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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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鳥になった分析官

 パルフィーが前方の野盗を殲滅している時、裏ではサユキが戦闘を開始していた。


 父からの嘘の言伝に畏怖していたレイシェルの肩に手をかけて落ち着かせ、自分も同時に腰を下ろし、ほろ馬車の床にうつ伏せになった。


 そのまま、どこに隠していたのかいつのまにか白い巾着袋を取り出し、彼女の左側に置いた。右腕をくの字にして腋を閉め、肘を床につけた。


 後方から攻めてきた2人の野盗達は前方から上がる常軌を逸した悲鳴のような叫び声を聞いて二の足を踏んでいた。


 二人で顔を見合わせながら、こちらの様子を伺っている。ほろ馬車の中は影になっているのであちらから馬車内の様子を覗く事は出来ないはずだ。サユキが素早く左手を巾着袋に突っ込んでつぶやいた。


「なんとまぁ迂闊な……。しゃしゃり出て来なければ命を落とすことは無かったのに!!」


 サユキはカンザシと呼ばれるジパの髪飾りを取り出して上に向けた掌の上にのせた。


 先端は尖っていて、反対側の先には真っ赤で小さな華細工があしらわれている。

 

 サユキが愛用しているのは玉カンザシと呼ばれる種類のもので、装飾は控えめで先端も二股などに別れておらずシンプルなものである。


 カンザシを乗せた掌の上は平らではなかったが、まるで方位磁針のようにカンザシはピンと水平に乗った。


 サユキは目を閉じて相手の位置を探っているようだったが、カンザシがわずかに動いて目標を捕らえたのを感じてすぐに目を見開いた。


「一人目ッ!!」


 電光石火の速度でカンザシが発射された。あまりに速く、どちらに飛んでいったのか、レイシェルは肉眼で追うことが出来なかった。


 だがおそらく彼女の放ったカンザシはほろ馬車のほろを突き破って、今頃野盗の頭部を貫いていることだろう。


 予想通り発射直後に外で人間が倒れこむ音が聞こえた。大声でもう一人が声を上げる。


「おい、どうした、しっかりしろ!!」


 サユキはすぐに次のカンザシを手に取り掌においてリロードした。再び目を閉じて、ターゲットに狙いをつけた。


 倒れた人間にもう一人が駆け寄る様子をうっすらと感じることが出来る。彼女のこの能力は第六感というよりはマナを感知する神経を研ぎ澄ませている。


 そのため、ターゲットを目視せずともこのような正確な狙撃が可能なのだ。このような狙撃がサユキの十八番である。


「それが迂闊だって言ってるのに!! 二人目ッ!!」


 またもや猛烈なスピードでカンザシが発射され、ほろ馬車の外は静寂に包まれた。


 確かな手応を感じサユキは体を起こして和服の上半身を払ってから正座をし、リラックスモードに入った。前方のアレンダが二人に報告しながらペコリと頭を下げる。


「パルフィーが前方の3人を殲滅しました。サユキ様もご苦労様でした」


 いつのまにかパルフィーが馬車の後ろに回ってきた。倒れている野盗の死体の足を掴んで思いっきり森のなかに放り投げていく。前方の連中も同じように投げ飛ばしてきたらしい。


「まぁどうせ死体はモンスターか何かに食われるからそんな隠滅ってほど大したことしなくて大丈夫っしょ。こういう地面の血痕だけどうにかしておけばっ!!」


 パルフィーは地面に向けて素早く拳を素振って拳圧によって血痕の残った雪を地面ごと抉って吹き飛ばし、痕跡を消していた。


 前方、後方と囲まれたので二人で応戦したものの、この程度の相手ならば馬車内の3人のうち誰か一人でも難なく全滅まで追い込むことができるだろうとアレンダは分析した。


 割と強固に張られた敵陣でも突破して強襲可能なこの3人に毎度白羽の矢が立つのは当然と言える。


 そんな3人組がちゃんとしたフォーメーションで戦った時の戦闘力はとてつもなく高いはずだ。


 しかし、オールレンジ攻撃が可能なレイシェルがフォーメーションを乱しがちなためになかなかベストの状態になることが無い。


 大抵いつも、サユキとパルフィーがレイシェルのスタンドプレイに合わせる形で戦っているからだ。これだけはもったいなく、どうにかならないかとアレンダは考えていた。


 戦闘を終え、馬車はまた何事も無かったかのように街道を走り始めた。


「うわ~、にしてもザコかったなぁ。何がドール・エンハンサーズだよ。あーお腹減った。そろそろお昼だね。確か、ホワイト・カンガルーの骨付きモモ肉があったよね。食べよう食べよう!!」


 ウキウキした様子で食糧袋に伸ばしたパルフィーの手をサユキはガッシリと掴んだ。


 そしてにこやかに笑いながらライネンテ海軍のレーションを差し出した。笑ってはいるものの、パルフィーはサユキから無言の圧力を感じた。


 隣でレイシェルがエプロンをしながら、骨付き肉を皿に載せてナイフとフォークで行儀よく食べていた。


 馬車の中なのだから、それほどマナーに気を使う必要はないのではとパルフィーは羨望の眼差しを向けながら内心思った。


「あ……、アタシ、まだお腹そんなに減ってないんだよね。や、やっぱ後回しでいいや」


 それを聞いたサユキはレーションを箱に戻した。レーションは空腹のパルフィーでさえ手を出さないほどマズかった。


 彼女はたまらんと言わんばかりに目をつむってどっかりとほろ馬車の端に座り込んだ。


 そのまま不満そうな態度でちらちらとレイシェルの方を見ていたが、やがて空腹に耐えるうちにふて寝してしまった。


 二日目の夜はダッザ峠の麓町、ダッザニアの近辺で再び野宿をした。さすがにアーヴェンジェの本拠地である峠に近づいたということもあって、夜間の警戒態勢は念入りにとられた。


 サユキが見張っている時、昼間の間ずっとふて寝をしていたパルフィーがとっさに起き上がった。


「……お腹が空いて眠れないよぉ…………」


パルフィーは耳をシュンと垂れてひもじそうに座り込んだ。サユキは気の毒に思ったが心を鬼にしてレーションを手渡した。


 あまりにもマズくてパルフィーが好き好んで食べないからとはいえ、彼女は出発してわずか2日目で既に7個ものレーションを平らげていた。


 平均的な食欲ならば少しかじっただけでも腹5分目を満たせることからすると彼女の食欲は底が知れない。


 パルフィーは思わずむせび泣きを始めた。パッケージングされたレーションの小箱を開けて中の銀紙を剥いていく。すると黄色くテカテカと光った本体が露出した。


 見た目はまるでハチミツを固めたようで美味しそうなのだが、味はお察しのとおりである。


 薄める前の麺つゆの原液のような甘じょっぱい味は耐え切れなくもないが、鼻を突くようなセロリのような青臭い刺激的な妙な風味は耐え難い。


 パルフィーは時折、しくしくと声を上げて泣きながらレーションを少しずつかじっていた。


 翌日の朝、ほろ馬車はダッザニアに寄る事無く、峠の坂道を登っていた。ダッザ峠はさほど高い山にある道ではない。


 ただ、土属性を発するクリスタルのかけらが山のあちこちに溶け込んでいるため、ノットラントにしては珍しく雪が積もらない禿山であるといいう特徴があった。


 あまりにも土属性の影響が強いからか、草一本として生えない不毛の山でもある。


 さほど規模の大きい山ではないので迂回してもいいのだが、峠を作って越えるほうが時間も手間も省けたので大昔に作られた峠道が今なお活用されている。


 だが今は例の賞金首の根城になっているという噂が広がり、裾野を迂回して通過する旅人も多い。


 馬車などは裾野を抜けることが出来ないため、今頃ダッザニアは足止めを喰らったキャラバンでごった返しているはずだ。


 峠の中腹にさしかかった頃だった。パルフィーの耳につけた、挟んで身につけるタイプのイヤリングから声がした。


 パルフィーはそれに反応してイヤリングの垂れ下がっている方の耳をピクピクと動かしながらチラリと見た。馬車の中にはサユキだけが居なかった。


「わかっているとは思うけど、そろそろ相手の射程圏内に入るわ。準備をして頂戴」

「あいよ」


 パルフィーはイヤリングに返事を返すとほろ馬車の前部から出て、開いている方の座席に立った。それを見たアレンダは緊張の面持ちで頷き、歯ぎしりをした。


 思わず聴覚にも敏感なパルフィーがたまらないとばかりに上から抑えるようにしてネコ型の耳を塞いだ。


 この歯ぎしりはあまり知られていないピリエー制御方法の裏技で、ピリエーが危機を判じた時に発する音波と人間の歯ぎしりの波長が似ている事を利用したものである。


 歯ぎしりすることによって、ピリエーを散開させる事が出来るのだ。


 それを聞いたピリエー達は耳とヒゲをピンと立ててピクピクとせわしなく動かし始めた。真っ赤な瞳は用心深げに周囲をキョロキョロ見回している。


 やがて彼らは馬車を放り出して引き棒を飛び越し、一目散に峠を下ってガサガサと音を立てながら森の奥に消えた。


 これを聞いて逃げ出したピリエーを捕まえるのは難しく、使いどころの難しいテクニックだ。


 しかし、アレンダは独自に調合したピリエーが好きな香りを放つピリエーズ・ペーストを携行しているので、それを木にでも塗っておけばピリエーが虫のように集まってくる。


 二匹のピリエーの回収方法を確認したあと、パルフィーがアレンダの胴回りを抱えて右腕の腋に抱えた。


「パ、パルフィー。わ、私、こういうのは苦手で……だ、だから手加げ……」


 そうアレンダが言うのを聞いてか聞かずか、パルフィーは腕を後方に振りかぶってから、思いっきりブランコのような軌道を描いてアレンダを向かいの丘めがけて全力で山なりに放り投げた。


「きやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」


 少女の絶叫があたりにこだました。この悲鳴でこちらの存在が目立ってしまったが、どのみち待ち伏せを食らっているのはわかりきっている事なので、見つかるのが多少前後するだけのことだった。パルフィーはそれを見届けて昨晩のサユキとの作戦を振り返った。


――「パルフィー、お願いだから泣かないで頂戴。私は貴女がいつもそうやって悲しそうにしているの、見たくなくってよ」


 そう言いながら、サユキは大きめのホワイト・カンガルーの骨付き肉をパルフィーに差し出した。すると、パルフィーのしょぼくれた顔は弾けるような笑顔に変わった。すぐに骨付き肉を受け取って一心不乱に食べだした。


「まったく、貴女って娘は。落ち着いたようで何よりだわ。集中力が続いているうちに、明日の計画を立てましょう。恐らく、一連のほろ馬車襲撃事件はそれ自体が”罠”だわ」


 パルフィーはまともな物を腹に入れたおかげでいつもの調子を取り戻した。少しずつ味わうようにして肉を食べながらサユキの話に耳をそばだてた。


 サユキはパルフィーが耳を立てて居ることを確認して作戦の続きを喋り始めた。


「泥儡のアーヴェンジェはお嬢様をおびき出す為にあえてダッザ峠で騒ぎを起こしているのよ。ウルラディール家との距離、強奪する品物。彼女の腕ならもっと価値のある積み荷を狙うことも可能なはずだわ。にもかかわらず、リカー・コリッキを3連続で襲撃している……。つまり、奇襲をかけるどころか逆に私達は既に待ち構えられているのよ」


 パルフィーは肉をかじりながら興味深そうに聞き入っていたが疑問をいだいてそれを口に出した。


「アーヴェンジェは名を上げるためお嬢の首を狙ってるってことか? それって、どっからかお嬢の情報が漏れてるって事じゃないのか?」


 サユキは一瞬、憂いの表情を浮かべたが、すぐに余計な杞憂だとばかりにパルフィーの方を落ち着いた様子で見つめた。


「ええ、確かに漏れていた事にはなるわ。でも、どのみち明日お嬢様がアーヴェンジェを討ち取ればノットラント全土にお嬢様の情報は広まるわ。そこはあまり気にしなくていいと私は思っているの。それより敵襲を予測して要塞のように固められたダッザ峠をどう攻略するかの方が問題ね。なんの計画もなく突っ込んでいけば苦戦は必至」


 パルフィーは早くも肉の無くなった骨付き肉の残骸の骨をかじりながら、サユキがどんな作戦を立てるのかと腕組をしながら聞き入っていた。


「アーヴェンジェが恐ろしいのはどう仕掛けてくるかわからない事よ。泥人形達を使った物量作戦を得意とするって情報が広く流れているけれど、お嬢様をわざわざおびき寄せて首を取る自信があるなら必ずそれ以上の”とっておき”があるはずだわ。それを掴むのは難しいこと。そこで、せっかく着いてきてもらっている事だし、アレンダに分析してもらおうと思うの」


 サユキとパルフィーは表の馬車の座席に座ったまま眠っているアレンダを見つめた。彼女は交代で警戒を解いている時も、馬車には入らず座席についたまま座って寝ている。


 メンバーの中では見劣りする彼女だが、その姿勢から自分の役割をしっかり果たそうとする意思が感じ取れた。


「だけど、アレンダを攻撃のド真ン中に置くのは賛同しかねるなァ」


 パルフィーは既に肉の味の抜けきった骨をなおもかじりながらそう意見した。


「そこで、よ。メンバーを2つに分けるわ。敵の真ん中に放り込まれても簡単に死ぬことのないお嬢様と貴女は峠に真っ先に乗り込んで、殲滅役兼、囮になってもらうわ。来る時に峠近くに丘が見えたでしょう? あの高度の丘に位置取れば峠の麓からてっぺんまで私の射程範囲におさめる事ができる。私はそこから二人を援護するわ」


 パルフィーは満足したとばかりに伸びをしながら腹部をさすり、足を投げ出した。その長い足がほろ馬車の端にぶつかって音を立てた。伸びを終えた彼女は再びアレンダの方を見てから馬車の前方を指さした。


「それはいい案だけど、アタシもお嬢もピリエーの操縦なんてできないよ? いくらこちらから奇襲をかける作戦がバレてるとはいえ、姿を隠さずに登っていこうものならもっと猛烈な抵抗を受けるはず。やっぱり、アレンダには居てもらわなきゃ困るよ」


 サユキは妙案があるとばかりに人差し指を立ててウインクしながらにやりと笑った。


「そ・こ・で・よ―――」

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