全身がとろけるような屍キッス
ロザレイアは胸を押さえた。
「うッ!! これは……1つ遺品が破壊されましたね。しかもこのダメージからするとアルクランツに間違いありませんね。全く、小癪な……」
リッチー達はそれを聞いて恐怖も驚くも、動じもしなかった。
彼らはそれらの感情を全く持ち合わせていないのだ。
ロザレイアにカリスマがあると言ってもそれは親しみや信頼から来るものではなく、クセの強いリッチーたちを束ねているだけである。
実のところ、部下は内心で「面倒なことをよくやる」などと同情票を入れているだけなのだ。
もし彼女が滅すれば何事もなかったかのようにリーダーがチェンジする。それだけだ。
ただ、どの代のリッチーでも楽土創世のグリモアで不死者の世界を創るというのは一貫していた。
「皆さん。心配は無用です。私の遺品が破壊される今となっては手をこまねいている場合ではありません。フフフ……わかっていますよ。皆さんがどうでもいいと思っていることは。それでも私は出来る限りの事をやって後世につなぎましょう。ライネンテのカルティ・ランツァ・ローレンを落とします!!」
これには興味をひかれたリッチーたちがざわめき始めた。
「この作戦は私、単身で行います。アルクランツへの報復というわけです。手段は練ってあります。まぁ、成功させてみますよ。気になる方は私の視界にでもリンクしてください。では行ってまいります」
面白いことになったと大抵のリッチーがロザレイリアに波長をあわせた。
彼女は薄暗く、鍵のかかった地下室へテレポートした。
気配を殺すと男たちの声が聞こえる。どうやら神殿守護騎士のようだ。
「おい。フラウマァのヤツ、いつまでメシを食わねぇ気なんだ? ここにブチこまれてから全くメシ食ってねぇだろ?」
もう片方の男がそれに返した。
「知らねーよ。聖なる信神のおかげじゃねーの。もっともアイツが死んだところで教会は崩壊してるし、既に腐敗が始まってる。くだらねぇ話だよ」
次の瞬間、片方の男が自分の掌に視点をやった。
「なぁ……オ、オレ、溶けてんだけど。お、お前も溶けてるじゃねぇか」
指摘された男は自分の手を確認した。そして自分の顔を拭ってみた。
べっとりと溶けた肉が手にへばりついていた。
2人は急速に溶け出した。頭頂からドロリと垂れていく。
「あば、あびょびょ……あぱぱぱ……」
「はうぅうッッ!! ぐにゃっ!! げげげぐぅ!!!!」
あっという間に2人は肉塊のアイスクリームになってしまった。
2人が息絶えたのを確認するとロザレイリアが錠をふきとばして牢屋の中に入った。
そこには手足を伸ばしたまま拘束され、明らかに拷問を受けたフラウマァが繋がれていた。
「……お前は……ロザレイリア!!」
屍の女王はクイッっと元主教の顔を上げた。
「どうですかフラウマァ。私の同志になりませんか?」
聖女はガチャガチャと拘束具を揺らして抵抗し(ていこう)した。
「バッ、バカな事を!! 誰がお前らのような汚らわしい不死者と!!」
フラウマァはつばをはいたが、ロザレイアはひらりとかわした。
「あら、お行儀の悪いお方ですこと。教主の位が泣きますよ。全く、カゴの中の鳥とは哀れなものですね。私が解き放ってさしあげましょう。さぁ、力を抜いて」
聖女は必死にもがいた。
「まさか!! このっ!! やめろッ!!」
その直後、ロザレイリアはフラウマァにキスをした。
もっとも唇の肉はなく、骨の口づけをしただけだったが。
思わずフラウマは頭がトロ~ンととろけそうになった。
「フフフ……。これは屍のヴェーゼ。キスされた者は生前の属性を持ったまま不死者に転生します。あなたはきっと良い不死者
になりますよ……」
すぐにフラウマァは姿を変えた。
高位の白いローブをまとったリッチーになったのである。
ロザレイアは骨をぶつけあって拍手した。
「これは素晴らしい!! 聖者がリッチーに転生すると生まれるとされるワイトキングではないですか!! いいえ、あなたはワイトクイーン!! あぁ、たまりませんわ!!」
フラウマァはスーッと拘束具から抜け出した。
「こ……この感覚……いや、この快感!!」
彼女は思わず恍惚とした。
「どうですか? ワイトクイーンも悪いものではないでしょう? それでは骸の女神同士。ダンスを踊りましょう!!」
そう言うとロザレイリアはフレウマァの手をとって教会の中庭にテレポートした。
そのまま互いにステップを踏みながら舞い上がっていく。
聖と屍の力が混ざり合ってありえないパワーが生じた。
そして教会の生きとし生けるものの命を奪っていった。
高層階に部屋があったアシェリィにそっくりな神姫、カロルリーチェは撃墜を試みた。
「ふっざけんじゃないわよ!! あたしは死なないんだから!!」
マグマの噴き出る聖杯を流し込むが、2人を止めることは出来なかった。
「う……そ……でしょ……」
彼女も命を吸われて倒れ込んだ。
その頃、アシェリィの体に異変があった。体が輝き出したのである。
コレジールが驚いた。
「こ……これは……。アシェリィ、おんし、神姫と接触したことはないかえ?」
アシェリィは考え込んだが記憶になかった。
「う~ん、覚えてないですねぇ。でもなんか、力がみなぎってくる気がします」
実のところ、2人は確かにぶつかって接触していた。
その時はカロルリーチェの面白半分だったが、偶然2人の波長はシンクロしていたのだ。
「ええか? おんしは気づいていないかもしれんが、かつておんしと触れたことのある神姫が死んだ。その時、おんしらは波長が合ったと見た。今、おんしの体を包んでいるものは聖なる波動じゃ。いいか。それを体にとどめるようにイメージせい。骸守護者をねじふせる事ができるかもしれんぞ!!」
アシェリィは思わずあたふたした。
「これ!! なにをやっておる!! 心を落ち着けて、聖属性を身にまとうんじゃ!!」
体から聖属性が吹き出ているのがわかった、深呼吸すると体が淡く光った。そして彼女は身に光をまとった。
コレジールは満足げにうなづいた。
「よし。ええぞ。これで強烈な聖攻撃を放てる。ただし、1発しか放てんし、どんな手段で攻撃しても1発にカウントされる。失敗は許されないということじゃ。理想で言えば全力で幻魔をぶっ放すことかの。今、身にまとっているオーラの量は半端ではないから、想像以上の幻魔を呼べるはずじゃ。魂の融資には気をつけいよ。いくら強力な攻撃でもその後に気を失ったら戦力が欠けてしまうからの」
アシェリィは自分の手のひらを見た。
自分の意思とは異なってビクビクと動いている。そしてその手は思わず頭を抱えた。
「うッ!!」
記憶が強制的にフラッシュバックする。
「あっ、いててて!!! あっ、アタシとそっくりじゃん!! これは使える!!」
「君、カロルリーチェさまじゃないか? またお転婆で。抜け出してはいけませんよ。まったく手のかかる……」
「べ、別に奴隷から開放してくれたってお礼なんていわないからね!!」
おもわずアシェリィは涙が溢れ出た。
「そっか……死んじゃったんだね。カロルリーチェさん……」
アシェリィは俯いていたが涙を拭って顔を上げた。
「大丈夫。今ならいける!! 屍守護者を撃滅しにいこう!! 大丈夫、皆がいるから!!」
彼女は頼もしい顔つきをしていた。他の4人も真剣な顔つきでそれに返した。
ニャイラは砂漠の向こうを指さした。
「いつ仕掛けてもいいように近場で待機してる。相手のテリトリーギリギリで訓練を積んでたんだよ。もしかしたらアシェリィの攻撃が届くかもしれない。どんな方法で攻撃するかは召喚術師でないボクにはわからないけど」
コレジールは指で丸を作った。
「マジカルーペ!! ふむ。ふむふむ。ほぉ~」
彼は遠距離から敵を覗いているようだった。
「ソエル・ゴリラに見た目は似ているが、腕が4つ生えとる。それにいい感じで腐っとるな。ありゃかなり素早いぞ。あまり気は進まんが、ニャイラを中心にノワレとウィナシュで遠距離攻撃を仕掛けるのがベストか。その前にアシェリィの先制攻撃じゃな。方法はお主に任せた。自由にやってみ」
するとアシェリィは瞳を閉じて右腕にエネルギーを集め始めた。
発生したプレッシャーで思わず他のメンバーは冷や汗をかいた。
コレジールでさえだ。あたりの地面が微振動し始める。
「ビイッ!! バチッバチッ!!! バリバリバリバリ!!!!!!」
聖属性が暴れるようにスパークする。
「はあああああああああぁぁぁッッ!!!!」
アシェリィの右手が輝き始めた。
「サモン!! スペサル・ディンガー・ネット!!!! ランペイジ・ドレーーーークッ!!」
蛇のように細いドラゴンが飛び出した。
そのまま目に止まらぬ程の速さで頭からモンスターに突っ込んだ。
「ガォォォンン……」
轟音を残して骸守護者の上半身は跡形もなく吹き飛んだ。
ドレイクは天高く昇って閃光を残して消えた。
「い、いくら神姫のパワーとはいえ、これほどまでとは……。じゃが、勝負あったな。あれだけダメージを与えればもはや再生は出来ん」
次の瞬間、アシェリィが四つん這いになった。
すぐに4人が駆け寄る。心配するように彼女を覗き込んだ。
アシェリィは地面に突っ伏した後、転がって空を見上げた。
「ハァ……ハァ……。な、なんとか。魂の融資にはならずにすんだと思います。ちょっと休憩すれば大丈夫。それはそうと接触した神姫の事を思い出しました」
コレジールは首を左右に振った。
「ええんじゃ。思い出すでない。思い出さなくても良いこともあるんじゃ」
アシェリィは腕を顔に当てて泣いていた。
ニャイラはすぐに魔物が居た方向を指さした。
ウィナシュがマグネルアーを投げると何かが釣れた。
「……これは……カチコチ・バナナ? あからさまだけど、とりあえず破壊するよっ!!」
メガネの女性は黄土色のバナナを握りつぶした。
その直後、タイミングよくニャイラの持つ小袋のレポート・ジェムが鳴った。
「そっちはどうだ?」
アルクランツの声がした。
「アシェリィのおかげでなんとか撃滅しました」
ジェムの向こうの校長は無意識にコクリと頷いた。
「よくやった。もう1チームが残り1体を処分するように向かっている」
ニャイラは驚いて大きな声を出した。
「本当ですか!? あと1体じゃないですか!! これでロザレイアを滅っせる!!」
幼女はため息をついた。
「ハァ……。それがな、もう1体、強力なリッチー……いや、ワイトクイーンが生まれたと教会のスパイから情報が入った。出来る限り早く最後の骸守護者を倒さねば学院やミナレートが襲撃される。もはや時間の勝負だ。もう1チームに期待するしかない。あと、お前らはすぐに学院へ帰ってこい。もうジェムもないだろうし、1人でも多く防衛に割きたい。いいな。早く帰ってこい」
そう言うとアルクランツはブツリと通信を切った。ジェムは砕けてしまった。
「アシェリィはボクが抱えるよ。急いで学院へ帰ろう!!」
意外と肉体派のニャイラはひょいっと彼女をお姫様抱っこした。
一行は急いで頼国へ向かった。




