WvsE&Demons
海底のホタテ貝のようなシェルターの中にカルト教団のザフィアルは居た。
気に食わないとばかりに乱暴にワイングラスをテーブルに置く。
「つまらんな……。ノットラント全体が力を合わせて教会を撃退……? フラウマァが潰れたのはいい気味だが、この東西が協力する機運は面白くない。ノットラントには血塗れになってもらわんと楽土創世のグリモアに水をさしかねない。ここは手を打つとするか……」
そう言うとザフィアルは数人の生贄を用意した。
「お前らはこっち、お前らはこっちだ」
数人ずつ分けると教主は暁の呪印をかざした。
「ありがたく思え。これでお前らもデモンだ。格下で使い捨ての駒だがな……」
貝の吐く泡にのって彼らは海岸に降り立った。
揃って虚ろな表情をしていて、はたから見ると無気力だった。
片方の数人はバウンズ家を目指し、残りはウルラディール家を目指した。
魔術じかけの人形のように疲れを知らぬ強行軍で彼らは走り続けた。
そしてそれがバウンズ家、ウルラディール家のホームタウンに到着した時だった。
「東部武家、ウルラディールに栄光あれ~~~!!!!!!!!」
下級の悪魔は市街地のど真ん中で分散しながら自爆テロをし始めたのである。
しかし、他人から見たら普通の人間と大差ない。東部からのテロだと皆もが思った。
しかも爆発はかなりの威力で、メインストリートがボロボロになるレベルだった。
一方、ウルラディール家にも同じようにデモンによるテロが行われていた。
「西部武家、バウンズ家、万歳~~~~!!!!!」
同じようにウォルテナのメインストリートは黒焦げになった。
このニュースは瞬く間にノットラント全土に広がり、混乱をもたらした。
各地で小競り合いも起こり始めていて、予断を許さなくなっていた。
うまいこと計画通りに行ったザフィアルは満足げに笑っていた。
「はははは。これだから人間とは愚かなものだ。先程まで共闘していたのに一瞬で崩れる。そのわりに絆などというのだから滑稽な話だ。さて、どう出るかな? ウルラディールとバウンズは仲違いしないと見えるが、それを他の連中が認めるかどうかだろうな。まぁここまで派手に互いを破壊しあえば悠長な事は言っていられん。さぁ、パーティーの始まりだ!!」
その情報はすぐにアルクランツ校長に入ってきていた。
「こんなマネをするのは……ザフィアル以外にはいないだろう。アイツの予定通りのシナリオだしな。お嬢様は仲裁に出るだろうが、ここまで損害が大きいと話し合いでは事が済むまい。東西が正面衝突する……それどころか毒気に当てられた各地の勢力もノットラントに集結する。やはり大戦の勃発は避けられんな。それによって流れた血が例のブツを呼び寄せる……か。いまのところザフィアルの一人勝ちと言っても過言ではないのかもな」
彼女がそんな独り言をつぶやいているとレイシェルハウトから連絡が入った。
「ん? お嬢様か。お前らは無事か? まぁ連絡してきているということは屋敷は無事か。市街地はこっぴどくやられたようだが……」
通信先の相手は焦りを隠せない。
「校長先生!! これは……もしかしてザフィアルの仕業ですの!?」
姿が見えていないとわかりつつも思わず頷く。
「言うまでもなかろう。こんな醜悪な趣味の持ち主はあいつしかおらん。で、お前らはどうするというんだ?」
レイシェルハウトは黙り込んでしまったが、すぐに答えを返した。
「それは……言うまでもありませんわ!! 東西の誤解を解いて戦を回避します!!」
だが、アルクランツは厳しく当たった。
「状況はそんなに甘くはない。もう喉元に刃を突きつけられているようなもんなんだぞ。むざむざ死にたくなかったらヴァッセの宝剣を手に戦え。認めたくはないが、戦いで救える未来もある。お前の言う融和は現実を見ずしての理想に過ぎないッ!! 私とて何人もの仲間や部下、学院生達を束ねる責任者だ。甘ったれたことを言うようではこれ以上、ROOTSに力は貸さん。頭を冷やせ!!」
ブツリとスヴェインの通話は途切れてしまった。
戦いが暴発する前にレイシェルハウトは皆の意見を聞くことにした。
ROOTS全体としては当主の意見に従うというものも多かったが、やはり西部との軋轢は強く、半数は対立的な意見が目立つ。
これでは集団がまとまって融和を目指して動くには無理があった。
だが、戦いを止めたいという根強い意見があるのも事実で、特にノットラントを戦乱の舞台にしたくはないと思う者は多かった。
学院とROOTSが分離しつつある今、どう分かれるかが話し合われた。
真っ先に声を上げたのはコレジールだった。
「当然じゃが、わしの弟子のファイセルとアシェリィは連れていくぞい。こやつらはノットラントの争いに一切関係はないからの。それに、戦場に出して傷つけるのも忍びないしの」
彼がそう言うとすぐにシャルノワーレが意志を示した。
「アシェリィが行くなら私も帰りますわ。今の段階ではクレイントスを……リッチーを討つのは難しい。ここは一旦、退くこととしましょう」
アシェリィにひっついていたいというのが丸見えだったがあえて周りは黙っていた。
そんな話をしている頃、再びアルクランツから連絡が入ってきた。
「人魚の娘とリッチー・スレイヤーの娘はこっちによこせ。特に、リッチー・スレイヤーはな。上手く行けばロザレイリアの首を狙える。それにどっちもノットラントのおままごとに付き合わせるには貴重すぎる人材なんでな」
癪にさわる物言いをされて、当主はスヴェインを介しての通話を切った。
ジュリスは自分の立場を理解した上で決めた。
「俺は一応、組織の監査役だからな。ROOTSを離れるわけにはいかん。ま、そういうわけでよろしくな」
そばにはラーシェが居た。彼女もジュリスともにここに残る気らしい。
その後に残ったのはレイシー、パルフィー、サユキ、カエデ、リク、百虎丸……となるはずだった。
カエデが気を遣って答えた。
「トラちゃんね、この間の初陣だったから負の残留思念に当てられちゃったんだ。今はうなされてるところ。すぐには戦えるようにはならないから、学院まで連れて帰ってあげてくれないかな? しばらく静養が必要だと思うんだ……」
コレジールは一同を代表してコクリと頷いた。
互いに、ここで別れてしてしまうのは未練があった。
しかし、毒気に当てられる可能性や、全滅のケースをを考えるとまとまって行動するのは危険だった。
「レイシーちゃん……。生きて……会えるよね?」
「当たり前ですわ。そういう不吉なことは言うべきではなくってよ」
こうしてそれぞれが握手をかわしてそれぞれはウルラディール家で別れた。
バレン達が乗ってきたマッドラグーンのゴンドラに乗ってファイセル達はミナレートへ帰還した。
その頃、ザフィアルは異常を感じていた。
「……。む。下級のデモンが1人、消えている? いや、乗っ取られた? こんなマネが出来るのは……北方砂漠諸島群のジャバラドラバッドしかいないな。ククク……小癪なヤツだ。死にかけたと思ったら生きていたか。おまけに悪魔を操る魔術を得たとみた。この様子では私の上を行く。まぁオツムでは私に勝てるわけはないがな。これはまた面白くなってきた。このダークホースが何をどう為すか。すぐにくたばってくれるなよ?」
教主がニタリと笑っている頃、パワーアップした悪魔もニタリと笑っていた。
ジャバラドラバッドはコフォル達に致命傷を与えられたあと、ジュエル・デザートの屋敷に逃げ帰っていた。
そしてツボの中に残っていた真っ黒な魔玉の欠片を必死に舐め回していた。
これが悪魔を癒やしたのかみるみる彼は回復し、悪魔としての格も上がっていった。
ザフィアルは人間の身分で悪魔を使役するが、こちらは悪魔として悪魔を使役している。
歪な形で召喚している者より親和性が高かったのだ。
ザフィアルの場合は抵抗を受けたりして思うままに動かないことがあるが、ジャバラドラバッドは思うままに強力なデモンでも操れる。
それはまさに悪魔の王といっても過言ではないレベルまで到達していた。
暁の呪印を持ってしても制御に苦労する連中たちである。
なんの枷もなしに暴れさせれば世界を混沌に陥れることも出来るだろう。
今の所、優位になっている不死者軍団にも負けず劣らぬ勢力と言えた。
悪魔の中にはリッチーの遺品をサーチできる者も存在する。
その気になれば徒党を組んで屍たちを潰して回ることも出来るのだ。
これは予想外の事態だった。デモン・クラスタを相手にするのは厄介極まりない。
下手をすると不死者とは別の方向で強敵のグループである。
学院のアルクランツ校長はこの前の探索を足がかりにちゃっかりザフィアルを盗聴していた。
「ふむ。ジュエル・デザートのヤツは生き残っていたか。おまけに悪魔の力を我が物にしたようだな。これは……どうだろうな? 不死者の牽制にはなるが、こちらに牙を向かれれば一気に不利になりかねん。活動を徹底的にステルスしているから向こうがこちらの動向を悟られる心配はまだ薄い。ここはこらえ時だ……。こらえ時だぞ」
アルクランツは指の爪を噛みながらつぶやいた。




