お前は留守番だ!!
オレンジの悪魔は断末魔のような叫びを上げたがまだ息があった。
グリッっとカエデが刃を返して抉る。
「があああああああぁぁぁ!!!!!」
反撃の気配を感じてカエデとリクは退いた。
後ちょっとのところで膨れがるオーラをかわす。
「あれはまずい!! お嬢様、早くとどめを!!」
いつの間にかサユキが居なくなっていた。
彼女はうつ伏せや壁に密着すると極めて視認性が低くなる。
ルルシィも使えるミミクリー・サラウンディングの一種だ。
彼女はかんざしを取り出すとメリッニの眼球の1つを見事つらぬいた。
視界が妨害されたからか、デモンはよろけた。
そのまま残った1つの眼も潰す。
レイシェルハウトがヴァッセの宝剣を抜刀して斬りかかった。もちろん、相手も反撃してくる。
彼女は散々、修行したウィン・ダ・ヴォイドでひらりと光線をかわした。
すれちがいざまに剣技を繰り出す。
「魔祓のデルモンレイザー!!」
強烈な対悪魔の剣を横一文字に放ったが、まだオレンジの悪魔は生きている。
レイシェルハウトは素早く指示を出した。
「全員で一気に攻めれば勝てるわ!! リク、カエデ、パルフィー、サユキ、そして私の順番で仕掛けるわよ!!」
この5人はよく訓練をしていたので練度はとても高かった。
美しい金髪を振り乱してリクは名乗り出た。
「また俺が盾になります。俺のことは構わず、残りのメンバーで連撃をしかけてくだい!! 大丈夫!! このくらいで貫かれるシールドじゃないですよ!!」
彼は爽やかに笑うとカウントを始めた。
「3……2……1……GO!!」
メリッニの放つ強烈なオーラにリクは突っ込んでいく。
盾は攻撃に耐えきったが、ジリジリと青年は押しやられていくった。
「リクくん悪いね!!」
カエデは走り出すとリクの肩を踏んで高く飛んだ。
紅い袴がパタパタとはためく。
そして剣先を下に向けて彼女は鋭い突きを放った。
「逆鯉ッ!!」
まるで激流に抗う鯉のように水属性の付与された刀は悪魔を切り刻んだ。
その一撃でのけぞったところをサユキは見逃さなかった。
無言のまま精神統一して的を定める。
彼女の発射したかんざしは的確に敵の眉間をとらえた。
「うあがああああ!!!!!!」
視界を奪われたデモンは顔をかきむしるように苦しんだ。
「いんや。まだだね。さっきのお返し、たっぷりとしてやるぜ!!」
パルフィーが肩に乗るのは流石に無理があったので盾で空中に打ち上げた。
今までは掌底と蹴りは分けて繰り出していたのだが、この時になって彼女は閃いた。
「踏みつけ……からの叩きつけぇ!! 印暗押掌!!」
強烈な足蹴りを決めた後、素早く宙返りした反動のまま両拳を握って叩きつける。
これが後頭部にクリティカルヒットしてメリッニは更にもがいた。
「もう逃さないわ!! その身に受けなさい!!」
レイシェルハウトはリクの肩を踏んで高く跳ねた。
ヴァッセの宝剣だけでなく、お得意のワンドまで取り出してきた。
「破邪のホーリー・ローリー・ウェル!!」
先に白く輝く霧のような魔術を相手にふりかける。
「やめろォ!! やめろォ!!」
相手の動きが鈍った時、レイシェルハウトはデモンの急所を貫いた。
「滅魔のエリミネイツ・レイン!!」
剣が悪魔を貫くとバウンズ家の中庭にシトシトと雨が降った。
するとその雨はメリッニを浄化していった。
「ああ……あううう……ソールル……そぉるる……そお”お”お”……ごぱぁ……」
そう言いながら彼女はドロドロに溶けていった。そして白骨だけが残った。
人間を触媒にした悪魔というのも聞いたことはあったが、実物を見たのはこれが初めてだった。
材料が人間の悪魔も居るのだ、と。
完全な悪魔と思っていた一行はこれにショックを受けた。
生き物が腐る強烈な臭いが辺りに漂う。
思わずその場の者は吐き気を催した。それほどの悪臭だった。
達成感は感じられたが、誰もそれを素直に勝利を祝うことが出来なかった。
同時に曇り雲の間から日がさしてきた。
鬱々(うつうつ)としていた気分が晴れて清々(すがすが)しい気分になってくる。
これもオルバの作戦のうちで、薄暗い中から光がさすことによって人々の心に希望を灯す効果をもたらしたのだ。
それまで戦っていた者たちは殺し合いをするのが馬鹿馬鹿しくなって武器を置いた。
こうしてノットラントは小競り合い止まりで紛争までは発展しなかった。
その様子を観察していたザフィアルはまだ余裕があった。
「ふむ。いい知見だ。あの程度のデモンでは腕利き5人程度で撃破されてしまうか。あの連中を蹴散らすにはもっと強い触媒が必要だ。悪魔で悪魔を創るという禁忌を冒してみるか? それもまた一興だな。北方砂漠諸島群のヤツはどうだ? いや、アイツは混血だからな。純粋な悪魔としては価値がない。地道な作業にはなるがとりあえず囮によるテロは各地で続けるか。人々が戦いを止めているのは所詮、今だけ。油をそそげばすぐさま燃え上がるだろう」
ザフィアルはローブをファサッっと脱いだ。
長く、腰丈まである艶のあるバイオレットの髪を垂らした。
体中に刻まれた暁の呪印が光る。
一方。アルクランツは相手の動きを探っていた。
「ふーむ。オルバのおかげで正面衝突はさけられだが、決して油断は出来ないな。ノットラント各地で東西を煽るようなテロが頻発している。こんなセコい事をやるのはザフィアルに過ぎない。しかしこちらが爪を隠しているようにヤツも行方をくらましている。戦力差はあるがその点はどっこいどっこいだな」
その時、レイシェルハウトから連絡が入った。
「おう、お嬢様のガキんちょか。ちっとは戦う気になったのか?」
あれだけ激しく悪魔とぶつかったのだ。いまさら剣を握らないとは言えなかった。
「デモンを斬りました。遺骨がその悪魔から出てきたのですが……」
通信の向こうで感心したような声があがる。
「お~。お前それ上出来だぞ。多分、そのデモンはザフィアルによって作り出されたものだ。逆探知をかければヤツらのアジトがわかるかもしれん!! 総攻撃でボコボコにすればアイツを殺せるかもしれんぞ!!」
アルクランツはなんだかウキウキしているようだった。おそらく、よっぽどザフィアルが嫌いなのだろう。
互いに転生している仲だ。積もりに積もった憎しみがあると思えた。
探査魔法のエキパート、スヴェイン先生が骨片にペンデュラムをかざして地図をサーチした。
「これは……ノットラント近海の海底ですね」
海の中で呼吸する飴やタブレットはあるが、さすがに海底となると話が違ってくる。
すると校長はある提案をした。
「学院の土台になってる亀龍に空気砲を発射させる。追尾性だから必中だ。ただ、距離が距離だけにどれだけザフィアルのアジトにダメージが与えられるかわからん。無傷ではすまんと思うのだが、始末をつける必要がある。今までずっと息を潜めていた奴だ。ここ数日で動き出すとは思えん。その間にお前らは体力回復し、ROOTSの戦闘可能な人員を呼び出してアジトそばの海岸線でスタンバイしろ」
やっとザフィアルの尻尾を掴んだ。
千載一遇のチャンスとレイシェルハウトは思ったが、校長からは思わぬ言葉が出てきた。
「あぁ、ザフィアルは人間を贄にして悪魔を召喚する。だから熱心な破滅志願者が集まっているはずだ。実際、戦力として驚異となるのはザフィアル本人と悪魔くらいなもんだが、場合によっては教徒を盾にしてくるだろう。だが、そういうのは容赦なく斬れ。討伐の邪魔にしかならんし、ザフィアルを積極的にかばうだろう。それにどうせ破滅を望んでいるんだ。死ぬのが早いか遅いか。それだけの話だ」
思わずレイシーは叫んでしまった。
「そんな!! そんな罪ない人を斬るのはあんまりですわ!!」
通話相手は呑気に何か食べているようだった。
「むぐむぐ。あのな。剣をとる覚悟ってのはそういう。むしゃむしゃ。ことだぞ。こっちとしてもお前ら誠意を見せたから助けたんだ。くちゃくちゃ。いまさら出来ませんじゃ通らなく無いか? ゴクン。それに、ザフィアルを殺ればそれこそノットラントの平和に直結すると思うぞ。アイツがテロの元凶だからな。狭い視点でみるなって。大局だよ大局」
平和を求めているのに剣を持つ。その矛盾に現当主は苦しんだ。
意地悪げな声が帰ってくる。
「なんだぁ? 極端な話、お前が手を汚すことはないんだぞ。おい、タヌキ尻尾の亜人。お前だったらどうする?」
パルフィーは首をかしげた。
「街を黒焦げにして、センソーを起こそうとしてるヤツなら惑わず殺るべきじゃないかなー。信者がいたとしてもそれはそれとして蹴散らすべきだと思うぜ」
アルクランツは笑った。
「聞いたか? こっちの娘のほうがよっぽど物分りが良い。レイシェルハウト、お前はセンソーを起こそうとする奴らは斬らないのか? そんな腰抜けのリーダーについてくる者がいるのか? ROOTSの綻びも当然というものだ。周りのメンバーを見直せ、剣を抜くのを戸惑っている者は1人もいないだろう?」
レイシーがサユキ、パルフィー、カエデ、リクを見るとその覚悟がある表情が見て取れた。
校長は冷たく言い放った。
「おい、お嬢さまさまよ。今の雑念混じりのお前がザフィアルに当たっても死ぬだけだ。指揮官を変更してお前はバウンズ家に残れ」
これに彼女は激しいショックを受けた。
だれか否定してくれないか。そう辺りを見回したが、皆が目を背けた。




