食べちゃいたいくらい好きなんだ
悪魔と化したメリッニとパルフィーの激闘が始まった。
「月弧!!」
半円を描くように鋭いかかと落としが悪魔をとらえる。
相手は後ろにふわりと退いたが、頬に違和感を感じて手を触れた。
「これは……血……か? 悪魔なのに赤い血が出るのか……? 私は……私は? あああああああああああぁぁぁッッッ!!!!」
メリッニは激しく咆哮した。
四方を囲んだ窓が全部バリーンと割れた。
彼女は一気にパルフィーと距離を詰めた。目で追えないくらいの素手の連撃でパルフィーをボコボコにしていく。
そして宙に打ち上げると思い切り地面めがけて叩きつけた。
「があっはぁ!!」
後頭部を強打された亜人は物凄い勢いでフィールドに衝突した。
「ぐぐっ……まだ……いけるぜ?」
彼女は腕に力を込めて立ち上がろうとしたが、全身ズタズタだ。
レイシェルハウトもサユキもパルフィーがここまでこっぴどくやられたのは今まで見たことがない。
すぐに相手のデモンが凄まじい魔力を持っていることがわかった。
「残りは紅い髪のガキ、目の見えない男、白い服の女、刀の女、盾の男……か。さぁ、どいつからくたばるんだ? あぁ、毛の紅いガキだけは殺さないでおいてやる。そうすればバウンズ家を襲撃した罪が降ってかかるからな。再び東部と西部の衝突は避けられないだろうよ!!」
オレンジ色の体をしたデモンはにんまりと笑った。
思わずレイシーは腕を振り抜いて問いただした。
「貴女、一体、誰の差し金でこんな事を!? 戦争をそこまで望む……まさか、校長の言ってたザフィアルなの!? 悪魔を使うとも聞くし」
それを聞くとなんだか急にメリッニは不機嫌になった。
「私のことはどうでもいいんだよ!! さぁ、ぶっ殺してやるからかかってこい!!」
そうは言うものの、パルフィーは重症ながらまだ動けた。
すぐにサユキが彼女を引っ張ってきて庭の端へ避難させた。
どこか手加減しているようなフシがある。それは彼女の中に残ったほのかな人間性のためだった。
一同はバウンズ家のランカースをかばうようにフォーメーションを組んだ。
「フン。お前らまとめてかかってきても面白くないね。1人ずつ来い。」
すぐにリクが名乗り出た。
「俺が行きますよ。パルフィーさんと同じく、相手の戦い方を探ってみてください。俺は攻撃力に関しては今ひとつ。敵の動きとスタミナの消費を狙います」
彼は青銅色の巨大なタワーシールドを地面に突き立てた。
メリッニはもらったとばかりに突進をしかけた。
「バカめ!! そんなバカでかいシールドで何が出来ると言うんだ!!」
向かってくる彼女めがけてリクは高速で腕につけた魔法のバックラーを打ち出した。
これがふいうちになって悪魔の左腕にザックリと深い傷を負わせた。
勢いを殺せず突っ込んできたデモンにタワーシールドで追い打ちをかける。
「せやあああああああぁぁぁぁっっっ!!!!」
盾は相手を激しく強打した。これによってわずかにスキが生じた。
今度は戻ってきたバックラーが右腕を抉る。
「まだ終わらない!! マイティ・チャージッ!!」
リクはタワーシルドを両手で持つとジャンプしてメリッニを滅多打ちにした。
そしてパルフィーがそうされたように悪魔を地面に叩きつけた。
巨大な盾を振り回したのにリクは息1つ乱していなかった。
「…………まだだ」
オレンジの悪魔はくぼみから立ち上がった。
体につけたはずの傷がジュウジュウと塞がっていく。
「厄介だな。自己再生持ちか……。木っ端微塵にするか、核を破壊するか……あっ!! みんな、一列に並んで!!」
咄嗟の叫びだったが、なんとか息を合わせて盾の影に隠れた。
メリッニが3つの瞳の1つからレーザーを発射し始めたのだ。
「くううっ!! シールドが溶ける!! バックラー、二重に盾を張ってくれ!!」
するとバックラーが前に出てきてタワーシールドと合わせてビームを防いだ。
「これでも持たないか!! 俺がカウントを終えると同時に回避してください!! 相手がこの後、どうでるかはわからない。各々(おのおの)が臨戦態勢を維持してください!!」
バックラーが真っ赤に染まる。
「3,2,1、避けて!!」
他のパーティーは左右に横っ飛びでレーザーを回避した。
すぐにリクはバックラーを引っ込めてタワーシールドで立て直した。
今度はワイヤーを使って大きい方のシールドをぶん投げた。
相手を真っ二つにするかの勢いでメリッニを狙っていく。
「はは。バカめ。ワイヤーを切ってしまえばこんな盾!!」
オレンジの悪魔はレーザでバックラーとタワーシルドのワイヤーを焼き切った。
完全にリクが無防備になった。そう思った時だった。
敵の背後から盾が戻ってきたのである。
デモンは不意打ちをくらってまたもや脇腹と左腕に深い傷を負った。
「誰がワイヤーがないと使えないって言ったんだ? 魔導盾だよ。魔導盾」
パルフィーのように正面から向かっていくとパワー負けしてしまう相手だったが、リクのようにテクニカルな魔術の使い手には弱かった。
また、予想以上に彼が器用に立ち回ったというのもある。完全にメリッニは彼を舐めきっていたのである。
常に一緒に稽古をしてきたカエデでさえ正直、驚いていた。
(相性がいいにしてもこれは大健闘だわ。トラちゃんとは逆に実戦の空気を吸ってパワーアップした……? いずれにせよこの勝負、行けるかもしれない!!)
攻撃のチャンスは何度かあったが、そのたびにリクはあえて盾で守りを固めた。
その結果、メリッニはじわじわと消耗していった。
いくら強力な悪魔とは言え、スタミナというものはある。
受けた傷を塞ぐたびに動きが鈍くなっていく。
だが、自分では決定打になるダメージを与えられない。リクはそう確信していた。
「お嬢様!! ヴァッセの宝剣でトドメをさしてください!! 早く!!」
レイシェルハウトは抜刀とほぼ同時にビームを回避し、3ツ目の悪魔の懐に潜り込んだ。
「斬魔のイグゾース・クロス!!」
彼女は敵の正面から深く十字に斬りつけた。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁ!!!!」
悪魔の咆哮がバウンズ家の中庭に響いた。
まるで呪われそうな呪詛じみた叫びだ。
「ああ、おあ……おあ……」
デモンはまだ息があった。
「しぶといやつだ……。息の根を止めてやるッ!!」
レイシェルハウトが剣を突き立てるとローリングしてメリッニはその一突きをかわした。
「おおあああ……おあああああああああ!!!!!!!!」
悪魔はそう叫びながらオレンジ色の光の尾を残しながらどこかへ飛び去った。
それをノットラント近海の貝のアジトからザフィアルは視ていた。
「くそっ!! 使えないデモンめッ!!」
床に叩きつけたワイングラスからしけたワインが垂れていた。
だが、メリッニはそれで終わらなかった。
「ん? 今更、何をしようと言うんだ? でたらめに飛行している……いや、これは間違いなくミナレートに向かっている!! 何か、何か強い意志を感じるぞ!! これは……そうか!! 想い人か!! これは面白い!! 人間の性からは逃れられんか!! これはまだ利用価値がありそうだ!!」
オレンジの悪魔はズタボロになりながらミナレートのある地点を目指した。
そこにはソールルがフルーツパーラー「カワセミ」で1人ジュースを飲んでいた。
ラーシェとメリッニのチームメイトでミントカラーの髪が特徴的だ。
「あ~。メリッニちゃん帰郷か~。つまんないなぁ~。私も無理言ってついてくんだったかな~。でも家族に紹介するとか恥ずかしいっていうし」
その時、カフェのそばの道路に熱された塊が落ちてきた。
轟音を立ててグラグラと地面が揺れる。
「うわっ!! 何これ!? 隕石!?」
ジュウジュウと音を立てながら煙をまとってそれは立ち上がった。
現れたのはオレンジ色の悪魔だった。
だが、ソールルにはそれがメリッニであることが一目でわかった。
身も心も重ねた仲だ。わからないわけがなかった。
「メリッニ!! どうしてこんなことに!!」
思わずソールルは駆け出して彼女を抱きしめた。
「熱っ!!」
それでも体を離さなかった。
「う……うう……ソールルちん……。あたし……あた……あくまに……なっちっ……」
デモンは体中、傷だらけだった。
「誰かー!! 誰か治癒術者はいませんかー!?」
だが、どこからどうみても悪魔である少女を助けようという者は居なかった。
それどころか、戦いの構えをとっている者さえいる。
「そんな……。みんな……みんなぁ……」
次の刹那、メリッニはガブリとソールルの首筋に噛み付いた。
「え……あ……?」
そのまま肉をごっそり食いちぎる。すると鮮血が吹き出した。
「ははは。最愛の人の生肉サイコー♥ モリモリ力が湧いてくるっていうかー」
そのまま肩、二の腕、脇腹、太ももとガブガブと食い進んでいく。
手当たり次第にかじられて食いカスになったソールルはもはやまともに喋れなかった。
「……ソっだよね……ッニ……ん」
無邪気な顔をしてデモンは首を左右に振った。
「ん? ウソじゃないウソじゃない。ホントにパワーモリモリだって~♥」
「あ……あうあ……」
それでもソールルは変わり果てたメリッニに縋り付いた。
「チッ。人間風情が馴れ馴れしくすんなっつーんだよ」
オレンジのデモンは抱きついていた少女を容赦なく蹴り飛ばした。
彼女は人の血をすすったことによって悪魔の側面が強くなっていたのだ。
ソールルはさんざ食い散らかされた末に絶命した。
もうかつて恋人だった少女はメリッニにとってただの肉塊でしか無かった。
あまりのプレッシャーに他の学院生達は全く手が出せなかった。
「さぁて。エネルギー補給したし、またウルラディールの連中と遊びに行くかなぁ!! 今度こそは皆殺しだぁーーー!!!!!!」
それを視ていたザフィアルは勝利を確信し、不敵な笑みを浮かべた。
「面白い!! それでこそ手塩にかけて生成したデモンというものだ!!」
教主は乾いた拍手を送った。
そしてワインをくみなおして、深くチェアに座ると瞳を閉じて意識をシンクロさせた。




