骸のトライアングル
ズゥル島にロザレイリアが到着した直後だった。すぐに危機を伝えるべく、リッチーが後を追ってテレポートしてきた。
「ロザレイリア様!! 片っ端から遺品が破壊されています!! かれこれもう3人は撃滅されてしまいました」
それとほぼ同時にニャイラが砂飴、サンドドロップを粉砕した。
「ううッ!!」
思わず屍の王女はのけぞった。
「こ……これは!! まさか遺品が破壊されたのですか!?」
リッチーが恐る恐る尋ねるとなんにもなかった様子でロザレイリアは立ち直った。
「フフフ……。人をからかうというのも面白いものですね。いや、あなたは人でないですが……。安心なさい。私の遺品はまだ1つも発見されていません。侮らないでほしいものですね。とはいえ、予想以上にリッチー・スレイヤーが速い。私は一時、クリミナスに戻って策を練ります。このまま放置していると本当にリッチーが全滅しかねませんからね。愚かな人間へ我々の叡智を思い知らせてやるのです」
そう言うと骸の女王はパッと消えた。
彼女はすぐにクリミナスに戻った。そしてこう命令した。
「人間を滅する自信がある者、3人前に出なさい」
そうロザレイアが呼びかけると緑、青、灰色のローブを着たリッチーが前にでた。
「ウィッキー、フィンチにサキですか。いいでしょう。ではさっそくリッチー・スレイヤーを狩りに行きなさい。おそらく敵は5人……。ターゲットのみさらいなさい。座標はわかりますね?」
3人はコクリと頷くと一気にニャイラのそばにテレポートした。
リッチー達はニャイラを誘拐しようとした。
その直後、コレジールは叫んだ。
「顔を手で覆ってうつ伏せになるんじゃ!! 早くせい!!」
一行は驚いたが、すぐに皆が顔を地面につけた。
次の瞬間、チカチカという閃光が辺りを包んだ。
それは腕で目を塞いでいても光が貫通するような強烈なものだった。
「うっ!! バカな!! これほどとは!!」
「に、人間風情が!!」
「ぐぐっ!! これは!! 聖属性の!!」
倒れ込んだままコレジールは大声を出した。
「こやつらは殺しても死なん!! じゃが、一時的に退けることは出来る!! ワシの撹乱に続け!! いいな、閃光に巻き込まれるなよ!!」
「ボシュン!!!!」
「ボンッ!!」
「バシュン!!」
目にも留まらぬ速さでコレジールは閃光を放った。
思わず味方は目を閉じたが、あまりの強烈な光源にまぶたを貫通しても目がチカチカした。
アシェリィはたまらなくなって思わず声を上げた。
「うわぁ!! こんなんじゃまともに動けないよぉ!!」
砂漠にふせる彼女にウィナシュが近づいた。
「いいか。落ち着いて光を見るんだ。一見してランダムにぶっ放してるように見えるが、実は規則性があるんだ。その合間を縫って攻撃するんだ。ノワレにはもう伝えた。ニャイラの生存が優先だからアイツはもう逃げた。あたしたちで思うように戦えるってワケだ!!」
とはいえ、絶えず閃光はリッチーを照らしていた。
「そんなこと言ったって!! うぅ!! 眩しくてチカチカするよぉ!! 頭までクラクラしてきた……」
するとウィナシュはアシェリィの背中をリズム感にのせて叩いた。
「トン……トン……タンッ!!」
これを何度も繰り返していく。
同時に背後から殺気を感じた。
シャルノワーレが攻撃を仕掛け始めたのである。
彼女は器用にタイミングをとって弓を放っては目を腕で塞いでを繰り返していた。
リッチーはテレポート……空間転移を得意とするが、さすがにこう聖属性の攻撃を浴びるとそれも鈍くなっていた。
実体が無いので物理的、魔術的にもダメージは期待できない。それでも苦痛は感じるらしかった。
彼らは身をよじってローブがはためいた。
アシェリィがリズムを掴んだ頃、ウィナシュは彼女にルアーを手渡した。
「ゾンビトーレってルアーだ。本来はゾンビを釣るために使うんだが、今のアイツになら効果があるはずだ!! さぁ、エヴォルド・スコルピオを構えろ!!」
アシェリィは顔を伏せては起こしてを懸命に繰り返した。
そして器用に寝そべったままルアーを放り投げた。
見事、一体のローブにひっかかる。そのまま魔力を注ぐと一気に糸が不死者にからみついた。
「クソッ!! 小癪な!! サキ、この糸を切断しろ!!」
リッチーの1人がそう命令したが、もう1人はウィナシュのルアーで拘束されていた。
残りの1体もノワレがしっかりマークしている。
うまい具合に不死者が固まる形になった。
「いくぞい!! おぬしら目を塞げ!!」
コレジールは倒れ込んだままとくに無詠唱で魔術を放った。
まるで太陽のような激しい光源が炸裂した。
「貴様……その顔、覚えたぞ」
「ロザレイリア様にかかればお前ら程度……」
「いつまでも生きていられると思うなよ」
そう言いながら3体のリッチーはフッとかき消えた。
「ふぃ~さすがにリッチー相手はしんどかったぜ」
ウィナシュは死んだふりのまんまのコレジールに声をかけた。
「おい、じーさん。無茶しやがって。生きてるか~?」
彼はムクリと起き上がると砂をパンパンとはらった。
「こちとら死ぬかとおもったわい。こんな砂漠の上でうつ伏せなんて。老体に鞭打つようなもんじゃぞ!!」
避難していたニャイラを含めて女子4人が集まった。
「ふむ。怪我をしている者はおらんか?」
コレジールはそれぞれの様子を確認した。
「う~。まだ目がチカチカします」
アシェリィは目をこすった。
「わたしも目眩が……」
シャルノワーレも少なからず影響を受けているようだ。
ニャイラは2人をフォローした。
「しょうがないよ。あれだけ遠距離なのにボクも目をやられかねなかったもん。にしてもすごいね~。ボクも能力の関係で色んなリッチーと接してきたけど、あそこまで上手く追い払うのは初めて見たよ。コレジールさんの呪文のおかげだね」
ウィナシュが呆れたように言った。
「しっかし、じーさん、ちょっと出来過ぎじゃないか? いくらノットラント内戦で生き残ったからって反則的な強さだと思うんだが……」
コレジールは遠い目をして空を見上げた。
「昔はワシくらいの使い手はゴロゴロおった。じゃが、皆、死んでいったんじゃ。生き残ったのはワシみたいな臆病者のロートルだけじゃよ。それに、死んだりふりをしないと魔術を行使できないという致命的な欠点がある。まぁ、これは良し悪しなんじゃがな」
しばらく沈黙が続いたがニャイラが口を開いた。
「う~ん。このままアテもなく遺品を探すのもなぁ。世の中にどれだけリッチーがいるかって話だよ。今回みたいな手当たり次第じゃそれこそ砂漠から宝石だよ。何かいい方法はないかな……。とりあえず、校長先生に報告しておこう」
メガネの女性は小さな水色の宝石を取り出した。
リポート・ジェムと呼ばれるもので、遠距離との通話が可能だ。
とても優れものなのだが、高価な上に一度きりしか使えない。
だがリッチーの撃滅は急務なため、ニャイラ達に支給されたのだ。
「あ~。アルクランツ校長先生ですか?」
向こうからは何か食べている音が聞こえる。
「むおお、ニャイラか? んでぇ、砂漠の方はぁ、くちゃ……ゴクリ。どうなった?」
落ち込んだテンションでニャイラは答えた。
「ロザレイリアの遺品の手がかりは無しです……」
すぐに答えが帰ってきた。
「あー、それがなー。スパイとして活動しているリッチーがいる。依頼のたびにレアな植物を要求する変わり者なんだが……。まぁバレたらロザレイアに蒸発させられるだろうが、それよりコレクションのメリットを取ってるんだろう。生粋のマニアだな。ちょっと待て。コンタクトを取ってみる」
30秒も経たないうちに目の前に黄緑色のローブを羽織ったリッチーが現れた。
一行は身構えたが、相手は丁寧にお辞儀をした。
「どうも。校長様にはお世話になっております。わたくし、植執のアルサンテと申します」
どうやら彼が話にあったリッチーらしい。
「あ、お代の植物は校長様から頂いていますので結構ですよ。ただ、ロザレイリア様に見つかってしまうとオシマイですのでいつでも呼び出しに応じられるとは限りません。あしからず。もっとも既に把握していて泳がされているのかもしれませんが……。おっと、私は二重スパイではありません。そこは誤解なきよう……」
リッチーの扱いに慣れたニャイラは飄々(ひょうひょう)と核心に触れた。
「で、ロザレイリアの遺品ってどこにあるかわかる? 遺品の位置を特定しようにも他の遺品にひっかかっちゃうんだ」
アルサンテは不気味に笑った。
「フフフ……これはまた大胆な問いですね。まぁ私としてはロザレイア様が撃滅されようが一向に構わないので……いいでしょう。ただし、私も含めて厳密な位置を知るリッチーはいないと思われます。基本的にロザレイア様は側近を置かないワンマン指導者ですから……」
ニャイラはリッチーとの交渉術に長けていてぐいぐい突っ込んでいった。
まるで別人のようにたたみかける。
「まわりくどい。御託はいいんだよ。知ってることを要約して簡潔に教えてよ」
植物に拘るリッチーは肩をすくめた。
「まことしやかに……ですが、骸のトライアングルと呼ばれるウワサがあります。中心点は本拠地であるクリミナス。そこを正三角形の中心にして3点に遺品が散らばっていると。強力な骸守護者が居るので探すこと自体は難しくないでしょう。ですが、おいそれと遺品を破壊されるわけにはいかない。あとは言うまでも無いでしょう。……以上です。私からはもう何も出てきませんよ」
話が終わるとニャイラは普段のように戻った。
「悪いね。こっちも緊急時なんでね」
植執は満足そうだった。
「いえ、こちらもしっかり報酬を受け取っていますからね。ギブ・アンド・テイクですよ。もしわたしが蒸発させられたらこういう変人……いや、変わり者のリッチーがいたのを覚えていてくださると幸いです」
アンサンテとニャイラは拳をぶつけ合った。もっとも相手はすっかり白骨化していたが。
リッチーと人間の間にこんな関係が生まれるとは、とコレジール以外は驚くのだった。




