ノットラント・ヴァッセ!! ノットラントに栄光あれ!!
フラウマァ率いるのノットラントへの宣戦布告から少しして、アルクランツとレイシェルハウトは会議を開いていた。
スヴェインの通信魔術を介して2人はやりとりしている。
「これはまずいな。教会の連中はノットラントを大義名分のもとに片っ端から占領下に置く気だ。おそらく清潮の間を開放したに違いない。あれに浸かれば下っ端の神殿守護騎士でも一線でやっていけるようになる。数に差こそあれ、混乱に陥ったノットラントを落とすのはそう難しいことではないだろう。それに、いざとなれば教徒を戦力として扱いかねん」
少女の深い溜め息が聞こえる。
「はぁ……。何としても戦争突入は防ぎたいのですけれど……。そういえば、校長先生は以前、緊急時には助けてくださるとおっしゃっていましたがどこまで本気なのです? 本音からすれば学院の足跡を残したくはないのでしょう?」
アルクランツは思わず唸った。
「う~む。正直を言わせてもらえばあまり関わりたくはない。が、ここで教会に一発くれておかないと歯止めが効かなくなる。同盟を結ぶと言ったてまえもあるしな。こうなってしまった以上、出来る範囲で協力するとするか」
それを聞くとレイシェルハウトの声のトーンが変わった。
「え……? 校長先生……。一発”くれる”とは……? 戦争回避に協力してくれるのではないのですか?」
幼女はあっけらかんとそれに答えた。
「は? 馬鹿を言う。教会との衝突は絶対不可避だ。そもそも連中が戦争を止める理由があるか? 無いだろう。こうなったら殺るのが先か、殺られるのが先かでしかない。そんなに戦を止めたいのなら和平工作でもやってみせろ。奴らの気を損ねて死屍累々(ししるいるい)は免れんぞ。世の中、お前が思うほど甘くはない。顔を洗って戦う覚悟をしてから出直せ」
そしてアルクランツは通信を切ってしまった。
ROOTSはザフィアルをかくまっているのが誤解であることが証明できれば穏便に事がすむと思っていた。
しかし、校長の話を聞くにそれはあまりに楽観的であることに気付かされた。
ファネリなどの上層部は気づいていたのかもしれないが、水をさすようなマネはしたくなかったのだろう。
どのみちすぐにアルクランツから指摘されるとわかっていたようでもある。
当主の令嬢は話を聞いていたファネリに意見をうかがった。
「ファネリ、あなたはどう思うの?」
彼は難しげな顔をして紫の煙草を吐いた。
「そうですのぉ……。戦を避けるのはワシも難しいと思いますじゃ。かといってみすみすノットラントを落とされるわけにはいかない。教会を退けるなら東西ノットラントが一丸となって押し返すしかありませんですじゃ……。こればかりはお嬢様の言う無条件の”融和”というのは校長のおっしゃるとおり理想論に過ぎないとおもいますじゃ……」
レイシェルハウトはしばらく俯いたが、すくっと立ち上がった。
「私とて治世者のはしくれ。民のために動くという決意は固いわ。いつまでも子供のような夢見がちではいられない。あちらをとればこちらがおちる。簡単に狼藉を受け入れる訳にはいかないんだわ。その結果、犠牲が生まれるとしても!!」
彼女の顔つきは凛々(りり)しく、ウルラディール家の後継者としての品格があった。
元が武家だけあって彼女の覚悟は当然といえば当然だった。
生まれた頃からのどかな街で育ったファイセルとは違い、彼女はいざというときには血なまぐさい選択も厭わなかった。
融和とは矛盾するが、それ以上に彼女はノットラントという島国を愛していた。
「西部とも連携をとるわ!! 至急、バウンズ家に連絡を!! 我々との親交もありますし、大家ですから西部をまとめ上げてくれるでしょう。教会が動く前に出来るだけ早く戦力を固めますわ。まだ、相手がどこから攻めてくるかわかりませんが、しっかり連携が出来れば追い払う程度は出来るでしょう。ROOTSのメンバーには自由参加としてもらいます。無理に命を賭けた戦いに巻き込むわけにはいきませんからね。では、いきましょうか」
レイシェルハウト達は屋敷で一番広い講堂に集まった。ここはミーティングなどにも使われる。
先頭の壇上に登った当主は並んだ面々を見ながらこう前置きをした。
「みんなも聞いたわね? ルーンティア教会がこのノットラントに宣戦布告をしたわ。……これから先のミッションは命を落とすリスクが高いものになるわ。もし、不安や不満を感じたならその場で離席してかまわない。誰も引き止めるものはいないのだから……」
この時点で20人ほどがゾロゾロと講堂を出ていった。
多いようにも思えるが、ルーンティア教徒だったり、雇われでROOTSに所属していた者たちをカウントすると妥当だった。
それでもまだ130人程は居る。あえてまだここに残ったということはそれ相応の覚悟が出来ているということである。
ROOTSの構成員はずっとここまでやってきた仲間たちであるから、一蓮托生と言っても過言ではなかった。
「みんな、いい? これから私達は西ノットラントと力を合わせて教会へと立ち向かいます」
その一言に急に講堂がざわめき始めた。
ナレッジ達は東と西が争っているのは記憶の改変だとわかっているが、多くのメンバーはそれを知らないのだ。
西部を憎んでいるものも当然居る。その結果、残ったのは100人程度になった。
「まぁこうなるのは予測していたわ。しょうがないのね……」
当主は目線を落としたがすぐに勢いを取り戻して対応を説明した。
「大丈夫!! 同じ不安を抱えているのは西も同じ。きっと呼びかけに応えてくれるわ。東西合わせて暴走した教会を鎮圧しますわ。殺し合って憎み合うのが目的ではありませんわ。追い払えれば良いのだから無闇に殺すこともない。何としても私達のノットラントを守りましょう!!」
そう言いながらレイシェルハウトはヴァッセの宝剣を抜刀して掲げた。
SOVは美しく煌めくように光を放った。
これと現当主が味方についていれば勝てる。そう思わせるほど宝剣は神々(こうごう)しかった。
その頃、ザフィアルはだんまりを決め込んでいた。彼とその教徒は海底に潜んでいた。
巨大なホタテのような貝に擬態した潜水艦に拠点を移していた。
実はこれもデモンの一種で、教徒を30人ほど生贄にして生成した。
もちろん、その真実はザフィアルだけが知る。
彼は教主の個室でワイングラスにぶどう酒を注いでいた。
「我が教団を武力行使のダシにするとは……。まったくフラウマァも厚顔無恥もいいところだ。しかし、互いに潰し合うぶんには我々に直接の被害はない。幸い、デモンに補給させているから持久戦も出来る。すぐにノットラントに渡るつもりだったが、これはまた高みの見物ができそうだ」
ザフィアルは半裸に浮き出た暁の呪印を撫でた。
「ああ、そうだった。教会の上陸地点とノットラントの連中の迎撃場所を重ね合わせておいてやろう。そうすれば一気に燃え上がる。じっくり過程を愉しむのもオツなものだが、結果次第で我々の今後の動きが変わるからな……」
彼は2人の教徒を呼ぶとそれぞれ教会とROOTSの雑兵に変形させた。
一応、悪魔なのですぐにジャンプさせることも出来る。
一体は教会が出撃に向かう前の隊列にかけよってきた。
「ノットラントの迎撃地点が決まった!! 中央南部のラスタだ!! リゾートでゆうめい……ながっ!?」
突然、サランサはその兵士を切り捨てた。
「ククク……。明らかに臭いデモンを送ってくるもんだな。小癪だぞッ!!」
彼女は思いっきり人の形をしたものの頭を踏み砕いた。
「クククク……はははははは!!!!!! いいだろう、乗ってやる。いくぞお前ら!!」
サランサは元から極端な革新派だったが、洗礼をうけたせいかもはや別人のようになってしまった。
前の彼女は彼女なりに信心深く、不器用ながら優しさがあったのだが。
もう1体のデモンはウルラディール家に現れた。荒っぽく講堂の扉を開く。
「ハァハァ!! 教会の上陸場所がわかったぞ!! ラスタだ!!」
それを聞くと同時にファネリがグッっと拳を握った。
するとそのニセROOTS隊員はドロドロになって溶けた。
「あれは……デモンですな。して、お嬢様、いかがしましょう」
レイシェルハウトは顎に指を当てた。
「悪魔……ということはザフィアルの仕業ね。おおかた互いをぶつけて戦力を削ぐのが目的でしょう。ふざけたマネをしてくれるわね。でも罠をしかけているという可能性もあるわ。敵の勢力をうかがうという意味でも無闇に突っ込むのは賢明ではない。西部との連携の時間稼ぎもしたいし、ラスタ近郊で待機とします。作戦はとにかく引きつけるアルクランツ校長のm物真似ですけどね」
こうしてなんとかROOTSは100名越えの戦力を確保することが出来た。
家に恩義があるものから、給料や待遇に満足している者など様々だったが、寝返りそうな者は少なそうだった。
最後にレイシェルハウトがまとめた。
「教会は慢心しきっているわ。東西が組むとは考えていないからよ。だからうまく連携さえ取れれば勝てない相手ではない。それに、アルクランツ校長にも援護を要請しておくわ。こうなればしっかりサポートしてくれるはずよ。みんな、今は東西で争っている場合じゃないの。いまこそ力を合わせて戦うのよ!! ヴァッセ!! ノットラント・ヴァッセ!! ノットラントに栄光あれ!!」
当主の呼びかけに残った精鋭たちは戸惑うことなく拳を突き上げた。
「ノットラント・ヴァッセ!! ノットラントに栄光あれ!!」
ノットラントの存亡をかけての戦いが始まる。




