに頼りすぎている。スヴェインなら消耗無しで通信が可能なはずだ。アイツは今、どんな感じだ?」
通信先でため息をつくのが聞こえる。
「どこにも属してねーよ。っていうか根暗で目立たないからって誰にも相手にされてねぇな。実力を知ってるヤツからすりゃあとんでもねぇ使い手だと思うんだが。きっとを声をかけたら喜ぶと思うぜ。とりあえずお前らを繋げてみるように頼んでおく」
渦巻きキャンディを舐めながら白衣の幼女は答えた。
「ああ。悪いな。手間をかけてしまって……」
しばらくの沈黙のあと、真剣な声でザティスはアルクランツ聞いた。
「あんたさ……本当にこのまま戦いを続ける気なのか? 勝算はあるのか? これ以上死人を出してまで楽土創世のグリモアがほしいか? 賢人会に持ち込まれるかもしれないのにか? 賢人は血を流すのは良しとしないと思うぞ……」
なかなか痛いところをつかれ、校長は考え込んだ。
「そうだな……戦いは続ける気だ。でないと死んだ者達への顔が立たない。勝算は正直言って賢人会なら70%、単独勝利なら30%ってところか。無くはないと言ったとこだ。当然、単独勝利をとりにいく」
賢人会とは争奪戦で優位に立ったものが優先的に世界を創る権利を得られる楽園分割方式である。
「当たり前だがこれ以上、死人は出したくない。だが、楽土創世そうせいのグリモアを手にしなければ魔術師の楽園は実現できない。これも必要な犠牲だ。ふふ……にしてもお前に賢人を説かれるとは思わなかったな。案外、お前のほうが賢人なのかもしれんな」
そんな話をしていると学院に助けに来た10人とアルクランツの脳内にノイズ音がかかった。
「あー、みんなー、聞こえますかー。目立たないスヴェイン先生ですよ~」
声の主は明らかにいじけていた。
「おい、スヴェイン!! お前、せっかく生き残ったんだからもっとシャッキっとしろ!! 死んだ教授たちに申し訳がたたないと思わないのかッ!!」
アルクランツは怒号を上げた。
「え……。皆さん、死んじゃったんですか……? 本当に? 本当に!? ウソですよね!?」
またもや校長は声を張り上げた。
「馬鹿者!! そんなウソついて誰が得をする!! お前は生き残った貴重な人材なんだぞ!?」
スヴェインはくだらないことで悩んでいた自分を悔いた。
「私は……私は、亡くなった皆さんのためにもやります。この命にかけて!!」
群青色の青い髪、特徴なヘアバンドをした中性的な男性は気合をいれた。
スヴェインとは情報をやりとりしなくなってから久しい。
故にまずは互いに情報交換を行った。
「ふむ……問題はリッチーで、ニャイラさんという方だけが遺品の察知が可能と……」
彼から思わぬ返事が帰ってきた。
「私は通信以外にも物を探すダウジングやペンデュラムという探知呪文を使えるんです。まぁ、戦闘はからっきしですけどね。ですから、ニャイラさんの魔術を分けてもらえば遺品の正確な位置が普通の地図にも投影できるはずです。大丈夫、ニャイラさんの魔術には影響ないです」
これは朗報だった。ただの地図にでも遺品がマッピングできるのである。
「それと、どれがだれの遺品なのかわかるようにもなるはずです。もっとも、フラウマァは持ち歩いている可能性が高いので、逃げられてしまうかと思いますが。ですが、こちらの魔術を知らない状態でどこかに隠せばそれをピンポイントで破壊することも可能です」
更にロザレイリアやフラウマァの撃滅の可能性も出てきた。
「ニャイラさんの魔術はおそらく闇の遺品に反応していますので、聖のフラウマァは追えないと思いますが、その気になれば改良してそちらも察知できるようになるでしょう。まぁ、多少は時間はかかってしまいそうですが……」
校長は顎に指をやった。
「フラウマァはなんだかんだでまだ霊体になってから日が浅い。リッチー特有の感情とは異なっている。つまり、恐怖や焦りを感じるということだ。存在が不安定なんだよ。そこを突くのは非常に有効だと言える。アイツが不死者に馴染むまでに猛攻をかければうっかりボロを出すかもしれん。思いっきり叩きつけたりすれば遺品を落としたりしてな」
一同に光明が差し込んだ。
「よし、ファオファオ組はノットラントのウルラディール家に、ゴンドラ組はズゥル島で遊撃部隊になってもらう。あそこは毒の動植物ばかりだから、食糧はしっかり準備していけ。現地の学院生を援護するんだ。ここに残った面々は学院の防衛に置くが、出来る限りズゥルに割く。あそこを落とされると不死者と悪魔のノットラント侵攻が一気にやりやすくなる。何としても守りきれ!!」
張り裂けそうな心を押し殺してアルクランツは腕を振り抜いた。
死者が不死者にならないように歌われる聖歌が虚しく闘技場にこだましていた。




