ところで、ノットラントは好きかな?
地下教会に潜入した3人はソロリ、ソロリと歩みを進めていた。
ファイセルは暗殺の手練れのような歩きは出来なかったが、冷や汗をかきながら慎重にコフォルとルルシィについていった。
(まずいな……。ザフィアルの置き土産はかなり上等らしい。3人がかりで1体といったところだろうか)
その時、ルルシィの瞳が蒼く光った。
(インビジブル・デモンよ!! 動きは遅いけど、2人には気配しかわからないと思う。でも相手もこちらを視認出来てない。息を止めて!!)
なんとなく、何かが居るのがわかる。
一瞬のタイミングを見計らってファイセルはえんじ色の学院制服を投げつけた。
「飲み込めテスタ!!」
制服はなにもない空間に飛んでいった。
だが、明らかに何かを包んだように見えた。
「手応えあった!! こらえてくれ!! 離すなよ~!!」
テスタは上身体を丸めてデモンを押さえつけた。だが、内側からも物凄く抵抗されている。
抜け出されるのは時間の問題だった。
「でかしたぞファイセル!! 制服の穴埋めはあとでするッ!!」
コフォルが悪魔のコアを突きで破壊した。その場所はわからないはずだ。
彼の経験によって導き出された直感。それが核を貫いた。
「見たところ、制服でくるんで速攻で仕留めたから仲間を呼ばれてはないはずだ。問題あるまい」
コフォルとルルシィが拳を突き出してきた。ファイセルは勢いよく拳をぶつけ返した。
3人は無言だったが、今の彼らには言葉など無粋だと思えた。
一行は講堂まで無事に到達した。改めて見るとかなり広い。
これだけのフロアに破滅を願うものが集まっていたのである。
偵察に来た者たちは思わず寒気を覚えずにはいられなかった。
「そうねぇ……。見たところ、この講堂には扉がないわ。となるとあの壇上の脇かしら。多分、ここより広い場所はないわ。でも無性に嫌な予感がするの。一番凶悪なデモンが居るとすればそこに間違いない」
ルルシィに予知能力があるのかとファイセルが考えているとコフォルがささやいた。
「カンだよカン。だが、彼女のカンはよく当たる。命を賭ける選択をしばしば彼女に委ねるくらいだ」
よっぽどなのだなと青年は思った。
「どーする? 冗談なしにここで帰っても良い気がするけど。どうせ、ザフィアルは証拠隠滅してるだろうし。流石にそこまでアホじゃないでしょ。それに、私達は別にデモン討伐を命じられたわけじゃないしね。ただでさえ悪魔の巣のど真ん中にいるんだからドンパチなんかやりはじめたらそここから寄ってくるわよ?」
コフォルは難しい顔をして答えた。
「ふむ。ファイセルはどう思うんだ?」
カンのいい人間の意見を振るなんて当てつけだと内心、彼は思った。
「そうですね……。僕らは肝心の悪魔生成の痕跡を今の所見つけてないじゃないですか。凶悪なデモンが居るということは部屋は破壊されていないはず。となれば得るものがゼロとは言い切れないと思うんです。個人的に暁の呪印についても気になるし……」
カンの良い女性は思わず肩をすくめた。
「ハァ……。好奇心は猫をも殺すってやつね……。コフォルも何か言ってやんなさいよ」
元エージェントは顎をさすっていたが興味深げに答えた。
「確かに。デモンの創造とはどんなものか興味がなくはない。ノーリターンの可能性もあるが、今までハイリスク・ノーリターンでやってきてるからな。何をいまさらってところだよ。今回はルルシィでなくファイセルの案を採用しよう。虎子を得ずんば虎穴に入れはというやつだ」
安全性を重視するルルシィはむくれた。
「もう知らないわ。君子危うきに近寄らずよ!!」
壇上の脇の狭い通路を抜けていくと小部屋の扉が目に入った。
索敵係のルルシィが覗き込んだがなんらかの気配はしない。
3人はその部屋に入った。
白いローブが何着かつるしてあり、飲みかけのワインがテーブルの上に置いてあった。
ここには明らかに生活感が残っていた。人が生活していた痕と言ったかんじだ。
「ここがザフィアルの過ごしていた場所ね。サイコ野郎の割にはまともな部屋ね。さすがに自分の自室でデモンを呼んでいるようには見えない。となるとこの隣の部屋……ヤバいニオイがするわよ」
一行は部屋の中をあちこち探し回ったが、特になにもない。
そう思われたときだった。
「ふむ。これは……ノットラント行きの船のチケットか? なぜこんなものが……。次の行き先を示唆しているとでもいうのか? まったく馬鹿にされたものだな。だが、ノットラントは連中が行きそうな要素がてんこ盛りだ。罠を張るのも容易だろう。これはあながち手がかり無しとは言えなくなってきたぞ」
やれやれといった様子でルルシィはつぶやいた。
「ハイハイ。ここまで来たら隣も探索するわよ。ただし、危なくなったらすぐに奥歯のチョークを噛みしめること。良いわね?」
ファイセルとコフォルは頷いて答えた。
ザフィアルの私室らしい部屋の隣には大きな部屋があった。
何か儀式が行われていたのは一目瞭然だった。
再びルルシィが先頭をきってドアをあけた。
そこには何もいなかったが、彼女はゆっくり足を運んだ。
部屋は禍々(まがまが)しい術式が一面に刻まれていたが、何者かの血でもう発動できなくなっていた。
「やっぱり証拠隠滅済みじゃない!! これじゃ対して得るものはないわよ。残ってれば暁の呪印の解析もできたのだけれど……」
次の刹那、3人は殺気を感じて飛び退いた。
「チッ!! 探索しているうちに反応するタイプか!!」
巨大な人の生首のような悪魔が降ってきた。
「ばぁ……あばぁ……」
滅茶苦茶にドブのように臭い粘着質の物体をそれは吐き出してきた。
ファイセルがそれに捕まって壁に押し付けられた。両手はもう効かない。
「ファイセル!! すぐに逃げろ!!」
そうコフォルは呼びかけたが、彼には勝算があった。
「CMC(クリエイト・マジカル・クリーチャー!!)オオワシ、タカ、ハヤブサ!!」
ファイセルが腰に差していたブーメランがヘドロを打ち破って飛び出したのである。
それは勢いづいたままデモンの周りをグルグル回って切りつけていった。
それだけではない。ブーメランを追って相手が目を回し始めたのである。これは嬉しい誤算だった。
「ううっ、ぐっ……でやぁっ!!」
青年はヘドロをはねのけて戦闘態勢を取り直した。
するとすぐにコフォルが化物の目玉にレイピアの突きをお見舞いした。
一方のルルシィはスカートの裾をまくりあげて、投げナイフを目玉に打ち込んだ。
今まで全く投げナイフなど見せていなかったので恐ろしい女性だとファイセルは思った。
綺麗なバラにはトゲがあるといったところだろうか。
「お、おぼぁ……おぼぁ……」
両目から血の涙を流した悪魔はスキだらけだった。
「いっけえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
布使いの青年は紅蓮の制服で思いっきり生首を殴りつけた。
制服自体は空っぽで宙を舞い、何もないのだが、確かに実体はある。
なので袖の部分がヒットすれば対象を殴りつけたのと同じ効果があるのだ。
「お、お、お、ぐにゃぁぁん」
この強烈なパンチで悪魔は脳震盪を起こした。
「デモンのくせにムダに精密に創るからこうなるッ!! ふっ!!」
キツネ顔の男は高くジャンプすると敵の額にある弱点を的確に突いた。まさに一撃必殺である。
「おぼぁ……」
相手は全身を保てなくなり、動かぬヘドロの塊となってしまった。
「思ったより楽に勝てたわね。これもファイセルがいたからだわ」
コフォルも満足げにうなづいた。
「ああ、上出来だ。これからも気を抜かず精進するようにな」
実力者2人から励まされてファイセルは嬉しくなった。
「しかし……この部屋は不気味だな。おぞましさを具現化した空間とでも言えるだろうか。おそらくここで悪魔を作っていたんだろう。まぁルルシィの言う通り印には血が塗りたくられていて情報は引き出せないが……」
ファイセルの顔は青ざめていた。
「普通、デモンって動物を贄にするじゃないですか。でもあのレベルの悪魔を創るには人間や、魔術師を素材に造らないと……。つまり、この部屋は大量虐殺のあったところなんですよね?」
コフォルもルルシィも俯いた。
若者は思わず怒りをあらわにしそうになったが、迂闊な感情はデモンを喚ぶ。
彼は歯をくしいばってこらえる事しかできなかった。
だが、その時になって思い出した。
「あ、奥歯のチョーク、結局使いませんでしたね」
歳上の女性は手をひらひらと振った。
「何言ってるの。さっきの戦闘で地下教会全体のデモンがここに集結してきてるわよ。とっととずらかるの!! しんがりはコフォル!! いくわよ!!」
彼女は思いっきり奥歯を噛み合わせた。
白い光と共に天井をすり抜けていった。
「私は最後だ!!ファイセル、行きたまえ!!」
テレポートに失敗すると異次元に飛ぶことも有るという。
学院ほどのしっかりした設備でないので青年は少し不安だったが、目を閉じてチョークを噛んだ。
気がつくと偵察班3人組は地上のオベリスクの前に移動していた。
「ふぅ。無事にミッション成功だな」
「何言ってんのよ。帰るまでが遠足よ。まぁデモンは教会から出られないみたいだから追手の心配はないんだけどさ……」
ファイセルは思わず仰向けに寝そべって脱力してしまった。
「あ~。死ぬかと思いましたよ……」
元M.D.T.Fの2人はそれを見て微笑ましくなった。
「そう思えるうちが華なのさ。その感覚、大事にしたまえ」
「全くよ。私もコフォルも死が日常だからね。そんな日常いらないわ」
3人はクスクスと笑いあった。




