世界を愛と平和に導きましょう
ファイセルたちはキャンプをはりつつ、学院の迎えを待った。
「かれこれ4時間は反応がありませんね……」
ファイセルに対して腕を組んで寝そべったコフォルが言う。
「学院からではいくら飛ばしてもここまで半日はかかる。気長に待ちたまえ」
どっしり構えている彼だったが、ルルシィはヘルプが届いていないケースも想定していた。
「丸々1日待っても来ないのなら望み薄だわ。その場合は仕方ないからポトトへ戻って幽霊船で帰りましょ」
(また遭難するのか……)
コフォルもファイセルも渋い顔をした。
すると地面に大きな影が落ちた。上空に何か大きなものの気配を感じる。
「キュル……クキュルキュル……」
瘴気がふっとんで晴れ間がさした。
「あれは……アイスヴァーニアンか!!」
3人にはそれが光明に見えた。
真っ白いフサフサの毛で真っ赤な目をしたドラゴンが着陸した。
学院所有の幼体ドラゴンのファオファオである。
ドラゴンからは飼いならし……テイミングの教授であるケンレン教授が降りてきた。
彼はアイスヴァーニアンについて熟知しており、もっとも懐かれていた。
ペロペロと舌で舐められている。
「こらこらファオファオたん、くすぐったいでちゅよぉ~!!」
教授は顔に似合わぬ猫なで声でドラゴンをあやした。
ファオファオと呼ばれたドラゴンもゴロゴロと喉をならして嬉しそうだ。
それを見てルルシィは一気に気が抜けた。
「ねぇ、ファイセル。あの人、いつもあんな感じなワケ?」
青年は肯定せざるを得なかった。
「普段はもっとシャキッとしてるんですが、テイミングに関することとなると激甘なんですよ。赤ちゃん言葉とかも使います」
ケンレンはポンポンと白いドラゴンに触れるとこちらにやってきた。
「信号弾、確かに届いた。到着が遅れてすまない。これでも急いだんだが瘴気の影響もあってな」
コフォルは驚いているようだった。
「しかし……瘴気を簡単に突破するとは。おまけに暑い地域も飛んだろう。アイスヴァーニアンには厳しい道程だったはずだ」
テイマーの教授は胸を張った。
「まぁ学院所有のドラゴンだからな。そこらの軟弱ドラゴンと一緒にしてもらっては困る。幼い頃からの英才教育の賜物だよ。それにこの子の特性上、雪国なら雪を食べているだけでやっていける。それより、羅国に渡ってなにかあったのか? 校長にはザフィアルの話までしか伝わっていないぞ?」
一行はかいつまんで今までの経緯をケンレンに話した。
「それは……かなりマズイな。3人とも、早くファオファオに乗れ。通信系のマジックアイテムが無い以上、飛ばして学院まで帰ろう」
ケンレンはファオファオの首根っこに飛び乗った。
ファイセル、コフォル、ルルシィは恐れることなく背中にまたがった。
ドラゴンはまだ幼体なので定員は5名といったところだ。
「ファオた~ん!! 学院にお帰りちまちょ~ねぇ~!!」
甲高い声を教授が上げると白いドラゴンは飛び立った。
「キュル!! クキュルキュルキュル!!!!!!」
その頃、ルーンティア教会に大きなうねりが生まれていた。
楽土創世のグリモアの影響がじわじわ世界に影響を与えつつある中、教会内のパワーバランスが一変したのだ。
今まで穏便派が武力の拡大や他の勢力との衝突、争奪戦への参加を反対してきた。
この層はかなり厚かったはずなのだが、魔書の効果とは恐ろしいもので教会はそのマジックアイテムを武力をもって勝ち取る機運が高まっていた。
平和を愛するルーンティア教会だが、もともとは武力で布教を広げて管理下に置いていたという下地がある。
現代はすっかりそのなりを潜めていたが、教会の本質は愛と平和の押し売りである。
半ば国教と化しているし、教えの内容からして教会は決して悪事をはたらかないと市民は思い込んでいる。
そういうきな臭いことは影で行われるはずなのだが、今は状況が状況だけに教会が権力を振りかざしても誰も不信感をいだかなくなっていた。
おまけに教会のトップ、フラウマァ・カルティ・ランツァ・ローレンは恐ろしく独善的かつ野心家な女性だった。
「……いけませんね。あの程度のデモンでこれだけ損害が出るとは。仕方がない。神殿守護騎士全員に洗礼を施しなさい。そうでもしないかぎり争奪戦を勝ち抜くのは難しい。愛と平和に満ちて、ありとあらゆる悪を滅ぼす。そして教会が秩序を守る世界を創るのです」
騎士のチーフはひざまづいて頭を深く下げた。
「神姫や巫女にも働いてもらいましょうか。今度こそは総力戦で楽土創世のグリモアを発動させて、世界に愛を撒くのです」
彼女の考える理想の世界は聞くだけならユートピアに思えるが、あくまで独りよがりな楽園に過ぎない。
平和はともかくとして万人に共通する愛など存在しないのだから。結局、フラウマァや革新派が勝手に思い込んでいる世界が実現するだけだ。
これはこれで歪だった。下手をするとロザレイリアと変わらない。
フラウマァの命を受けて多くの神殿守護騎士が集められた。
実はカルティ・カンツァ・ローレンの地下には海水が満ち引きする清潮の間という洞窟が広がっている。
この場所の清められた海水に浸る事によって潜在能力が飛躍的に高まるという。
だが、そう都合の良いものではなく洗礼には激しい苦痛が伴う。
それによって命を落とすものも少なくはない。
だが、削れた戦力を遥かに上回る戦力上昇が見込める。
数々の人体実験の結果、それは明らかになっていた。
多くの熱心な教徒は恐れることなく海水に入っていったが、拒否感を示すものもいた。
だが、命令なので拒否することも出来ずに引きずられるようにして洗礼を受けさせられた。
「うおああああああああああ!!!!!!」
「きゃあああああああああ!!!!!」
「うぐうううううう!!!!!」
「ああああああああああ!!!!!!」
洞窟は苦痛の声で阿鼻叫喚と化した。
だが、間もなくしてあたりは静まり返った。
生き残った騎士達は自分から湧き上がる力に驚愕した。
死んだものは少なからず居て、その場にプカーっと浮かんだが、誰も相手にしなかった。
そして彼らは教会内の講堂に集められた。
「選ばれた騎士たちよ。待ちわびましたね。とうとう教会が世界を愛に包むときがきたのです。そのためには立ちはだかる障害の種を摘んでいかねばなりません。まずは教会内を浄化しましょう。私達の方針に反対する穏健派を片っ端から粛清するのです。神姫や巫女であっても位の低いものは切り捨てて構いません。ルーンティア神の御心に反するものは存在意義がないのですから」
洗礼の影響もあってか、そんな耳を疑いたくなるような命令にも誰も疑問を抱かなくなっていた。
そう、この洗礼には洗脳じみた効果もある。それを利用して代々の教会は非人道的な領土拡大を成し遂げてきたのだ。
その頃、陸上乗用生物のパルモアを開拓したシャンテは二つ名持ちになっていた。
パルモアのエサに由来する瞬葉のシャンテと呼ばれている。
今では各地を巡って安全、高速な動物の普及に熱心だった。
彼のお付きの魔術師、マルシェルは微笑んだ。
「ふふ。シャンテ様。ご公務にご熱心ですね。でもお休みの時間を削られてはなりませんよ? お体にさわります」
それに天才少年シャンテは笑顔で返した。
「ありがとうマルシェル。ところで最近、サランサの姿が見えないのですがどこに出かけているのでしょうね?」
その直後、部屋の扉が乱暴に開かれた。
そこにはサランサがいた。だが、明らかに様子がおかしい。その顔は殺意と威圧感に満ちていた。
「シャンテ様……残念ですが、あなたのような日和った穏便派は教会にとって邪魔でしかないのです。せめてもの神の慈悲としてお付きの私が介錯を務めましょう」
シャンテもマルシェルもイスから立ち上がって身構えた。
「サランサッ!! 何を言うのです!?」
マルシェルは2人の間に割り込んだ。
「私を止められるわけがないでしょう。ねぇ? マ・ル・シェ・ル」
魔術師の女性は巫子をかばった。グサリと騎士剣が深くマルシェルに刺さる。
「ああ!! うぐぅッ!!」
サランサは全く容赦しなかった。剣をグリっと抉りこむ。
「あああああ!!!! あ、あぁ……しゃ、シャンテ様……は、はやく……おにげに…………かはぁっ……」
彼女は血みどろになって立ったまま息絶えた。
まるで汚いものを扱うかの剣を引き抜くと死体を蹴り飛ばした。
シャンテはすぐに背を向けて窓から飛び降りようとしたが、背中をサランサに深く斬りつけられてしまった。
そのままの勢いで窓をぶち破って屋外に落下していった。
殺意の女騎士は窓から下を覗き込んだ。
手負いのシャンテはなんとか立ち上がっていた。
「チッ!! 逃してなるものですか!! 私が神のもとに送ってさしあげるというのですよ!?」
巫子の少年は命からがらそばにつないであったパルモアにまたがった。
「お願い……します……。逃げて……ください……つっ!!」
彼はペタペタとありったけの力でパルモアの首筋を叩いた。
叩かれた動物はギョロギョロと目を動かすとバタバタと走り出して教会から脱走した。
「シャンテ様……逃しませんよシャンテ様……」
何が楽しいのか、サランサは不気味ににんまりと笑っていた。
一方、ファオファオはライネンテ領土の上空まで戻ってきていた。
王都のやや東を飛んでいる。このまま街道沿いに東に向かえばリジャントブイルにつく。
そんな時だった。ファオファオが何かに反応した。
ケンレンがすかさずメッセージを読み取る。
「ん? ファオファオたんどうかちまちたか~? ……ふん、ふんふん。へぇ~」
ケンレンの後ろに座るファイセルは首を傾げた。
「何て言ってるんですか?」
教授は整ったヒゲをさすりながら答えた。
「うむ。どうやらニンゲンの血のニオイがするらしい。しかも移動している。状況的に非常事態なのは間違いないな」
コフォルはとんがり帽子を押さえながら驚いた。
「この高度から匂いを嗅ぎ分けるのか。さすがドラゴンだ」
その後ろのルルシィは感心する男性を叩いた。
「呑気なこと言ってないで!! ホラ、早く降りるのよ!! 別にそれくらいタイムロスしてもいいでしょう? 人命優先よ!!」
彼女が残酷なのか慈悲深いのかよくわからないなとファイセルは思った。
「ラジャー。ファオファオたんを近くに着陸させよう。大丈夫。このくらいの速度なら捕捉できる」
こうして白いフサフサ毛のドラゴンは目立たないように街道脇の空き地に降り立った。




