死ぬのはどっちだ死亡遊戯
ザティスもアンナベリーも臨戦態勢が整うと先に仕掛けてきたのはアンナベリーだった。
幅広の大剣を縦振りにして斬りかかってくる。
「ぐぬうッ!!」
ザティスはそれを両手の白刃取りで受け止めた。なんとか持ちこたえる。
「あら~。強くなってるじゃない。期待を裏切らないでねェ……」
不気味な笑いを浮かべる女性を因縁のある青年は腕を捻って横に投げ飛ばした。
当然、相手はローリングして受け身をとってスキを見せなかった。
今度は真っ二つにしようとばかりに横斬りを放ってきた。
だが、ザティスはジャンプしてそれをかわし、剣の上に立った。
「タンタンタンタンッ!!!!」
刃の上を走って一気に距離を詰める。頭に蹴りを一発くれようとしていた。
だが、そう簡単にはいかない。アンナベリーは大剣を大きく上に振り上げて青年を空中に放り投げた。
体格にまったく似合わないまるでオモチャを振るうかのような大剣の扱いに周りは驚いた。
こういうときに中、遠距離魔法の全く使えないザティスは不利だ。
「あ~あ。残念。もうちょっと楽しめるかと思ったのに!!」
ジャンプした浄化人が串刺しを狙って物凄い勢いで迫ってくる。
「へへ。甘いぜ。俺が成長してないとでも思ったのかよ? アイギス・ホワイト限定の魔術だぜ!! スキップ・アトモスフィアー!!」
彼は宙の何もない空間を足がかりに蹴飛ばし、軌道を一気に変えて強烈な突きをかわした。
彼はすぐに着地するなり姿勢を正して反撃に出た。
「背後とったぜ!! うおらあああああぁぁぁッッッ!!!!!!」
突き攻撃に集中していたアンナベリーの背中にザティスのアッパーパンチが直撃する。
「ぐぐっ!?」
確かに手応えはあった。死角からの攻撃によってのけぞりも生まれた。
「今だ!! デッドリィ・ダンス!!」
両手拳を握っての叩きつけ、右パンチ、左パンチ、首刈りハイキック、回転するかのようにもう片方の脚で拾い上げてからのエルボー、裏拳、両手の掌底
流れるように一連の格闘術がクリティカルヒットした。
だが、アンナベリーは大剣に寄りかかりながら立ち上がった。
「ハァッ……ハァッ……相変わらずタフでやんの。サイアクだぜ……」
周囲で声援を送っていた教会の軍勢は大声を上げた。
「多分……これが最後になるわ……。命乞いして私と来ない?」
筋肉質の青年は吐き捨てるように言った。
「はは……冗談。馬鹿言え。おめぇみたいな未練たらたらの女は大嫌いだぜ」
アンナベリーは大剣を構え、殺意をむき出しにした。
「そう。ざ・ん・ね・ん。じゃ、焼き尽くしてあげる。ヘルフィア・ダッシャー!!!!」
相手がそうであるようにザティスもこの魔術には熟知していた。
(ぐっ、突きの攻撃は回避できてもあたりを覆う炎は避けられねぇ。おまけに爆発まで起こされたら耐えきれねぇ!! さて土壇場だぞ!! どうする!?)
浄化人は青い炎をまとって突進してきた。
格闘家はなんとかしてこれをかわすが、どんどんフィールドが炎で加熱されていく。
対戦相手はこれを爆発させることもできるのだ。どんどん追い詰められていく。
「チッ。ちょこまかちょこまかと逃げ回って。こざかしいわァ……。なら、これでどうかしらッ!!」
あきらかに彼女はイライラし始めた。剣の鋭さが増す。
(そろそろ頃合いだな。いくぜ!! 加速魔術!!)
ザティス以外の周囲の動きが急に遅くなった。
いや、周りが遅くなって言うわけではない。それは体感的なものだ。
実際は彼のスピードが跳ね上がっているのである。
術者には時間の流れが遅く感じる。
それに対して他者から見ると高速で動作しているように見えるというのがこの魔術の特徴だ。
ザティスはすんでのところで迫りくる刃を何度もかわす。
「あ~あ、い~ら~い~ら~す~る~わ~。ま~る~こ~げ~に~し~て~や~る~わぁ~」
アンナベリーのスローモーションのような間延びした声が聞こえる。
(残り10秒!!)
ザティスは水の中を歩くように相手にゆっくり近づいた。
(4……3……2……)
アクセラレイトが切れて時間の流れが元に戻った。次の瞬間。
「……かぁっは!!」
ザティスの拳はアンナベリーの心臓を貫いていた。
青年がぐっと力を入れるとそれは跡形もなく爆散した。
「あんたマジでバカだな……。爆発の直前にちょっとだけスキが出来るって前に稽古のときにネタラバシしたのはアンタだぜ? これだから手の内ってのは明かしちゃいけねぇもんなのによ。あとは冷静さを欠いたのも敗因だぜ……」
アンナベリーは両膝をついて傷口を手で押さえた。
「うふふ……。ごぼっ!! そう、それでいいのよ。ぼごっ……ざてぃすくぅん……わたし、うれし……」
彼女は立膝をついたまま絶命した。
「………………」
ザティスはなんとも言えないと言った表情で死体を見下ろした。
その時だった。観戦していたサランサがわめき出したのだ。
「そんな!! バカな!! 団長が負ける!? 団長が負けるなんて、そんなのありえないッ!!」
彼女は取り乱しているようだった。
ザティスが周囲の残存勢力に声をかける。
「おい。おめぇら。降参すれば危害は加えねぇ。戦意のねぇやつは武器を捨てて、腕を後ろ手に組んで伏せろ」
ぞろぞろと神殿守護騎士達はギブアップの意を示し始めて砂浜に伏せた。
だが、サランサは立ち尽くしたままだった。
「ふざけるな!! こんな……こんな事、認められるか!! 貴様らのように不浄な輩に蹂躙されるくらいならば生きている価値はないッ!!」
彼女はそう言うと懐刀を取り出した。
「馬鹿!! やめろッ!!」
ザティスの声が響いたその直後、サランサは自分の喉を刃で思いっきり掻っ切った。
「かはぁ……。こふっ……こふっ……」
すぐに治癒師や魔法薬学の生徒が駆け寄って治療を施そうとした。
しかし急所に極めて深い傷が出来ている。
もうどう見ても致命傷であり、間に合わなかった。
いくら優秀な治療班でも今回のようにどうしようもないケースもある。
直視できないほど彼女は苦しげに悶た。
死にゆく彼女の瞳には誰かが薄っすらと見えていた。
「あははは!! サランサ!! サランサ~!!」
「うふふふ……サランサ……」
確かにシャンテとマルシェルが声をかけてくれるのが聞こえた。
その表情は怒りや悲しみではなく、ただ穏やかな笑みを浮かべていた。
(シャンテ様……マルシェル……。これで、これでよかったのですね……)
彼女は死を目前にして毒気から開放されたのだった。
やがて彼女は力尽きて砂浜に倒れ込んだ。
ザティスとファイセル、リーリンカが走り寄る。
「このバカ野郎がーーーーッ!!」
ザティスはサランサの上半身を抱えると思いっきり揺すった。
「やっぱり……気のせいじゃなかったね。彼女はシャンテ様のおつきのサランサさんだったんだ。すごく乱暴だったけど、悪い人じゃなかったよ」
リーリンカはバンドエイドでサランサの首の傷を塞いだ。
「ああ。とんでもない革新派だったが、かといって悪人ではなかった。シャンテを護りたい一心だったのだろうな」
ファイセルは言い忘れていたとばかりにリーリンカに伝えた。
「そういえば……シャンテ様とマルシェルさんはお亡くなりになったよ。話によるとサランサさんが殺ったらしいんだ。もうその頃にはおかしくなっていたのかもしれないね」
ファイセルもリーリンカも身近な人がゴミのように死んでいく現実に苦しめられていた。
「このままじゃこの馬鹿は不死者になっちまう。遺体を運んでどっかで処置してやるか」
ザティスの目が赤かったのは気のせいだったのか。真相はアイネだけが知っていた。
こうして東軍と西軍の友好度はそれなりに上がった。だが手を組んだのはあくまで非常事態だからである。
溝は依然として深く一触触発の状態に変化はなかった。
ROOTSのスヴェインからアルクランツ校長は報告を受けていた。
「ああ。んああ。ルーンティア教会が落ちたか。教会本部は魔術局の犯罪処理課が捜査に入ることになった。どうせ残ってるのはフラウマァと一部の騎士くらいだしな。アイツ自身にはなんの能力もない。教会はこれで間違いなく終わったな」
それを聞いていたROOTSの面々はとりあえず解決したと思っていた時だった。
白いワンピースの幼女は頭が重そうな様子で語りだした。
「う~む、厄介者が片付いたのはいいんだが、戦場というのはバランスだ。教会はロザレイリアやクレイントスらリッチーの抑止力になっていた。教会の使う聖水などのアイテムは魔術全般は不死者にはよ~く効くからな。その連中が潰れたとなるとリッチーを阻むものはかなり減ることになる。下手をすると遺品探しをしつつの戦いになるかもしれん。これはかなり面倒だぞ……」
思わず一同はため息を付いた。
「状況を確認するぞ。まずは我々のリジャントブイル、そしてロザレイリアの不死者軍団、ザフィアルのカルト教団、ルーブとラマダンザはクレイントスとして一体化、北方砂漠諸島群のは単身で行方不明。軍としての勢力を持つ陣営は4つまで減ったことになるな……」
アルクランツの通信先からは何か食べている音がした。おそらくまたなにかのスイーツだろう。
「まぁ教会の早期退場は想定外だったが。学院の動きとしては悪くない。どうせロザレイリアにもザフィアルにも悟られているだろうが、それでも動きまで読まれていないわけだからまぁ上々と言える。遅かれ早かれノットラントでの総力戦になるわけだからそれまで出来る限り戦力を温存する。それまでのことだ」
通信の向こうからレイシェルハウトが声をかけてきた。
「ノットラントを戦場に!? そんなこと!!」
その言葉を遮るように校長は答えた。
「なんだ。わかりきったことだろう。ノットラントに楽土創世のグリモアが出現するのはほぼ確定だ。私が参加した過去6回全てがそうだし、それに敏感なザフィアルも決まって最終的にはノットラントに顔を出す」
ウルラディール家当主は恐る恐る尋ねた。
「それで……いつまで戦いは続きますの?」
相手はシリアスに答えた。
「互いが戦えなくなるまでだ。その結果、残った陣営による楽園を分割する賢人会が開かれる。もし、誰かが頭一つ抜けた場合はソイツの願う楽園が実現されるってわけだ。もっともここ最近は不毛な争いを避けるために賢人会で落ち着いてるんだがな。だが、誰かに出し抜かれるいうこともありうる。油断は禁物だ」
想像以上に争奪戦は厳しいものになる。
レイシーはなんとかしてノットラントを戦場にしない方法はないかと考えていた。




