どろどろどろ~ん まっどらぐーん
砂浜の上で死んだふりをしていたコレジールの頭上を何か大きな影が移動していった。
見上げるとその姿は確かにドラゴンだった。だがそこらのドラゴンではない。
「あれは……マッドラグーンか!! アルクランツめ、またエラいのを引っ張ってきおって!!」
それから少し前の事、ファイセルとコフォル、ルルシィはアルクランツとミーティングを開いていた。
「そんな!! それじゃあもう武力衝突は不可避なんですか?!」
幼女は問い詰める青年を煙たげにあしらった。
「ああ。そうだよ。もうどう考えても止めることはできん。本当は爪を隠しておきたかったんだが、仕方なくマッドラグーンと援軍をノットラント側に送ってやった。一応、ROOTSとは同盟関係だからな」
アルクランツ校長はクッキーをぽこぽこ口に放り込んでいる。
「ん~? ん~~~」
口のフチにクッキーのかけらがくっつけながら、彼女はファイセルを眺めた。
「そうだ。そこの小僧。ノットラントに送った援軍だが、紅いデモンを撃破したのと同じメンバーに欠員補充したものになっている。お前ら3人じゃ流石にキツいから約30名も真実を教えて学院のナレッジとしておいた。毒気に晒されるのも考えものだからな。で、本題だ。これは時間差だったからどうしようもなかったんだが、お前の班員だけリーダーチェンジで既に送ってある」
ファイセルの班員とはいつものリーリンカ、ザティス、アイネ、ラーシェである。
思わずリーダーは声を大にした。
「そんな!! みんなだけ行かせられませんよ!! 僕も行きます!! 絶対に!!」
幼女はデスクに頬杖をついて答えた。
「あ~あ。いいねぇ若いってのは。だが余計なマジックアイテムや乗り物は一切出さんぞ。そこまでして行きたいなら”パチンコ屋”にでも行け」
アドバイスをもらってファイセルはお辞儀をした。
同時にコフォルらに謝った。
「コフォルさん、ルルシィさん。すいません。一度、チームから抜けます。また戻ってきますから、そのときはお手柔らかにお願いしますね!!」
最初は少し頼りなかったファイセルだが、今は頼もしい男になっていた。
2人はそれに返す。
「ああ。君ならいつでも歓迎だ。武運を祈るよ」
「今の貴方なら大丈夫。ただ、無茶はしないでね♥」
それに頷くとファイセルは校長室を飛び出していった。
キツネ顔の男はとんがり帽子をいじった。
「行かせてしまっていいんですか? アルクランツ校長。彼はまだ伸びますよ。丁寧に育てれば―――」
その言葉を幼女は遮った。
「いや、私の直感からするとアイツは前線で伸びるタイプだ。常に戦いに身をおくのがベストな育成法なのさ」
ルルシィは顔をしかめた。
「うぇ~。スパルタ~」
リーダーは仲間のことを案じながら大急ぎで戦闘用の装備を整えた。
そして、路地裏の怪しい建物の階段を駆け上がり屋上にたどり着いた。
広めの屋上には布が被せられた何かがあった。誰かが声をかけてくる。
「あらぁ。お客さん。いらっしゃい。アレ、やってるわよ」
応対した業者はいかにもオネエといった感じである。
彼女がバサリと布を取り去ると巨大なパチンコが姿を表した。
名前そのままで資材や人をこれで遠くへ飛ばすのがこの店のサービスである。
昔は主流だったのだが、全体的に危険性が高く、今は原則としてパチンコ屋は違法である。
特に着地時のショックとダメージが大きく、死亡率が非常に高いという背景があった。
とはいってもナッガンクラスの田吾作が無事に利用しているし、何らかの対策を練っていれば便利な移動手段でもある。
ファイセルは手早く地図を広げた。
「えーと、えーっと……ノットラントの……テスタってとこか!! 着地地点!! ここに飛ばしてください!!」
店員は驚いているようだ。
「まぁ!! ノットラント!? んもう。お客さんも好きねェ。いいわ。ブッっ飛ばしてあげる。そのバンド部分によりかかって~~~。そう。そう。いいワァ……。いくわよ!! 3,2,1……GO!!」
物凄いGが全身にかかる。だが彼が空高くを舞うのは1度や2度ではないので全くビビらなかった。
(戦闘が始まるまでに間に合ってくれよ!!)
パチンコは原始的でスリープ機能などないので空中で食事や下はオムツで我慢するしかないが、ファイセルは慣れたものだった。
1日弱飛んだだろうか。遠くにノットラントの砂浜が見えてきた。
同時に眼下に飛行中のドラゴンが見えた。
「距離を詰めるッ!!」
青年は軌道を変えてゴンドラめがけて落下していった。
監視していた学院生が叫ぶ。
「飛来物有り!! 魔力反応有り!! 敵襲の可能性有り!!」
誤解されるだろうとわかっていたのでファイセルは白いネクタイを取り出した。
「タイ・ドローン!!」
彼が握ったネクタイはクルクルと回って落下速度を和らげた。
また、目立つ白色によって敵意が無いのを示すことができた。
彼の魔術は応用性が高く、ネクタイだけでも剣にしたり、浮いたり、風を送り出したり、それをスクリューにも出来る。
更に、傍から見るとそれらの使い方を予測しきれないところにも強みがある。
魔法生物生成……CMCの得意とするところである。
ファイセルはゴンドラに引き入れてもらった。すぐにいつもの4人が集まってくる。
ザティスががっちりと肩を組んできた。
「おめぇな、いくら俺らが識らなかったとはいえ別行動とは冷てぇじゃんよ。俺よりリーリンカのほうが怒ってるぜ」
最愛の妻は胸に飛び込んでくると同時に拳を握ってドンドンと殴った。
華奢な力弱い女子のそれでほとんど痛くはなかった。
「私はお前が話しくれていたら信じていたのに!! 私はお前と一緒に行きたかったぞ!! いつも一緒じゃなかったのか!!」
ラーシェは苦笑いを浮かべた。
「おーおー、おアツい。おアツい。でも私も人のこと言えないんだよねぇ。ジュリスに置いてきぼりされちゃってるし。でも、もうホントの事わかったからいいんだ。許すつもり」
アイネは口に手を当ててお上品に笑った。
「まぁまぁみなさん。ファイセルさんの立場になったとき、いきなり自分だけが識ってしまったら戸惑わずにはいられないでしょう? ですが今は皆が対等。それは水に流してこれからまた一緒にやっていけばいいじゃないですか」
アイネがしっかりまとめてくれた。しかし、今回はルーンティア教会が相手だ。
敬虔な教徒であるから複雑な感情を抱いているはずだ。
「私は穏健派ですから今回の件については論外です。でも、他の人から見たら教会は教会なんです。だから許してくれとはいいません。ですが少なくとも間違いは正さねばなりません。それがこの戦いだと思います。私は教会を真に愛するからこそ立ち向かおうと思っています。このチームにも何人か教徒がいますが多少の差こそあれ、みんな考えていることは同じですから」
どこからともなく拍手が送られ始めた。
それはクルーの一同に広がり、アイネは称賛された。
彼女はとても恥ずかしそうにしていた。
それを聞いていたバレン教授は目を潤まさしていた。
「う~し!! 汚名返上だ!! 前のデモン戦ではしくっちまったが今回はそうはいかねぇ。俺だってまだ強くなってるんだぜ」
力こぶを作る先生の頼もしい一言にメンバーたちは勇気づけられた。
そしてマッドラグーンはテスタの砂浜に着地した。
コレジールはその近くに伏せていたが、急いで鎧を脱ぎ始めた。
すると魔力を込めてありえないくらいバカデカい声で叫んだ。
「東軍、西軍、直ちに後退~~~~ッッッ!!!!」
それは戦場全体にこだました。あまりのインパクトに出処が怪しくても味方は退いた。
「これは……コレジール老の声!? あれは……… 後退!! 後退!!」
レイシェルハウトにも意図が伝わったらしい。
コレジールはドラゴンを眺めた。
「マッドラグーン……土属性のドラゴンで特に魔術の泥を練るのを得意とする。泥には様々な効果を付与できるというが……十中八九、今回は妨害目的じゃろうな。海岸線じゃから水と土は腐るほどある。こりゃ巻き込まれたら厄介じゃ!! とっとと砂中を逃げるぞい!! ワシも後退じゃ!!」
彼はすばやく地中を移動して緊急離脱した。
「フォルオオオオオオーーーー!!!!!!!!!」
泥竜が吠えると地響きが起こり始めた。
やがて地平線が茶色に染まるのが見て取れた。
敵味方の陣形の位置関係は逆三角だった。
その三角形の下側に教会は陣取っていて、同じく海岸線も教会側だった。
つまり、教会の軍勢だけが泥の海の攻撃範囲にはいった。
すぐに泥の本体がやってきた。深さは膝丈程度。しかし脚をとられて機動力が落ちた。
そして副効果として祝福を打ち消す効果も発動していた。
祝福が無ければ強力な教会の装備も相当、質が落ちる。
装備に頼り切っている一般兵は特に大幅に弱体化した。
また、神姫や巫子の使うマジックアイテムも効果が薄くなった。
戦略をひっくり返すほどの驚異はほとんどなくなったと言えた。
だが全員が泥で無力化されたわけではない。
教会の実力者達は泥を固めたり、宙をういたり、パワーで押し切ったりして突破してきた。
結果的に強いものをふるいにかける形となり、この残ったエースを倒せばノットラント連合軍が勝利を勝ち取れるという所まで来た。
だが、浄化人なども混ざっており、並大抵の実力で挑めば即、死が待っているくらいのメンツだった。
ファイセル達がゴンドラで突入の準備をしていると女性の声がした。
「お~い。ざ~てぃすくぅ~ん」
声の主はアンナベリーだった。泥を固めて造られた舞台の上から声をかけてザティスを指名した。
薄手のスカートと一体化したプレートメイルで胴を覆っていた。
脚部もニーソックスにブーツとかなり軽装だった。
その分、泥の影響はほとんど受けていないと見えた。
背中には自分の倍ほどもある大剣を背負っていた。
「アンナベリー先輩じゃないですか!! 止めて下さいこんな事!!」
彼女は手招きした。その目は完全にすわっている。
「うふふ。そっちの女を選んだあなたが悪いのよ。一騎打ち、しましょ。決着をつけるときなのよ。あなたも、私も」
周りで泥に塗れた兵士たちが歓声を上げた。
「団長~~~!!!!!! そんなやつぶっ殺してください!!」
「そうだそうだ!! 団長が負けるわけあるか!! 教会に栄光あれ!!」
「泥に沈めクズが!!」
ザティスは雑音を無視してフィールドへ飛び降りた。
「ザティス!?」
ゴンドラの面々は驚きの声を上げた。
「いいぜ。いつまでも尻尾巻いて逃げてるのは性に合わねぇ。あんたとはきっちりケリをつける。誇りを忘れた浄化人なんてただの人斬りだ。正義とかなんとかってクサい事をいうつもりはねぇが、今のあんたは止めにゃなんねぇ。かかってこいよ!!」
大柄で筋肉質な青年は真剣な面持ちで拳を打ち付けた。
「うふふ……。ざ~てぃすくぅ~ん。あ~そび~ましょぉ~」
彼女は髪もルージュもドぎついラベンダー色をしてまるで殺人鬼のような雰囲気だった。




