老獪なウィザードの生存メソッド
ノットラントきってのリゾート地、ラスタは戦慄に包まれていた。
幸い、レイシェルハウトの手早い連絡で街の者は避難することが出来ていた。
だがすぐに教会の連中はやってきている。
遠くから見るにドラゴン便が何隻か、乗れるタイプの小型の飛竜が無数に飛んでいるのが見えた。
「くっ、どこにあんな兵力を隠してたっていうの!? それにあの数!! 対して武力もないラスタを落とす気じゃない!! なんとしても退けねばならないわ!!」
レイシーの知人たちは思い思いの感情を抱いていた。
「ふぁ~あ。別にキョーカイのヤツラには恨みはないけどお嬢をやらせるわけにはいかないからな。痛い思いしてもしらないぜ!!」
パルフィーは型をとって戦闘準備を始めた。
「私も教会に恨みはありませんが、ここのところの非道は見逃せませんね。パルフィーと同じく痛い思いを見てもらいましょうか」
サユキの姉、カエデも刀を抜いて掲げ気合を入れた。
「ウルラディールから受けた恩義、西華西刀として今返す時です!!」
それに百虎丸、リクが応じた。
「おーーーでござる!!」
「了解!!」
戦意が高まる一同だったが、参加しないメンバーも多かった。
空っぽになったテスタのバーでジルコーレ達がたむろしていた。
すぐには敵が近寄って来る様子がない。
彼と、ウィナシュ、ニャイラ、アシェリィ、シャルノワーレ、そしてジュリスがとどまっていた。
ノワレは疑問を投げかけた。
「どうして私達は参戦しませんの? 仲間の危機じゃあないですか!!」
コレジール老は律儀にお代のコインをカウンターに乗せてソフトドリンクを口にした。
「おんしはただアシェリィにひっついてきただけじゃろが。理由はあるがまず1つ。ワシらノットラントに関係の薄い者らに血で血を洗うような直接決戦はさせたくなかった。もう1つはワシらのチームワーク低さじゃ。ジュリスとバカップルはまだしも、ウィナシュとニャイラなんて連携のれの字もない。訓練している時間が無かったのは運が悪いとしか。かといって単身で出ていくのは迂闊じゃしな」
「バカップルですっ―――――」
恥ずかしげにアシェリィがノワレの口をふさいだ。
老人は横目をやりつつ真っ黒なコリッキーのジュースを飲みほした。
「そもそも楽土創世のグリモアに近づくな。ロクな死に方をしない。あれは人間を狂わせる。わしは口をすっぱくしてそう言ったはずじゃよ? 此度の方針に何か違和感を感じぬか?」
優れた洞察力を持つジュリスが答えた。
「あれほど融和を重視していたはずのレイシェルハウトが進んで戦闘をしようとしている……か? いくらなんでも急な方向転換だ。ブレてるよ」
老人はピッっと青年を指さした。
「ザッツ・ライト。あの娘はもう”取り込まれて”おる。戦の気配が盛り上がれば盛り上がるほど例のマジックアイテムが精神面に及ぼす影響は大きくなる。もうほとんど世界のすべてが大戦に向けてのお膳立てなんじゃよ。それに気づけるのはわしらナレッジ……特に古参の者ばかりじゃ。ちなみにアルクランツはあれでいて毒されておらん。愚直に賢者の世界を創るとはまたガキんちょみたいなことを言っとるんじゃよ。いや、ガキんちょか……」
人々の精神にまで干渉してくるとはとても恐ろしいマジックアイテムだと一同は思えた。
だが、それが楽園を創るというのはまた皮肉な話でもあった。
アシェリィは不満げだ。味方をほったらかしに出来ないと見えた。
「でっ、でも!! このままイクセ……じゃなくて、レイシーちゃんを放置しておくわけにはいかないですよ!!」
師匠はカウンターに置いたコインでコイントスをはじめた。
「言い訳を聞かない弟子じゃの~。まだファイセルのほうが聞き分けが良かったぞ。ええじゃろう。気まぐれ屋との賭けじゃ。コイントスが当たったらわしがお嬢様を手伝ってやる。さっき単身は迂闊と言ったがワシはソロも出来るんでな。もちろん当たらねば待機じゃ」
アシェリィの顔はパァァっと明るくなった。そして宣言した。
「表!! 表!!」
コレジールは親指で小さなコインを弾きあげた。
「カンカランカン!!!!!!」
空のグラスに硬貨が放り込まれた。
「……じゃあの」
そういうと彼はひらひらと手を振りながらバーの戸を開けて出ていった。
アシェリィはグラスを覗き込んで満面の笑みを浮かべた。
「……両方、表じゃないですかぁ……」
同時に彼女はちょっと泣きそうになるのだった。
テスタ市街地から出たコレジールはこっそり街の脇から外へ出た。
この近辺は遠浅の海岸で、だだっ広い砂浜が広がっている。
老人はライネン・カレイのように砂に潜った。
彼は偽死の二つ名の通り、死んだふりをしていないと魔術を発動出来ない。
そのため、伏せたり座ったりして死体を演じる必要があるのだ。
砂中に潜るのも腹ばい扱いで発動できる。
(さすがにこのままではそう長く息はもたんわい!! かといってこの砂浜でこのローブは悪目立ちじゃ。しからば!!)
コレジールは急加速して教会の軍勢に突っ込んでいった。
「ボシュゥ!!」
突如、飛竜が爆発した。そう神殿守護騎士は誤解した。
「ボムッ!! ボボムッ!!」
老人はその勢いで数匹の竜を落とした。
落下してきた兵士の落ちるポイントを軟化させて保護する。
「ほっほっほ……。ワシも大層、甘くなったもんじゃな」
近くに落ちてきた男性兵士の首筋に軽く手刀を当てて気絶させた。
そして身ぐるみを剥ぐとその装備一式を剥ぎ取って身につけた。
「これを……こうやって……ほんほん、ブカブカじゃな。にしてもさすが教会の祝福じゃわい。これならお嬢様らともいい勝負出来るじゃろ。さて……」
教会の装備をしたコレジールはうつ伏せに倒れ込んだ。
これでよほどのことが無い限りはバレることはない。いざとなれば顔も塗り替えられるのだから。
これが彼が大戦で生き延び、そして活躍した戦略なのである。
「とりあえず本体の殲滅はウルラディールのにまかせてワシは撹乱といくかな。うまくやれよ!! ほッ!!」
彼は薄目を開けて死んだふりをしつつ上空に拳を突き出した。
空を飛んでいたドラゴン便の舵が吹っ飛んだ。
「やれやれ……手加減するのも大変じゃわい。にっ、さんッ!!」
その勢いで腕を突き出すとマナ・バーストが発動して飛竜が木っ端微塵になった。
確かに魔法は発動しているが、ほとんど無詠唱に近い。
たとえ弱い呪文でも即時に撃てるというのはとてつもないアドバンテージだ。
コレジールの場合はそれに威力が伴っているので更に驚異となった。
しかも器用に死人無しに倒し続けている。その調子で息も切らさずに敵を混乱に陥れていく。
敵の正体が掴めないのにどんどん自軍に損害が出ていく。パニックにならないわけがなかった。
「ボシュゥ!! ボシュン!!」
次々と飛竜が破裂するようにして落ちていく。
「ガシャァ!!」
今度はドラゴン便の底に大穴が開いた。
何が起こっているかさえわからない。まさに一騎当千とはこのことだと東部の武家達は震えあがった。
100年前はあんな魔術師達がゴロゴロ居て争いあったのである。それは大戦争に発展するのも無理はなかった。
空中で待機していると的になると判断した教会の軍勢は次々と着陸し始めた。
相手がまだ混乱しているうちが攻撃のチャンスだった。
「東軍よ!! かかれーーーーーーーッッッ!!!!!!!」
レイシェルハウトの号令とともに唸り声を上げて部隊は突入をはじめた。
最初はROOTSだけだったのだが、事情を聞いた東部の武家達が加勢に来てくれた。
おかげで当初の2倍近い戦力が神殿守護騎士に向かっていった。
「神姫と巫子には注意して!! 特殊な攻撃手段や補助能力を持つわ。不本意だけど言いなりになっている以上、敵でしか無いわ。優先して撃破してちょうだい!!」
ウルラディール家当主はルーンティア教がライネンテで深く信奉され、神聖なものとして扱われていることは重々承知だった。
だが、他国に平然と言われもない戦争をふっかける宗教などもはや邪悪でしかなかった。
もちろん、以前は慈悲深い組織だったのかもしれない。だが、今はもう壊れた車輪だ。
レイシェルハウトに戸惑いはなかった。というか、腹をくくっていた。
先陣を切るようにして彼女は前進した。ファネリが後方で叫ぶ。
「お嬢様!! 迂闊ですぞッ!!」
それを聞いてレイシェルハウトは剣をふるった。
「何のために辛い修行に耐えてきたと思っているのよ!! それに、味方を盾にする戦いなんて出来ない!! 蛍霊のファントム・フラム・フライヤー!!」
彼女は突っ込んでくる敵めがけて剣を振り抜いた。
すると相手の軍勢を蛍のような光源が舞った。
ハタバタと神殿守護騎士が倒れていく。
「命を吸う魔術よ。これくらいでは死なない。せいぜい寝てると良いわ」
この斬り込みで前線は一気に進んだ。
だが次の刹那、兵士の縦に潜んでいた神姫が彼女にしか使えないマジックアイテムを使った。
それは一瞬で暴風を生み、東部の武家を広範囲にふっとばした。
ダメージはそれほどでもないが、戦いの陣形をひっくり返すくらいには強い暴風だ。
大きく押し返されて者によってはテスタ近くまで戻されてしまった。
陣形が狂ったのを見計らって神殿守護騎士が各個撃破で着実に東軍を倒していく。
洗脳されているからか、手加減なしに相手を殺していった。
そして落ち着きを取り戻した教会軍は手強く、ジリジリとレイシェルハウト達は押されつつあった。
数も総力戦を挑んだだけあってどんどん墜落したドラゴン便から降りてくる。
神姫1人の影響でこの有様である。まだ何人か居るのは間違いない。
状況は一気に不利にころんだ。そう思った時だった。
「ノットラント・ヴァッセ!! 西軍武家、東部武家を援護しろ!! 突撃ィーーーー!!!!!!!」
バウンズ家のランカースが援軍に来てくれたのである。
彼はレイシーの親友だったクラリアの兄でもある。
こちらの軍勢は教会がマークしきれていない部分から喰らいついていく。
これで神殿守護騎士達は2手に別れざるをえなくなった。
西部も精鋭ぞろいで少しずつだが押し始めていた。
だが、次はどんな特殊なマジックアイテムを使ってくるかわからない。全く油断できない状態だった。
その頃、コレジールは一旦距離をとって戦場を俯瞰していた。
「ふ~む。やはり神姫や巫子が厄介じゃな。ワシ、さすがにそこまで高位の人は殺りたくはないんじゃよなぁ……。そうさなぁ……。彼女らのアイテムは本人にしか使えんからアイテムを奪ったり眠らせたりすればええかもしれん。それともネズミにでもするか? いや、それはゲテモノすぎていかんな……」
ブツクサ老人が独り言をつぶやいていると地面に大きな影が落ちた。
「お!! あれは!!」
彼は大きく目を見開いた。




