エスオー・シーシー・イーアール
「キー!! ムキキーーーーー!!!!!」
コフォルはバックステップで子猿の手を避けた。
「くッ!! ピンキー・マンキー!! 1匹ならともかく3匹も居るのか!! これはかなり計画的な配置と見える!!」
「キーーーーーー!!!!!!!」
次は後頭部にひっつかれた。ダメージはさほどないが、とんがり帽子を盗られそうになる。
「それは止めないか!!」
彼が2匹目のサルを振り払った直後、腰のポーチが3体目の子猿にかっさらわれた。
「しまったッ!!」
サル達はマジックアイテムが入ったポーチを投げあって遊んでいる。
(連中に道具を使う知能はない。また同時に返してくれという頼みを理解する知能もまたない。これは厄介なことになったぞ。きっとファイセルも時間稼ぎにハマっているはずだ。いや、今は人の心配より自分の心配をしろ!!)
決してコフォルが遅いわけではなかった。このピンクの猿たちが異常に速いのである。
もちろん事前に戦ってみたこともあるが、連中にコフォルが上回っているのはスタミナのみである。
相手のスタミナが切れるまでとにかく追い詰めれば勝つことは出来る。
だがそれは1対1の話だ。1対3となると連携で相手側のスタミナ消費が大幅に軽減される。
大事な物は盗られるし、大事な帽子もクシャクシャにされる。
これではまるで多人数にやられっぱなしのいじめられっこである。
「やれやれ。私はいい歳したオトナだからね。ちょっとやそっとくらいじゃ腹は立てないよ」
それを理解してかどうかは定かではないが三猿はわめきたてた。
「クックッククキャーーーーー!!!!!」
「キキキキ!!!! クキキキキ!!!!!!」
「ホゥーホゥ!! ホゥーホゥ!!」
しまいには拍手まで始めだした。
「チャチャチャ・チャチャチャ・チャチャチャッチャ!! オッ!!」
これでイラっとするなというほうが無理があるが、コフォルは冷静だった。
彼は敵からそっぽを向けて寝そべってしまった。
反応がなくなったことに違和感を感じたサルは3匹で揃ってのぞきにきた。
「今だ!! モスクィン・ウルスラソニーク!!」
ギュッとコフォルが拳を握るとマジックアイテムのポーチから謎の音波が発せられた。
すると急にサル達の挙動がおかしくなって地べたを舐めるようにして這いずり回りだした。
「これはちょいと変わったマジックアイテムでね。体が小さくて、かつ高速で移動する者の平衡感覚を狂わせるのさ。もともとは蚊なんかの虫よけに使われてたものを転用したわけだ。これがよく出来ていて、人間サイズには何の効果も薄い。しかも、スパイ用の小動物もキャッチできる。君らはそこまで小さくはないが、体の割にはすばしっこすぎだ。己の俊敏さを呪うんだね」
やれやれとばかりにキツネ顔の男は服をパタパタと叩いて立ち上がった。
そして奪われたポーチを取り戻しながら床を転げ回るサルを見下ろした。
「これは返してもらうよ。その様子じゃとどめを刺すまでもないな。死ぬまで床と仲良くしているといい。ではな。アデュー」
学院のアルクランツ校長の読みの通り、魔術局タスクフォースのマジックアイテムは一級品揃いだった。
だが、使うにはそれ相当の知識と経験が必要でファイセルが使えるものは数えるほどしか無かった。
そんな彼だが、窮地に陥っていた。
曲がり階段を登っていると上の階から金属をぶつけあうような音がした。
そーっと上のフロアを覗くと首なしの甲冑2体が1つの頭をリフティングしあっていた。
(うわ~。ブンデ・スリーガかぁ。厄介なのに当たっちゃったぞ~)
2体のデュラハンは器用に頭を蹴り合っている。
(そもそもあいつら脚力が半端ない。キックの直撃を喰らったらただじゃすまないぞ。おまけにあの甲冑のヘルム。あれが当たっても大ダメージは避けられない。さて、どうする!?)
青年はマントの内側から剣をあらわにして抜刀した。
(まずは牽制!!)
彼は姿を隠しつつ鞘に入ったままの剣を投げつけた。
床に落ちた反動で剣が刀身をあらわす。
(いけ!! ザルザ!! 頭部をはじき飛ばせ!!)
「ギィン!! デェュン!!」
敵を確認したブンデ・スリーガたちはリフティングのスピードを上げた。
もはやシュートの打ち合いに近い。
「ギン……ギィン……」
ヘルムの打撃を食らって徐々(じょじょ)にソードから響く音が鈍くなっていった。
(まずい!! 思ったよりかかる負荷が大きい。このままだと剣が折れる!!)
ザルザはそれなりに健闘したがすぐにポッキリ逝ってしまった。
ファイセルは少しショックを受けたが、剣は修理することが出来る。すぐに思考を切り替えた。
(う~ん。この調子じゃあ3種のブーメランでダメージが通ると思わない。となると……やっぱり正面から挑むのは得策じゃないね。というか多分、1人じゃ厳しい)
彼は戦闘回避を選んだ。背中に丸めてあった布を広げる。
(レメオネ・カペッツ!! これで床に擬態してやり過ごそう)
青年はカーペットを背中にかぶって匍匐前進しはじめた。
これは布類の魔術を得意とするファイセルだからこそ出来る業で、ほぼ完全に床や壁とカモフラージュできる。
もし、衝撃や攻撃を受けても彼が声を発したりしない限りは見破られない。
弱点があるとすればあきらかな格上には効かないのと、燃費が悪く5分程度でバテて正体がバレてしまうことだ。
ファイセルはザルザを回収しつつ、ブンデ・スリーガの脇を抜けていく。
連中は亡霊の中でも強く、かなり攻撃的だ。
そのため、バレていないとはいえ全身に汗をかいた。
うつ伏せだとヘルムが飛んできたときに回避できないので仰向けへと姿勢を変えた。
亡霊の圧迫感とまるで大砲のような殺人的なスピードでやりとりされる兜は恐怖でしか無かった。
気づかれてはいないが、この緊迫感は筆舌に尽くし難い。
ソロリ、ソロリとうまく抜けたと思ったその時だった。
「チュ……チュチュ。チチチ……」
ファイセルの首筋をネズミが駆け抜けていったのである。
「うひゃぁッ!!」
思わず彼は飛び起きてしまった。一瞬で敵から視認される。
布使いは突然の出来事にパニックになった。
そうこうしているうちに魔物1体が大柄な体格に似合わず、素早い蹴りを放ってきた。
「ふぅぐぅッ!!!」
キックは彼の脇腹にクリティカルヒットした。思わずファイセルは激しい痛みに転げ回った。
間髪入れずに蹴られた兜が飛んできた。
床を転げ回ってなんとかそれを回避できたが、更に慈悲のない追撃の踏みつけが青年を襲った。
「ぐああああぁぁぁ!!!!!」
執拗なまでの胴体への攻撃からくる激痛で意識が急激に薄れてくる。
みずおちを中心とした呼吸器系に大ダメージを負った。
もう呼吸が出来ない。息も絶え絶えだ。
(あぁ……まさかここまで強敵と当たることになるとは……。いや、僕が未熟だったのかな……。コフォルさんと一緒に突入していればこんなことには……)
これが走馬灯と言うのだろうか。今までの記憶が流れるように過ぎていく。
「私は……私はお前のそういうところが好きなんだからな……」
はにかむリーリンカの声が確かに聞こえた。
ファイセルはいつの間にか首の漆黒の婚姻チョーカーを指でなぞっていた。
(う、ぐぐぐ……こんなとこで死ねるか。 いや、死んでたまるか!! リリィが待ってるんだ!!)
青年は気力を振り絞ってマントの内側の薬品スロットから黄色の回復potを飲み干した。
「でえやぁッ!!」
ファイセルは一番上に着ていた紅蓮の制服を素早く投げつけて向かってくる1体の攻撃を防いだ。
制服で全てを覆うことは出来なかったが、相手の視界は妨害できた。
もう1体が勢いをつけてやってくる。今度は2着目の深緑色の制服を投げつけて蹴りを防いだ。
そして、宙を舞って襲撃をかけてきたヘルムを群青色の制服で包んだ。
即効性の薬品が効いてきて痛みが和らいでいく。
「あ~、いっつ~。冗談なしに死ぬかと思ったよ。にしてもこれをどうするか。一時的に攻撃を防いだとは言え、このままと言うわけにはいかないよね……」
どこに目あるのかよくわからなかったが、デュラハン達は襲って来ずに右往左往していた。
「ん? 確か、ポーチの中に……」
ファイセルはマジックアイテムを漁った。
「あった!! メタル・ラッシャーだ!!」
そして全ての制服がくっつくように両手の拳を握って念じた。
重かったので少し手間取ったが、3体を射程範囲におさめる。
そしてファイセルは謎の銀色の液体をドバドバかけ始めた。
するとブンデ・スリーガとその頭部が物凄い勢いで錆び始めた。
「急速に金属を錆びさせるマジックアイテムだ!! 頼む!! 効いてくれ!!」
液体がかかった敵は部分的に変色して手を出す間もなく既にポロポロと崩れ落ち始めていた。
「やった!! なんとかなったか!! 今だ!! 喰らえ!! 3連ブーメラン!!」
グルグルと青年の周りを3色のブーメランが回転し始める。
これは攻防一体で接近していけば攻撃の態勢になり、その位置にとどまったり、後退すれば攻撃されるのを防げる。
今は攻めのチャンスなので彼は歩みを進めていった。
いつも一番下に着るのは現状でもっとも防御力の高いサバイバルジャケットだ。
もっとも、元の防御力が高くない彼にとっては先程のことのように気休め程度にしかならなかったが。
まるでミキサーに巻き込まれるかのようにデュラハンズは粉々になっていった。
完全に敵を撃破したファイセルはかがみ込んだ。
「はぁっ……はぁ……。生きてる……よね?」
だが、窮地を乗り越えてこれでまた1つ彼は強くなった。
その伸びは目覚ましいものがあり、特にコフォル達と組んでからはメキメキと成長していた。
実戦投入して即戦力として育て上げていく。
リスキーだがアルクランツ校長の方針は功を奏した。




