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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter7:終わる凪(なぎ)来る禍(まが)
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空を眺めて 雲を眺めて 空を眺めて

「ふぁ~あ。アルクランツ校長だって? 私は人にあれこれ言われてやるのは好きじゃぁないんだけど、彼女に歯向かうと後が怖いからね。しかたない、やるとするか」


中年男性は無気力げにボサボサ頭をいた。


「平和をたっとぶぶの賢人ウィザード矜持きょうじってとこ? あ~めんどくさ」


コフォルとルルシィは煮えきらない彼の態度にズッコケた。


(なぁ、彼は本当に賢人なのだろうか……?)


(知らないわよそんな事!! 校長はここだって言ってたじゃない!!)


「準備だけでも一苦労だ。さぁ、来てよ」


彼に手招てまねきされて2人が裏の空き地に行くとそこには驚愕の光景が広がっていた。


まずは草原くさはらの上で白く輝く魔法円。その精度の高さと技術力の高さにだ。


こういった術式に詳しいルルシィだが、思わず口をパクパクさせた。


「あ……ありえない。1人でこんな複雑な陣を!? しかも数時間で!? 練り込まれたマナも凄まじい量……」


それはコフォルにもわかっていて、思わず2人は冷や汗をかいた。


「で、そこの真ん中の泉が魔術修復炉まじゅつしゅうふくろ。この雲作り用にチューンナップしてある」


(1人でリアクターを立ち上げる!? この短時間で!? この人物、やはり紛(まぎ

)れもない賢人けんじん……)


いつの間にかオルバは膝丈のリアクターにかっていた。


「おーい。ぼっとしてないで。やるよ」


コフォルとルルシィもそれに続く。


感触は液体だったが、蛍光色けいこうしょくがかった黄色をしただ。


オルバはダークブルーの小瓶こびんを取り出すと綿わたあめを練るかのように中の気体をまとめ始めた。


「これが今回、ノットラントにかぶせる雲さ。上空にあるだけでマイルドな鎮静作用ちんせいさようがあって、怒りや興奮状態になると自然と脱力してしまうのさ。夫婦喧嘩ふうふげんかさえできなくなるくらいだから、戦闘なんてもってのほかだね。武器をにぎっただけでやる気がなくなると思う。あ、これはちゃんと人体で実証済じっしょうずみだから心配しないように」


雲をつくる手際の良さはまさに芸術だった。


2人は思わずうっとりとその様に見とれた。


「で、君らだけど脚を根っこにイメージして上に向けてマナを送る感じを繰り返すんだ。それによってパワーを供給して雲をふくらませて、送る。この作業は相当キツい。でもじくは私がやるから君たちに致命的ちめいてきな負荷はかからないだろう。私もまぁ数日寝込む程度だな。リアクターがあるから出来る芸当げいとうさ」


オルバは声を上げて幻魔げんまを呼んだ。


「おーい、運天うんてん!!」


白い雲に乗った、たぬきが現れた。年季の入った杖をもっている。


「話は聞いとったぞ。おぬし、バーストなんていつぶりじゃ?」


賢人は視線を泳がせた。


「ん~、ファイセルくんを東部にぶっ飛ばした時以来かな」


やれやれとばかりにたぬきは頭をかいた。


「そんなんで平気なんかい……」


不安視する運天うんてんを聞き流して続けた。


「ヘーキヘーキ!! 今回は3人いるしね。さ、じゃあ3人で輪になるように手をつないで……いくよ!!」


次の瞬間、一気に3人のマナが上空に吸い込まれ始めた。


「ぐううああああああああ!!!!!!!!!」


「きゃああああああああ!!!!!!!」


コフォルとルルシィは思わずそのショックに悲鳴を上げた。


「…………………………」


だが、オルバはすずしい顔をしている。


あらがうんじゃなくて自然体、自然体だよ」


2人ともコツがつかめてきたのか、だんだん呼吸が安定してきた。


「そうだ、いいぞ。ブーストのエネルギーはOKだ。あとはこれをノットラント上空に送り込んで展開させる。こっからが本番だよ!! いくぞ、運天うんてんッ!!」


いつのまにか重い雨雲のようなダークブルーの塊が出来上がっていた。


相分あいわかった!! 送って弾けさせるぞ!! 力をめい!!」


先程さきほどより激しい負荷がかかる。


コフォルとルルシィは思わず気絶しそうになった。


するとオルバが2人の腕をひしっとにぎった。


「おっと先にかれたら困る。まだまだ本気が出せるはずだよ。ほら、カラカラになる老木ろうぼくをイメージして」


無茶を言うとコフォルとルルシィは思った。


だが、実際に一番負荷がかかっていたのはオルバだった。


にもかかわらず平然としている。マナの器の底が全く見えなかった。


気づくとリアタクアーの水かさが少しずつ減り始めた。


「お、いいよいいよ。この調子この調子」


そうは言っても2人は既にクラクラして意識朦朧いしきもうろうだ。


「全く。依頼しに来たんだから役割は果たしてもらわないと困るなぁ。ちょっと手荒だけど……。おーい運天うんてん。ここの2人に電流を流してくれ。結構キツめに」


運天うんてん天候系統てんこうけいとうを操れる幻魔だったので電気を起こすのはお手の物だった。


「ええんかのぉ。気張きばるんじゃぞ!!」


彼は杖の先をくるくると回した。


「バチバチバチバチバチ!!!!!!!!!! バリバリバリバリ!!!!!!!」


すぐに強力な電圧がコフォルとルルシィの体に走った。


「あがががががが!!!!!!!!」


「ググググググググ!!!!」


コフォルとルルシィは締め上げられたカエルのようなリアクションをとった。


「お~しびれてるしびれてる。魔力の供給のペースも上がった。いいぞ」


「でもこれ拷問ごうもんみたいだし、後遺症も気になるからなぁ。まだ雲は展開してないし、休憩をはさむのもやむなしか……ん?」


依頼を受けて来た男女に意識が戻ってしゃべり始めたのだ。


「あが、ま、まだだだ、だいじょ……ぶ」


「ややや、やれま、ふぅ~」


賢人は口笛くちぶえを吹いた。


「ヒュ~。ガッツあるじゃん。運天うんてん、電撃止めて。マナ注入を再開するよ」


電撃が止んで静けさが訪れた。


「いいね。自然体だよ。自然体。種が水を吸い、大地からを出し、やがて大樹へと育っていくイメージだ。それを人体で再現する。プランタニーと呼ばれる魔術回路の構築さ。なぁに、コツさえつかめば誰でも出来る。特に君らならすぐにできるはずだ。まずは自然と体を1つにすること。種を育て上げて雲に育てるイメージだよ」


この時、コフォルとルルシィは確信した。彼がウィザードであることを。


そして3人は深呼吸した。周囲を囲むむせ返るような緑の香りが胸いっぱいに広がる。


「よし。もう一度行くよ。魔術修復炉まじゅつしゅうふくろの液体を脚から胴へ吸い上げる。そして腕で循環させたら頭へと移動。そこから天に集中させる。このままだとまた気絶するから自然体。意識を無にするのと集中を同時にやる。そら!!」


急激なエネルギー吸収が再び起こる。


コフォルとルルシィは何度も気絶しそうになりながらなんとかこれを乗り越えた。


運天うんてん!! クラウドをノットラント上空でバースト!!」


「あいよ!!」


練り固められた群青色の雲は高速で飛んでいった。


「ハァ……やりましたね。オルバさ……うっ!?」


声をかけたコフォルは驚いた。本当に賢人は枯れた老木みたいにシワシワのヨボヨボになってしまったのだ。


「きゃあああああああ!!!!!」


思わずルルシィは悲鳴を上げた。


自分たちも全身が痛く、ろくすぽ動けなかったがオルバは更に重症じゅうしょうだった。


「オルバさん……私達への負荷を抑えたからこんなことに……」


リアクターがあればあるいはといったところだが、残念ながら足元のはカラカラに枯れていた。


「くっ、なんとか、しなきゃ……。でも、体が……うごかない……」


ルルシィは悔しげに顔をゆがめた。


その時、無言だった骨と皮だけの人がしゃべった。


「だ……じょぶ……。この……ふくろは……じかんが……てば、またわくんだ。だから……あせらず……じっとしてるんだ」


オルバの状態が状態だけに2人は心配で心配でしかたなかった。


だが、30分としないうちに黄色い液体がき出てき始めた。


リアクターとしては驚異的な再生の速さである。


足先がかると、脚に力が入るようになってきた。


賢人けんじんもあれだけカレカレになったのでダメかと思われたが、脚はふっくらと丸みを取り戻し、肌の色ももとに戻ってきた。


胴の半分くらいまで達すると一気にオルバはもとに戻った。


「ふぃ~~~~~~!!!!!! 死ぬかと思ったぁ!! ね、言ったでしょ。カラカラになるって。でも君たちが居なければそれこそ命がけになってたよ。まったくアルクランツめ。今度あったら散々文句いってやるよ。いや、まぁ2度と会うことはないと思うけどね」


まるで温泉に浸かるような心地よさだ。


修復炉しゅうふくろでくつろぎながらオルバは言った。


「私は死ねないんだ。ここいら一帯と中部の治安維持ちあんいじ環境保全かんきょうほぜんがあるからね。ホラ。よくさぁ、師匠が死んじゃってその志を受け継ぐとかアツい展開があるけど、私はそうなってはいけないんだ。だって私が死ぬと困る人が多すぎるからね。だから薄情はくじょうだけど、たとえ弟子を見捨てることになっても私は死ねない。それが私の義務でありモットーだからね。もっともコレジールの先生のほうがよっぽど師匠に向いてる、あっちは”殺しても死なない”レベルだし」


それを聞いてルルシィは感動したようだった。


「なんというか……達観たっかんしてますね。さすが賢人様けんじん


コフォルと同じくらいの人物にそう呼びかけるのはなんだか違和感があった。


「そう、それ!! 賢人けんじんって呼ばれるのもなんだかなぁと思うよ。だってさ、朝起きてご飯食べて、空をながめてお昼食べて。んでまたうつらうつらしながらぼんやりと夕暮れまで雲をながめて。こんなの賢人けんじんでも何でも無いよ。でしょ? なのにありがたがられるのは買いかぶりすぎだと思うんだよね」


思わずコフォルとルルシィは偉大いだいな人物のマイペースさに笑ってしまった。


「ふーむ。そんな面白いこと言ったかね?」


こうして3人はに浸かってすっかり体力と英気を養うことができた。


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