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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter7:終わる凪(なぎ)来る禍(まが)
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オレンジのバトルフィールド

レイシェルハウトは戦場の毒気にあたってすっかり我を忘れていた。


融和ゆうわを貫き通すかと思えば、今度は剣を抜いて小競り合いを鎮圧ちんあつしに行くという。


まったく一貫性がなかった。だが、それは彼女だけが悪いわけではない。


彼女はウルラディール家の当主を務めるにはまだ幼く、荷が重かったのだ。


更にその上、戦場に駆り出されて人の生き死にを見て、そして殺していればおかしくもなる。


今まで虫を潰すように人をあやめてきたが、抵抗感は感じなかった。


だが、今になってそのしわ寄せが来ている。


それが戦いでしか自己表現できなかったあわれな少女の姿だった。


丘の上から見下ろすと東部と西部の武家が一触即発いっしょくそくはつで見合っていた。


よっぽど気に食わないのか、わざわざ西部までやってきている。


「いくわよ!! 西軍を攻めて無力化させるわ!! 東軍、全員、突撃ィィーーーーーー!!!!!!」


ザフィアルはそれを海底で高みの見物をしていた。


「ははは。これは愉快ゆかいだ。まさかウルラディールのお嬢様が火に油を注ぐとは。そうすればノットラントは荒廃こうはいし、破滅思想はめつしそうの教徒も大量に集めることが出来る。私は大したことはしていないのだが……れ手にあわだ」


彼は満足気にしていたが、ピタリと静止するとワイングラスを落とした。


「……これは……アルクランツだな? 全く小賢こざかしいマネをしてくれる!!」


死と蘇生そせいを繰り返すザフィアルと異常に長寿なアルクランツは昔からのライバルのようなものだ。


もっとも、互いに激しくにくみ合っていて、スキあらば殺そうとしている関係なのだが。


どちらも不死身ふじみに思えるが”殺せば死ぬ”のである。


何があっても生き残れるかと言えばそんな事はない。


だからどちらもそれなりに慎重に動いているのだ。特に戦場は避ける傾向けいこうがある。


そんな戦場でレイシェルハウトがヴァッセの宝剣を抜いた時だった。


急激にダークブルーの雲が飛んできて弾けて天をおおったのだ。


「突撃ィィィーーーー~~~~~ぃぃぃ」


思わずレイシーは剣を落としてしまった。


何をやっているんだと自分に言い聞かせるが、全身から力が抜けていく。


「うう……。サユキ、パルフィー、カエデ、リク……あなたたちは……?」


その場の全員と両軍の軍勢がダウンしていた。


ある者は四つんいになり、ある者はだるそうに仰向あおむけに倒れていた。


レイシェルハウトもなんとか力を入れてひっくり返った。


そして天をながめてつぶやいた。


「あれが……アルクランツ校長が協力してくださった魔術ですのね。これならノットラント中の戦意をぐことが出来る。それにしてもこんな大規模な魔術、どうやったら作り出せるのかしら……」


不思議とその群青の雲を見るに連れ、心が落ち着いてくる。


「私……空回りしてましたのね……。これからは戸惑とまどうことなく戦うことにしますわ。皆を護るために。犠牲ぎせいを出すことによって活かす事が出来ることもある……か。それに今更ですけど私の手は血で染まっています。ここで戦うのを止めたら倒していった者たちに申し訳がたちませんもの。このSOVソーヴちかって!!」


レイシェルハウトがいさましく剣を宙に向けると握った手は脱力して剣は地面に落ちた。


「ガランガラン……」


宝剣の音はむなしく響いた。


オルバの雲が出現してから3日ほど経つが、全く消える気配がなかった。


これが東西の争いのクールダウンに繋がり、全面衝突ぜんめんしょうとつの流れは少し薄れた。


そこで、レイシェルハウト達は直接、西部のバウンズ家をたずねて和平協定を結ぶことを考えた。


ROOTSルーツには反対するものも多かったが、先の戦いで共闘きょうとうした中とあってその案は通されることになった。


ただ、問題があった。レイシー直々に行くのはリスクが高すぎた。


護衛をつけても何が有るかはわからない。かといって誠意せいいを示すには本人が訪ねるのが一番早い。


決まるや否や、彼女はドラゴン便をチャーターしてサユキ、パルフィー、カエデ、リクを連れて西部へ出発した。


ジュリスはまた留守番である。


「ま、ROOTSルーツにきな臭い事があればアルクランツに密告するのが俺の役目だしな。ヒマっちゃあヒマだが、ま、しかたねぇかな」


彼のそでをラーシェが引っ張った。


「私は先輩と一緒に居られて幸せです!! 余裕があったらウォルテナをめぐりましょうよ!!」


あまりに能天気のうてんきな彼女にジュリスはため息をついた。


一方、ザフィアルはレイシーの動向を探っていた。


屋敷内に人間の姿をしたデモンをまぎれ込ませていたのである。


元は人間なのだから大抵たいていの人間は違和感を感じない。


ドラゴン便周辺の掃除をするふりをして行き先を盗み聞きしていたのだ。


「ふん。西部のバウンズ家か……。ここで和平協定が結ばれるとまずいな。破滅主義はめつしゅぎの滑り込む余地が無くなってしまう。おい、メリッニ。出てこい」


貝の天井からぬーっとその悪魔は現れた。


子供のような体格、オレンジの肌、3つの黒い目の魔物だ。


「貴様、人をこづかいのように。殺すぞ」


ザティスは白いローブを脱いで半裸はんらになった。


「ははは。出来もしないことをいうものではないな。命令がある。ノットラント西部のバウンズ家を破壊し尽くしてこい。そして目の見えない当主をれ。もし、髪の赤い少女がいたらそいつは生かしておけ。他は皆殺しだ。ほら、さっさといけ!!」


メリッニは頭を抱えて苦しみだした。ザフィアルの束縛そくばくから抜け出そうとしているのだ。


教主の呪印じゅいんが真っ赤に光る。


するとデモンはおとなしくなった。そして貝の天井をすり抜けて居なくなった。


「これは興味深い。あの程度のにえで作ったものが果たしてヴァッセの宝剣に打ち勝てるのか。いいデータが得られそうだ。それに、精鋭せいえい護衛ごせいが何人かくると見えた。1対多数でどこまでやれるかも気になるところだ。アイツは確かに優秀で強力なデモンだが、素体さえ揃えばいくらでも創れる。データを利用してそれよりも更に強力な悪魔を呼ぶ。ふははは!! 興奮してきたぞ!! この歳になっても成長するものだな!!」


ザフィアルは1人でテンションをあげると度数の低いワインを飲み始めた。


その全身にはあかつき呪印じゅいんが輝いていた。


その頃、ドラゴン便はトラブルもなく、1日かかるかかからないかでバウンズ家の郊外に降り立った。


ここ、ピーウィーはウォルテナほど発展しておらず、空港もない。


一行はまずは町中を視察した。


ウォルテナと同じくらいメインストリートがやられて黒焦くろこげになっていた。


「ひどい……」


げたクマのぬいぐるみを思わずレイシェルハウトは拾い上げた。


一度この街には来たことがあるし、バウンズ家の屋敷はかなり大きい。


たいして迷うことなく目標の建物についた。ここを通るのはひどく久しぶりに思えた。


門を通って邸内を歩く。するとすぐに当主の間に着いた。


「レイシェルハウト殿どの!! 先日は大変お世話になりました。お元気そうで何よりです」


このランカースという当主は目が見えない。それを杖と反射神経で補って生活しており、戦闘もできる。


「この不思議ふしぎな雲はなんなのです? これが出てきてから気力がいまひとつでして」


それが戦争抑止の魔術であることをレイシェルハウトは説明した。


「ああ、なるほど。それで武芸ぶげい稽古けいこが出来なくなっていたのですね」


和平協定の話を出そうとしていたところだった。


当主の間の扉を破ってオレンジ色のデモンが飛び込んできた。


全員がプレッシャーを感じてその場から飛び退いた。


「目の見えない当主と……赤い髪のガキ……。お前らだな」


彼女はあえて名乗る必要がないとばかりに話を続けた。


「屋内で暴れるのはマナーに反する。表へ出ろ」


こうして一同は中庭に追い立てられてしまった。


メリッニはニタァと笑った。


「なにがマナーだ。あたしはな、お前らと戦って八つきにしたいだけなんだ。見てろよ。今からこの中庭だけ雲をぶっ飛ばす!!」


彼女が手を天に突き出すとぶわっと雲が吹っ飛んだ。


そして空の色がオレンジにそまった。


「これで本気で戦える。どうする? 1vs1がいいか? 1vs多数か?」


相手は明らかに戦いを楽しみにしているようだった。


するとパルフィーが前に出た。


(あたしならある程度、耐久力がある。他のみんなは相手の攻撃をよく見てくれ!!)


本当に強敵と当たった時、パルフィーは無理に勝とうとしない。たてになろうとしているのだ。


殺人拳術さつじんけんじゅつを使いつつもこういう心根が優しいところがある。それがパルフィーなのだ。


彼女は型をとって準備すると早速、一発お見舞いした。


瞬陽掌しゅんようしょう!!」


素早い掌底しょうていが放たれる。


だが、気づくとメリッニはパルフィーの腕の上に乗っていた。


そして軽くりを決めるとパルフィーは吹っ飛んだ。


「いってぇ~!!」


「殺すつもりでったのだが、頑丈がんじょうだな」


だが、それでパルフィーは終わらなかった。


壁をって頭から敵に向かっていったのである。


降陽こうようッ!!」


勢いをつけて頭突ずつきを放った。


それは直撃してわずかにメリッニがのけぞった。


だが、ダメージはほとんど入っていないようだ。


「ウ……ウソだろ? あれを喰らってノーダメージってのは今まで無いぜ?」


オレンジの悪魔は手のひらをちょいちょいと振って挑発した。


「どうした? もう終わりか?」


パルフィーは冷や汗をかいて武者震むしゃぶるいしていた。


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