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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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天真爛漫な殺人拳

 翌日の朝、3人は野狩りの時と同じ服装に着替え、装備を確認してから庭に出た。


 丁度、ウルラディール邸の庭に二匹のピリエーの引くほろ馬車が入ってくるところだった。


 馬車は人力車のような作りになっており、2匹の真っ白なネズミと小型恐竜を混ぜたような生物が馬車前部の取手を掴みながらこちらに近づいてきた。ピリエーと呼ばれている動物だ。


―ピリエー

 ピリエーは頭部や全身の毛並みなどがハツカネズミで、体が二足歩行の小型恐竜のような姿をしている。しばしばアテラサウルスのネズミ版と例えられる。


 ライネンテではウィールネールが馬車を引く作業に使われているが、ウィールネールは変温動物であるため、ノットラントの気温では動きが酷く緩慢になってしまって使い物にならない。


 そのため、ノットラントでは真っ白な毛につつまれた恒温動物であるこの”ピリエー”がその代わりとなる。大きさは身長2.5mほどで、細長い体格をしている。


 そのため、馬車を引く際は大抵二匹で扱われる。体に何かを括りつけて引かせるというよりは人力車のような機構で運用されている事が多い。


 また、垂直に立っているわけでなく、恐竜のように前方に傾倒しているため、背中の平たい部分の面積が大きく、鞍をつければまたがって乗ることも可能だ。


 走った時の速度は馬よりやや速い。ただし、あまりに重いと騎乗する事は出来ない。重い物などを引かせた場合も馬力不足感は否めず複数匹での運用が基本である。


 他にも欠点がある。ピリエーは非常に頭が悪く、人間の指示を理解することはない。そのため、好物であるノットラント・コーンを目の前に吊り下げてそれをめがけて走らせるというなんとも珍妙な操縦方法をしている。


 そんな生物でノットラントの動力は成り立っていると知られればライネンテの観光客が小馬鹿にして笑い転げるのも無理の無い事だ。


 少女がコーンを先端につけた釣り竿を彼らの視界の外にずらすと彼らは進むのを止め、馬車は止まった。真っ赤な瞳をキョロキョロさせながら退化した小さな手で耳の後ろをかきむしっている。


 ほろ馬車は2つの操縦席があり、馬車内には5~6人収容できる規模のものだった。


 業者からレンタルすることも出来たが、戦闘で大破する可能性も考慮されるためウルラディール家が自腹を切ってしてピリエーとともに購入したものだ。


 運転席にはウルラディール家の侍女が乗っていた。馬車が止まると同時に運転席から飛び降り、慣れた手つきでピリエーを撫でながらブラッシングし始めた。


 ピリエーは長い髭をピクピクさせながらまったりとしてご満悦のようだった。彼女が今回、ほろ馬車の操縦と親善試合のアナライザーを務めるアレンダである。


 侍女とは言ってもただの使用人ではない。動物を調教したり服従させて飼いならし、戦闘や補助に活躍させることの出来るアニマルテイマーである。


 彼女自身の戦闘能力はかなり低いが、しっかりと飼いならされた動物が一緒ならば話は別だ。パルフィーと同年代の少女ではあるが演習や合戦にも参加する立派な武士である。


 暗めのグレープ色のミディアムの髪をして汚れてもいいようなツナギを着た元気いっぱいな印象の少女だ。可憐さと快活さを兼ね備えていて、屋敷内では誠実な性格として信頼が厚い。


 なおかつきめ細やかな分析力と鋭い洞察力の持ち主で、幼いながらウルラディール家のアナライザー(分析官)の一員を担っている。アレンダはピリエーたちを落ち着かせると、振り返ってレイシェル達に挨拶した。


「おはようございます。今回、一緒に同行させていただくアレンダです。今回は戦闘要員としてではなく、あくまで分析官としてサポートに回るように情報部から指示を受けておりますので、”あの子”達は置いて行くことになっています。サユキ様とパルフィーとはキリーニ平原の演習以来ですね。その後、ご機嫌は如何ですか?」


 アレンダ、サユキ、パルフィーの3人はよく演習や模擬合戦などで共に戦っているようで、割と親しい様子だった。久方ぶりの再会からだろうか近況報告などをしあって話に花が咲いていた。


 同じ屋敷で生活していも各々がそれぞれの役割を果たしているため、なかなか会う機会の少ない者も多い。


 その様子を少し眺めていたレイシェルは今頃になって自分もほろ馬車に乗らなければならない事を認識した。自分だけは別の交通手段を用いるものとばかり思っていたのである。


「ほろ馬車ぁ!? こんな狭くて、汚らしくて、臭い乗り物なんて私は嫌ッ!! もっとしっかりした作りの馬車にして頂戴!!」


 レイシェルは一切の遠慮なしに3人に向けて憤りと嫌悪感を爆発させた。どうせこんな反応をするだろうと他の3人は予測していた。そしてまたそんな反応に対する対策も考えられていた。すかさずサユキが言う。


「お嬢様、お父様の言葉を思い出してくださいませ。ご当主は”ピリエーの引くほろ馬車で”としっかり指示をだされておりました。ご当主の意向に独断で逆らうような態度をとってもよろしいのですか……? 意に反した場合、お叱りを受けるやもしれませんよ? それに、豪華な馬車では奇襲になりません」


 父というワードを聞いて、急にレイシェルが焦っておどおどし始めた。目線を他の者から逸らして何やら考えこんでいるようだったが、観念したのか数段の階段を登り黙ってほろ馬車に乗り込んだ。


 レイシェルはさんざん不満を言っていたが、実のところほろ馬車は新調したものだったため、乗り心地はまぁまぁだった。


「それじゃあ早速出発しましょう。ララ、レレ、行くよ」


 ピリエーにつけた名前を呼びかけながらアレンダは足場を踏んでかなり高めのほろ馬車の操縦席に飛び乗った。サユキとパルフィーが馬車に乗り込むのを確認して、釣り竿の先につけたコーンをピリエーたちの前に垂らした。


 それを見るやいなや、ピリエーたちは興奮してコーンを食べようと追いかけるように一心不乱に走りだした。


 コーンの吊り方や焦らし方にもコツがあり、ピリエーの扱いに長けているアレンダならば通常より効率よくピリエーを前進させることが出来、お世辞にも扱いやすいとはいえないピリエーのポテンシャルを最大限に引き出していた。


 それもそのはず彼女はノットラント全土で最も権威のあるピリエーレースの騎乗部門、馬車部門での入賞実績を持っている。


 レースだけではなく、美しく優雅なピリエーを決めるピリエーの品評会、ピリエーコンテストでも入賞を経験を持つ。まさにピリエーのスペシャリストと言っても過言ではない。


 もちろん、ピリエー以外にも十数種類の動物の扱いに精通している。積み重ねてきた数々の経験から来る勘とオンナの勘を組み合わせて初見の動物やモンスターに対してもある程度の制御が可能である。


 そのため、UMAや珍獣の捕獲依頼が彼女を指名してでウルラディール家に届くこともしばしばである。


ダッザ峠までは屋敷から丸2日ほどかかる。途中で寄り道する必要もなかったのでアレンダ達は食糧の調達や、ピリエーを休ませたりする時間以外は、ほぼノンストップでほろ馬車を走らせた。


 一日中アレンダに運転させるわけにはいかなかったので交代で見張りをしつつ、夜はほろ馬車で野宿をした。レイシェルだけは起こされること無く、終始ぐっすり寝ていたが。


 順調なペースで旅のスタートを切る事ができ、初日は3つほど街を経由してダッザ峠までの行程のおよそ半分を過ぎた。問題なくダッザ峠に到達するかのように思われたが、思わぬ事態が起こった。


 二日目の昼、森のなかの積雪の浅い街道をほろ馬車が進んでいる時だった。急に人影が藪の中から出てきた。慌ててアレンダがコーンを高く上に吊り上げて馬車を止めた。


 バンダナを頭にかぶり、口もバンダナで覆った人相の悪い男が話しかけてきた。


「へへへ、嬢ちゃん。そのほろ馬車の中身、リカー・コリッキだろ? いきなりでなんだが、その積み荷、俺達にくれねぇかなぁ……?」


 気づくとほろ馬車は4~5人に囲まれていた。すぐに馬車に居た全員が野盗の襲撃だと判断して身構えた。いつでもこちらから先制攻撃を仕掛けることができたが、少し相手の情報が欲しかったため、馬車内の3人は息を殺した。


「俺らは最近ウワサのドール・エンハンサーズだ!! 逆らうとロクな事がねぇぜ? お嬢ちゃんとはいえ容赦はしねぇ。もし積み荷を渡せねぇってんならタップリと可愛がってやるぜ……」


 リーダー格と思われる男は腰の鞘から剣を抜いて切っ先をアレンダに向けた。アレンダは一見してどこにでもいる少女だったが、実戦で積んだ経験はそれなりに多く、肝が座っていて、しかもたじろがない。


 中途半端な脅しは全く効果が無かった。おそらく背後で3人が作戦をねっているだろうとアレンダは判断し、何気ない会話で少しの間だけ時間を稼ごうと試みた。


「ドール・エンハンサーズ!? まさかあの泥儡のアーヴェンジェが率いているという……」


 アレンダが時間稼ぎをし始めたのを確認してすぐに馬車の中の3人は小声で打ち合わせを始めた。


(ドール・エンハンサーズだって。ホントかなぁ)

(最近、各地でその組織名を名乗る野盗が増えているって聞くわ。もし本物だったらこんな白昼の中、堂々と行く手を塞いで名乗るような間抜けなマネはしなくってよ。それに近くに強いマナの気配はないわ。アーヴェンジェは関与してないと見て間違いないでしょう)


 サユキとパルフィーが小声でそうやりとりをした。サユキが続ける。


(さて、そろそろ迎撃に入りましょう。ただの野盗とはいえ、生きて帰せば私達の情報が広まってしまうわ。彼らには全員、ここで死んでもらいます)


 サユキは顔色一つ変えず、さらりとそう言い放った。彼女は家の内外で穏やかで優しい性格と通っているが、敵対する者に対しては情け容赦が一切なかった。


 苦しまずに相手を仕留めるというのは幼い頃から一線で戦い続けてきた彼女なりのせめてもの慈悲とも言えた。


 パルフィーもその意見に関して全く反論が無いようで、軽く体を動かしてウォーミングアップし始めた。


 彼女らは時にこういった冷酷な判断を下すが、対人戦が基本である武士にとって相手を殺めてしまうことはそう珍しくはない。


 故に、彼女たちが際立って残虐ということもなく、野盗を小さなアリのように蹴散らして息の根を止める程度の事はどこの家でも珍しくなかった。


 それを聞いていたレイシェルは立ち上がってやる気まんまんの様子だった。表情は生き生きとしていて、今にも戦いたいという殺気を放っていた。


(アタシ、人間を狩るのは始めてだからワクワクするわ!! モンスターを狩る野狩りが人間に変わっただけよ。メン・ハントだわ!!)


 立ち上がったレイシェルの肩にサユキが手を置いた。


(お嬢様がこんな下賎の者の血で無闇に手を汚すことがあってはなりません。これもご当主のお言葉です。ご自重ください)


 父、ラルディンはそんな事は一言も言っていなかったが、サユキは個人的な感情に流されてほんの一時しのぎにしかならないとわかりつつ嘘をついてしまった。


 人殺しを楽しむレイシェルの姿など見たくなかったのだ。結局、パルフィーとサユキが応戦することになり、レイシェルは父がそうやって警告する姿を思い浮かべ、かすかにおののいて自分を抱え込むように腕を回してしゃがみこんでしまった。


(前方3人、後方2人。 パルフィーは前を。私は後ろを殺ります。手加減無しでいいわ)


 パルフィーは無邪気な笑いを浮かべて馬車の前の出口から飛び出し、操縦席とピリエーを飛び越して着地した。


 右手は親指を折り、指を揃えて相手に掌を見せるように構えた。相左手も同じように親指を折って指先を揃え、右手とは反対に指先を地面に向けてそれを後方引くようにして腰を落として構えた。


「!? 何だこのデカい亜人は!!」


 パルフィーは目にも留まらぬ早さで近くに居た野盗の胴体に逆さまにした両手の掌を添えるように当てた。


「双震陽ッ(そうしんよう)!!」


 本当に掌を軽く当てるだけで、掌底を放ったわけでもない。だが瞬く間に触れられた野盗は大量に吐血した。


「ぐっ、ごばぁぁっ!!」


 野盗は腹部を抱えて少しの間、悶えたが、すぐに膝をつき、顔を下にして倒れこみ地面に伏した。もう息がないようだったが血を泡のように吐き続けていた。


 それを見ていた他の野盗がやけくそになって剣でパルフィーに斬りかかってきた。


「なめんじゃねぇぞてめえぇぇぇぇぇ!!」


 パルフィーは迫ってくる野盗を確認すると体の重心を素早く傾けて正面から迫り来る野盗向けて急速に方向転換してぶつかっていった。


 逆に突っ込まれた野盗はその大きな巨体とスピードに圧倒され、怖気づいた。


 それに対し、パルフィーは勢いを全く殺すころ無くそのままジャンプしながら前宙返りし、野盗の頭のてっぺんめがけて地面に振りぬくようにかかと落としを放った。野盗の恐怖は限界に達し、張り裂けそうな悲鳴を上げた。


落月転らくげってん!!」


 強烈なかかと落としによって野盗の金属製の剣には真っ直ぐな亀裂が入りバキッと綺麗に折れた。野盗自身にもかかと落としが当たった。


 その割にはなぜだかしばらく動かず、あれだけ叫んでいたのに一言も喋らない。よく見ると野盗は頭から股まで一直線に切断したように真っ二つにされており、立ったまま既に絶命していた。


「あと一人!!」


 最後のリーダー格の男はとんずらしようとしたが、恐怖のあまり思うように走れずに居た。


 完全に抵抗の意思は無かったが、取りこぼせば厄介な事になる。すかさずそれを狙ってパルフィーは今が好機とばかりに技を繰り返した。


針宵嵐しんしょうらん!!」


 つま先だけの小ぶりな蹴りを高速で相手の背中のあちこちに打ち込みまくった。無数の蹴りを浴びて、まるで蜂の巣のようにリーダー格の男の体は穴だらけになった。


 体中から血を吹き出しながら、前のめりに倒れこんで力尽きた。あっという間に3人は動かぬ骸となった。


「うわ~、手応え全然無いじゃん。こりゃドール・エンハンサーズってのもホラだったんだろうなぁ……」


 一連の戦闘が終わるまで5分とかからなかった。パルフィーは拍子抜けだなといった態度で後頭部を軽く掻いていた。


 いつみても彼女の肉体エンチャントと技の威力は恐ろしいとアレンダは戦う様子を見ながら思っていた。もし、あんな技の直撃を喰らえば自分も即死だろうなと見る度に思う。


 アレンダはパルフィーと試合をした事もあるが、その時は連れてきた動物には目もくれずにアレンダ本人にデコピンを放ってきて、その一発でノックアウトされてしまった。


 その時、自主研究してわかったのはパルフィーがまともにかち合えばまず相手を殺めると言われる「月日輪廻げつじつりんね」と呼ばれる殺人拳の使い手だということだ。


 他の流派と大きく違う特徴として、腕と脚の使い分けが挙げられる。腕から掌までの攻撃には衝撃ダメージと、衝撃伝達を伴う技がある。脚からつま先までは切断ダメージと、貫通の特性を持った技がある。


 さきほど野盗に手を添えたのは衝撃伝達で、恐らく掌からの衝撃が体中をめぐり、喰らった野盗の内蔵は致命的なレベルであちこち破裂していたに違いない。


 これは恐らく柔らかく、物理攻撃の効きにくいターゲットにダメージを与えるのにも使えるだろう。


次に放ったかかと落としは切れ味の鋭い切断の効果を持っていた。それなりに固い剣をも切断するほどである。もっとも、相手の硬い装備などを突破する場合には衝撃伝達のほうが適しているといえる。


 最後に放ったのが脚技による貫通だ。突くようにつま先で蹴ればまるでレイピアで突いたかのように穴が開く。さすがにレイピアよりは大きな穴になるが。どうやらかなり硬いものでも貫通できるらしい。


 殺人拳という割にはパルフィーから殺気を感じることが無い。以前に本人から聞いたことがあったが、月日輪廻の流儀の一つとして「殺気を帯びて相手を打ち殺さんとすれば、すなわち己も殺し返されるという」ものがあるという。


 つまり、殺意を持つこと無く戦う事によって敵との殺気同士での衝突を避けて、別次元から仕掛けるといったところだろうか。


 訓練すれば殺気を抑えることは出来ても、端から殺気を持たずして戦うというのは中々出来るものではない。だがパルフィーは自然体で戦う事によってその教えを上手く体現していた。


 見ている限りでは戦いを無邪気に愉しんでいるようにも思えるのだが。そんな事を考えていると彼女がこちらに声をかけてきた。


「後ろのほうはもう終わったかな?」

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