プリン体
ファイセルとコフォルはなんとか将軍の間の扉の前で再会した。
「ファイセル!! 腕はついてるかね? 脚は?」
黒髪の青年は苦笑いした。
「見ればわかるでしょうよ。そういうコフォルさんは?」
キツネ顔の男は肩をすくめた。そして扉を指さした。
「おそらくこの先にルーブはいる。レジスタンスさえ鎮圧できてしまえばこの程度のボヤは消せると踏んでいるはずだ。今頃、屋敷のあちこちで戦いが繰り広げられているだろうが、多分ルーブが勝つ。その前にトップを潰すんだ!!」
「はい!!」
2人は将軍の間に突入した。
ルーブとその隣にリッチーがいる。ファイセルたちは思わず身構えた。
「おい!! 貴様!! どうなっている!! ここに来るまで魔物を配置したのだぞ!? さぁ!!早く汚らわしい不死者を呼んでこいつらを殺せ!!」
「…………………………」
リッチーは無言だった。次の刹那、
「獲ったーーーーーーーーッッッ!!!!!」
天井を突き破ってルルシィが降ってきた。
そしてデッキブラシの柄の部分を下に向けてルーブを一撃で串刺にした。
得物は首筋からグッサリと刺さっており、股下に抜けていた。
ただのデッキブラシなのにこの殺傷力である。ファイセルは驚いた、
「あ……あがぴょ……お、ヒュー……お、まいら……ヒュー……ヒュー……」
喉が破壊されて空気が出入る音が混ざった。
だが、彼は死ななかった。隣に居たリッチーがルーブに飛び込んだのである。
3人は反射的に飛び退いた。
「皆様、初にお目にかかります。私、悦殺のクレイントスと申します。あぁ、ナレッジの方でしたらこれがいかに意味のない二つ名かおわかりかとは思いますが……」
聞いてもないのにルーブに乗り移ったリッチーは語りだした。
「フフフ。リッチー・スレイヤーの殺害に失敗してしまった私は左遷されてしまいまして。ルーブの補助、監視を命じられていました。実に退屈でまるで悠久の時と思えるほど長かったのです。そんな中、事態を変えてくれる貴方が来てくださったこれは良いめくり合わせだ。Devil Curse Youですね……」
ルーブだったモノは手足を動かした。自分の感覚を試しているかのようだ。
「そんな呪い文句なんてゴメンだわ。で、あなたはこの後どうするの? もう虚都クリミナスには戻れないんでしょう?」
リッチーは嘘つきも多い。話半分とテキトーな世間話でルルシィは聞いてみた。
「そうですねぇ。頼み込めばロザレイリア様はお許しになってくれるでしょう。しかし、彼女らと私は少し性質が違うのです。ロザレイリア様は不死者の不死者による不死者のための世界を望んでいます。不浄で無法と思われがちですが、不死者は案外、秩序立って居るんですよ」
話を聞いていた3人は割と頭が柔らかいほうだったので彼の発言を頭ごなしに否定しなかった。
多くの人が彼の発言を妄言だと非難するであろうし、教会の人物にでも話そうものなら一般人でも斬り捨て御免レベルである。
少し興味深げにコフォルは尋ねてみた。
「ふむ。では君はそのロザレイリアとどう違うというんだ?」
クレイントスはルーブの顔でニヤリと笑った。
実体に乗り移ったのでそういった細かい仕草が人間と同じになっていた。
「さきほど私の二つ名は意味がないと言いましたが、半分あたりで半分はずれです。私が識らない者に対してついたウソは意味がありません。しかし、私の本質を捉えているという点では意味があります。つまるところ……私は殺すことに快感を覚えるのです。正直、ロザレイリア様のやり方はぬるいと思っています。私はそういった秩序った世界は望まない。すべてが殺戮に満ちた混沌とした世界を望みます」
今まで黙って聞いていた3人だがさすがにこれには猛反発した。
「そんなの認められるわけがないッ!!」
「……質の悪い冗談は感心しないな……」
「ありえないわ!! サイッテー!!」
肥えた男はますます笑みを浮かべた。
「はははは。いいですねぇ。無邪気な子供に挑んでくるアリのようだ。また、無邪気な子供とはまた私のことでもありますね……あ、そう言えば……」
クレイントスは指を振った。
「貴方方も人間だ。欲の1つや2つあるでしょう? そのなかでも金銭欲は多かれ少なかれ万人にあるのではないでしょうか。実はこの宮殿の地下には宝物庫があったのですが、運び出してしまったので今はもうありません。ただ、中身は適当に持っていっていいですよ」
リッチーからもらう財産などロクでもないのは火を見るより明らかだ。
「あぁ、そういえばお嬢さんが聞きましたね。この後、どうするかと」
3人は嫌な予感をピリピリと感じていた。
「宝物庫のあった場所に虚ろの砲のエネルギーとなるガスを注入しておきました。お馬鹿なレジスタンスが火を放ってくれましたからね。そろそろですかね? あれが炸裂したらこのウィティアは新たな虚都となるでしょう。そこが私の牙城となるのです!! ここから世界中に殺戮を届けていきますよ!!」
さすがのコフォルとルルシィもこれには焦った。
「ルルシィ!! 脱出路は!?」
「確保してきたけど虚ろの砲クラスの爆発から逃げ切る時間はないわ!!」
ルーブはご満悦で拍手をした。
「フッフッフ!!!!! お3方も不死者になってともに生きましょう!!」
だが、元M.D.T.Fは伊達ではなかった。不屈の闘志で次の手をうったのだ。
ルルシィが何か投げてきた。
ファイセルはなんとかキャッチすると掌を開いた。そこには黄色と茶色のマーブル柄のカプセルが乗っていた。
いかにも怪しい色合いである。
「本当にこれは貴重で使いたくなかったんだけど!! ファイセル!! いいから早く飲んで!! 早く!!」
脇を見るとコフォルはもう飲み込んだ後だった。
「ええい!!!!!」
彼がその薬品を飲み込むと意識が飛んだ。
ルーブに乗り移ったクレイントスは興味深げに彼らを見つめた。
「ほぉ……。これが噂の”ミラクル・プディング”ですか。飲むとプリンになってしまうという。代わりに斬撃以外のほとんどのダメージを無効化するという実に強力なシェルター・マジック。弱点は解除に時間がかかることですかね。でもまぁこの人達なら3日もあれば元に戻るんじゃないですかねぇ。爆風でもふっとばないでしょうからはぐれることもない。憎たらしいほど優秀なマジックアイテムですね」
クレイントスはピタピタとファイセルの頬を触った。
「斬り殺してもいいのですが別にメリットはありませんし、特に障害になる気も全くしないので捨て置きましょう。ただ、この体に馴染むまでは姿をくらましたほうが良さそうですね。新しい虚都の開拓はそれからでも十分。それでは皆さん、ごきげんよう……」
純粋なリッチーでなくなった彼のテレポートはかなり鈍かったが、それでも最低限のレベルには達していた。
それに爆発に巻き込まれたとしても不死者であるクレイントスはダメージを受けないので急いで逃げる意味もなかった。
レジスタンスはガスのことは知らなかった。もちろん逃げ切ることは出来ず、全滅した。
それだけでなく、罪のない善良な市民も皆、命を落とした。
そして彼らは骸と屍に変わってしまった。
それから3日後、クレイントスの予想通り一番マナの代謝が速いルルシィが目覚めた。
プリンだった体が固まっていき、軟体から完全な固体に戻った。
「ハァッ!! ゼェゼェ……。体の損傷は……OK。問題ないみたい。さすがのミラクルプディングね。さすがにあの爆発に耐えられるとは思わなかったわ。不死者になるところだった……」
爆発とはいっても吹っ飛んだのは宮殿くらいのもので、ウィティア自体はほとんど破壊されていなかった。
もっとも、そこにもう生命は存在しないが。
「……本当に虚都になっちゃった……」
ルルシィはしばらく呆然としていたが、生身に戻ったことで不死者が寄ってくる可能性を懸念した。
「感傷に浸っているヒマはないわ!!」
そう言いながら彼女はプリンになったファイセルとコフォルをかつぎ上げた。
そして俊足でアンデッドの巣を駆け抜けた。
かなり距離をとった森のそばにキャンプを張り、2人を並べて置いた。
「コフォルは間もなく目覚めるでしょうけど、ファイセルは元に戻るまで7日くらいかかるでしょうね。本当は一刻も早くアルクランツ校長にこの事を報告しなきゃいけないのだけれど、通信環境がないわ。それに瘴気が濃くて繋がる気もしない。焦っても仕方ないわね」
ルルシィはブーツを脱ぐと素足を投げ出して寝そべった。
8日後、ファイセルが動き出した。
「うっ、ううっ!!!! はぁっ!! はぁっ!! 生きてる……よね?」
胸を鷲掴みにした青年にコフォルとルルシィは声をかけた。
「おっはー」
「やあ、おはよう」
ファイセルの表情は晴れない。
「あの……ここは? ウィティアはどうなったんですか?」
ルルシィは首を左右に振った。
「完全に虚都になっちゃったわ。精神衛生的にあんなの見るべきじゃないわね。どうしても社会見学したいっていうなら止めはしないけど?」
ファイセルは額に手を当てた。
「……遠慮しておきます」
とんがり帽子は顎をさすりながら喋った。
「君が目覚めるまでルルシィと相談していたんだが、こうなった以上、一度ライネンテの学院に戻るのが一番だと思う。もう現状ではルーブ……いや、クレイントスとかいうリッチーを撃滅するのは難しい。おまけに通信が効かないときた。正直、放ってはおけないが、ここは態勢をたてなおすべきだな」
黒髪の青年は小難しい顔をした。
「でも、ここから学院までどうやって帰るんですか? またボートで大海を越えるんですか?」
するとコフォルとルルシィはファイセルを指さした。
「ふ、2人してなんですか!?」
2人ともため息をついた。
「気づかなかったの? あなた、発信機能付きのガムがくっついてるわよ。おおかたアルクランツ校長がつけたんでしょう。監視してるぞってサインね」
ファイセルは体のあちこちを探したがわからなかった。
「全く、信用がないものですね……」
コフォルはニッっと笑った。
「いや、あながちそうでもないぞ。向こうはこちらの正確な位置を把握してくれているんだから。そらッ!!」
彼はポーチから取り出した信号弾を打ち上げた。
「ギリギリ瘴気を突破するかどうかだな。あとは運次第だ」
3人は高く空を見上げた。




