理想と現実を天秤にかける
アルクランツは今回のマッドラグーン上陸作戦の振り返りをしていた。
「ふむ。思ったより教会は弱かったな。いや、こちらが力を入れすぎたか……? ザフィアルはニヤケながらあの戦いを見ていただろうな。手の内が減った。まったく癪にさわる奴だ!! 聖属性の高い戦場だったから不死者は寄り付いていないようだが……」
他にも校長はROOTSと学院の関係が険悪になりつつあるのを厄介に感じていた。
一応、同盟を結んでいる両者だがその方針には決定的に異なる。
レイシェルハウトはすべての者が仲良くなる”融和”を掲げている。
一見するといい事のように思えるが、不死者や悪魔とも共存しようという考えだ。
学院としてはそんなことを到底、認める訳にはいかない。
この現実を知らない青臭い思考の事をアルクランツは“頭にお花畑が咲いている”と形容するくらいにギャップがあるのだ。
対するアルクランツはウィザーズ・ヘイヴン……すべての生物を賢者にするという目的の元に動いている。
ポイントとしては不死者やデモンズなどのトラブルメーカーは徹底的に封印することだ。
その上で亜人などは存続させる。
魔術師主体の楽園、あるいは選民思想のようにも思えるが、そういうわけでもない。
賢者は不毛な争いをしないので戦争は起こらないし、互いに譲るということを知っているので欲もはびこらない。
現にアルクランツが”いいとこ”まで行った回はかなり平和な世の中だったらしい。
だからこそ、必死に彼女はウィザーズ・ヘイヴンを目指しているのである。
そんな中、幼女はスヴェイン教授を通じて誰かと話していた。
「おう坊主。誰かに背中からグッサリ刺されていないか?」
声の相手はジュリスだった。彼はROOTS監査部に所属しているが、内情をリークする役割も果たしている。
「まったく、縁起でも無いこと言わないでくださいよ」
通信先からむしゃむしゃと何か食べる音がする。
「校長……何か食べながら話すのはやめてください」
ジュリスの指摘は一切無視された。
「で、どうなんだそっちの勢力は? むちゃむちゃ……」
呆れた様子が声で伝わってくる。
「もともと、屋敷の奪還が共通の目的でしたからね。それが終わった今は腐敗しきってますよ。邸内ではカネで人や物が動いてますからね。いくつか派閥もできてるし、中には学院を仮想敵としてるグループもあるくらいです」
アルクランツは鼻で笑った。
「ふふん。ROOTSごときが学院に敵うとでも? 甘くみられたものだな。だが、こちらとて子供ではない。メリットのない戦はやらん。ましてやこのご時世だ。下手に戦力を消耗するのは生死に直結する。まぁあとはお嬢様の返答次第だ。安心しろ。同盟であってもなくても攻撃対象にはしない。最後の局面まで残ったら然るべき対処をするがROOTS単体では勝ち残れんだろう」
一方のレイシェルハウトは激しい葛藤に悩まされていた。
融和の願いは譲れなかったが、かといって本当にこのまま学院との連携が切れると眼の前の衝突を回避できない。
戦を避けるなら学院の協力がいるが、主張は通せなくなる。
いっそここで学院と袂を分かつべきなのかとさえ考えた。
しかし、レイシーは悩んでいた。アルクランツのずる賢さは痛いほどわかっていたからだ。
少なくとも相手に回すべきではないとひしひしと感じられる。
目的が違う以上、争いが生じるのは仕方のないことだが、この衝突はあまりにも残酷だった。
学院の方針に従えば同盟は維持され、無下にされることはないだろう。
そうすれば勃発寸前のノットラントを抑えるのに協力してくれるはずだ。
だからこそ、繰り返してアルクランツは考えを改めるように言い聞かせているわけだが。
なかなかどうしてこの当主の考える融和は非常に大切な物だった。
亡き親友、クラリアも事あるごとに”東西の仲がよければ気軽に遊びに行き来できるのに”と嘆いていた。
レイシーも常々(つねづね)思っていた。だから、世界平和という漠然としたものではない。
あらゆるものが仲良くいられる融和な世界を強く意識していたのである。
だが、残された時間はそう多くはない。
悩んだレイシェルは信用のおける人物たちを部屋に招き入れた。
サユキ、パルフィー、カエデ、リク、ジュリス、そしてファネリの5人だ。
「わかっているわね? 皆の意見を聞きたいの」
まっさきにジュリスが声を上げた。
「なぁファネリの爺さんよ。ウルラディールに尽くしてきたっつーわりには冷めてるじゃねぇか。それじゃ裏切り者と言われても仕方がないぜ」
組織の裏を知る青年の言葉である。思わずその場に衝撃が走った。
だがファネリは長いひげをいじりながらなんとも言えない表情をした。
「ジュリスや。おぬし、知っとるじゃろ。わしが間に立ってROOTSのバランスを維持していることを。お嬢様絶対主義者の顔をしつつ、邸内のカネ遊びに興じ、裏では学院を落とせないかと画策する……これらを全部引き受けている身にもなってみぃ。そりゃ疲れるわい。情熱だけで人は動かせんし、動かんよ」
思わず一同は静まり返ってしまった。
ジュリスは平然と言ってのけた。
「あぁ、ROOTSに学院を狙う層が居るって報告しちまったからな。まったくあの幼女魔女は通信越しでもプレッシャーかけてきやがんの。勘弁してくれよな……」
レイシェルハウトは恐る恐る尋ねた。
「そ、それで……アルクランツ校長の返答は……?」
紅蓮の制服の青年は肩をすくめた。
「安心しろよ。こっちから攻撃でもしない限りは問題ねぇ。脈がなくなったわけじゃなくて協力の意思を示しているうちはそれなりに手伝ってくれるフシはあったぜ。つまるところザックリ言えばお嬢様のワガママ楽園とノットラント全土を天秤にかけるという事になってるぞ。校長が言ってるのはそういう事だ」
サユキは難しげな顔をしていた。家来なのだから基本的に主君に反することは出来ない。
「私はあえて発言を控えさせていただきます」
隣のパルフィーは話についていけて居なかったが彼女なりに答えを出した。
「ん~~~。アタシは難しいことはまったくわからんけど、シソーで腹は膨れないけど、肉でお腹いっぱいになるだろ? だから多分、シソーより肉をとるべきだとアタシは思うぜ?」
全く的はずれなことを言ったと思われたが、意外と的を得ていた。
カエデは複雑な表情で額に手をやっていた。
「私達は同盟とは言え外部の者ですからね。他家の方針にまで口を出すことは出来ませんね」
リクもそれに続いた。
「俺もですね。ノーコメントです」
最後にファネリが残った。
「ふ~む。お嬢様の理想はご立派ですが、やはりここはノットラントの平和をとるべきだと思います。先代のご当主様もノットラントの平和的統一を目指しておりました。もっともその溝は埋めることができませんでしたが……。ここは一度、校長の協力を得てひとまず大戦の起こりを押さえ込みましょう。もしここで炎上してしまえばもうそれこそ楽土創世のグリモアが出てきかねんですじゃ。所詮、時間稼ぎにしかならないかもしれませぬが、やらぬよりマシですじゃ」
レイシーはジュリス、パルフィー、ファネリの意見を参考にした。
そしてしかめっ面をすると腕を振り抜いた。
「融和は二の次ッ!! 東西ノットラントの衝突を止めるわ!! 学院に連絡して助力を受けます!! みんなもついてきてくださるわよね?」
一同はコクリと頷いた。
一方、遠く離れたラーグ領のポカプエル湖……。
創雲のオルバはいつものようにハンモックにぶら下がっていた。
誰かがコンコンとドアをノックする。だがここには魔術的結界を張る幻魔が居て、魔法の霧でたどり着けないはずなのだ。
「あ~、すいません。用事があるのですが……」
ノックは何回も続いた。流石に頭に来たオルバは木でできた家の玄関を勢いよく開けた。
そこにはとんがり帽子の男性と艶のある黒髪でナイスバディな女性が立っていた。
「あのね、あなたらね……」
男性は言葉を遮って要件を伝えた。
「ノットラントまで雲を飛ばしてほしいんですが……」
深緑色のローブの男は思わず声が裏返った。
「ノットラント!? アンタ馬鹿言っちゃいけないよ!! そんなところまで飛ばしたら私が干からびちゃうって」
そう言いながらオルバは目を細めた。
「ん~? ん? なんだ、あなたらパッと見かなりの腕利きじゃないか。事情ありってワケか。なんでこんなとこに来たかしれないけど。じゃ、私は昼寝が忙しいので」
彼を呼び止めるようにとんがり帽子は答えた。
「ファイセルくん、しっかり成長してますよ」
そう、この2人はコフォルとルルシィだったのだ。
興味深げにファイセルの師匠は聞き入った。
結局2人を家に上げてしまい、雑談に花が咲いた。
「ん~、あ~、え~、で、なんだっけ? ノットラントの小競り合いを何とかする雲を作ってくれ……かぁ。アルクランツでしょ? 無茶言う。雲については心当たりがあるんだけど、何より距離がなぁ。理論的にはノットラントまで飛ばせるけど、かなりのマナが必要になる。そこで送られてきたのは君たちってわけか……。普通なら絶対無理だけど、君らとなら3人が全力を出し切って届くかどうかだね」
早めにオルバ、コフォル、ルルシィは打ち合わせをしたり、陣取りの計画などを始めた。
「う~ん、私の雲はそこまで早くはないんだよ。ただそれは通常の場合だけで、ブーストをかければ高速で飛ばせる。だけどブーストは相当キッツいよ? 本当に木の節みたいにカラカラになる。冗談じゃないほどだよ。一人前でも死にかねないね。そこは覚悟してほしい。まぁ君らなら最悪でも死にはしないと思うけどね」
オルバは魔法円をチョークで描きながらボソリとつぶやいた。
「ブーストなんて何年ぶりだろう。あ~めんどくさいなぁ~」
ここ一番でも締まりがないのがオルバという人物なのである。




