教会の宣戦布告!! 戦乱の狼煙
ニンゲンの血のニオイがする。そうドラゴンのファオファオはケンレンに伝えてきた。
ルルシィの提案もあって、白いドラゴンは街道脇の空き地に着地した。
すぐに一行は道の方へ向かった。向こうからは乗用動物のパルモアが誰かを乗せて走ってくる。
だが、いきなり現れた人影に驚いたのかギョロ目の生物は背中に乗せた人を放り出して逃げていってしまった。
すぐに4人が倒れ込んだ人のそばに走り寄った。ルルシィがしゃがんでうつ伏せの人物を確認する。
教会の高位の白いローブを着ていて、背中に斬りつけられたような痕があった。
傷口は真っ赤に染まっていて、あふれるように血が流れ出ている。
その姿勢では息が苦しそうだったのでルルシィは優しく体を支えて仰向けにし、膝枕にした。
「ううっ!! うう……」
一番驚いたのはファイセルたった。
「シャンテ様!? シャンテ様じゃないですか!!」
コフォルが確認を取る。
「君の知り合いかね?」
だが、それをルルシィが遮った。
「シーッ!!」
すぐに治療を始めた彼女は唇に指を立てた。
「あ……あぁ……。ファ……イセルさん……? ボクはまだ……生きて……いるんですね……?」
傷を診たルルシィは少年を叱りつけた。
「喋っちゃダメ!! あなた、死にかけているのよ!? これ以上、少しでも無理をしたら冗談なしに死んじゃうわ!!」
それでもシャンテは伝えることを止めなかった。
「きょ……きょうかいで……おんけんはの……ウッ!! しゅ、しゅくせいがおこなわれました……。まるしぇるも……ころされてしまった……ぐううッ!!」
それを聞いて一同は唖然とした。
「も、もう……こうなれ……ば、かくしんは……を、とめられるものは……ないぶにはいません。きっと、みんなころされるか、……なんきん……されてしまったでしょう……」
彼を抱えていた女性は悲鳴を上げた。
「ダメッ!! もう喋らないで!!」
「はぁ……はぁ……。……どこをあいてにするかは……わかりませんが……こうなってしまえば……きょうかいはぶりょくこうし……で……けんりょくをかくだいしていきます。ですから……どうか……どうか、きょうかいをとめてください……」
そう言い終わると急にシャンテの呼吸が荒くなっった。
「ぜぇ……ぜぇ……。こんなところで……ふぁい……せる……さんと、再会できるなんて……ボクはしあわせものです。むりなおねがいだとは……わかっています。きいてくださっただけでも……うれしいです」
一筋の涙が巫子の瞳から流れた。
ルルシィは精一杯の治療を施したが、シャンテが命がけで話し続けたので彼は助からなかった。
ガクリと魂が抜けたようにあどけない少年はうなだれた。
「……お亡くなりになったわ…………」
ルルシィはルーンティア式の葬式の祈りをささげた。ケンレン、コフォルもそれに続いた。
だが、ファイセルは脱力して両膝をついてしまった。
年端も行かぬ少年の理不尽な死に悲しみを通り越して激しい怒りが湧いてきた。
「アッジルさん、レッジーナさんそしてシャンテ様……なんで……なんでこんな事になるんだよおおおおおぉぉぉぉッッッ!!!!!!!!」
やがて悲しいのか怒っているのかもわからなくなった。
ファイセルは拳を何度も地面に打ち付けた。
しばらくするとコフォルがその腕をガッっと掴んだ。腕を捻り上げるくらいの力だ。
「ファイセル、君には覚悟が足りない。かといって別に君が悪いわけじゃない。そういう世界の入り口に来てしまったというだけのことだ。私も、ルルシィも、ケンレン教授もそういう世界で生きている。これが楽土創世のグリモアに首を突っ込むということだ。どんなに親しい友人でも仲間でも知人でもあっさり死んでいく。そして自分もだ」
こういった類の迷いは自分、そして周辺にも危険を及ぼす。
だからあえてコフォルは突き放すように言ったのだ。答えはイエス・ノーどちらでもよかった。
ファイセルはキツネ顔の男の襟を掴んで食ってかかった。
「あっさり死んでいく!? そんなわけのわからない価値観をなんの抵抗もなく、簡単に受け入れろっていうんですか!? 今も、これからも!? そんなの絶対おかしいですよ!! なんでみんな涼しい顔してるんですか!! 人の血が通っているとは思えないッ!!すべてを受け入れて割り切るのが正義だとでも言うんですか!? そんなの……絶対に間違ってるッ!!」
コフォルは無言のままファイセルを地面に叩きつけるように投げた。
「ぐッ!!」
とんがり帽子は青年を見下ろした。
「それを青いというんだ。君が望むのは理想論でしか無い。理想が手にしたければそれこそ楽土創世のグリモアに触れるしか無い。それが覚悟というものだ。これ以上、傷つきたくなかったら学院生活にでも戻ると良い。そして目をそらせて世界が改変されるまで穏やかに暮せばいい。君はここまでよくやった……」
うつ伏せのファイセルは力を込めて起き上がった。
「はは……。コフォルさんも意地が悪いですね。もうここまできて真実から目をそむけて、偽りの楽園で学院生活を送れるわけがないじゃないですか。正しいとは思えないけど、もう僕も戻れないところまで来てしまった。いや、あえて進みます。何の罪もない人達や、こんな小さな子の命が失われる世界なんてあってはならない。僕には楽土創世のグリモアをどう扱うかなんて想像もつきませんが、何か出来ることはあるはずです」
黒髪の青年はすくっと立ち上がった。その顔つきはいつもの彼だった。
とんがり帽子の男は裾をいじくった。
「愚問だったな。悪かったよ。私が侮っていた。君は強くて……なにより人一倍、心の優しい青年だからな。さて、急いで学院に帰ろうか!!」
話が一段落したのを確認するとルルシィはシャンテの遺体を背負った。
「未練をかかえているのに、こんなところに埋めると不死者になっちゃうわ。学院まで連れて帰りましょう」
ケンレンは俯いた。
「使いたくはなかったが、ファオファオたんには寝袋式棺桶が積んである。まぁそういう事案があったからなワケだが、こんなところでまたもや使うことになるとはな……。出来る限り早く遺体を学院に届けよう。あそこなら手厚く葬ってもらえる」
シャンテの遺体をを収容すると全速力でファオファオは学院に戻った。
ミナレートにつくとシャンテはまっさきに教会に運ばれ、防腐処理と対不死者処理をなされて安置された。
そして、コフォル、ルルシィ、ファイセルはラマダンザでの出来事をアルクランツ校長に伝えた。
「ウィティアが虚都になるのは想定外だ。住んでいた連中は……気の毒しかいいようがないな」
アルクランツには珍しく湿気っぽい表情だ。
「だが、ルーブが不死者に利用されるのはそれなりに予想がついていた。アイツは所詮、不死者のサイフだったからな。だが、話を聞くに別勢力に派生したらしいな。クレイントスってあの悦殺のだろ? 下手するとロザレイリアよりタチが悪いかもしれん。注視しておくべきだな」
ブロンドで赤い靴を履いた幼女はカブトムシキャンディーを舐めながら答えた。緊張感がまったくない。
「しかし……教会の動きが思った以上に早い。”侵食”のペースが早いんだろう。仏さんになったシャンテの訴えは真実だと見える。フラウマァはいつ動いてもおかしくない。結構、危なっかしいやつだからな」
あれやこれやと一同がやりとりしている時だった。
校長の机にに使い魔の机妖精が出現した。手にはビラのようなものを持っている。
「ん? なんだ? どれどれ?」
アルクランツはその紙切れを受け取って声に出して読み始めた。
「ふむ。教会からだな。えーっと、ライネンテ東部を襲ったカルト教団、ザフィアルは調査を重ねても国内では発見できませんでした。こうなるともはやどこか他国が彼らをかばっているとしか思えません。我々の情報網によればノットラントが国をあげて彼らをかくまっているとのこと。よって我らルーンティア教会は愛と平和の為に、ザフィアルと彼らに味方するノットラントに宣戦布告いたします。フラウマァ・カルティ・ランツァ・ローレン」
思わず驚愕の声が上がった。
「そんな!! 大した証拠もないのに無茶苦茶だ!!」
「これが、教会の本質なのさ。よくもいままで取り繕っていたものだ」
「事実上のノットラント制圧作戦の合図ね……」
「戦争が始まるのか……思ったより早かったな。して、校長先生、我々は?」
アルクランツは机に座り込んでどっしり構えた。
「予定通りだ。漁夫の利を狙う形でギリギリまで引っ張る。今の段階で学院が勢力の1つとして認識されるのはマズイ」
ファイセルが思わず主張した。
「そんな!! 戦争を止める努力はしないんですか!?」
校長は青年にキャンディーを突きつけた。まるで剣を向けられているようんプレッシャーだ。
「あのな小僧、ウチは前線でやれる能力はあるが、頭に血が上るようではいかん。それでは連中と同じだぞ? 常に一定の距離を取るスタンスなんだ。そんなに戦争を止めたければROOTSにでも行け。今頃、蜂の巣をつついたような騒ぎになってるだろ」
どこか他人事のように幼女はキャンディーを舐め始めた。
「ROOTSは……確かノットラントの東部、ウルラディール家が本部ですね?」
ファイセルはそう確認をとって校長に背を向けた。だが、コフォルが彼の肩に手をやった。
「君と私とルルシィとのトリオもだいぶ温まってきたところだ。もうしばらく一緒にやらないかね? 優秀な若者を戦場で死なせるのは大きな損失だからな」
ルルシィも愛嬌を振りまいた。
「コフォルほどじゃないけど、ファイセルもイケてるっていうか。お姉さん年下も考えちゃうナ♥ あ、浮気はマズイか……」
ついでにケンレンも声をかけた。
「青年、焦る気持ちはわかるが戦場は君が思うよりも遥かに過酷だ。よく考えてからでも遅くはない」
アルクランツもニヤリと笑った。
「なんだ小僧。お前、短い間に随分と信頼されてるようになったな。いっちょ前に。ま、そういう縁は大事にしろ」
黒髪の青年はポカーンとしていたが、すぐに我に返った。
自分が思ったより頼りにされていて、失いたくない存在になっていると気付かされて無性に嬉しかった。
ただ、結局シャンテとの戦争を止めるという約束はすぐには守れそうになかった。
それでもしっかりそのことを心に留め、彼はコフォル、ルルシィとチームを組んだまましばらく学院で様子をうかがうことにした。




