女子校の引率なわけなかろ
学院のスパルタ生徒たちがズゥル島に向かう頃、ニャイラを中心として根こそぎでリッチーの遺品の破壊が始まっていた。
ニャイラはシールを介さずとも遺品がわかる。しかもだいたいの方向まで察知することが出来ていた。
今は北方砂漠諸島群のバザールにやってきていた。
同行者はコレジール、ウィナシュ、アシェリィ、シャルノワーレだ。
コレジールは腕を組んで現状を嘆いた。
「まったく、いつからワシは女子校の引率になったんじゃ。まぁリッチー・スレイヤーには厳重な保護が必要じゃからの。これだけ戦力を割くのもしょうがないか」
ウィナシュはお気楽にポンポンとコレジールの肩を叩いた。
「あたしはジイさんのこと気に入ってるぜ。大抵、あんたみたいなのはエロジジイなんだが、あんたからは下心が感じられない。心が澄んでいる証拠だよ」
アシェリィも同意した。
「私もそう思います。師匠からは邪念みたいなものを感じません」
ノワレも彼を評価した。
「その純粋な心だからそれだけの魔術が使えるんですわね」
褒め言葉に老人は呆れて言い返した。
「おんしらなぁ……ゴマをすっても何も出んぞ。そもそもおんしらは幼い玄孫みたいなもんなんじゃぞ? 劣情を催すわけがなかろうに。まったく馬鹿を言う」
砂漠用のスーツを着た人魚は不機嫌そうだ。
「バカって言うこたねーだろ。褒めてんだからさ」
2人がくだらない言い合いをしているとメガネで小柄、大きなリュックを背負ったニャイラが指をさした。
「あれだね。間違いないよ」
彼女が見たのは何の変哲もない露天商だった。
店主に声を掛けると無愛想な返事が帰ってきた。
「……らっしゃい。冷やかしなら帰ってくんな……」
ニャイラは迷うこと無く柱に打ち付けた釘から下がるチープなペンダントを手にとった。
長い黒ひげの店主は相変わらずの調子でぼやいた。
「そりゃあオモチャのペンダントだ。石に大して価値があるわけもねぇ。1500シエールのところ500シエールで在庫処分だ。どーすんだ?」
メガネの女性はサイフを取り出した。
「おじさん、もらうよ」
そして彼女はお金を彼に手渡した。
「まいどあり。あんたもいい歳してガキんちょみたいだね」
店主がコインをしまった時だった。
「ふんッ!!」
突如としてニャイラがペンダントを握りつぶしたのである。
コレジール達はリッチー撃滅という目的から全く違和感を感じなかったが、露天商はそうはいかなかった。
「あ……あんた、気でも触れたんじゃないか? いくら安物とは言え今さっき買ったもんをぶっ壊すのか……」
リッチー・スレイヤーは粉々になったオモチャの宝石を両手でパンパンとはらった。
そしてニャイラはニッっと笑った。
「ま、オトナの事情ってやつがあるのさ。見なよ。こんなバザールの片隅に安物の遺品がぶらさがってるなんてなんて思いもしないでしょ。なかなか考えられてる。見つからないわけだね」
「???????」
店主はわけがわからないと言った様子だ。
「ま、世界には知らなくていいものもあるってコト。お、1人撃破したみたいだよ」
その直後、クリミナスでレセプションをしていたリッチーのうち、1人がいきなり煙を上げて蒸発した。
「ボシュウゥゥゥゥ!!!!!」
そしてその場にはローブだけが残った。
基本的に恐怖の感情のないリッチーだったが、さすがにこれには危機感を感じた。
そして、ズゥル島に向かったロザレイリアを急いで呼びに戻った。
ただ、いくら学院でリッチーを察知する魔術が確立しつつあるからといって、方向までわかる高性能なものは出来ずに居た。
あくまで触ればわかる程度のシールである。これでは人海戦術で片っ端から調べていくしか無い。
結局は本格的な撃滅はニャイラ1人に任せざるをえなかった。
だからこそコレジールを始めとする厳重な護衛をつけたのだ。
「まだ遺品がいくつかあるんじゃろ?」
老人は目を細めてひげをいじった。
「うん。いくつかあるけど、1つだけ明らかに破壊するのが難しいのがある」
ウィナシュは首を傾げた。
「難しい? 砂の海から宝石を取り出すようなもんか? なーんちゃって……」
ニャイラは額に手を当てて頭を左右に振った。
「はー。残念だけど正解だよ。ウィナシュ。多分、この遺品は流砂の中を移動してるんだ。吸い込まれたり、吸い上げられたりして絶えず移動している。おまけに流砂の環境は厳しいし、モンスターも居る。ただ、ここに隠そうと思ったリッチーはかなりデキる。もしかしたらロザレイリアかもしれない。狙って見る価値はあるよ」
暑さが苦手なウィナシュとシャルノワーレはげんなりした。
「げ~マジかよ。いくら位置がわかるからって絶えず移動してる小さな物体なんて、そんなの見つかるわけねーって」
ノワレも同じようにぼやいた。
「そのとおりですわ!! いくらなんでも無謀すぎます!!」
コレジールはアシェリィに目線を向けた。
「だって。どうするアシェリィ?」
彼女は少し考えていたが割りとすぐに答えを出した。
「私は行きます。虎穴に入らんずんばなんとかってやつですから」
それを聞くとニャイラとコレジールは揃ってアシェリィの背中を叩いた。
「ほっほ。ええ心構えじゃ。さすがワシの弟子」
「いいね~。ガッツあるじゃん。若いって素晴らしいね」
アシェリィが行くとなるとシャルノワーレが無反応というわけにはいかなかった。
「……ハァ、仕方ない。私もいきますわ。アシェリィを放っておけませんもの」
いつものバカップルというオチだ。
「あ~も~。あたし1人だけ置いてくんじゃね~よ。行く!! 行くって!!」
最終的にウィナシュも折れて全員で流砂の砂漠へ行くことになった。
流砂のエリアは意外と街から近く、あちこちに立ち入り禁止の看板が立ててあった。
中には入るもの命を落とすといった物騒なものも多くあった。
「で、ニャイラ先生。こんなとこからどうやって遺品を探すんだよ? あたしらまでゾロゾロついてきちゃったけど、あんたしか位置が特定できねーじゃん。まさか流砂に飲まれたり、上がったり飲まれたりを繰り返して手当たり次第探すとかじゃないよな?」
平然な表情でリッチー・スレイヤーは答えた。
「な、そんなとこかな。砂漠は広いからね。いくらボクの探索能力があるからといって、これだけの流砂で移動していたら見つからないよ。ただ、全く手がかりがないわけじゃないよ。流砂に飲まれつつ、私の方に砂を放り投げてほしいんだ。遺品は上に行ったり地下の空洞を巡ってる。そして必ず表層に戻ってくるんだ。だから流砂の上の方を掘り返し続ければそのうちみつかる……と思うよ」
ウィナシュとシャルノワーレの顔は真っ青になった。
「ハァ……鍛えが足りんのぉ」
そう言うとコレジールがいきなりうつ伏せに倒れた。
「あち、あちあち。砂が熱い!!」
マーメイドは呆れて彼を見下ろした。
「じいさん、な~にやってんだよ」
彼は瞬く間に呪文を唱えた。
「ギフテッド・バフ・アイシクルキューッ!!」
するとウィナシュとノワレ、アシェリィ、ニャイラは暑さを感じなくなった。
「これは……耐熱呪文か!! しかも体にピッチリフィットしてかなり出来がいい!! じいさんなんでも出来るんだな!!」
ウィナシュはピタピタと触った。ノワレもこれには驚いた。
「これなら炎も防げるんではなくて? さすが偽死のコレジール……」
「へぇ~。こんなこともできるんですね~!!」
アシェリィも不思議そうな顔をした。
「何かマジックアイテムを使うならともかく、素手でこれをやるのはすごいね!!」
彼は女子達を急かした。
「いいからとっとと探すんじゃ。日が暮れてしまうぞい」
こうして遺品探しが始まった。
当然ながら砂は腐るほどあるのでいくら流砂の底を掘っても反応はなかった。
とりあえず半日くらい粘ってみたが、本当にただひたすら砂をほじくり返すだけに終わった。
「う~ん、バザール程度で済むと思ってたんだけど、流砂に放り込もうと思ったリッチーのほうが賢かったね……」
気づけば日が暮れかけていた。
「夜はありえないくらい冷える。一旦、ここは街にもどるんじゃ」
その時、ウィナシュが愛用の釣り竿を取り出した。
丁寧に拭いたりしてメンテナンスを始めた。
それを見ていたニャイラは思わず声をあげた。
「あーーーーーッ!!!!!」
周りは驚いてのけぞった。
「な、なんだよ。自分の得物をこまめに整備するのは基本だろ?」
メガネの女性は首を左右に振った。
「違う。違うんだよ!! 確か魔力に反応するルアーがあったでしょ? 遺品をルアーで釣るんだよ!! 砂を掘るとたとえ近づいても小さなものはどうしても吹っ飛んじゃう。だから、ボクのカンに従って飛び散らないようにそーっと蟻地獄にルアーを放り込むんだ」
ウィナシュは思わず頭を抱えた。
「あうっ!! なんで今までそんな簡単なことに気づかなかったんだ!! そうとわかったら早速やるぞ!! ニャイラ、位置を教えてくれ!!」
人魚はマグネルアーを取り付けて落ちていく砂の真ん中に釣り糸を垂らした。
しばらくすると手応えがあった。勢いよく引き上げる。
ルアーには小さな丸いものがついていた。
「なんじゃこりゃ?」
ウィナシュは目を細めた。
「これは……サンド・ドロップだね。通称、砂飴だよ。見ての通り砂を固めたもので、見た目では区別がつかないんだ。これを砂漠に隠れさせるとはよっぽど見つけられたくなかったんだね。さぁ、それも壊してみよう。もしかしたらロザレイリアの遺品かもしれないよ」
ニャイラは飴玉を受け取ると指に力を込めてそれを粉砕した。




